第055話 動かして
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 四月三十日 二十三時十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 湾岸 三丁目。
> 第一声 ──「動かして」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「動かして」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。何を動かすのかは、まだ書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「湾岸の三丁目、四番岸壁です。夜のうちに荷を下ろしてて、それで」
「わかりました。何が起きたか教えてください」
「クレーンが止まりました。荷を吊ったまま止まって、その下に人が」
「その方は、荷に触れていますか」
「触れてません。届いてません。でも、荷の真下で、動けないみたいで」
尾花は用紙の右の欄へ、湾岸三丁目四番岸壁、荷役停止、要救助一名、と書いた。三つ並ぶと、持っていくものが決まる。書いてから、四つ目の欄へ、吊り荷の下、と足した。
「わかりました。今、隊が出ます。誰もその下へ入らないでください」
「動かしてもらえませんか。上のを、どけてもらえれば」
「動かすと落ちます。落ちる先に、その方がいます」
向こうで、息を吸う音がした。吸ってから、返事が遅れた。遅れた分だけ、飲み込んだことになる。
動かしてほしいと言った人へ、動かせないと返すことになる。返す側は、その先を用意しておく必要がある。用意が無いと、掛けた人が自分で動きはじめる。
「では、何を」
「その方に、声を掛け続けてください。上を見ないでもらってください。それから、電話は切らないでください」
「上を見ないで、ですか」
「見上げると、体が後ろへ倒れます。倒れた先が、荷の真下になります」
尾花はそこで秒を書いた。この日、二度目の秒になる。夕方に一度書いて、その用紙はもう綴じてある。
書いてから、回線の枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。
*
二十三時十分の三階には、四人がいた。夕方の出場から戻って、洗い物が終わったところだった。残りの二人は、下で装備を戻している。
同じ日に二度出るのは、三年で十一度目になる。十一度のうち、九度は夜になる。夜の方が、道が空いていて着くのが早い。
早く着けるのに、二度目はいつも手数が増える。濡れた道具と、疲れた腕がそのまま残るからになる。
武藤とうふ店は七時十分に置いていく。四月は五丁になる。今日の分は、夕方に全部無くなっていた。
寺尾剛は、鍋を洗い直していた。洗うのは早い。乾かすのは遅い。
「まあ待て。一度出た日の二度目は、道具が湿ってる。湿ったまま出ると、握りが滑る」
二文で言って、布を三枚出した。出した三枚を、卓の端へ順に並べる。
灰谷蒼汰は索を膝の上へ広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。二度目の出場でも、省かない。
「四本です。夕方に濡らしたので、今は三本です」
言いながら、四本目を脇へ寄せた。寄せた一本は、明日まで干すことになる。
三本で足りるかどうかは、行ってみないと分からない。足りない時に、七つ目の器具箱がある。開けたことは、三年で一度しかない。
七尾ひかりは酸素の残りを見ていた。見てから、七つ数えた。七つ数えて、七つで戻った。数え終わってから、袋の中身を夕方の分と入れ替える。
逢坂澪は受信席の裏で、湾岸の岸壁の図を出していた。市の港湾課から借りた写しで、四番岸壁だけ線が新しい。
火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。
久遠寺修司は掲示板の前に立っていた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。
覚知の音が鳴った。夜の音は、昼より低く聞こえる。鳴った音の下で、寺尾が布を三枚とも掴んだ。
宮ヶ瀬佳代が地下三層から上がってきた。手に、小さな箱を一つ提げている。
「レスキューの器具箱、七つ目の掛け金を替えました」
逆から言う人になる。出来ていることを先に言わない。
「掛かるようになっただけです。開けなくていい箱に、いい掛け金を付けても仕方がありません」
言ってから、提げていた箱を卓へ置いた。置いた箱の蓋を、自分では開けない。
「今日は、これを持っていきません」
「何ですか」
訊いたのは佐波悠になる。工具箱を提げたままで、まだ地下から上がってきたところだった。
「呼ぶ側が持てるものです。作ろうとして、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は蓋を開けずに、箱を抽斗へ入れた。入れた抽斗には、使い終わった札が何枚か入っている。
「どういう形になるんですか」
「形が決まりません。決まらないうちは、渡せません」
渡してから決めることは、この人はしない。渡したものは、街の側で使われる。使う人の手が先に決まっていないと、形は決まらない。
佐波はそれ以上訊かなかった。訊かないで、階段の方を見た。四人が下りていく音が、もう二階まで落ちている。
抽斗が閉まる音は、その足音に消された。
*
澪が岸壁の図を机へ広げた。広げてから、四番岸壁に指を置いた。
「湾岸三丁目、四番岸壁。荷役のクレーンが一基、吊ったまま停止しています。吊り荷は鋼材の束で、重さは八トン」
「高さは」
「地上から十二メートルです。真下に一名。動いていません」
「止まった理由は」
「停電ではありません。周りの灯りは点いています」
図の上で、指が岸壁の縁をなぞった。四番岸壁は、去年の秋に舗装を打ち直したばかりになる。
打ち直した面は固い。固い面は、荷を落とした時に音が返る。返る音の大きさで、下に何があるかが分かることがある。
澪はその図を、机の左の端へ寄せた。寄せた場所には、付箋の束がある。十三枚のままになっている。
「アンサー」
> ── はい。
「この型式のクレーンの、非常の下げ方を」
> ── 操作室の側に手動の弁があります。開けると、吊り荷はゆっくり下ります。……速さは調整できません。
「どれくらいで下りますか」
> ── わかりません。荷の重さと、油の温度で変わります。
「真下の人は、どれくらいの範囲から出られますか」
> ── 荷の外周から二メートルです。……その二メートルの内側に、何が置いてあるかは、記録にありません。
アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。
久遠寺が短く訊いた。
「下げるのか」
「下げません。先に、人を横へ出します」
「出すのは」
「歩ければ歩いてもらいます。歩けなければ、上に受けを入れてから運びます」
澪はそこで一度、図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。
「座標、出た」
*
地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。アンサーは一段ずつ下りる。三年、この対比が変わらない。
「発進」
合図は整備班が出す。六人ではない。
夜の湾岸は、昼より広く見える。倉庫の間の道に人がいなくて、車も止まっていない。
昼は、この道に十トンの車が並ぶ。並ぶ場所が空いていると、道の幅がそのまま見える。幅は九メートルある。
九メートルの道の先に、海がある。海の側には、灯りが一つも無い。
四番岸壁の夜間灯は、四本のうち三本が点いていた。点いていない一本の下に、吊り荷の影が落ちている。
クレーンの操作室は、地上から八メートルの高さにある。降りるのに、外の梯子を使う。
その操作室から、五十くらいの男が下りてきた。ヘルメットの顎紐を外したままにしている。下りる途中で外したことになる。
「私が掛けました。畑中といいます」
「下にいるのは」
「うちの若いので、的場といいます。二十三です」
「動けないのは、けがですか」
「分かりません。荷が止まった時に座り込んで、それきり動かなくて」
迅は名前を聞いてから、岸壁の縁を回った。回った先が、吊り荷の斜め下になる。斜め下は、落ちても当たらない位置になる。
真下へは行かない。行けば、助ける側が二人目の要救助者になる。
的場は、舗装の上に座っていた。膝を抱えて、顔を伏せている。上は見ていない。
伏せているのは、言われたからになる。電話の向こうから、畑中を通して届いた言葉になる。届いた言葉を、この人は二十分守っている。
「的場さん。七尾といいます。今からそちらへ行きます」
ひかりが荷の外周から二メートルの線の外で膝を突いた。突いてから、声だけを先に入れる。
「怪我は、していますか」
「してません」
「それでは、私の声の方へ体を向けてもらえますか」
「動くと、落ちるかと思って」
「落ちません。動いても落ちません。触った時だけです」
的場は顔を上げなかった。上げないまま、体だけを横へ向けた。向いた先に、ひかりの膝がある。
二メートルを、這って出るのに四十秒掛かった。立たせなかったのは、立った拍子に上を見るからになる。
這っている間、ひかりは手を出さなかった。出せば、届く場所まで自分が入る。入れば、下にいるのが二人になる。
出したのは、声だけだった。四十秒の間、一度も途切れていない。
外へ出てから、的場は初めて上を見た。見た先に、八トンの束がある。
束は、さっきまで自分の頭の上にあった。今は、二メートル横にある。二メートルの差を、この人はこれから何度も思い出す。
「怖かったです」
「はい」
迅はそれだけ言った。それ以上は言わなかった。
畑中が、的場の背へ手を置いた。置いてから、何も言わずに離した。
吊り荷が、そこで一度下がった。
下がったのは、十五センチだった。十五センチ下がって、そこで止まる。
止まった音が、岸壁の面で返ってきた。返り方が固い。舗装を打ち直したばかりの面は、音を吸わない。
吸わない面の上では、遠くの音も近くに聞こえる。倉庫の扉が鳴る音が、九メートル向こうから届いた。
「トリアージ」
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
五人が同時に上がった。上がった先は、四番岸壁の中ほどになる。
迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。四人が続けた。
夜の岸壁には、見ている人が二人しかいない。二人とも、荷の外側に立っている。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声は海の側へ抜けた。抜けた先に、返ってくるものが無い。
> ── 回線、残り 二本。
吊り荷の束が、そこで解けた。解けた鋼材が、落ちずに横へ広がる。
広がった鋼材は、八トン分になる。一本ずつが六メートルの長さで、四十本ある。
四十本は、束ねてあった時と同じ並びを保っている。落ちるのではなく、束のまま横へ寝た形になる。
音は、鋼が鋼を叩く音だった。一本ずつではなく、四十本が同じ拍で鳴る。
迅がギアの柄を半回転させ、そのままもう半分回した。金具が二度噛む。
「鉤!」
柄の先の鉤を、一番外の一本へ掛けた。掛けてから、岸壁の内側へ引く。
引いた一本が、海の側から離れた。離れた分だけ、束の重さが陸の側へ寄る。
寺尾がハンマーを提げて前へ出た。
「まあ待て。俺が止める。落とすと、明日から荷が出せん」
寺尾がハンマーを岸壁の縁へ立てた。柱を三本、係船柱の内側へ打ち込む。
二文で言って、寺尾は三本の頭を海の側へ向けた。向けた分だけ、鋼材が縁を越えない。
「上、任せろ。三本で回します。角度は四十度」
蒼汰が索を投げた。投げた索が、クレーンの脚の根元へ巻いた。巻いてから、夜間灯の柱へ二重に取る。
留めた索が張った。張った先で、束の広がりが止まる。
止めたのは広がりだけで、重さは止まっていない。重さは、寺尾の柱が受けている。
澪が岸壁の東でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「四名。岸壁に四。荷の中は零。撃てる」
撃った。低い音が鋼材の束を通った。通った音が、海の側で返らない。
「返りが片側だけです。陸の側が固くて、海の側が抜けています」
抜けている側は、狙えない。狙えるのは、陸の側の一本になる。
その一本は、束の一番下にある。下から抜けば、上の三十九本が落ちる。落ちる先は、岸壁の面になる。人はいない。
迅が束の陸側へ回った。回った先で、斧を横に寝かせる。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
刃が、陸側の一本を根元から断った。断たれた一本が抜けて、束が繋がらなくなる。
繋がらない鋼材が、一本ずつになって岸壁の舗装へ落ちた。落ちた先は、海の縁を外れている。
蒼汰は夜間灯の二重を解いて、索を手繰った。三本とも巻き取りへ収める。収めてから、端を指で一度送る。
落ちた鋼材の上を、畑中が歩いてきた。歩いてから、数を数えはじめる。
「四十本。全部あります」
言ってから、畑中は自分の手を見た。数える時に使う指が、まだ動いている。
誰も訊いていない。この人は、荷を数えるのが仕事になる。数えるのが仕事の人は、数が合うまで帰らない。
的場は、倉庫の壁に背を付けて座っていた。ひかりが膝の上へ布を掛けている。
「息、返すよ」
七つ数えた。七つ数えて、七つで戻った。
「動かして、って言いました」
的場がそう言った。誰にも向けていない。
「上のを、どけてくれって。動かすと落ちますって言われて」
「はい」
「じゃあ、俺はどうすればいいんだって、思って」
「はい」
「上を見ないでくださいって言われて。それだけでした」
「言われた通りにされました」
言ったのはひかりで、それ以上は続けなかった。的場は返事をしないで、右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。
誰も教えていない。二メートルを這って出る間、この人はひかりの手だけを見ていた。
岸壁の東の端に、紙を挟んだ板を持った人が立っていた。背は低い。落ちた鋼材の数を数えている。
「四十本。六メートルが四十。八トン」
誰も訊いていない。
「この街の夜の荷役は、年に八千二百回です。人が下に立つのは二千四百回になります」
数字は合っている。この人は嘘を言わない。
「二千四百回のうち、二千三百九十九回は何も起きません。起きるのは一回になります」
板の紙が、一枚めくれた。めくれた下にも、数字が並んでいる。
澪はそちらを見た。見て、それから的場の方を見た。今日の一回に当たったのが、二十三の男になる。
誰も、そこまでは言わなかった。紙を挟んだ人は、板を下ろして、倉庫の間へ入っていった。
入っていく背中の向こうで、落ちた鋼材がもう一度動いた。動く音が、固い面の上で二度返る。
二度目の返りが、一度目より大きかった。
動いた鋼材は、岸壁の四十本だけではない。倉庫の中に積んであった分が、扉を押して出てくる。
出てきた数は、四十本ではない。数えられる数ではなくなっていた。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「湾岸です。夜です。岸壁の面にしか立てません。海の側は、足が着きません」
「発進」
合図は整備班が出す。
サイレンファイヤーが岸壁の中ほどで立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。
> ── 回線、残り 一本。
倉庫の間から、夜勤の人が出てきた。四人いる。四人とも、上を見ている。
夜の湾岸で見上げると、機体の輪郭が夜間灯の光の外にある。見えるのは、光の当たっている脚と、胸の放水口だけになる。
サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その左手を、迅は立ち上がった鋼材の下へ差し入れた。差し入れた腕が、受け台になる。
受け台になった腕の上で、鋼材が海の側へ滑らない。滑らせれば早い。海へ落とせば、それで終わる。
終わったあと、この岸壁は使えなくなる。使えなくなれば、明日の荷が別の岸壁へ回る。回った先で、また誰かが下に立つ。
束が、腕の外側から回り込もうとした。回り込む先には、倉庫の列がある。
右腕が動いた。開く方の掌が、束の腹を横から掴む。掴んだ場所で、鋼が鳴った。
鳴った下から、一本の太い材が出てきた。倉庫の一番下の段に、十年置かれていた分になる。
十年動かさなかった材は、下の面が湿って色が変わっている。変わった色の側が、今は上を向いていた。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
押し出した掌が、太い材を横から抜いた。抜けた先で、束が形を保てなくなる。
鋼材が一本ずつになって、岸壁の舗装へ落ちた。落ちた音が、海の面へ抜けていく。
夜勤の四人が、そこで手を叩いた。叩いた音は、鋼の落ちる音に負けた。負けても、叩き続けている。
四人のうち一人が、途中で手を止めて、右手を耳の高さへ上げた。残りの三人が、それを見てから同じ形をした。
*
地下二層で、佐波がレスキューの器具箱を見ていた。夜間灯の柱を擦って、外側の塗りが一筋剥げている。
「擦りました。中は無事です」
「中が無事なら、外は次でいいです」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。
須永が受信席の後ろで、港湾課の紙を畳んでいた。畳みながら、佐波に言った。
「四番岸壁、去年の秋に打ち直しています。音を吸わない面です」
畳んだ紙には、打ち直した年月と、面の厚さが二列で並んでいる。並べたのは須永で、並べる癖は一人でやっていることになる。
「澪さんが言ってた」
「本人に言えばいいのに」
「言いません。当たったから言うのは、後出しになります」
三階の食堂で、寺尾が湯を沸かし直した。豆腐はもう無い。四月の最後の日で、明日から五月になる。
五月の豆腐が何丁になるかは、まだ誰も知らない。三月が六丁で、四月が五丁だった。増える月と減る月の理由を、武藤は一度も言っていない。
沸いた湯に、寺尾は何も入れなかった。入れないまま、五つの椀へ注いだ。
「五月の分は、明日の朝に来る」
二文にならなかった。一文で終わったのは、三年で数えるほどしかない。
誰も指摘しなかった。指摘すると、次から二文に戻る。
尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日の保留は、一分十二秒になる。件数は一件だった。
同じ日に二度、この人は同じ一行を言っている。言い方は、二度とも同じになる。速さも、切り方も、夕方と変わらない。
六人は、この人に礼を言わない。二度目の当直の終わりも、同じになる。
地下三層の抽斗には、蓋を開けなかった箱が一つ入っている。中身は、まだ形が決まっていない。
箱は小さい。掌に載る大きさになる。持てるものを作ろうとすると、そうなる。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 二十三時十九分。所要 ── 九分。
> 保留 ── 一件。最長 ── 一分十二秒。
> 未着 累計 ── 一。
> 損壊 ── 湾岸三丁目 四番岸壁 舗装 一部 剥離。荷役クレーン 一基 停止。
> 係船柱 一基 変形。倉庫 三番 扉 破損。
> 救助 ── 一名。搬送 ── なし。
> 市内 夜間の荷役で人が下に立つ回数 年 二千四百 ── 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




