第041話 火は小さい
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 一月二十六日 十五時四十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 丘の上 四丁目。
> 第一声 ──「火は小さい」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「火は小さい」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。大きさは、まだ書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」
「丘の上の四丁目です。うちの、庭の物置。火は小さいんです」
「お名前を教えてください」
「増本です。増本孝之」
尾花は書いた。丘の上四丁目、戸建、物置。三語で足りる。書いた紙を、左手で当直の側へ半分だけ送る。
「増本さん。今、消そうとしておられますか」
「バケツで、二回掛けました」
「増本さん。それ以上は掛けないでください。物置から離れてください」
「でも、小さいんです」
「増本さん。小さいうちに離れてください。今から人が行きます」
二文で言い切った。増本の返事が、一拍遅れて来た。
「……離れます」
尾花は用紙の右の欄へ、有炎、小規模、初期消火二回、と書いた。三つ並ぶと、行く先の順番が変わらない。
小さい火の通報は、この街で年に六十件ある。六十件のうち、着いた時にまだ小さいのは半分になる。
「増本さん。今、家に何人おられますか」
「私と、子どもが二人です。上が六年で、下が三年」
「増本さん。お子さんは、外に出ておられますか」
「上のを先に出しました。下のを連れて出ろって言って」
尾花の右手が止まった。
「増本さん。今、二人とも外におられますか」
返事が無かった。
「増本さん」
「……上のはいます。下のが、いません」
尾花は用紙の右の欄へ、在宅児一、所在不明、と書いた。書いた紙を、当直の側へ全部押し出した。
「増本さん。ご自分で中へ戻らないでください。上のお子さんに、大きい声で名前を呼んでもらってください」
「呼ばせます」
「増本さん。物置と家は、離れていますか」
「くっついてます。物置の壁の向こうが、風呂場です」
用紙の一番下に、背後の音を書く。子ども、水、風。三語になる。
子どもの声は、名前を呼んでいる声になる。二音で、繰り返している。
*
十五時四十分の三階は、窓が閉まっていた。
一月の下旬は、昼でも三階の廊下が冷える。冷えるのは北側だけで、食堂の側は日が入る。
寺尾剛が笊を洗って、伏せて、その前に立っていた。夕方の仕込みには、まだ早い。
「班長、まだ三時ですよ」
「早い。早いうちに洗うと、夕方の水が温い」
二文で言って、笊をもう一枚出した。
灰谷蒼汰は索を膝の上へ広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「四本です。二日置くと、硬さが戻ります」
戻った硬さは、使えば取れる。取るのに掛かる時間を、この人は結び目の数で数えている。
七尾ひかりは、小さい方の面と、子どもの毛布を棚の手前へ寄せ直した。年末から、この二つは前に出したままになる。
冬休みが終わっても、下げない。下げるのは、三月に入ってからになる。
火群迅は非常階段の一番下にいた。手の甲を鉄の手すりへ当てて、そのまま止めている。
鉄が冷たい。冷たさが、掌ではなく骨まで来る。
逢坂澪は受信席の斜め後ろに立っていた。手にはコーヒーがある。砂糖も牛乳も入っていない。
一月の火の件数を見ていた。二十六日で十七件になる。去年の同じ日までで十二件だった。
十七件のうち、通報の時点で「小さい」と言われたものが九件ある。
九件のうち、着いた時に小さかったのは四件になる。残りの五件は、着くまでに大きくなっている。
小さいと言った人が間違えているのではない。掛けるまでに時間が経っているだけになる。
経つのは、消そうとしている間だった。バケツで二回掛けると、平均で四分かかる。
四分あれば、物置の板は内側から一枚焼ける。二つの数字が同じなのは、たまたまでしかない。
たまたま同じものを並べて見る欄が、どの用紙にも無い。
佐波悠が地下三層から上がってきた。工具箱を提げたままになる。
「宮ヶ瀬さん。ファイヤーの水槽、半分で出しますか」
「半分で出します。ただし、満載でも半分でも、丘の上は水圧が変わりません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
須永が中継の盤の前にいた。丘の上は、市内で一番よく繋がる区画になる。
「今日は繋がります。今日は」
*
分析に入ると、澪は喋らない。
盤面に丘の上四丁目が出る。新しい方の住宅地で、家が同じ形で並んでいる。
増本の家は、南側に庭がある。庭の東の隅に物置が建っている。
物置は、母屋とくっついている。くっついている面の向こうが、風呂場になる。
この造り方は、十年ほど前の建売に多い。物置を別に建てると、敷地が足りなくなる。
物置の中には、たいてい同じものが入る。灯油、園芸の土、自転車、古い畳。
澪は盤面の物置を大きくした。大きくしてから、母屋との接する面だけを色で残した。
接する面は、板が一枚しかない。板の向こうは風呂場の脱衣所になる。
「アンサー」
> ── はい。
「丘の上四丁目、増本の家。建てた年と、間取りの届出を」
> ── 十一年前です。物置は、届出の図面にありません。
「後から建てたものか」
> ── そうなります。……いつ建てたかは、わかりません。
アンサーは返事の前に一度、上を向いた。頭の受話器の形が、天井を向いてから戻る。
図面に無い物置は、点検の対象にも入らない。入らないものは、誰も見ない。
澪は盤面へ、家の中の間取りを出した。風呂場、脱衣所、廊下、居間、二階へ上がる階段。
三年生の子が、火を見て動く先は、たいてい二つになる。外へ出るか、いつも隠れる場所へ入るか。
この年頃で隠れる場所は、家の中で一番狭いところになる。
狭いところは、たいてい戸が一枚ある。戸が一枚あると、煙は入りにくい。
入りにくいのは助かる方に働く。ただし、外から呼ぶ声も入りにくくなる。
だから、外から呼ぶ人は、玄関ではなくその部屋の窓の方を向いた方がいい。
澪は左手を下ろした。
「座標、出た」
五人が動いた。下ろした瞬間に動く。この人の手が下りるまで、誰も一歩も出ない。
「丘の上四丁目、増本宅。庭の東の隅の物置、母屋と接している。接する面の向こうは脱衣所。在宅児一名、三年生、所在不明。上の子は外に出ている」
迅は最後まで聞いていない。「所在不明」で走り出している。澪は最後まで言い終えた。
久遠寺修司が受信席の後ろで立ち上がった。
「上の子は」
「外です。回線は、いま五本空いています」
「第七支部 ── 出場!」
*
ポールは二本ある。迅が一番に握った。掌が焼ける。焼けるのを毎回やる。一階で装備を背負い、階段で地下三層へ下りる。
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は水槽の量の記録を、盤の隅に出したままにしてある。
「一号から五号、出場!」
丘の上四丁目までは、支部から七分になる。この日は六分五十秒で着いた。
増本の家の前に、四十くらいの男が立っていた。手にバケツを持っている。
その隣に、子どもが一人いる。六年生になる。上着を着ていない。
子どもは家の方を向いて、名前を呼んでいた。二音で、繰り返している。
声はもう、かすれている。
「消防です。中へは」
「入ってません。呼べって言われたので」
答えたのは、子どもの方になる。
迅はその子を一度だけ見た。見てから、家の玄関へ向かった。
物置の火は、まだ小さかった。高さは膝より下で、煙は白い。
小さいというのは、間違っていない。
だが、物置の壁の板は、母屋と接する面が黒くなっている。
黒いのは、内側から焼けているからになる。表の火より、内側の方が先へ行っている。
ひかりが増本の前に立った。並んで、同じ方を向いた。
「増本さん。バケツを置いて、その子と道路まで下がってもらえますか」
増本がバケツを置いた。置いた場所は、庭の真ん中になる。
子どもは動かなかった。動かずに、まだ呼んでいる。
「もう一人、呼んでもらえますか。今度は、外から窓の方に向かって」
ひかりはそう言って、子どもの体の向きを、玄関から風呂場の窓の方へ変えた。
変えた先で、子どもがもう一度呼んだ。
窓の内側から、音が返った。物が倒れる音になる。
迅は玄関から入った。入って、三歩で止まった。
止まったのは、廊下の空気を見るためになる。廊下の天井の側が、薄く白い。
白いのは廊下の奥だけで、手前は透き通っている。
迅は膝を落として、廊下の奥へ進んだ。進んだ先が、脱衣所になる。
脱衣所の戸は閉まっていた。閉まった戸に、手の甲を当てる。
温かい。熱くはない。
熱くない戸は、開けていい。開けても空気が走らない。
迅は開けた。
脱衣所の、洗濯機と壁の間の隙間に、子どもが一人いた。三年生になる。
膝を抱えて、顔を膝に埋めている。
迅は名前を呼ばなかった。呼ぶ代わりに、床へ膝を突いて、自分の顔をその子の顔の高さまで下げた。
下げてから、右手を耳の高さに上げた。掌を外へ向ける。
受話器を取る形になる。
子どもが顔を上げた。上げてから、同じ形を作った。
誰も教えていない。この子は、どこかで一度、この形を見ている。
「行くぞ」
迅はその子を背負った。背負ってから、来た廊下を戻る。戻る速さは、来た時より遅い。
遅いのは、背中の高さが天井の白い側に近いからになる。
玄関から出た時、庭の物置の壁が、内側から音を立てた。
音を立てた壁が、外へ倒れた。
倒れた板の下から、火が出た。出た火は、さっきまでの膝の高さではない。
空気が入った分だけ、一度に伸びた。
伸びた火が、庭の真ん中のバケツを飲んで、そこで形を取った。
高さは三メートルほどになる。母屋の壁に沿って立っている。
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
道路の縁で、六年生が同じ形をもう一度作った。今度は自分から作っている。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
口上が丘の上の同じ形の家並みを、東から西へ抜けた。抜けた先の家で、窓が三つ、順に開いた。
迅がブレスを火へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒」
> ── 回線、残り 三本。
火が母屋の壁を上へ舐めた。上には二階の窓がある。
窓が割れれば、そこから中へ入る。中へ入れば、この家は物置一つでは済まない。
迅は柄を半回転させた。ギアが一度、低く噛んだ。
「筒先!」
水が出た。火へではない。母屋の壁へ掛ける。
燃えているものより、これから燃えるものを先に濡らす。
濡らした壁を、火が上へ行けなくなった。行けない分だけ、庭の方へ膨らむ。
膨らんだ先に、迅が立っている。
装甲越しに熱が来た。腹から胸まで、一度に来る。
迅は下がらなかった。下がると、後ろは道路になる。道路には三人いる。
寺尾が母屋と物置の間へハンマーを立てた。
「まあ待て。俺が支える。この壁は、倒れるなら庭の側へ倒れる」
二文で言って、柱を二本、母屋の壁の外側へ打ち込んだ。打ち込んだ柱が、壁を庭の側から押さえる。
澪が道路の縁でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「六名。道路に三、庭に三。火の中は零。撃てる」
撃った。低い音が火の腹を通った。通った場所の炎が、一度薄くなった。
薄くなったのは、音が空気を押しのけた分になる。押しのけた空気は、すぐ戻る。
「元は物置の中です。壁が倒れたので、口が開いたままになってます」
蒼汰が索を投げた。投げた索が、倒れた壁の板の端に掛かった。
「上、任せろ。引かずに被せます」
掛けた索を、蒼汰は自分の側へ引かなかった。引く代わりに、庭の反対側の樹へ回して、そこから下へ引いた。
下へ引いた分だけ、倒れた板が起き上がる。起き上がった板が、物置の口へ戻った。
口が塞がった。塞がった分だけ、火が細くなる。
細くなった火の根が、庭の真ん中で一本になった。
ひかりがナイフを抜いた。抜いて、庭の物干しのロープを一本切った。
切ったロープの先に、洗濯物が四枚掛かっていた。乾いた布は、飛べば火の粉を運ぶ。
落ちた四枚を、ひかりは足で庭の隅へ寄せた。
この日、ひかりが斬ったのはロープ一本になる。
迅は一本になった火の根へ、筒先を向けた。向けたまま、撃たなかった。
「消すな。まだ物置の中が残ってる」
寺尾の柱が鳴った。鳴った音が、母屋の壁を伝って上まで行く。
行った先で、二階の窓が一枚、内側から曇った。
曇ったのは、水が届いた証しになる。
火の根が、庭の真ん中で細くなったまま、上へ伸びた。
伸びた高さが、丘の上の同じ形の家並みの、屋根の列を越えた。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「丘の上です。家が同じ形で並んでいます。倒す方向を選べません」
五機が丘の上四丁目の道路へ並んだ。サイレンクレーンが道路の南側でアウトリガーを張る。
この区画の道路は、幅が六メートルしかない。張った先が、向かいの家の門に届いた。
サイレンウイングが屋根の列より低く抜けた。抜けた風で、庭の煙が東へ寄った。
サイレンメディックは道路の端に着けて、後扉を開けたまま待っている。
「五機、連結!」
「特災合体 ── サイレンオー!」
サイレンオーが立った。
道路の三人のうち、六年生には脚と、胴の下半分が見えた。背負われて出た三年生には、左手だけが見えた。
その左手は、開いていない。握ったままになる。
> ── 回線、残り 二本。
火が西の家並みへ傾いた。西には、同じ形の家が十四軒続いている。
サイレンオーは掴まなかった。掴まずに、左腕を家並みと火の間へ、下から上へ立てた。
立てた腕が、屋根の列に沿って一枚の壁になる。
火は西へ行けない。行けない分だけ、増本の庭へ戻る。
寺尾の声が回線に入った。
「壁になった。西へは行かん」
迅が言った。
「今だ」
右腕の放水砲が開いた。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が出た。斬るのではなく、押す形で出る。
押された火が、増本の庭で潰れた。潰れた先で、体が保てなくなる。
火は火に戻った。戻った火が、物置の跡で小さくなって、そこで消えた。
消えた跡は、膝より低い。最初と同じ高さになる。
道路に、三十人ほどが出ていた。同じ形の家から、同じくらいの数だけ出てきている。
拍手が起きた。起きたのは道路の西の端からで、東へ渡ってきた。
十六時二分に、増本の下の子が診られた。
煙は吸っていない。脱衣所の戸が閉まっていたからになる。
ひかりは背中と、胸の音を聞いた。聞いてから、七つ数えた。
「息、返すよ」
三つで戻った。三つは、この人が数えた中で一番短い。
上の子は、道路の縁に座っていた。上着はまだ着ていない。
迅がその前を通った。通る時に、足を止めた。
子どもの靴の紐が、両方とも解けている。走った時に解けたものになる。
迅は膝を突いて、その紐を結んだ。二本とも結ぶ。
結ぶ間、何も言わなかった。子どもも何も言わない。
結び終えてから、迅は立って、庭の方へ戻った。
増本孝之が、玄関の前でひかりに頭を下げていた。下げた頭は、なかなか上がらなかった。
「小さかったのに、すみません」
「増本さん。小さいうちに掛けてもらうのが、一番早いです」
ひかりはそう答えた。それ以上は言わなかった。
庭の隅に、素手の男が立っていた。
上着を着ていない。この寒さで、袖をまくったままになる。
右の掌に布を巻いている。巻いているのは自分の手で、巻いてもらってはいない。
その人は、迅の方を見た。
「おまえは、いつも先に着くな」
声はそう言った。それだけ言って、巻いた布の端を歯で噛んで止めた。
止めてから、庭の生垣の切れ目を抜けていった。抜けた先で、枝の鳴る音がしない。
迅はそちらを見なかった。見ずに、物置の跡の灰へ、もう一度水を掛けていた。
掛ける先は、まだ煙の出ている場所ではない。もう出ていない場所になる。
出ていない場所を濡らすのに、この人は三分使った。三分は、誰も数えていない。
*
支部へ戻ると、武藤とうふ店の豆腐が届いていた。
五丁になる。一月は五丁のままになる。
寺尾が笊を出して、五丁を移した。移してから、角を確かめる。
「崩れとらん。一月は、いつまでも崩れとらん」
佐波が地下二層で、サイレンファイヤーの前面を見ていた。年末に浮いた塗りの上へ、新しい煤が乗っている。
「乗っただけです。下の塗りは、まだ持ってます」
「持っています。ただし、浮いた上に乗せない前面を、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。
毎回、作れなかったものを一つ言う。三年、欠かしたことが無い。
ひかりが二階の廊下で、小さい方の面を袋へ戻していた。この日は使っていない。
戻しながら、通り掛かった佐波の方へ言った。
「火群さん、あの子の靴、両方とも結んでました。訊かれてないのに」
「本人に言ってあげたらどうですか」
「言いません。理由を訊いても、返ってこないので」
佐波は工具箱を持ち直して、階段を下りていった。
澪は受信席の裏で、丘の上四丁目の記録を出していた。
図面に無い物置は、この区画で二十二軒にある。二十二軒とも、母屋と接して建っている。
接している面の板が一枚かどうかは、どの記録にも書いていない。
書いていないものは、数えられない。
数えられなければ、増えても減っても、市の紙の上では何も動かなかった。
澪はその二十二軒を、自分の地図の上へ小さく打った。打った点は、東側の列に寄っている。
澪は自分の地図に付箋を一枚貼った。丘の上四丁目、東側の列。これで二十一枚目になる。
付箋には何も書いていない。
三階の食堂で、寺尾が湯豆腐を出した。一月の椀は、十二月と同じ大きさになる。
迅は椀を持つ前に、自分の掌を一度開いて、閉じた。装甲の下で、指の付け根が赤くなっている。
誰にも見せずに、椀を持った。
食べ終わらないうちに、二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十五時四十七分。所要 ── 七分。
> 保留 ── 一件。最長 ── 三十九秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 丘の上四丁目 増本宅 物置 全焼。母屋 外壁 一部 焼損。脱衣所 天井 燻焼。
> 道路 南側 縁石 一部 欠け。
> 救助 ── 一名。避難 ── 三名。
> 丘の上四丁目 図面に無い物置 二十二棟 ── 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




