↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第四巻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/96

第061話 めまいがする

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 六月十五日 十三時四十分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 商店街 二丁目。

> 第一声 ──「めまいがする」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「めまいがする」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。分まで書いて、秒は書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」


「商店街の、二丁目です。花屋の、前」


「お名前を教えてもらえますか」


「中原です。中原タエ」


「中原さん、今、座れますか」


「座ってます。もう、座っちゃってます」


「そのままで大丈夫です。日の当たらない側へ、少しだけ動けますか」


「動けます。でも、日は当たってないんです。屋根があるから」


 尾花は書く手を止めなかった。止めないまま、右の欄へ、商店街二丁目、アーケード下、屋外ではない、と書いた。


「近くに飲むものがあるか、教えてください」


「あります。お茶が。冷たいの」


「一口ずつ、ゆっくり飲んでください。一気に飲まないでください」


「はい」


「吐き気があるか、教えてください」


「……少し」


 少し、が出てきた。尾花はそこで秒を書いた。書いてから、次を訊く順を変えた。


「中原さん。周りに、どなたかおられますか」


「います。隣の乾物屋のご主人と、それから、そこに」


「そこに」


「若い子が、しゃがんでます。さっきから、動かないんです」


 三人になった。尾花は用紙の欄を一つ足して、そこに三と書いた。書いた三に、丸は付けない。増えるかどうかが、まだ分からない。


「隊が出ます。中原さんは動かないでください」


「訊きます」


「電話は切らないでください。持っているのが辛かったら、耳から離して膝に置いてください」


「はい」


 尾花は枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。


 見ている間に、二つ目が光った。同じ商店街の、別の番号だった。


*


 六月十五日の三階は、梅雨の晴れ間だった。前の日まで四日続けて降って、その日だけ晴れた。晴れた分の熱が、一日で全部降りてくる。


 窓を開けても風が来ない。開けたまま、誰も閉めない。三階の食堂の天井の扇は、朝から回りっぱなしになる。回っている音が、この日は誰の耳にも入っていなかった。


 武藤とうふ店は七時十分に置いていく。六月は四丁になる。武藤は数える時、一丁ずつ声に出す。一、二、三、と来て、四だけ「四つ」と言う。三年、誰も直していない。棚の上の紙は、まだ読めない。四か月目に入った。


 寺尾剛は製氷の機械の前に立っていた。氷を掻き出して、袋に詰めている。詰めた袋を、保冷の箱へ並べていく。


「まあ待て。氷は先に作る。要ってから作ると遅い」


 二文で言って、寺尾は袋を八つ並べた。八つ並べてから、九つ目を詰めはじめる。


 灰谷蒼汰は索を膝の上に広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。


「索は三本です。四本目は要りません」


 言ってから、四本目を出して、結び目を一度解いた。解いてから、また同じように結び直す。要らないと言った索を、いつも一本足す。


 七尾ひかりは冷やす道具を並べていた。首と、脇と、脚の付け根に当てる分を三組。三組では足りない日があると分かってから、四組にした。四組目を足したのは、去年の夏の終わりになる。足した日のことを、ひかりは誰にも言っていない。


 四組目を袋へ入れてから、七つ数えた。七つで戻る。戻ってから、経口補水の袋の数を数え直した。


 逢坂澪は受信席の裏で、商店街の図を出していた。アーケードの梁の位置まで入っている図で、去年の張り替えの分が赤で足してある。


「二丁目の屋根は、去年の秋に張り替えています」


「今は」


「隙はありません。全部塞がっています」


 久遠寺修司が掲示板の前から振り向いた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。


「風は」


「抜けません」


 澪は言ってから、図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。


 火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。


 この日は、二本買った。二本目を、寺尾の並べた保冷の箱へ入れた。何も言わなかった。寺尾も何も言わずに、箱の蓋を閉めた。閉めてから、袋の上に置き直した。冷える場所を知っている置き方になる。


 覚知の音が鳴った。


 梅木が地下三層から上がってきた。手に、車載の送風機の羽根を一枚持っている。


「宮ヶ瀬さん。メディックの後ろの送風、風量が落ちてます。羽根が一枚割れてました」


「割れてました。割れない羽根は、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


「二枚で回すと、風は七割です。七割でも回します」


 言ってから、宮ヶ瀬は自分の腕の内側の時計を見た。三十一時間になる。三十一時間起きていて、それを誰にも言わない。言わないまま、机の端に置いた湯呑みを、また倒しかけた。


 佐波悠が受信席の横を通った。通りながら、倒れかけた湯呑みを立て直す。三年、この位置で立て直している。


 澪が商店街の図を机へ広げた。広げてから、二丁目の線に指を置いた。


「商店街二丁目、アーケードの下。有症者三名。花屋の前と、乾物屋の前です」


「気温は」


「アーケードの下で、三十六度二分。表の通りより、二度高くなっています」


「屋根の下が高いのか」


「高いです。熱が籠もって、抜ける場所がありません。換気の口が三つ塞がっています」


 久遠寺は短い質問しかしない。三年、感想を言ったことがない。


「アンサー」


> ── はい。


「アーケードの換気の口を」


> ── 元の図面では、二丁目に六か所あります。張り替え後の図面では、三か所です。……残り三か所が、どういう形で塞がれたかは、記録にありません。


「開けられますか」


> ── 分かりません。開ける手順の記録がありません。屋根の構造が、去年から変わっています。


「下から見えますか」


> ── 見えません。天井の板の上になります。……下から見て分かるのは、風が来ないことだけです。


 アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。


 尾花の席で、二本目が光ったままになっていた。三本目が光って、そこで保留の表示が出た。


 保留は、繋がっている。繋がったまま、話せない。掛けた側からは、切れているのと区別が付かない。


 尾花は二本目を先に取った。三本目の方が早く光っていた。それでも二本目を取ったのは、一本目の中原と同じ場所からだと分かっていたためになる。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。……はい、二丁目ですね。今、隊が向かっています。その方を日陰へ移してもらえますか。ご自分で飲めるようでしたら、少しずつ飲ませてください」


 置いてから、次を取る。取るまでに、一分四十八秒あった。


 尾花は保留の時間を用紙へ書いた。書いた数字に、線は引かない。


 澪が図の縁から指を離した。


「座標、出た」


*


 地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。


「発進」


 合図は整備班が出す。六人ではない。


 商店街二丁目に着いたのは、十三時五十二分になる。所要は十二分だった。


 アーケードの下は、外より暗い。暗いのに、涼しくない。


 入った瞬間に、匂いが変わった。乾いた埃と、青物の匂いと、熱で溶けかけた樹脂の匂いが、動かないまま溜まっている。


 風が無い。旗も、日除けの布も、動いていない。天井の照明の紐が、真下へ垂れたまま止まっている。動かないものが多い場所は、外より広く見える。


 人は、外へ出ていた。店の中より、通りの日陰の方が涼しいと思っている。実際は逆になる。


 中原タエは花屋の前のパイプ椅子に座っていた。六十二になる。携帯電話は、膝の上に置いたままだった。画面は消えていて、それでも通話は切れていない。切らないでください、と言われてから、十二分経っている。十二分の間、一度も切らなかった。


「切らなかった」


「切らないでって、言われたので」


 迅はそれ以上訊かなかった。訊く前に、中原がもう答えている。


 中原は目を閉じたまま、そう答えた。


 ひかりが横へ回った。回ってから、しゃがんだ。


「首の後ろを冷やしますね。少し冷たいです」


 一度返してから、頼む型で続ける。


「両方の脇に、一つずつ挟んでもらえますか」


 中原は挟んだ。挟んでから、また目を閉じる。


 ひかりは脈を取って、七つ数えた。数えてから、もう一度取った。二度目の方が、間が揃っていた。


 乾物屋の前には、若い方がしゃがんでいた。十七になる。名は、隣の主人が訊いていた。宇野といった。


 宇野は返事をした。返事をして、手を動かした。ただ、立てなかった。


「立たなくていいです。そのまま、脚を伸ばしてもらえますか」


 ひかりは脚の付け根へ袋を当てた。当ててから、経口補水の袋を渡す。


「自分で持てますか」


「持てます」


「持てるうちは、自分で飲んでください」


 持てなくなったら飲ませない。ひかりは、そこを口に出さない。出さないまま、袋の口だけ先に切っておいた。


 乾物屋の主人は、店の敷居に腰を下ろしていた。五十を過ぎている。細田サチの息子になる。母親は二階にいて、この日は下りてきていない。


「上は、下より涼しいんですよ。風が入るから」


 言ってから、自分で立とうとして、一度手を突いた。突いた先が、日の当たっている敷石だった。手を離すのが遅れた。


 ひかりが袋を一つ、その手の下へ差し入れた。差し入れてから、何も言わなかった。


 桝田健三が金物屋の前から出てきた。六十を越えている。手に、うちわを二本持っていた。


「屋根を張り直したら、風が止まった」


 誰にも向けていない。言ってから、うちわを二本とも中原へ渡した。


「雨は入らんようになった。入らんようになったら、こうなった」


「トリアージ」


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。


> 判定 ── 黄。要救助者、待機可能。搬送を優先してください。


 黄が出た。黄は、待てる、になる。


 待てるのは、こちらの都合ではない。待てると判定が出た側が、待てるだけになる。


 禍体は、アーケードの東の端に立っていた。立っているだけで、こちらへ来ない。形は、天井まで届いていなかった。届かない高さで止まったまま、一度も動きを見せない。


 来ないものを、先に倒す理由は無い。三人が、屋根の下で座っている。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


 迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。四人が続けた。


 アーケードの天井が低いので、上げた手が屋根に近い。近い分だけ、熱が掌に当たる。


>  水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

>  声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

>  綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

>  梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

>  息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>

>  特別災害対策機構、第七支部 ──

>  呼ばれたら、鳴らして、行く!

>  急報戦隊、サイレンジャー!


 声はアーケードの中で二度返って、三度目で戻ってこなかった。戻らなかった分は、天井の裏へ抜けている。


> ── 回線、残り 三本。


 迅が東の端へ歩いた。走らずに歩いた。


「重装 ── 換装!」


 肩と脚が厚くなった。厚くなった分だけ、動きが遅い。


> ── 回線、残り 一本。


 残った一本は、市の側の回線になる。誰かが掛けてくれば、そこへ入る。


 迅は禍体の前に立った。立って、動かない。通路の幅は四メートル二十しかない。


「ここで受ける」


 禍体は、こちらへ来ようとした。来ようとした足の前に、迅が居る。重装の肩が、通路の幅の半分を塞いでいた。


 殴られた。二度、三度と続けて、肩の同じ場所に来る。当たる音が、重装の板の下で鈍く鳴った。鳴る度に、通路の埃が足元から上がる。


 迅は引かなかった。位置を変えなかった。変えないまま、後ろで三人が動いた。動ける幅は、迅の肩の外側の半分しかない。半分でも通れる。通れる幅を作っているのが、動かないでいる側になる。


 寺尾がハンマーを立てた。アーケードの柱の間に、柱を二本打ち込む。打つ音が、殴られる音と重なって、どちらか分からなくなる時が二度あった。


「まあ待て。屋根の下に、もう一枚屋根を張る」


 二文で言って、寺尾は二本の柱の間へ布を渡した。渡した下は、周りより一度低い。


 打ち込んだ柱は、抜かない。街に一つ増える。


 蒼汰が索を三本、アーケードの梁へ掛けた。掛けてから、二重に取る。


「上、任せろ。梁は六本、三本目が去年です」


 留めた索を伝って、有症者を店の中へ運ぶ経路が出来た。日の当たらない側は、店の中しかない。


 澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「三名。アーケードに三。屋根裏は零。撃てる」


 撃った。低い音が屋根裏を通っていく。通った音が、塞がった換気の口の場所を返してきた。


「西から二つ目、四つ目、六つ目。塞がっているのは、その三つです」


 ひかりがナイフで屋根裏の板を落とした。落とした先は、人のいない側になる。


 落ちた板の穴から、熱が抜けた。抜けた分だけ、下の空気が動く。


 旗が、一枚だけ動いた。動いたのは、花屋の前の一枚になる。中原タエの椅子から、二メートルの場所だった。


 迅は、まだ同じ場所に立っていた。四度目を受けてから、初めて足を出した。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 刃が、禍体の胴を横から断った。重装のまま振ったので、遅い。遅い分だけ、届いた場所が深かった。


 断たれた先で、熱が形を保てなくなる。


 蒼汰は梁の索を解いて、手繰った。三本とも巻き取りへ収める。収めてから、端を指で一度送る。


*


 アーケードの西の口に、人が立っていた。


 六月の午後で、日が当たっている。当たっているのに、その人は影の中にいるように見えた。


 澪がソナーを下ろした。下ろしてから、西の口の方を向く。


 立っているのは〈統計〉になる。


「六月十五日の熱中症搬送は、市内で年平均十一件です」


 声はそう言った。手元の紙を一度めくってから、続けた。


「本日は九件です。平年を下回っています。良い日です」


 誰も言い返さなかった。言い返す代わりに、ひかりが四組目の袋を出した。三組では足りなかった日になる。


 九件のうちの三件が、この屋根の下にいた。三人とも、名前がある。中原タエ。宇野。もう一人は、乾物屋の主人で、細田サチの息子になる。


 名前は、件数には入らない。件数に入るのは、数だけになる。


 〈統計〉は、その三人の方を見なかった。見ないまま、紙をもう一度めくった。


「昨年の同じ日は、十四件でした。改善しています」


 言ってから、西の口を出ていった。出ていく時、うちわを一本、地面から拾って、店の前の台へ戻した。


 誰のうちわかは、確かめなかった。台へ戻したうちわは、桝田が中原へ渡した二本のうちの一本になる。中原が膝から落としたものだった。


 落としたことに、中原は気付いていない。


 中原タエが、椅子の上で目を開けた。開けてから、膝の携帯電話を見る。まだ繋がっていた。


 中原は、電話を耳へ戻した。戻してから、何も言わずに、右手を耳の高さへ上げた形のまま止まった。


 持っているだけになる。それでも、形は同じだった。掌が、外を向いていた。


 アーケードの東の端で、熱が集まりはじめた。


 集まったのは、屋根の下に一年溜まっていた分になる。抜ける口が三つ無かった分だけ、多い。


 屋根を突き破って、それは商店街の上へ出た。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「アーケードの上には乗れません。柱が保ちません。西の駐車場からしか届きません」


「発進」


 合図は整備班が出す。


 サイレンファイヤーが西の駐車場で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。


 立つ時、四本の脚が同じ深さで沈んだ。沈んだ場所は、去年舗装し直した側になる。


> ── 回線、残り 一本。


 商店街の人が、店の中から見上げた。外へは出てこない。日の下に立つと、また誰か倒れる。


 子どもが一人、花屋のガラスの内側に貼り付いて見ていた。ガラスが曇る。曇った場所を、手で拭いて、また見る。


 見上げているのは、窓の内側と、日除けの下からになる。


 サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その左手を、迅はアーケードの屋根の東の端へ添えた。


 添えた指が、屋根を三十センチだけ持ち上げる。


 持ち上げた隙間から、一年分の熱が抜けた。抜けた分だけ、下の商店街の温度が下がる。


 右腕が動いた。開く方の掌が、熱の柱の腹を横から押した。押した場所で、柱が薄くなる。


 薄くなった中から、塞がれた換気の口が三つ、そのまま出てきた。板が打ち付けてあった。板は新しい。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 押し出した掌が、三枚の板を横から抜いた。抜けた先で、柱が形を保てなくなる。


 熱が、商店街の上の空へ散った。散った先は、六月の晴れた空になる。


 散る音は、店の中から出てきた人の声に消された。


*


 地下三層で、梅木がメディックの後ろの送風機を外していた。羽根を二枚だけにして回してある。


「七割で回してきました。今日は、それで足りました」


「足りました。足りない日に足りる形は、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いて、それ以上は足さなかった。


 佐波が保冷の箱を洗っていた。氷の袋は九つ全部使ってある。九つ目は、寺尾が出る前に足した分になる。


 洗ってから、佐波は製氷の機械の前へ行って、次の分を作りはじめた。作るのに四時間掛かる。四時間後にはもう夜になっていて、その日はもう要らない。要らなくても作る。


 蒼汰が索を巻き終えてから、梅木の横へ来た。


「四度殴られてから、足を出しました」


「本人に言え」


「言いません」


 それで終わった。梅木は羽根を袋へ入れて、口を縛った。


 三階の食堂で、寺尾が湯を沸かした。六月の椀は、四丁分になる。暑い日でも汁は出す。出さなかった年は、三年で一度も無い。


 沸かす前に、保冷の箱の中の缶を一本取り出して、迅の席へ置いた。迅が朝に入れた二本目になる。


 尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日の保留は、一分四十八秒になる。件数は二件だった。


 第一声の欄には、めまいがする、と書いてある。かなのままにした。この人は、自分に何が起きているかを名指し出来ていない。名指し出来ない声を、書き直さない。


 搬送は三名になった。三名とも、その日のうちに帰った。帰った先で、三人ともまた同じ屋根の下に立つ。屋根は、来年度まで直らない。


 澪は付箋の束を机の左の端へ寄せた。十三枚のままになっている。寄せてから、商店街の図を畳んだ。畳んだ図の二丁目に、鉛筆で丸が三つ足してある。塞がっていた口の位置になる。


 六人は、この人たちに礼を言わない。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十三時五十二分。所要 ── 十二分。

> 保留 ── 二件。最長 ── 一分四十八秒。

> 未着 累計 ── 一。

> 損壊 ── 商店街二丁目 アーケード 屋根 一部 破損。天井裏 板 三枚 脱落。

>     換気口 三箇所 開放。日除け 二張 焼損。

> 救助 ── なし。搬送 ── 三名。避難 ── なし。

> 仮設 ── 支柱 二本 設置。撤去 ── 未定。

> 市内 昨年度以降に改修し 換気口が減った商店街 十一か所 ── 換気計算 記録なし。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。