第053話 重いんです
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 四月二十四日 十一時六分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 山側 柏木。
> 第一声 ──「重いんです」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「重いんです」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。何が重いのかは、まだ書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今おられる場所を教えてください」
「柏木の、畑です。ハウスの中で。潰れて」
声が近い。受話器を口の傍で持っている人の声になる。息が短く切れていて、切れる場所が一定していた。
一定して切れる息は、痛みではなく重さで切れている。痛みで切れる息は、切れる場所が動く。
「わかりました。何が体の上に乗っていますか」
「パイプです。骨組の。腰から下が」
「動きますか。足の指を、動かしてみてください」
「動きます。冷たいのも、分かります」
動くことと、冷たいのが分かることの二つが揃えば、下の神経は生きている。尾花はそれを言わない。言わずに、次を訊く。
尾花は用紙の右の欄へ、山側柏木、ハウス倒壊、下敷き一名、と書いた。三つ並ぶと、持っていくものが決まる。書いた三つのあとに、指、動く、と足した。
「わかりました。今、隊が出ます。ご自分でパイプを持ち上げようとしないでください」
「持ち上げないと、出られなくて」
「出られなくて大丈夫です。今日は、そこにいてもらう方が早いです」
尾花はそこで一度、言い方を変えなかった。急がせない時ほど、速さを落とさない。
挟まれている人へ「動かないでください」と言うのは、待たせることになる。待たせる側が慌てると、待つ側は自分で動きはじめる。
「近くに、どなたかおられますか」
「息子が。畑の下の道で、車を回してます」
「では、息子さんに、道の入口で待ってもらってください。それから、電話は切らないでください」
向こうで、名を呼ぶ声がした。呼んでから、また受話器へ戻ってくる。戻ってきた息の間隔が、さっきより広い。
尾花はそこで秒を書いた。この日、初めて秒を書いた。書いてから、回線の枠を見た。八つのうち、光っているのは一つになる。
*
十一時六分の三階は、豆腐が届いた後だった。武藤とうふ店は七時十分に置いていく。四月は五丁になる。
六丁目に挟んであった紙は、棚の上に残っている。四月に入ってから、その隣に蔵の甘酒の空き瓶が並んだ。空になっても、誰も捨てていない。
紙は、まだ読めない。読もうとする人が、二か月で四人いた。四人とも同じ場所で目を細めて、同じ場所で手を止めている。
寺尾剛は湯を張った鍋の前にいた。張るのは早い。食べるのはいつも最後になる。
「まあ待て。今日は山だ。山の日は、帰りが遅い」
二文で言って、鍋の縁の欠けた場所を上へ向けた。三年、この置き方が変わっていない。
灰谷蒼汰は索を膝の上へ広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「四本です。畑は足が沈むので支点を車に取ります」
畑で使う索は、泥を吸う。吸った索は、洗ってから乾かすまでに三日掛かる。三日のうち一日は、日に当てるだけの日になる。
言いながら、四本目の端で指を止めた。四月の索は、冬より柔らかい。柔らかい分だけ、結びが締まるのが速い。
七尾ひかりは酸素の残りを見ていた。見てから、七つ数えた。七つ数えて、七つで戻った。数え終わってから、袋の中の毛布を一枚増やす。山の畑は、街より三度低い。
逢坂澪は受信席の裏で、山側柏木の農地の図を出していた。市の農政課から借りた写しで、畑ごとに番号が振ってある。
番号のうち、いくつかは欠けている。欠けているのは、耕すのを止めた畑になる。止めた年は、図の上に入っていない。
澪はその図を、机の左の端へ寄せた。寄せた場所には、付箋の束がある。十三枚のままになっている。
火群迅は自販機の前にいた。一番下の段を押す。理由を言ったことがない。缶を取って、指の腹で口を一度拭いてから開ける。
久遠寺修司は掲示板の前に立っていた。未着累計の欄には、一と書いてある。三月の終わりから動いていない。
覚知の音が鳴った。鳴った音の下で、寺尾が火を落として蓋をする。鍋の中には、三丁が残っていた。
佐波悠が地下三層から上がってきた。工具箱を提げたままになる。
「宮ヶ瀬さん。ファイヤーの胴、板を外しました。締め直してあります」
「直りました。次に噛む場所は、まだ潰せていません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。言ってから、盤の隅の札を外した。撃たない、と書いた札になる。
外した札を、宮ヶ瀬は捨てなかった。抽斗へ入れて、その上に工具を一つ置いた。
抽斗の中には、同じ大きさの札が何枚か入っている。書いてある字は、どれも三文字を超えない。
梅木あかねが盤の前で、五機の並びを見直した。一号の欄の札が外れて、一月ぶりに五つが揃う。
「今日から五台です。並びを戻します」
「戻すのに、四分掛かりました」
「四分で戻せば、上等です」
梅木は言い返さないで、並びの一番上をファイヤーにした。
*
澪が農地の図を机へ広げた。広げてから、柏木の東側に指を置いた。
「山側柏木、東の斜面。農業用ハウスが六棟並んでいます。潰れたのは、上から二棟目です」
「風は」
「今朝から南西です。九時に、瞬間で二十四メートルが出ています」
「ハウスは」
「三年前に建て替えたのが四棟。残りの二棟は、二十年より前のものになります」
「潰れたのは」
「古い方の一棟です」
地図の上で、指が畝の並びをなぞった。ハウスは長さが四十メートルあって、中は一本の通路になっている。
「アンサー」
> ── はい。
「この型式の骨組の、太さと本数を」
> ── 直径二十二ミリの鋼管が、一メートル間隔で四十本になります。……古い方の二棟は、増設の記録がありません。
「増設」
> ── 中に棚を足すと、骨組へ荷が掛かります。足したかどうかは、わかりません。
アンサーは、分からないことを分からないと言う。三年、そこだけは変わらない。
久遠寺が短く訊いた。
「上げるのか」
「上げます。抜くと、下の土が動きます」
「時間は」
「掛かります。腰から下なので、一本ずつ上げて、その都度、下へ支えを入れます」
澪はそこで一度、図の縁を指で押さえた。押さえたのは、線を引く前の癖になる。
「座標、出た」
*
地下二層のポールを、迅が最初に下りた。二段飛ばしで踊り場を抜けて、下りきる前に走りはじめる。
「発進」
合図は整備班が出す。六人ではない。
一月ぶりに、ファイヤーが先頭でスロープを上がった。上がる音が、いつもより低い。板を外した分だけ、胴の付け根が素直に鳴る。
山側柏木の畑は、道から二十メートル上にある。四月の斜面は土が緩んでいて、車輪が半分沈んだ。
沈んだ分だけ、車体が斜めに止まる。斜めのまま止めると、上のものが下へ滑る。荷は、道の側へ全部下ろすことになる。
四月の山は、街より三度低い。低い分だけ、朝の霜が昼まで残っている。
道の入口に、四十くらいの男が立っていた。軽自動車の運転席の扉を開けたままにしている。息子になる。
「母です。上から二棟目の、真ん中あたりで」
「名前を」
「柏木ミネです。七十四です」
迅は返事をしないで、斜面の上を見た。
地名と同じ名になる。この畑の一帯は、その姓の家が四軒ある。四軒とも、元は一つの家だった。分かれたのは五十年より前になる。
地名と姓が同じ土地では、名前を聞いても場所が絞れない。絞れるのは、畑の番号だけになる。
迅は名前を聞いてから、斜面を上がった。上がる足が、土に沈んで戻る。
畑は畝で分けてある。畝と畝の間は五十センチしかない。走ると、片方の畝を踏む。踏むと、そこの苗が駄目になる。
迅は走らなかった。走らずに、畝の間を大股で上がった。
潰れたハウスは、骨組が内側へ折れていた。四十本の鋼管が、通路の上で交差している。
被せてあった膜は、風で裂けて畝の外まで飛んでいた。飛んだ膜が、隣の三棟の側面に引っ掛かっている。
膜が無くなった分、中は明るい。明るいので、下にいる人の顔が見える。
交差した下に、人がいた。上から見えるのは肩から上だけになる。ひかりが通路の口へ先に着いた。
通路は幅が九十センチしかない。中へ入れるのは、一度に一人だけになる。入った人は、外へ出るまで向きを変えられない。
「柏木さん。七尾といいます。今から下を見ます」
ひかりが通路の口から膝を突いた。突いてから、鋼管の隙間へ手を入れる。
「重いんです」
「はい。重いままで大丈夫です。指は、まだ動きますか」
「動きます」
鋼管は腰から下に三本乗っていた。三本のうち一本が、下の土へ食い込んでいる。
三本とも、直径二十二ミリの細い管になる。一本なら人の手で持ち上がる。三本が交差すると、持ち上がらない。
食い込んだ一本を先に抜くと、上の二本が落ちる。落ちる先が、脚になる。
「トリアージ」
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。ブレスが色を出す。
> 判定 ── 黄。要救助者、内部に一名。待機可能。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
五人が同時に上がった。上がった先は、畝と畝の間になる。土が柔らかいので、立った足がそのまま沈む。
迅は右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。四人が続けた。
通路の中の人からは、五人の膝から下しか見えていない。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声は斜面を下って、道の入口まで届いた。届いた先で、息子が扉を閉める。
> ── 回線、残り 三本。
黄の日は、人を出してから撃つ。撃つまでの時間を、五人で持つことになる。
持つ、というのは、その間ずっと同じ場所に立っていることになる。動かないでいる方が、動くより重い。
「重装 ── 換装!」
寺尾の背に、円筒が二本立った。装甲の外へ、もう一枚が被さる。
> ── 回線、残り 一本。
残りが一本になった。八つの枠のうち、七つが光っている。
寺尾は潰れたハウスの中へ入った。入る時、円筒が通路の骨組へ当たった。当たった場所で、上の鋼管が一本だけ鳴る。
鳴った音を聞いてから、体の向きを半分だけ変えて入り直した。二度目は当たらない。
入ってから、柏木ミネの傍で膝を突く。
「まあ待て。俺がここにいる。上げるのは一本ずつだ」
二文で言って、動かなくなった。重装は走るためのものではない。ここにいるためのものになる。
迅がギアの柄を半回転させ、そのままもう半分回した。金具が二度噛む。
「鉤!」
柄の先の鉤を、一番上の鋼管へ掛けた。掛けてから、横へ引く。
引いた鋼管が、交差から外れた。外れた一本を、寺尾が下から支える。
支えた場所へ、蒼汰が短い索を回した。回してから、斜面の下の軽自動車へ取る。
斜面には打ち込める硬い場所が無い。土が緩んでいて、柱が効かない。効かない場所では、支点を車に取る。
「上、任せろ。支点は車です。索は二本、二十度」
留めた索が張った。張った先で、鋼管が畝の外へ寄る。
澪が畝の上でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「七名。ハウスの中に三、外に三、道に一。骨組の中は零。撃てる」
「まだだ」
迅の返事は短い。理由は付けなかった。黄の日は、人が出るまで撃たない。
二本目の鋼管が外れた。外れた下に、脚が見えた。作業ズボンの膝から下が、土に半分埋まっている。ひかりが隙間の縁へ寄る。
埋まっているのは、鋼管に押されて沈んだ分になる。沈んだ深さは、十センチほどしかない。
「柏木さん。足の指、もう一度動かしてもらえますか」
「動きます。さっきより、動きます」
三本目は、土へ食い込んでいる一本になる。抜くと土が動く。
土が動くと、脚の周りが崩れる。崩れた土は、抜いた鋼管より重い。
寺尾が両手をその一本へ掛けた。掛けてから、抜かずに持ち上げた。
持ち上げた高さは、指三本ぶんだった。その隙間へ、ひかりが板を差し込む。
差し込んだ板の上へ、鋼管の重さが乗る。乗った分だけ、脚から重さが抜けた。
抜けてから、柏木ミネが自分で膝を曲げた。曲げたのは、三十分ぶりになる。
「息、返すよ」
七つ数えた。七つ数えて、七つで戻った。
柏木ミネが通路の外へ出たのは、十一時十七分になる。所要は十一分だった。
外へ出た人を、息子が下から見上げていた。斜面を上がってこない。上がってくるなと言われている。
ひかりが担架の足元を高くした。腰から下が長く挟まれていた人は、外へ出してから体温が下がる。
毛布は、上から掛ける前に下へ一枚敷いた。地面は熱を取り続ける。取られる速さは、上から逃げる速さより早い。
敷いてから、上へ二枚掛けた。掛けた順を、ひかりは口に出さない。
「柏木さん。よく待てました」
言ってから、ひかりは担架の縁へ手を掛けた。掛けたまま、動かさない。動かすのは、体温が戻ってからになる。
言ったのはひかりで、柏木ミネは首を横に振った。
「重いんです、しか言えなくて」
「それで足ります」
迅がそう言った。それ以上は言わなかった。
柏木ミネは、上体を起こそうとして、途中で止めた。止めてから、右手を耳の高さへ上げた。掌を外へ向ける。
誰も教えていない。ハウスの中から、五人が同じ形をするのを見ていた。
見ていた場所は、鋼管の隙間になる。隙間からは、手だけが見えた。
斜面の下では、息子がまだ道の入口にいる。上がるなと言われたので、上がっていない。
言われたことを守る人ほど、待っている時間が長くなる。長い分を、この人は誰にも言わない。
畝の間に、傘を差した人が立っていた。
四月の空は曇っている。降ってはいない。降っていない日に差すのは、この人にしては珍しい形になる。
差した傘の下に、息子が入っていた。斜面を上がろうとして、そこで止まっている。
「ご迷惑ですから」
声はそう言った。息子が振り向いた時には、傘だけがその場に立っていた。
傘の下の土だけ、乾いていた。周りは、朝の霜が解けて濡れている。
差した人は、斜面の上の方へ歩いていった。土が緩んでいるのに、足跡が付いていない。上の方には、耕すのを止めた畑がある。
外れた鋼管が、そこで動いた。畝の外へ寄せた二本と、支えに使った板と、隣の五棟の骨組が、斜面の中ほどへ集まる。
集まった鋼管は、二十二ミリの細い管になる。細い管が束になって、上へ伸びた。
伸びた高さが、斜面の杉を越えて、そこで止まらない。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「山側です。斜面が二十度あります。道の側にしか、平らがありません」
「発進」
合図は整備班が出す。
サイレンファイヤーが道の側で立った。レスキューが右へ、クレーンが左へ、メディックが右の脚へ、ウイングが背へ回る。
一月ぶりに、五機が組み上がる。合体の音が、斜面の下の道まで落ちた。
> ── 回線、残り 一本。
道の入口から、息子が見上げていた。軽自動車の屋根に手を置いたまま、動いていない。
三年、この畑の人がこれを見るのは初めてになる。山側の出場は、年に四度あるかどうかになる。
四度のうち三度は、道の届かない場所で起きている。届かない場所で起きた分は、着くまでの時間がそのまま伸びる。
サイレンオーの左手は、握ったままだった。開かない。その左手を、迅は潰れたハウスの骨組へ寝かせた。寝かせた腕が、畝をまたぐ橋になる。
橋の下で、まだ残っていた三棟のハウスが潰れずに済んだ。三棟とも、三年前に建て替えた新しい方になる。
古い方の残り一棟は、腕の外にある。そちらは骨組が半分抜けた。
束が、腕の外側から回り込もうとした。回り込む先には、下の道と、軽自動車がある。
右腕が動いた。開く方の掌が、束の腹を横から掴む。掴んだ場所で、細い管が一斉に鳴った。
鳴った下から、太い一本が出てきた。二十年より前に建てたハウスの、通し柱になる。
通し柱は、今の型式では使わない。使わなくなった太さのものが、この束の芯になっている。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
押し出した掌が、通し柱を横から抜いた。抜けた先で、束が形を保てなくなる。
細い管が一本ずつになって、斜面の土へ落ちた。落ちた先は、畝を外れている。
落ちた音は、下の道までは届かなかった。届いたのは、鋼管が土へ刺さる短い音だけになる。
刺さった鋼管は、抜かずに残した。抜くと、緩んだ土がまた動く。片付けは、土が締まってからになる。締まるまでに、四月なら十日ほど掛かる。
息子が、軽自動車の屋根から手を離した。離してから、担架の方へ走ってくる。走ってきて、途中で一度、畝を避けた。
蒼汰は軽自動車の二重を解いて、索を手繰った。二本とも巻き取りへ収める。収めてから、端を指で一度送る。
*
地下二層で、佐波がメディックの後扉を見ていた。斜面で土を噛んで、蝶番の下が一つ曲がっている。
「軽いです。明日には直します」
「明日に直るものは、今日の分には入りません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。
梅木が盤の前で、五機の並びを明日の順に直した。直しながら、佐波に言った。
「一月ぶりに五つ揃いました。揃うと、戻る順が短くなります」
「四分掛かったのは、宮ヶ瀬さんが二回見直したからです」
「本人に言えばいいのに」
「言いません」
三階の食堂で、寺尾が湯豆腐を出した。四月の椀は、五つ並んだ。鍋に残していた三丁は、崩れていない。
「山の日は、崩れんように置いておく」
寺尾はそれだけ言って、三丁を椀へ分けた。分けた三丁が、五つの椀には足りない。足りない分は、この人の椀から出た。
背負った円筒の跡が、寺尾の肩に残っていた。紐の跡で、赤くなっている。今日は一人だけになる。
尾花律子は受信席に残った。用紙を綴じて、次の一枚を出す。この日の保留は、一分五十秒になる。件数は二件だった。
重装を使うと、一本余分に塞がる。塞がった分が、そのまま件数に出る。用紙の上では、その理由の欄が無い。
六人は、この人に礼を言わない。言わないまま、四月の三度目の当直に入る。
柏木ミネは、翌日には自分で座れるようになった。搬送の記録に残るのは、下腿の圧迫、の五文字だけになる。
五文字の横には、覚知から搬送までの時間が入る。その時間の中に、待たせた分と、上げた分の区別は無い。
潰れたハウスは、その週のうちに片付いた。建て直すかどうかは、まだ決まっていない。
片付けたのは、近くの四軒になる。四軒とも同じ姓で、誰も呼ばれずに集まった。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十一時十七分。所要 ── 十一分。
> 保留 ── 二件。最長 ── 一分五十秒。
> 未着 累計 ── 一。
> 損壊 ── 山側柏木 農業用ハウス 一棟 全壊。隣接 五棟 骨組 一部 脱落。
> 斜面 畝 三列 崩れ。
> 救助 ── 一名。搬送 ── 一名(下腿圧迫)。
> 市内 増設の記録が無い農業用施設 六十二棟 ── 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




