第003話 動かないんです
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 四月十日 六時二十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 丘の上 三区。
> 第一声 ──「動かないんです」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「動かないんです」
尾花律子は用紙を一枚引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。
「何が動かないか、教えてください」
「人です。うちの、前の家の」
「息はしていますか」
「わかりません」
尾花は相手の息を聞いていた。走ってきた息になる。坂を上がってきた人の吐き方をしている。
受話器の向こうで、風が入っていた。屋外になる。声が反響しない。塀と塀の間ではなく、開けた場所に立っている。
「そのまま切らないでいてください」
「はい」
線は繋がったままになった。切れない通報は珍しい。二階の壁で、回線の表示が一本だけ点いている。
六時の三階は寒い。当直の朝で、五人とも起きていた。
四月に入っても、朝はまだ息が白かった。窓を開けて換気をする決まりになっている。開けたのは寺尾剛で、開けてから自分が一番窓際に座った。
「寒いです」
七尾ひかりが言った。仮眠から上がってきたばかりで、髪をまとめている途中になる。
「三分で閉める」
「三分は長いです」
「二分半にする」
寺尾は時計を見なかった。だいたいで閉める。だいたいがいつも二分半くらいになる。
灰谷蒼汰は床に座って索を伸ばしていた。前の日に倉庫の梁へ噛ませたものになる。端から端まで手で送って、傷を探している。傷は無い。それでも端から端まで送る。
「二回目だろ、それ」
寺尾が言った。
「三回目です」
「昨日のうちに見たんじゃなかったか」
「見ました。朝にもう一回見ます」
蒼汰は送り終えてから、索を二つに折って束ねた。束ねる形も決まっている。三年、同じ折り方になる。
火群迅は立っていた。壁に背をつけて、湯気の立つ缶を持っている。右肩は動く。動くが、上げると止まる場所があった。誰にも言っていない。
逢坂澪は降りてこなかった。二階で夜の記録を整えている。前の日の二件を、一件ずつ紙に落としていた。
旧市街と、湾岸。どちらも通報は一件しか入っていない。澪はその欄を二度見た。見ただけで、何も書き足さなかった。
地下二層は暗い。宮ヶ瀬佳代が仮眠室で寝ている。前の日の夜にそこへ入って、まだ出てこない。四十八時間と本人は言っていた。実際は三十時間で、その三十時間分が今まとめて来ている。
武藤徳三が階段を上がってきた。旧市街の豆腐屋になる。六時二十分。この人はこの時刻に来る。
「余った分だ。一丁、二丁、それからもう一丁」
速水が受け取って、冷蔵庫の下の段へ入れた。
武藤は帰らずに、卓の脇に立っていた。手ぶらになった手を、前掛けで拭いている。この人が帰らない朝は、三年で数えるほどしか無い。
「昨日、うちの裏の壁が焦げてた」
「はい」
「暖簾は無事だ」
それだけ言って、階段を降りていった。
六時二十分。
卓の端末が低い音を一度だけ立てた。
> 覚知。第七支部、全隊。丘の上 三区。
迅が缶を置いた。まだ半分残っている。置いた場所は卓の縁で、寺尾が黙って中へ寄せた。
五人が階段へ向かう。蒼汰が束ねたばかりの索を掴んだ。掴んでから、もう一度だけ引いた。
*
指令室の窓から、丘の上が見えた。
鳴瀬市の東側に、傾斜が一つある。戦後に切り開いた住宅地で、道が坂だけで出来ていた。上まで行く道は三本ある。三本とも幅が四メートルを切っている。
救急車が上まで行けない道が、この区には二本ある。行ける一本も、雨のあとは登れない。市の側はそれを知っていた。知っていて、道を広げる予算は付いていない。
澪は席についてすぐ、左手で右耳を塞いだ。尾花が用紙を渡す。
「切れていません。まだ繋がっています」
「珍しい」
「珍しいです。切らないでくださいと言ったら、切りませんでした」
久遠寺修司が地図の前に立った。第七支部長になる。
「動かないのは誰だ」
「わかりません」
尾花が答えた。
「通報者は前の家の人です。名前は聞けていません」
久遠寺は壁の紙を見た。今月の数字が並んでいる。一番下の行だけ字が大きい。
未着 累計 ── 零。
見てから、地図へ戻った。
> 候補、三点ございます。第一、丘の上 三区 上段。第二、同 中段。第三、同 下段。
「三点ですか」
「三点でございます。それ以上は、わかりません」
澪は候補を見なかった。見たのは通報の音になる。
「息が上がっています」
澪が言った。塞いだ手はそのままになる。
「この人は坂を上がってきた。下から上へ来て、そこで見つけた」
「上段だな」
「違います」
澪が手を下ろした。
「上がってきたなら、この人の家は下にある。前の家というのは、上がりきった先の一軒になる。三区の上段には家が四つしかない。四つのうち、坂に面しているのは一つだけです」
速水が図面を出した。丘の上三区。上段の家が四つ、四角で描いてある。
「これです」
指したのは違う一軒だった。澪は黙って隣を指した。速水は自分の指を引っ込めた。
「座標、出た」
久遠寺が階段の方を向いた。
「第七支部 ── 出場!」
*
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
声を出したのは梅木あかねになる。二十六で、整備班の溶接をやっている。班長がまだ寝ているから、この朝は梅木が盤の前に立った。
「一号から五号、出場!」
言い終わってから、自分の声が少し高かったことに気付いた顔をした。それでも二度目は言わない。
サイレンファイヤーの真空引きが鳴った。上がりきる前に迅がアクセルを踏む。運転席の窓は開いていた。四月の朝の空気が、そのまま入ってくる。
丘の上までは七分掛かる。距離は近い。坂が全部を遅くする。
「回線、五本使います」
澪の声が耳に入った。
「市民が使えるのは三本」
三本目の坂に入ったところで、ファイヤーが止まった。道の幅が三メートル八十しかない。車体は三メートル六十ある。通れる。通れるが、両側の塀に当てずに曲がれる角度が無い。
「歩く」
迅が降りた。担架を背負う。
「まあ待て」
寺尾が止めた。焦っている隊員を一度止めるのが、この人の役になる。止めてから通す。
「上まで二百メートルある。担架は俺が持つ。お前は先に行け」
「重い」
「重いから俺が持つ。お前が持つと、走れなくなる」
迅は担架を渡した。渡してから走った。
寺尾は担架を肩に掛けずに、両手で持った。坂では肩に掛けると重心が後ろへ行く。三年、この人は坂でそれをやらない。歩く速さは変えなかった。
坂は思ったより急だった。地図では傾斜が数字でしか出ない。走ると、二百メートルで息が変わる。
迅は途中で一度も歩かない。歩かない代わりに、上りきったところで壁に片手を突いた。
坂の上に人が立っていた。六十くらいの女で、両手を体の前で握っている。携帯を耳に当てたままになる。線はまだ繋がっていた。
「そこです」
女は指した先から目を離さなかった。三十年、同じ坂を上り下りしている人の立ち方になる。
指した先の門の内側に、人が倒れていた。八十を超えているように見える。うつ伏せで、片手だけが門の外へ出ていた。
ひかりが着いた。息が上がっている。上がった息を、七つ数えて整えた。長さはいつも同じになる。
「息、返すよ」
言ってから、体を仰向けに返した。返す前に首の後ろへ手を入れる。返してから胸に手を置いた。
二度目で咳が出た。
押している間、ひかりは数を口に出していた。声は小さい。周りに聞かせるためではなく、自分の手を揃えるための数になる。
「戻った」
ひかりが言った。
「まだ搬送。メディックを上げて」
「上がれません」
澪が答えた。
「三本目も塞がっています」
「塞がってるって、何で」
「わかりません」
澪はそこで言葉を切った。切ってから、言い直した。
「三本とも、五分以内に塞がっています。順番があります」
*
地面が鳴った。
坂の途中で、擁壁が膨れた。コンクリートの面が内側から押されて、割れ目が上へ走る。走った先が屋根の高さまで届いた。
崩れたものは下へ落ちなかった。落ちずに立った。
音がしない。コンクリートが割れる時の音は、割れたあとに来る。この日は来なかった。割れる音だけが抜き取られている。
コンクリートの板が何枚も重なって、坂を塞ぐ形になる。人の形は取らない。塀の高さから始まって、三階建てくらいまで伸びた。
下の道が消えた。上へ行く三本のうち、最後の一本になる。
「下がって」
迅が通報者の女に言った。言ってから、自分は前へ出た。
板の一枚が坂を滑り落ちた。滑った先に担架がある。寺尾が体で止めた。止めた背中に、板の角が入った。
左手首の蓋を跳ね上げる。受話器の形になる。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
坂の下まで届いた。届いた先に、まだ人がいる。
迅がブレスを向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒だ。潰すぞ」
サイレンギアを抜いた。柄を半回転させる。ギアが噛んで、短い音が鳴った。
「筒先!」
水が出た。板の付け根に当てる。当たった場所が濡れて、色が変わる。それだけになる。石は水で崩れない。
濡れた面が滑る。滑った板が一枚下がって、坂の勾配の分だけ速く動いた。水を掛けた側が損をする形になる。
「効かない」
「割る」
迅が柄をもう半回転させた。刃が起きる。斧の側になる。
板の一枚に打ち込んだ。刃が入って、途中で止まる。中に鉄が入っていた。擁壁の鉄筋になる。
抜こうとして、抜けなかった。刃が噛んでいる。迅は柄を捻って、板ごと引いた。板が半分だけ動く。動いた先に隙間が出来て、そこから土が落ち始めた。
蒼汰がワイヤーを投げた。索の先が板の上の縁に噛む。引く。板が傾いた。傾いたところへ、寺尾がハンマーを打ち込んだ。
柱が坂の上に立つ。坂に打つと、柱は斜めに立つ。斜めのまま、板の一枚を止めた。
平らな場所なら垂直に入る。斜面では入らない。寺尾は勾配の分だけ角度を変えて打っている。三年、この人はそれを計算せずにやる。
板が三枚同時に落ちてきた。三枚とも角度が違う。寺尾は真ん中の一枚だけを止めた。左右の二枚は坂の外へ抜けていく。抜けた先は空き地になる。
「一枚ずつだ」
寺尾が言った。
「全部を止めようとするな。落ちてくる順に止める」
板が二枚、上から降りてきた。降りた先に担架がある。担架の上に、さっき息の戻った人がいる。
迅が担架の上へ入った。両腕を上げる。装甲の手甲で受けた。膝が落ちる。落ちて、止まった。
肩の焼けた側だった。前の日から動かない場所がある。迅はそこへ力を入れた。
「レッド」
「持ってる」
寺尾が横から入って、下に柱を一本足した。柱が入ってから、迅は腕を下ろした。下ろす時、右の肩だけが遅れた。
「肩」
「動く」
「動くかとは訊いてない」
「上がる」
「上げろとも言ってない」
寺尾はそれ以上言わない。言わずに、柱をもう一本打つ。
澪がソナーを撃った。音が坂の下まで通る。
「回線、残り三本。坂の下に六名。全員が動いています」
ひかりは担架の横から離れなかった。片手で脈を見ている。もう片方の手でナイフを抜いた。
二刀になる。
「上、任せろ」
蒼汰が言った。索を張って、板の列の上へ登る。登ったところで、下へ向けて叫んだ。
「後ろの三枚が根元で繋がってる。そこだ」
蒼汰は板の上で片膝を突いていた。足場は斜めで、面は濡れている。索を梁の代わりに使う場所が無い。それでも動かずに、下を指し続けた。
ひかりが走った。担架を離れる。離れる前に、通報者の女の手を取って担架の横へ置いた。脈を見る位置に、その指を当てた。
「ここ、押さえていてください」
「わたし、そんな」
「押さえるだけです。動いたら呼んでください」
女が頷いた。指の当て方が違っていた。ひかりは自分の指を重ねて、位置を直した。直してから、手を離した。
ひかりは坂を斜めに上がった。板の列の根元へ回り込む。板と板の間に、細い隙間があった。人一人分の幅も無い。ひかりは横になって入った。
根元に熱があった。石なのに、体温くらいある。
「サイレンナイフ ── 急救斬ッ!」
根元は三枚の板が噛み合った継ぎ目になっていた。噛み合った線が、下から上へ一本走っている。ひかりはその線に刃を当てた。当ててから、もう片方の刃を反対から入れた。
二刀が交差した。交差した先で、根元が切れる。
板の列が上から順に崩れた。崩れて、坂の上に落ちる。落ちたものはもう立たなかった。
ひかりは隙間から這い出した。装甲の腹に、細い擦り傷が横一本入っている。立ってから、担架の方を見た。通報者の女が、まだ同じ位置に指を当てていた。
道が半分だけ通った。
メディックが坂を上がってきた。片側の車輪を側溝に落としながら上がってくる。上がりきったところで扉が開いた。
中に担架が二台ある。ひかりは手前の一台だけを引き出した。奥の一台には触れない。留め具は掛かったままになる。
三年、奥の一台を出したことは無い。整備班は毎月、二台とも点検している。理由を訊いた者はいない。
倒れていた人が乗せられた。八十四になると、あとで分かる。名前を書く欄に、通報者の女が代わりに書いた。字は丁寧だった。姓と名の間を、きちんと空けてある。
「うちの、前の家の人です」
「お知り合いですか」
「三十年、隣です」
女は書き終えてから、ペンを返した。返してから、手を止めた。
「見つけたの、五時半なんです」
誰も何も言わなかった。
「息子に、先に電話しました。どうしたらいいか聞こうと思って。出なくて、それで、もう一回かけて」
六時二十分に、この人は119を押している。五十分あった。その五十分に何があったかを、誰も訊かなかった。
ひかりは女の顔を見た。見てから、担架の側の紙を一枚めくった。
「間に合っています」
それだけ言った。
女は口を開いて、閉じた。それから頭を下げた。
「ありがとうございました」
ひかりは答えずに、扉を閉めた。閉まる音の方が、開く音より大きい。閉まると、そこから先の音は外に出ない。
*
坂の下で、崩れた板が集まった。
集まって、また立つ。二度目は坂の中腹まで下がっていた。下がった分だけ、街に近い。
三階の高さを超えて、そこから伸びた。丘の斜面に沿って立つと、実際の高さより大きく見える。下の商店から出てきた人が、見上げて動かなくなった。
「五機」
迅が言った。
「上げろ」
五機がスロープを昇った。この日も、五つは噛み合わない。
坂道で機体が使えるかどうかは、その日の路面で決まる。前の日の雨が残っていた。サイレンクレーンはアウトリガーを張れない。張った先が土になる。
「グリーン、下がれ」
「下がる。ここは踏めない」
寺尾はクレーンを坂の下まで引いた。引いてから、平らな交差点でアウトリガーを張った。四本目が半拍遅れる。張り終えてから、アームを坂の上へ向けた。届かない。二十メートル足りなかった。
レスキューが右腕で板を掴んだ。掴んで、坂の外へ放る。一枚では減らない。板は二十枚以上あった。
左腕は使えない。掌が開かないからになる。掴む仕事は全部、右腕の側へ寄っていく。
ウイングが上から見ていた。
「上から押します」
澪が言った。
「ローターの風で、上の三枚を落とす。下の連中を退かせて」
商店の前に人が七人いた。誰も動いていない。
迅がファイヤーの拡声を入れた。
「下がってくれ。今から落ちる」
声は届いている。届いた上で、動かない人がいる。前の日の湾岸でも同じだった。
七人のうち、四人が動いた。三人が残った。残った三人は、上を見たままになる。
迅は放水を止めて、車を坂の下へ回した。車体で三人の前を塞ぐ。塞いでから、もう一度言った。
「下がってくれ」
三人が下がった。
ウイングが降下した。ローターの風が坂の上を叩く。丘の上では、風が下へ抜けずに壁に当たって戻ってくる。澪は高度を三度直した。
板が三枚落ちた。落ちた先にファイヤーがいる。迅は動かなかった。車体の屋根で受けて、そのまま坂の外へ流した。
残りの板は、レスキューが一枚ずつ外した。二十四枚あった。
坂の道は、上の百メートルが埋まったままになった。掘り出すのは支部の仕事ではない。市の道路課が来るのは、早くて三日後になる。
その三日、上段の四軒は歩いて上り下りすることになる。四軒のうち三軒に、七十を超えた人が住んでいた。
*
地下二層は油の匂いがする。
サイレンファイヤーの屋根が凹んでいた。三枚分の跡が、等間隔に並んでいる。
戸倉健が掌を当てた。五十二で、元は自動車の整備工になる。凹みの縁を指でなぞって、それから叩いた。音が二つ返る。裏で剥がれている場所があった。
凹みは三つとも同じ深さになっていた。板の重さが同じだったからになる。戸倉はそれを言わずに、指で深さを測った。
「板金だな」
「やります」
梅木あかねが面を持ってきた。
佐波悠が工具を並べていた。十九で、見習いになる。この朝は落とさなかった。並べ終わってから、自分でもう一度数えた。数えたことを、誰にも言わない。
仮眠室の扉が開いた。宮ヶ瀬佳代が出てくる。髪が片側だけ潰れていた。
「誰が出した」
「わたしです」
梅木が答えた。
「声、高かった」
「高かったです」
「次はもう少し下から出せ」
宮ヶ瀬はファイヤーの屋根を見た。三枚の跡を見て、それから坂の写真を見た。傾斜が書き込んである。
「坂を登れるアウトリガーは、まだ作れない」
誰にともなく言って、写真を伏せた。
三階では、寺尾が窓を閉めていた。二分半で閉める決まりになっている。この朝は三十分開けたままになった。閉めてから、卓の上の缶を持ち上げる。中身は半分残っていた。寺尾はそれを流しへ持っていかずに、元の位置へ戻した。
二階では、澪が前の日の紙を三枚並べていた。旧市街、湾岸、丘の上。三枚とも、通報の欄に一と書いてある。並べたまま、まだ何も書き足していない。
二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 六時二十七分。所要 ── 七分四十秒。
> 保留 ── 零件。
> 未着 累計 ── 零。
> 通行止 ── 丘の上 三区 上段道。当面。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




