第037話 折れました
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月二十六日 十時二分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 商店街 東端。
> 第一声 ──「折れました」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「折れました」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。何が折れたかは、まだ書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」
「商店街の東の端です。屋根の無いとこ」
「お名前と、何が折れたかを教えてください」
「岸といいます。足場です。櫓の脚が一本、下から折れました」
尾花は書いた。商店街東端、仮設、足場。三語で足りる。書いた紙を、左手で当直の側へ半分だけ送る。
「岸さん。人が落ちたかどうかを教えてください」
「落ちました。一人です。もう一人は上にいます」
尾花の右手が止まった。止まったのは、書く欄を二つ選ぶ分になる。
「岸さん。落ちた方は、話が出来ますか」
「出来ます。座ってます。腕を押さえてます」
「岸さん。その方を、起こさないでください。座ったままでいてもらってください」
「起こしません」
「岸さん。上にいる方は、何で体を留めていますか」
「帯を掛けてます。掛けたままです」
尾花は用紙の右の欄へ、落下一、上部一、安全帯保持、と書いた。三つ並ぶと、先に着く隊の向きが決まる。
「岸さん。上の方に、動かないで待つように伝えてください。降りようとしないでください」
「伝えます」
通話の向こうで、岸が上へ向かって叫んだ。叫んだ言葉は、尾花のものより短かった。
動くな、で足りている。
「岸さん。折れた脚の下に、誰も入らないでください」
「入ってません。もう、みんな出ました」
「岸さん。落ちた方のお名前と、歳を教えてください」
「大西です。五十四です」
「岸さん。この電話は切らないでください」
「切りません」
用紙の一番下に、背後の音を書く。鉄、布、人声。三語になる。
布の音は、その区画の上に張ってある日除けが、風で鳴っている音になる。
*
十時二分の三階は、窓が半分開いていた。
十二月の終わりは、朝のうちだけ風が止まる。止まっている間に一度、中の空気を入れ替える。
寺尾剛が笊を洗って、伏せて、その前に立っていた。
「班長、今日で最後ですよ」
「知っとる。だから四丁ある。年内の残りを、向こうが調整してきた」
二文で言って、笊をもう一枚出した。
武藤とうふ店は、この日が年内の最後になる。三日休んで、四日から出る。
三日の間、この支部の朝には豆腐が無い。三年、毎年そうなる。
灰谷蒼汰は索を膝の上へ広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「四本です。仮設が増えるので、短いのを二本足しました」
七尾ひかりは、副子と三角巾の箱を前へ出していた。十二月の下旬から、この箱の出番が増える。
増えるのは、普段やらないことを普段やらない人がやる季節だからになる。飾りを付ける。荷を下ろす。屋根に上がる。
火群迅は非常階段の一番下にいた。手の甲を鉄の手すりへ当てて、そのまま止めている。
鉄が冷たい。この日は風が無いので、数字ほどには寒くない。
逢坂澪は受信席の斜め後ろに立っていた。手にはコーヒーがある。砂糖も牛乳も入っていない。
十二月の仮設の届出を見ていた。市内で二十一件、そのうち十四件が今週になる。
届出には、建てる場所と、日数と、組む会社が書いてある。組む人の数は書いていない。
年末は、どの会社も人が足りない。足りない分は、いつもの半分の人数で組むことになる。
半分で組むと、押さえる手が減る。手が減った分は、たいてい速さで埋める。
佐波悠が地下三層から上がってきた。工具箱を提げたままになる。
「宮ヶ瀬さん。レスキューの油圧、朝一で一度抜けます」
「抜けます。冷えた朝に一度で立ち上がる油を、まだ作れていません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
速水が受信席で、地図を三枚とも同じ向きに揃えていた。揃えてから、商店街の一枚を前へ出した。
出してから、何も言わなかった。
*
分析に入ると、澪は喋らない。
盤面に商店街の東端が出る。屋根の無い七区画は、まだ屋根が無い。
骨組の一番下の段に、七軒分の日除けが渡っている。秋に繋がれたものが、まだそこにある。
櫓は、東から三区画目に建てている。年末の三日だけ立てて、正月に外す。
高さは四メートル半。脚は四本で、下は敷石になる。
「アンサー」
> ── はい。
「商店街東端の仮設、届出の日数と、組む会社の名を」
> ── 十二月二十六日から一月四日まで。会社の名は、届出に記載がありません。
「記載が無いのは」
> ── 商店会の自主施工です。届出の様式に、その欄がありません。
アンサーは返事の前に一度、上を向いた。頭の受話器の形が、天井を向いてから戻る。
欄が無いものは、書けない。書けないものは、誰も確かめない。
商店会の自主施工は、市内で年に六十件ほどある。祭りの櫓、選挙の掲示、盆の踊りの台。
六十件のうち、事故の記録が残っているのは二件になる。少ないのは、少ししか起きなかったからではない。
残る欄があるものだけが、残っている。
澪は盤面の櫓を大きくした。脚は四本、下は敷石になる。
敷石は、商店街の東端だけ古い。秋の水で目地が抜けて、その後まだ詰め直していない。
目地の抜けた敷石は、上から荷が掛かると、一枚だけ沈む。
沈むのは一枚で、脚は四本ある。三本が同じ高さで、一本だけが下がる。
下がった一本に、荷が寄る。寄った先で、その一本が折れる。
折れるのは、脚が弱いからではない。四本のうち一本だけが、違う高さに立ったからになる。
澪は左手を下ろした。
「座標、出た」
五人が動いた。下ろした瞬間に動く。この人の手が下りるまで、誰も一歩も出ない。
「商店街東端、東から三区画目。仮設の櫓、脚一本が折損。落下一名、五十四歳、上部に一名。敷石の目地は秋から抜けたまま」
迅は最後まで聞いていない。「落下一名」で走り出している。澪は最後まで言い終えた。
久遠寺修司が受信席の後ろで立ち上がった。
「上は」
「一名です。回線は、いま五本空いています」
「第七支部 ── 出場!」
*
ポールは二本ある。迅が一番に握った。掌が焼ける。焼けるのを毎回やる。一階で装備を背負い、階段で地下三層へ下りる。
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は敷石の沈下の記録を、盤の隅に出したままにしてある。
「一号から五号、出場!」
商店街の入口までは、支部から四分になる。この日は三分四十秒で着いた。
通りには、年末の買い物の人が出ていた。東の端へ行くほど人が減る。
東から三区画目に、櫓が斜めに立っていた。四本の脚のうち、南西の一本が下から六十センチのところで折れている。
折れた脚は、外側へ開いていた。折れた鋼管の口が、斜めに切れたような形で残っている。
上の段に、人が一人いる。三十くらいの男で、帯を横の桟へ掛けたまま座り込んでいた。
下の敷石に、大西が座っていた。五十四歳になる。左の前腕を、右手で下から支えている。
ひかりがその前へしゃがんだ。
「大西さん。七尾といいます。腕は、そのまま持っていてもらえますか」
「持ってます。動かすと、駄目です」
言い方が短い。痛いとは言っていない。
ひかりは、まず指を見た。五本とも色がある。爪を一度押して、戻る速さを数えた。
「大西さん。指を一本ずつ動かしてもらえますか。痛いところで止めて構いません」
親指と、人差し指が動いた。中指から先は、大西が自分で止めた。
止めたところが、この人の限界になる。限界の位置を、ひかりは指の三本目と覚えた。
「大西さん。今から、腕の下に板を当てます。当てる間、私の肩を持ってもらえますか」
大西が右手をひかりの肩へ置いた。置いた指に力が入った。
ひかりは副子を、手首と肘の両方を越える長さで当てた。折れた場所だけを留めても、その上と下が動けば同じことになる。
当ててから、もう一度指を見た。色は変わっていない。
当てる前と当てた後で、二度見る。二度目で色が変わっていたら、締めすぎになる。
三角巾で吊って、体側へ一本回した。回した一本で、腕が体から離れなくなる。
「息、返すよ」
七つ数えて、四つで戻った。大西の息は、初めから乱れていない。
乱れていないのは、この人が動かなかったからになる。
蒼汰が櫓の上の男へ索を投げた。投げる前に、下から声を掛ける。
「上、任せろ。帯はそのままで、索を二本掛けます」
索が桟に掛かった。掛かってから、蒼汰は自分の手で二度確かめた。
寺尾が折れた脚の側へ回った。回ってから、櫓の下へ肩から入った。
入った先は、櫓が倒れれば真上から来る位置になる。
「まあ待て。俺が支える。この櫓は、折れた側から下りる」
二文で言って、ハンマーで鉄の柱を二本、折れた脚の両側へ打ち込んだ。
打ち込んだ柱の頭を、櫓の桟の下へ入れる。入った柱が、櫓の南西の角を下から持った。
持った分だけ、櫓の傾きが止まった。止まっただけで、直ってはいない。
上の男が、二本の索を伝って下りてきた。下りる間、櫓は一度も鳴らなかった。
鳴らなかったのは、寺尾の柱が受けているからになる。
男が地面に足を着けた時、櫓の東側の飾りが一枚外れて落ちた。
落ちた飾りは、金色の紙を巻いた輪になる。年末の三日だけ出すものになる。
落ちた輪が、敷石の上で転がった。転がった先で、止まらずに立ち上がった。
立ち上がった輪へ、折れた鋼管が寄っていく。寄った鋼管が、輪の内側で組み上がった。
組み上がった形は、櫓と同じ四本脚になる。高さは六メートルで、櫓より高い。
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
上に張った七枚の日除けが、風で一度大きく膨らんだ。膨らんだ下で、五人の影が動いた。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
口上が七枚の布の下を通って、西の端まで抜けた。抜けた先の店で、年末の値札を書いていた手が止まった。
迅がブレスを四本脚の塊へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒」
> ── 回線、残り 三本。
塊が一歩、西へ出た。西は、まだ屋根のある五十三区画になる。
屋根のある区画へ入られると、上から潰される形になる。
迅は前に出た。出た足が、目地の抜けた敷石を踏む。踏んだ石が一枚、下へ沈んだ。
沈んだ石の分だけ、この人の姿勢が崩れた。崩れたまま、下がらなかった。
塊の脚が一本、上から下りてきた。下りてきた先が、迅の肩になる。
当たった。装甲越しに、鉄の冷たさが来た。冷たさのあとに、重さが来る。
迅は膝を折った。折った膝で受けて、そこから伸ばした。
伸ばした先で、塊の脚が半歩ぶん戻った。
「押さえろ。西へ出すな」
澪が通りの北側でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「九名。東に三、西に四、櫓の下に一、通りの中央に一。塊の中は零。撃てる」
撃った。低い音が塊の脚の一本を通った。通った場所の鋼管が、内側から鳴った。
鳴った音の高さが、四本とも違う。
「南西の一本だけ、音が低いです。そこが継いである側です」
蒼汰が索を投げた。投げた索が、南西の脚の下三分の一に巻いた。巻いてから、東の骨組へ回して留める。
「上、任せろ。倒しません。西へ行く足を、一本だけ止めます」
留めた索が張った。張った先で、塊は西へ踏み出せなくなった。
踏み出せない代わりに、その場で腰を落とした。落とした腰の下に、寺尾がいる。
寺尾は下がらなかった。下がる代わりに、ハンマーの柄を両手で立てた。
柄の先が、塊の腹に当たる。当たった場所で、寺尾の足が敷石へ二センチ沈んだ。
沈んだ分を、この人は膝で吸った。膝を折らずに、腰から下だけで受けている。
「保っとる。あと十秒なら保つ」
二文にならなかった。息が足りていない。
ひかりがナイフを抜いた。抜いて、櫓に残っていた飾りの紐を三本切った。
切った紐の先が、塊の脚に絡んでいた。絡んだままだと、動く度に櫓ごと引かれる。
この日、ひかりが斬ったのは紐三本になる。
寺尾の柄が、塊の腹を押し上げた。押し上げた場所が、四本の脚の真ん中になる。
真ん中には、金色の輪がある。
「そこだ」
迅の声が短い。
寺尾は柄を持ち替えた。持ち替えたのは、打つ側の面を出すためになる。
「サイレンハンマー ── 急救斬ッ!」
柄の先が輪を、下から真っ直ぐ突き上げた。
輪が上へ抜けた。抜けた輪の下で、四本の脚が支えを失う。
鋼管が一本ずつ外れて、敷石の上へ落ちた。落ちた鋼管は、もう組み上がらない。曲がった管は、次の年の櫓にも使えない。
輪だけが、まだ上にある。
上にある輪が、通りの上で大きくなった。大きくなった直径が、七区画分と同じになった。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「七区画の真上です。布が張ってあります。腕を上から下ろせません」
五機が商店街の外の道へ並んだ。サイレンクレーンがアウトリガーを張る。四本目が、この日は半拍遅れた。
サイレンウイングが屋根の無い区画の上を低く抜けた。抜けた風で、七枚の布が一度、下へ張った。
サイレンメディックは東の入口へ着けて、後扉を開けたまま待っている。
「五機、連結!」
「特災合体 ── サイレンオー!」
サイレンオーが立った。
通りの東の端から見上げた岸には、脚と、胴の下半分が見えた。後扉の中の大西には、左手だけが見えた。
その左手は、開いていない。握ったままになる。
> ── 回線、残り 二本。
輪が下りようとした。下りる先は、七枚の布の上になる。
布が破れれば、下は通りになる。通りには、まだ二十人ほどが残っている。
サイレンオーは掴まなかった。掴まずに、左腕を七区画の東の端へ、下から上へ差し入れた。
差し入れた腕が、布の端を持ち上げる。持ち上がった布が、輪の下で一枚の坂になった。
坂になった布の上を、輪は滑る。滑った先は、屋根の無い区画の外になる。
寺尾の声が回線に入った。
「滑った。布は破れとらん」
迅が言った。
「今だ」
右腕の放水砲が開いた。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が出た。斬るのではなく、押す形で出る。
押された輪が、区画の外で潰れた。潰れた先で、体が保てなくなる。
金色の紙が、紙に戻った。戻った紙が、濡れて通りへ落ちた。
落ちた紙は、年末の飾りの色をしている。誰かが拾って、そのまま袋へ入れた。
入れたのは、通りの向かいの乾物屋の人になる。秋に一度、この人の店の庇が焦げている。
拾った紙を、袋の口を縛らずに持って帰った。縛らないのは、まだ濡れているからになる。
通りに、百人ほどが出ていた。年末の買い物の途中で足を止めた人になる。
拍手が起きた。起きたのは西の端からで、東へ渡ってきた。渡ってくる間に、二度途切れた。
途切れたのは、屋根の無い七区画の手前と、櫓の前になる。どちらも、上を見ていた人が多い場所になる。
十時三十四分に、大西が搬送された。
左の前腕は、副子と三角巾で留めてある。歩けるが、歩かせない。
後扉の手前で、大西が立ち止まった。
「これ、自分で乗れます」
「大西さん。乗れるのは分かりますので、そこの段だけ使ってもらえますか」
ひかりは段を出した。出した段は、地面から二十センチになる。
大西は段を使った。使ってから、乗ってしまってから、もう一度言った。
「自分で乗れましたね」
ひかりは返事をしなかった。返事の代わりに、副子の端をもう一度確かめた。
櫓の下に、岸が立っていた。四十くらいで、まだ電話を持っている。
「切っていいって、言われたんですけど」
「切ってもらって大丈夫です」
岸は切った。切ってから、櫓の折れた脚を見た。
「明日、また組みます。正月に間に合わせないと」
誰も止めなかった。止める資格が、この場に無い。
寺尾だけが、柱を二本とも抜かずに置いていった。
「それは置いていく。次に組む時、そこへ入れろ」
二文で言って、ハンマーを肩へ戻した。
通りの東の外れに、素手の男が立っていた。
上着を着ていない。この寒さで、袖をまくったままになる。
右の掌に、新しい擦り傷がある。傷の上を、自分の親指で押さえていた。
押さえたまま、搬送されていく車の方を見ていた。
「乗れるのに、乗せてもらったな」
声はそう言った。誰にも向けていない。
言ってから、袖を下ろして、通りの人の中へ入った。入った先で、誰ともぶつからなかった。
*
支部へ戻ると、武藤とうふ店の豆腐が届いていた。
この日は四丁になる。年内の最後の日だけ、一丁減る。
減った一丁分は、四日に増えて戻ってくる。三年、そうなっている。
寺尾が笊を出して、四丁を移した。移してから、角を確かめる。
「崩れとらん。今年は最後まで崩れとらんかった」
佐波が地下二層で、サイレンレスキューの油圧を見ていた。朝一で一度抜ける癖は、まだ直っていない。
「二度目からは立ちます。一度目だけです」
「一度目だけです。一度目から立つものを、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。
毎回、作れなかったものを一つ言う。三年、欠かしたことが無い。
速水が受信席で地図を畳んでいた。畳みながら、佐波に言った。
「火群さん、沈んだ石を踏んだあと、そのまま下がりませんでした」
「本人に言ってあげたらどうですか」
「言いません。下がらなかった理由を、訊いても返ってこないので」
澪は受信席の裏で、市の仮設の届出を出していた。
様式には、建てる場所と、日数と、組む会社の欄がある。自主施工の欄が無い。
欄が無いものは、二十一件のうち何件あるかも分からない。
澪は自分の地図に付箋を一枚貼った。商店街東端、東から三区画目。これで十七枚目になる。
付箋には何も書いていない。
三階の食堂で、寺尾が湯豆腐を出した。年内の最後の椀になる。
明日から三日、この時刻に豆腐は無い。無い三日の間、寺尾は別のものを出す。
食べ終わらないうちに、二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十時九分。所要 ── 七分。
> 保留 ── 一件。最長 ── 三十三秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 商店街東端 東から三区画目 仮設櫓 脚一本 折損。鋼管 十四本 使用不能。
> 敷石 三枚 沈下。日除け 七枚 異常なし。
> 救助 ── 二名。搬送 ── 一名(左前腕)。
> 商店街東端 敷石目地 未補修 ── 継続。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




