第039話 動けません
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 一月五日 七時十二分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 旧市街 二丁目。
> 第一声 ──「動けません」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「動けません」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。何処が動かないかは、まだ書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」
「旧市街の二丁目です。路地の、一番奥。うちの前で」
「お名前と、今どういう姿勢でおられるかを教えてください」
「篠田です。篠田芳江。座ってます。滑って、尻から落ちて」
尾花は書いた。旧市街二丁目、路上、転倒。三語で足りる。書いた紙を、左手で当直の側へ半分だけ送る。
「篠田さん。立とうとしないでください。そのまま座っていてください」
「立てません。氷で、手が滑って」
尾花の右手が止まった。止まったのは、書く欄を増やす分になる。
「篠田さん。地面が氷になっているのは、路地の全部ですか。一部ですか」
「全部です。奥から入口まで、鏡みたいになってます」
「篠田さん。今、どこが痛みますか」
「腰です。腰の、下の方」
「篠田さん。足の指が動くかどうか、教えてください。動かせるところまでで構いません」
通話の向こうで、少し間があった。
「動きます。両方とも」
尾花は用紙の右の欄へ、腰部痛、下肢可動、路面全面凍結、と書いた。三つ並ぶと、要る道具が決まる。
「篠田さん。近くに、どなたかおられますか」
「誰もいません。この路地、正月は誰もいないんです。私も昨日戻ってきたところで」
「篠田さん。上着は何枚着ておられますか」
「三枚です。荷物もあります。旅行の鞄が、そこに」
「篠田さん。その鞄を、手が届くようなら、腰の下ではなく背中の後ろへ入れてもらえますか。持ち上げなくて構いません。押すだけで大丈夫です」
「押します」
押す音がした。鞄が氷の上を擦る音になる。
「入りました。少し楽です」
冷たいところに座り続けると、痛いところより先に、体温が落ちる。落ちる速さは、地面が氷だと倍になる。
「篠田さん。この電話は切らないでください。時々、私から声を掛けます」
「切りません」
用紙の一番下に、背後の音を書く。水、鳥、氷。三語になる。
水の音は、まだどこかで出続けている音になる。
*
七時十二分の三階は、電気が全部点いていた。
一月の朝は、七時でもまだ暗い。日の出は七時前だが、旧市街は東に山がある。
寺尾剛が笊を洗って、伏せて、その前に立っていた。
武藤とうふ店は四日から戻っている。豆腐は五丁になる。
「班長、まだ大根残ってますよ」
「残った。三日で使い切る量を、毎年一日分間違える」
二文で言って、笊をもう一枚出した。四日目の大根は、味が濃くなっている。
灰谷蒼汰は索を膝の上へ広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「四本です。氷の日は、結びより靴の方が先に負けます」
七尾ひかりは、背中に敷く板と、温める袋を前へ出していた。一月に入ると、この二つが並んで出る。
転んだ人を運ぶのに、板が要る。板だけで運ぶと、運ぶ間に冷える。
冷えると、痛みより先に、体が動かなくなる。動かなくなってから運ぶと、こちらの手が二人分要る。
火群迅は非常階段の一番下にいた。手の甲を鉄の手すりへ当てて、そのまま止めている。
鉄が冷たい。冷たいだけではなく、少し濡れている。夜のうちに霜が降りて、朝に溶けかけている。
逢坂澪は受信席の斜め後ろに立っていた。手にはコーヒーがある。砂糖も牛乳も入っていない。
年末年始の凍結の届出を見ていた。市の水道の側から回ってくる紙になる。
破裂の連絡は、この五日で四十一件ある。四十一件のうち、三十件が空き家になる。
空き家の水は、年末に元栓を閉めることになっている。閉めれば、中の水が減って、破裂しない。
閉め忘れた家が三十軒あるのではない。閉めた記録のある家が、その中に混ざっている。
混ざっている件数は、市の紙では区別されない。破裂した数だけが並んでいる。
澪はその紙を、区別のつく形に書き写した。書き写すのに、二十分掛かる。
二十分掛けても、紙は一枚しか増えない。増えた一枚を出す先が、まだ無い。
佐波悠が地下三層から上がってきた。工具箱を提げたままになる。
「宮ヶ瀬さん。五機とも、下回りに霜が来てます」
「来ました。霜の付かない下回りを、まだ作れていません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
速水が受信席で、地図を三枚とも同じ向きに揃えていた。揃えてから、旧市街の一枚を前へ出した。
「二丁目ですね」
「そうです。今日は言っていいです」
澪はそう言ってから、左手を右耳へ当てた。
*
分析に入ると、澪は喋らない。
盤面に旧市街二丁目が出る。路地は一本、奥は行き止まりになる。
長屋は五軒続いている。年末に一軒が焼けて、いま四軒が残っている。
残った四軒のうち、正月の間に人がいたのは零になる。焼けた家の隣は、そのまま空いている。
路地の氷は、上からではない。上から降ったなら、通りの方も凍っている。
凍っているのは路地だけになる。路地だけが凍るのは、水が下から出た時になる。
「アンサー」
> ── はい。
「旧市街二丁目、五軒目。水道の元栓の記録を」
> ── 十二月二十七日に閉栓の記録があります。作業者の署名もあります。
「今は」
> ── 使用量が、一月三日から上がっています。……閉めた栓が開いた理由は、わかりません。
アンサーは返事の前に一度、上を向いた。頭の受話器の形が、天井を向いてから戻る。
閉めた記録があって、閉まっていない。
三日の夜から水が出て、五日の朝まで出続けている。出た水は、路地の傾きに沿って入口の方へ流れる。
流れながら、夜のうちに凍る。凍った上へ、また水が乗る。
乗って凍るのを二晩やると、氷は五センチになる。五センチの氷は、割らないと下が出ない。
路地の幅は一間半しかない。機体は入れないことになる。
澪は盤面の路地を白く残して、あとを消した。消してから、五軒目の勝手口だけを色で囲んだ。
勝手口は、行き止まりの側にある。路地の一番奥になる。
行き止まりは、路地の中で一番暗い。両側の壁が高くて、日が入るのは正午の前後だけになる。
暗い場所の氷は、溶けない。溶けないまま、次の夜に上乗せされる。
澪は左手を下ろした。
「座標、出た」
五人が動いた。下ろした瞬間に動く。この人の手が下りるまで、誰も一歩も出ない。
「旧市街二丁目、路地の全面が凍結。厚さは五センチ前後。転倒一名、七十六歳、腰部痛。水は五軒目の勝手口の外から出続けている。路地に機体は入らない」
迅は最後まで聞いていない。「転倒一名」で走り出している。澪は最後まで言い終えた。
久遠寺修司が受信席の後ろで立ち上がった。
「元栓は」
「閉めた記録があります。回線は、いま五本空いています」
「第七支部 ── 出場!」
*
ポールは二本ある。迅が一番に握った。掌が焼ける。焼けるのを毎回やる。一階で装備を背負い、階段で地下三層へ下りる。
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は路面の温度の記録を、盤の隅に出したままにしてある。
「一号から五号、出場!」
旧市街二丁目の入口で、五機が止まった。路地は歩いて入ることになる。
入口から見て、路地は光っていた。朝の斜めの光が、氷の上で一度跳ねている。
迅が先に入った。入る前に、歩幅を半分にした。
足の裏を、踵からではなく、全部いっぺんに置く。手はポケットから出しておく。
三年、この歩き方を変えていない。速い方が好きなこの人が、氷の上だけは一番遅い。
路地の一番奥に、篠田芳江が座っていた。七十六歳になる。
背中の後ろに、旅行の鞄が入っている。上着は三枚着ている。
携帯は右手で持ったままになる。
「消防です。動かなかったですね」
「動けなかったんです」
迅はそこで、言い直さなかった。
ひかりが横へしゃがんだ。しゃがむ前に、自分の膝の下へ板を一枚敷いている。
「篠田さん。七尾といいます。痛いところで教えてもらえますか」
背骨の下から、順に触った。触る速さは、一つずつ止まる速さになる。
篠田が声を出したのは、五つ目のところになる。
「そこです」
「篠田さん。足の指を、もう一度動かしてもらえますか」
両方とも動いた。動く指の数は、電話で聞いた時と同じになる。
「息、返すよ」
七つ数えて、五つで戻った。息は初めから乱れていない。乱れていないが、体が冷えている。
ひかりは温める袋を、脇の下と、股の間に入れた。首と背中には入れない。
その二か所は、後で運ぶ時に手が入る場所になる。
寺尾が板を路地へ寝かせた。寝かせた板の下に、鉄の柱を横向きに二本入れる。
「まあ待て。俺が支える。氷の上に板を置くと、板が滑る」
二文で言って、柱の頭を氷へ噛ませた。噛んだ分だけ、板が動かなくなる。
蒼汰が路地の両側の柵へ索を渡した。腰の高さで、入口から奥まで一本になる。
「上、任せろ。手すりを一本。氷は割りません」
渡した索を、蒼汰は自分の手で二度確かめた。
篠田を板へ移すのに、四人が要った。移す間、この人は一度も声を出さなかった。
出さなかったのは、痛くないからではない。
板が路地の入口へ動き始めた時、五軒目の勝手口の方で、音が変わる。
水の音が止まった。
止まった場所から、氷が持ち上がった。
持ち上がったのは、勝手口の前の一番厚い場所になる。二晩分の層が、そのまま立った。
高さは四メートルほどになる。透き通っていて、中に去年の落ち葉が三枚入っている。
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
路地の氷が、五人分の光を下から返した。返った光で、路地の壁まで明るくなった。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
口上が路地の氷の上を滑って、入口まで届いた。届いた先の通りで、犬を連れた人が一度立ち止まった。
迅がブレスを氷の柱へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒」
> ── 回線、残り 三本。
柱が路地を、入口の方へ滑ってきた。滑る速さは速くない。速くないが、止まらない。
止まらないものの前に、板がある。板の上に、篠田がいる。
迅は板と柱の間に入った。入った足が、氷の上で滑る。
滑ってから、この人は止めなかった。止める代わりに、滑る向きを柱の方へ変えた。
変えた先で、斧の刃を氷へ差し込む。差し込んだ刃が引っ掛かって、そこで止まった。
止まった場所は、板から二メートル手前になる。
柱が来た。当たった。装甲越しに、冷たさが真っ直ぐ来る。
迅は下がらなかった。下がると、板まで二メートルしかない。
「押さえてる。抜くな」
寺尾が板の後ろへ回って、柱を二本、氷へ打ち込んだ。打ち込んだ柱が、板の後ろで止めになる。
「まあ待て。俺が支える。この板は、後ろから押されても動かん」
二文で言って、板の縁へ肩を入れた。
蒼汰が索を投げた。投げた索が、氷の柱の腰に巻いた。巻いてから、路地の両側の柵へ二重に取る。
「上、任せろ。倒しません。路地の幅で止めます」
留めた索が張った。張った先で、柱の滑りが半分になった。
ひかりが板の横へ膝を突いた。突いてから、篠田の上へ毛布をもう一枚掛けた。
掛けたのは、寒さのためではない。上から何が来ても、直接は当たらないようにするためになる。
この日、ひかりはナイフを抜いていない。
澪が路地の入口でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「五名。路地に四、入口に一。柱の中は零。撃てる」
撃った。低い音が柱の腹を通った。
氷は音を通す。通した音が、中で二度返ってきた。
二度返るのは、層が二つあるからになる。三日の夜の層と、四日の夜の層で、密度が違う。
「境目があります。下から一メートル二十のところです」
澪はソナーの角度を変えなかった。変える代わりに、路地の壁へ一度当てて、跳ね返らせた。
跳ね返った音が、柱の横から入った。横から入ると、二つの層の境目をまっすぐ通る。
「サイレンソナー ── 急救斬ッ!」
低い音が、境目を横に走った。
走った線に沿って、柱が二つに割れた。上の層が、下の層から外れて落ちる。
落ちた上の層が、路地の氷の上で砕けた。砕けた破片は、板の手前で止まった。
止めたのは、寺尾の柱二本になる。
下の層だけが残った。残った下の層が、路地の氷を全部集めながら、入口の方へ出ていく。
出た先が、旧市街の広い通りになる。
通りへ出てから、上へ伸びた。伸びた高さが、両側の家の屋根を越えた。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「通りの上です。足元が凍っています。アウトリガーが、張った先で滑ります」
五機が旧市街の広い通りへ並んだ。サイレンクレーンが、アウトリガーの先へ滑り止めの板を先に落としてから張る。
張るまでに、いつもより四秒掛かった。
サイレンウイングが通りの上を低く抜けた。抜けた風で、氷の表が乾いた。
サイレンメディックは路地の入口へ着けて、後扉を開けたまま待っている。
「五機、連結!」
「特災合体 ── サイレンオー!」
サイレンオーが立った。
路地の入口から見上げた篠田には、脚と、胴の下半分が見えた。通りの犬を連れた人には、左手だけが見えた。
その左手は、開いていない。握ったままになる。
> ── 回線、残り 二本。
柱が通りを東へ滑った。東には、まだ人が出ていない商店の並びがある。
サイレンオーは掴まなかった。掴まずに、左腕を通りの中央へ、上から斜めに下ろした。
下ろした腕の先が、氷の路面を削った。削れた筋が、一本の溝になる。
溝の底は、氷の下の敷石になる。敷石は滑らない。
柱は溝を越えられない。越えようとして、溝の縁で速さを落とした。
寺尾の声が回線に入った。
「止まった。もう滑らん」
迅が言った。
「今だ」
右腕の放水砲が開いた。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が出た。斬るのではなく、押す形で出る。
押された柱が、通りの真ん中で潰れた。潰れた先で、体が保てなくなる。
氷は水に戻った。戻った水が、通りの側溝へ流れていく。
流れる途中で、また凍り始めた。凍り始めた場所は、日の当たらない北側だけになる。
通りに、十五人ほどが出ていた。正月の五日で、店はまだ半分が閉まっている。
拍手が起きた。起きたのは一人からで、その一人は犬を連れた人になる。片手にリードを持ったまま、もう片方を膝へ打った。
この街には、片手でする拍手もある。
打った音は小さい。小さいが、路地の入口まで届いた。届いた先で、篠田が顔を上げた。
七時四十六分に、篠田芳江が搬送された。
板に乗せたまま、路地の入口までは六人で運んだ。運ぶ間、路地の氷の上には、蒼汰の索が一本張ったままになる。
索は、その後で回収した。回収の一動作を、この人は省かない。
後扉が閉まる前に、篠田が言った。
「あれ、うちの水ですか」
「篠田さん。それは、まだ調べていません。分かったら、市の水道の方から連絡が行きます」
ひかりはそう答えた。分からないことを、分かったふうには言わない。
篠田は毛布の下で頷いた。頷いてから、もう一つ訊いた。
「元栓、私、年末に閉めてもらったんですけどね」
「閉めた記録は、こちらにもありました」
それ以上は、どちらも言わなかった。
五軒目の勝手口を、迅が見に行った。
立水栓の元栓は、開いていた。栓のハンドルは、半分だけ回してある。
半分は、水が出る位置になる。全部開けると音が大きい。半分だと、音が小さい。
迅はハンドルに触らなかった。触らずに、閉める役を市の水道に渡すと決めた。
決めてから、勝手口の前を一度見た。
氷の下に、傘の柄の跡のような窪みが一つ残っていた。丸くて、深さは二センチになる。
迅はそれを、暫く見ていた。見ただけで、何も言わなかった。
*
支部へ戻ると、武藤とうふ店の豆腐が届いていた。
五丁になる。四日から戻っている。
寺尾が笊を出して、五丁を移した。移してから、角を確かめる。
「崩れとらん。正月明けは、いつも一番いい」
佐波が地下二層で、サイレンクレーンのアウトリガーを見ていた。滑り止めの板は、この日が初めての実戦になる。
「四秒余計に掛かりました。滑らなかったのは、板の分です」
「板の分です。四秒を三秒にする板を、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。
毎回、作れなかったものを一つ言う。三年、欠かしたことが無い。
速水が受信席で地図を畳んでいた。畳みながら、佐波に言った。
「逢坂さん、氷の中の境目を、跳ね返した音で見てました。真っ直ぐじゃなくて、横からです」
「本人に言ってあげたらどうですか」
「言いません。横から入れる角度の話を、図まで出されるので」
澪は受信席の裏で、市の水道の記録を出していた。
年末年始の破裂は四十一件。うち三十件が空き家で、そのうち閉栓の記録があるものが四件ある。
四件の場所を、この人は地図に並べた。並べた四件は、市内の別々の区にある。
共通しているのは、どれも路地の奥で、隣に人がいないことになる。
四件のうち二件は、閉栓の作業者の署名が同じになる。同じ人が、二軒とも閉めている。
だからといって、その人が開けたことにはならない。澪はその線を、盤面へ出さなかった。
その並びを見る欄は、どの用紙にも無い。
澪は自分の地図に付箋を一枚貼った。旧市街二丁目、路地の一番奥。これで十九枚目になる。
付箋には何も書いていない。
ひかりが二階の廊下で、温める袋の数を数え直していた。この日は二つ使っている。
脇の下と、股の間に一つずつ。首と背中には入れない。入れると、運ぶ時に手が入らなくなる。
数え直したのは、次に凍る日が近いからになる。天気の紙は、まだ出ていない。
三階の食堂で、寺尾が湯豆腐を出した。四日目の大根も、隣に小さく出ている。
食べ終わらないうちに、二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 七時二十分。所要 ── 八分。
> 保留 ── 一件。最長 ── 四十七秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 旧市街二丁目 路地 全面 凍結(厚さ五センチ)。旧市街 通り 路面 削り 一条。
> 五軒目 立水栓 開栓状態。閉栓記録あり。
> 救助 ── 一名。搬送 ── 一名(腰部)。
> 市内 閉栓記録のある破裂 四件 ── 記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




