第058話 雷が落ちた
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 五月十八日 十七時二十六分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 山側 峰谷。
> 第一声 ──「雷が落ちた」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「雷が落ちた」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。何処へ落ちたのかは、まだ書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「山側の峰谷です。中継の鉄塔があるところの、下の道で」
「落ちたのを、直接見られましたか」
「見ました。塔の上から、火が出てます」
尾花は用紙の右の欄へ、山側峰谷、鉄塔、落雷出火、と書いた。三つ並ぶと、持っていくものが決まる。
「わかりました。けがをされた方はいますか」
「分かりません。塔の下に、作業の人が二人いたんです。今朝から上ってて」
「今、その方たちは見えていますか」
「見えません。塔の足元が、煙で」
尾花はそこで一度、間を置いた。置いてから、順を変えた。
「今、雨は降っていますか」
「降ってます。強いです」
「わかりました。今おられる場所から、高い所へ行かないでください。木の下にも入らないでください」
「車の中は」
「車の中は大丈夫です。窓を閉めて、金属に触らないでください。それから、電話は切らないでください」
「切れそうです。ここ、電波が」
「切れたら、同じ場所からもう一度掛けてください。同じ場所です」
声が返る前に、通話が切れた。切れ方は、押された切れ方ではない。
尾花はそこで秒を書いた。この日、初めて秒を書いた。書いてから、回線の枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。
光っていた一つが、そこで消えた。
消えた枠を、尾花は消さずに残した。残しておくと、掛け直してきた時に同じ欄へ続けて書ける。
同じ欄に続けて書けると、切れていた時間が分かる。分かる時間は、後で数字になる。
*
十七時二十六分の三階は、雨の音がしていた。五月の雷雨で、昼を過ぎてから急に来た。
武藤とうふ店は七時十分に置いていく。五月は四丁になる。雨の日は、容器の底に水が溜まる。今日は溜まっていた。
寺尾剛は湯を張った鍋の前にいた。張るのは早い。食べるのはいつも最後になる。
「まあ待て。雷の日は、山が先に鳴る。街で聞こえた時には、山はもう終わってる」
二文で言って、鍋の縁の欠けた場所を上へ向けた。三年、この置き方が変わっていない。
灰谷蒼汰は索を膝の上へ広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「四本です。濡れた鉄には掛けません」
言いながら、二本目の端を布で拭いた。雨の日の索は、握った場所から水を吸う。
七尾ひかりは酸素の残りを見ていた。見てから、七つ数えた。七つ数えて、七つで戻った。数え終わってから、袋の外側を布で拭く。
逢坂澪は受信席の裏で、山側の中継の図を出していた。市の防災課から借りた写しで、鉄塔の位置と高さが並んでいる。
峰谷の鉄塔は、三号中継になる。二月に、雪と風で出力が五分の一まで落ちた場所と同じになる。
澪はその図を、机の左の端へ寄せた。寄せた場所には、付箋の束がある。十三枚のままになっている。
火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。
久遠寺修司は掲示板の前に立っていた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。
覚知の音が鳴った。鳴った音の下で、寺尾が火を落として蓋をする。
梅木あかねが盤の前で、五機の並びを見直した。雷の日は、機体の計器が一度飛ぶことがある。
「ウイングを先に上げます。山側は、下から行くと三十分掛かります」
「上から行っても、雷の中では降りられません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。梅木は言い返さないで、並びの一番上をウイングにした。
「降りません。上で待たせます。待つ場所を作るために先に上げます」
梅木はそれだけ言って、盤の隅へ数字を出した。ウイングの計器の一覧になる。
一覧の中に、時計が二つ並んでいる。一つは本体の時計で、もう一つは後から足したものになる。
足した方は、本体の系統から切ってある。電源も別で、線も別に引いてある。同じ盤の中で、二つが繋がっていない。
繋がっていないので、片方が止まっても、もう片方は動く。
足したのは梅木で、いつ足したかは書いていない。書く欄が、この一覧に無い。
規定の一覧に載っていないものは、載せる場所が無い。載せる場所が無いものを、この人は毎朝、黙って見ている。
須永が受信席の後ろから顔を出した。手に、防災課から届いた紙を持っている。
「三号中継、二月に直したところです。今日の落雷は、その上の避雷の針に落ちています」
「針は」
「役目を果たしています。落ちるものを、落ちる場所へ落としました」
「なら、火は」
「針の下です。塔の中の線が焼けています」
落ちるものを落ちる場所へ落として、それでも火が出る。避雷の針は、火を出さないための道具ではない。
落ちる場所を決めるための道具になる。決めた場所に何が付いているかまでは、針の側では見ていない。
三号中継の場合、針の下には二月に替えたばかりの線が通っていた。
誰も、そのことを口に出さなかった。
*
澪が中継の図を机へ広げた。広げてから、峰谷の鉄塔に指を置いた。
「山側峰谷、三号中継の鉄塔。高さ四十五メートル。上部から出火。塔の足元に作業員二名、所在不明です」
「上っていたのか」
「今朝から、点検で上っています。二月の修理の、本工事になります」
「今、何処に」
「分かりません。塔の中の踊り場が三段あります。どの段にいるかは、下からは見えません」
「アンサー」
> ── はい。
「この塔の、踊り場の高さを」
> ── 十五メートル、二十八メートル、四十メートルの三段になります。……上の二段には、屋根がありません。
「連絡は」
> ── 通じません。三号中継そのものが焼けています。この塔を経由する通話は、全部落ちています。
「峰谷の集落は」
> ── 二十一戸です。全戸が、この中継を使っています。……今、一戸も繋がりません。
アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。
久遠寺が短く訊いた。
「呼べないのか」
「呼べません。峰谷から一一九は、今、掛かりません」
二十一戸が、掛けられない状態になっている。掛けられないことに、その二十一戸はまだ気付いていない。
電話は、掛けようとした時に初めて繋がるかどうかが分かる。持っているだけでは分からない。
持っているだけの二十一戸は、今のところ、今までと同じ夕方を過ごしている。
気付くのは、掛けようとした時になる。
澪はそこで一度、図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。
「座標、出た」
*
地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。
「発進」
合図は整備班が出す。六人ではない。
ウイングが先に屋根の口から出た。出た先の空は、五月の夕方で暗い。雲の底が低くて、山の稜線が見えない。
山側峰谷の林道は、二月に一度通った道になる。あの時は雪だった。今日は雨で、路面の色が違う。
二月に打った柱が、沢の斜面にまだ残っている。春に雪が解けても、林道からは見えない場所になる。
通り過ぎる時、寺尾はそちらを見なかった。見る必要が無い。打った柱は、そこにある。
鉄塔は、林道から二百メートル入った尾根の上にある。四十五メートルの塔で、上から三分の一のところが赤く見えた。
二百メートルの道は、車が入らない。徒歩で上がることになる。雨で土が緩んでいて、上がるのに三分掛かった。
三分は、この日の所要の三分の一を超える。
塔の下には、軽トラックが一台止まっていた。運転席に、六十くらいの男が座っている。窓は閉まっている。
閉めているのは、言われたからになる。言われたのは、電話が切れる前になる。切れた後も、閉めたままでいる。
「私が掛けました。里見といいます」
二月に、この人の家から掛かってきたことがある。沢へ落ちた夫を、平らな岩の上から呼んだ人になる。
「上の二人は」
「工事の人です。朝、うちの前を通っていきました。二人とも、若い方でした」
「名前は」
「聞いてません。会社の名前だけ、車に書いてあります」
迅は軽トラックの窓を閉めさせてから、塔の足元へ回った。回った先で、上を見る。
煙は、塔の上から出ていた。雨で下へ叩かれて、足元まで落ちてきている。
雨の日の煙は、上へ行かない。行かないので、下にいる人の方が吸うことになる。
尾根の上は、風が抜ける。抜ける方向は、今日は東から西になっていた。
落ちてきた煙の中に、人はいなかった。いないことは、いる場所が分からないことと同じになる。
「二十八メートルです」
澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「七名。塔の下に五、二十八メートルの踊り場に二。塔の中は零。撃てる」
二人は、二段目にいた。上には行けず、下にも降りられない場所になる。
上は火で、下は煙になる。二段目は、その両方から等しく離れている。等しく離れている場所は、どちらへも動けない場所になる。
二人がそこを選んだのか、そこで止まったのかは、下からは分からない。
分からないまま、下から声を掛けることになる。掛ける声は、選んだ人にも、止まった人にも、同じ言葉になる。
「トリアージ」
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
五人が同時に上がった。上がった先は、尾根の上の平らな場所になる。
迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。四人が続けた。
見ているのは、軽トラックの中の一人だけになる。窓が閉まっているので、声は届いていない。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声は雨の中へ落ちた。落ちた先で、返ってくるものが無い。
> ── 回線、残り 二本。
塔の上で、焼けた線が切れた。切れた線が、四十五メートルの高さから垂れる。
垂れた線は、雨で光っていた。光ったまま、下へ落ちてこない。
落ちてこないのは、切れた先が塔の骨組へ絡んでいるからになる。絡んだ先が、二段目の踊り場の真上になる。
蒼汰が塔の足元へ回った。
「上、任せろ。塔の足は四本。北東の一本が浮いています」
蒼汰が索を投げた。投げた索が、塔の南西の足へ巻いた。巻いてから、林道の側のガードレールへ二重に取る。
留めた索が張った。張った先で、塔の傾きが止まる。
「まあ待て。俺が押さえる。押さえてる間は、動かん」
寺尾がハンマーを尾根の土へ立てた。柱を三本、北東の足の外側へ打ち込む。
二文で言って、寺尾は三本の頭を足の側へ向けた。向けた分だけ、浮きが止まる。
迅がギアの柄を半回転させ、そのままもう半分回した。金具が二度噛む。
「鉤!」
柄の先の鉤を、垂れた線の下の端へ掛けた。掛けてから、塔から離す方へ引く。
引いた線が、骨組から外れた。外れた線が、尾根の土へ落ちる。
落ちた先には、誰もいない。落とす場所を決めてから引いたことになる。
鉤は引くための形をしている。引く先を決められるのが、押す形との違いだった。
「二人が下ります」
ひかりが二段目の下から声を上げた。上から、返事があった。
降りるのに、十二分掛かった。四十五メートルの塔の梯子は、雨の日に一段ずつ足を確かめて下りることになる。
二人は、下から声を掛けられるまで動かなかった。動かなかったのは、上で決めたことになる。
上で決めたのは、二人のうち年上の方だった。年上といっても、二つしか違わない。
その十二分の間、五人は誰も上へ登らなかった。登れば、下りてくる人と梯子の上ですれ違うことになる。
すれ違う場所が、雨の日の梯子には無い。
二人が地面へ着いたのは、十七時五十七分になる。若い男が二人で、どちらも二十代だった。
「息、返すよ」
ひかりが七つ数えた。七つ数えて、七つで戻った。二人とも、怪我はしていない。
「上で、電話が繋がらなくなって」
言った方が、腕で顔の水を拭いた。拭いても、雨なのですぐ濡れる。
一人がそう言った。誰にも向けていない。
「呼ぼうとしました。でも、その中継から掛けてたので」
自分がいる塔が焼けたので、自分の電話が繋がらなくなった。二人はそれを、上で三十分かけて理解している。
理解してから、二人は何もしなかった。何も出来なかったのではない。動くことが、一番危ないと分かっていたからになる。
工事の人は、そういう訓練を受けている。受けているのに、それでも三十分は長い。
「下の人が、呼びました」
迅がそう言った。それ以上は言わなかった。
軽トラックの窓が下りた。里見が、そこから顔を出している。
「切れたので、掛け直しました。同じ場所からです」
言われた通りにした人になる。二度目は、峰谷ではなく、林道を三百メートル下った先から掛けている。
三号中継の届かない場所まで下りると、四号の側に入る。四号は焼けていない。この人が、そのことを知っていたわけではない。
知らないまま下りて、そこで掛かる。
そこまで動いたことを、この人は言わない。訊かれもしなかった。
尾根の東の端に、男が一人立っていた。作業着の袖をまくって、腕に古い傷がある。雨に濡れているのに、傘を差していない。
「塔は、自分で建てろ」
誰にも向けていない。言ってから、自分の腕の傷を指の腹で押さえた。
押さえた指を、自分で巻いた包帯の上へ置く。雨で色が変わっている。変わっても、巻き直さない。
迅はそちらを見なかった。見ないで、塔の方を見ている。
塔が、そこで動いた。
四十五メートルの骨組が、根元から抜けた。抜けた鉄が、尾根の上で立ち上がる。
立ち上がった高さは、元の塔より高い。周りの杉を越えて、そこで止まらない。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「山側です。尾根の上は平らが狭いです。林道の側にしか、足を置けません」
「発進」
合図は整備班が出す。
サイレンファイヤーが林道の側で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。
組み上がる途中で、計器が一度飛んだ。雷雲の下では、時々そうなる。
飛んだ計器のうち、時刻の欄だけが残った。ウイングに二つある時計の、後から足した方になる。
もう一つは止まっている。止まった方が本体で、動いている方が後から足した分になる。
誰も、そのことを言わなかった。梅木も言わない。三年前に足した時も、この人は理由を言っていない。
> ── 回線、残り 一本。
軽トラックの中から、里見が見上げていた。窓は下ろしたままになる。
雨の中で見上げると、機体の輪郭が水の膜の向こうにある。見えるのは、胸の放水口の光だけになる。
サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その左手を、迅は塔の四本の脚の間へ差し込んだ。差し込んだ腕が、支えになる。
支えた分だけ、抜けた根元が尾根の土を掘らない。掘れば、表土が林道の側へ流れる。流れた先に、軽トラックがある。
塔が、腕の外側から回り込もうとした。回り込む先には、林道と、軽トラックがある。
右腕が動いた。開く方の掌が、塔の腹を横から掴む。掴んだ場所で、鉄が鳴った。
鳴った下から、避雷の針が出てきた。塔の一番上に付いていた、一本の細い棒になる。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
押し出した掌が、針を横から抜いた。抜けた先で、塔が形を保てなくなる。
骨組が一本ずつになって、尾根の土へ落ちた。落ちた先は、林道を外れている。
落ちた音は、雨の音に混ざった。混ざっても、里見には届いている。
窓の外へ、この人は手を出さなかった。出さずに、運転席から頭を一度下げた。
下げてから、右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。ハンドルの上で、それだけの動きになる。
誰も教えていない。二月に、同じ形をする人を岩の上から見ている。
蒼汰はガードレールの二重を解いて、索を手繰った。二本とも巻き取りへ収める。収めてから、端を指で一度送る。
*
地下二層で、戸倉がウイングの計器を見ていた。飛んだ分は、電源を入れ直すと戻った。
本体の時計だけが、止まったままになる。
「時計が一つ、駄目です」
「もう一つは動いています」
言ったのは梅木で、宮ヶ瀬ではない。
「二つ付いてるのが、規定外だったはずです」
「規定に無いだけです。無いものは、禁じられていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。
梅木は、動いている方の時計を布で拭いた。拭いてから、盤の一覧へ時刻を書き写す。
書き写した時刻が、この日の記録の中では一番正しい数字になる。
規定に載っていない時計から書き写した数字が、正しい方になった。そのことを、誰も紙には書かない。
須永が受信席の後ろで、防災課の紙を畳んでいた。畳みながら、戸倉に言った。
「三号中継、また落ちました。二月と同じ場所です」
「二度目か」
「二度目です。峰谷の二十一戸は、明日の朝まで掛けられません」
「二度落ちる場所は、三度目も落ちる」
「そう書いて出します。書いても、直る順は市が決めます」
三階の食堂で、寺尾が湯豆腐を出した。五月の椀は、四丁分になる。五つの椀に、四丁を分けた。
「五月は四丁だ。六月がいくつになるかは、六月に分かる」
二文で言って、自分の椀を一番小さくした。三年、この分け方が変わっていない。
尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日の保留は、一分八秒になる。件数は一件だった。
用紙の右の欄には、切れた通話の時刻が入っている。切れてから、同じ人が掛け直すまでに、四分二十秒あった。
その四分二十秒の間、この人は誰とも繋がっていない。
六人は、この人に礼を言わない。切れた四分二十秒を数えていたのも、この人だけになる。
峰谷の二十一戸のうち、その夜に掛けようとした家が二軒あった。二軒とも、掛からない。
二軒とも、掛けようとしたのは急ぎの用ではなかった。だから、何も起きずに済んだ。
起きなかったことは、記録に残らない。残らないので、翌朝に復旧した時、二十一戸のうち何戸が掛けようとしたかを、市は数えていない。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十七時三十四分。所要 ── 八分。
> 保留 ── 一件。最長 ── 一分八秒。
> 未着 累計 ── 一。
> 損壊 ── 山側峰谷 三号中継 鉄塔 全壊。避雷設備 一式 焼損。
> 尾根 表土 一部 流出。林道 路肩 一箇所 崩れ。
> 救助 ── 二名。搬送 ── なし。
> 峰谷 二十一戸 通信途絶 ── 復旧 翌朝。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




