第002話 けむりが
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 四月九日 十六時四十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 湾岸 七号倉庫。
> 第一声 ──「けむりが」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「けむりが、出てます」
尾花律子はその一言を、そのまま紙へ落とした。二階の受信席には手書きの用紙が積んである。端末に打ち込む前に、必ず一度、紙へ書く。三年、この順序を変えていない。
「場所を教えてください」
「湾岸の、七号です」
「七号倉庫ですね。火は見えますか」
「見えない。けむりだけ」
電話はそこで切れた。切れる直前に、金属が擦れる音が入っている。尾花は用紙の端にそれも書いた。
用紙の左上に、時刻を分まで入れる。秒は入れない。秒まで書く欄はあるが、三年、そこを埋めたことはなかった。
書いてから、受話器を戻さずに一度だけ耳へ当て直した。切れた線の音しかしない。それを確かめてから、端末へ向いた。
三階の食堂では、五人が湯を待っていた。四月九日の夕方で、この日の二件目になる。
窓の外は暮れかけている。四月の日は長くなってきたが、湾岸の側にはもう影が伸びていた。昼の火事で焼けた区画から、まだ薄い筋が上がっている。旧市街の方角になる。
武藤徳三の豆腐は冷蔵庫の下の段に入っている。夕方の飯は各自で作る決まりになっていた。この日は五つとも同じものが卓に並んでいる。紙の蓋の上に箸を載せて、三分を待つ形になる。
「三分だぞ」
寺尾剛が言った。誰にともなく言う癖がある。
「わかってます」
七尾ひかりが答えた。この人はいつも最初に食べ終わる。だから待っている時間が一番長い。
灰谷蒼汰は卓の下でロープを直していた。昼に結んだものを解いて、束ね直している。指の動きは食事の途中でも止まらない。
「それ、昼のやつだろ」
寺尾が言った。
「使ったので」
「一度使ったら替えるんじゃなかったか」
「替えます。替える前に、一回見ます」
蒼汰は束ねた輪を持ち上げて、光に透かした。傷は無い。それでも棚の新しい一巻きを出して、古い側を畳んだ。
火群迅は立ったまま蓋を押さえていた。座らない。昼の火事で右肩の装甲を焼いている。防護服の下の肩には赤が残っていた。本人はそれを誰にも言っていない。
逢坂澪は三階に降りてきていた。四月に入って三度目になる。椀を持って、卓の端に座っている。コーヒーには何も入れない。砂糖もミルクも使わない。
降りてくると、指令室が空く。空いた席は速水が見る。二十二で、任される時間は一日のうち十分に足りなかった。
階段の方から、低い音が続いていた。
ゴトン、と一段。少し間が空いて、ゴトン、ともう一段。
消火器くらいの大きさの円筒が、階段の角から出てきた。下は無限軌道になっている。上に受話器の形をした頭が乗っていた。腕は無い。
ポールは滑れない。だから階段を一段ずつ降りて、一段ずつ昇る。三階まで上がってくるのに、いつも二分近く掛かった。
> お食事中に失礼いたします。
声には抑揚が無い。第七支部の応答系で、正式には別の呼び名がある。六人はアンサーと呼んでいた。呼び直させようとした時期があったらしい。三度で終わったと聞いている。
「何」
迅が訊いた。アンサーは一度だけ上を向いた。それから答える。返事の前に上を向くのは、この機械の癖になる。
> 十六時四十分、覚知。湾岸 七号倉庫。第一声は「けむりが」でございます。
五人が同時に立った。椅子が四つ鳴って、迅の分だけ鳴らない。立ったままだったからになる。
「火は」
> わかりません。
迅が蓋を剥がした。麺はまだ固い。剥がしただけで、口はつけずに卓へ置いた。
アンサーは階段の上で向きを変えていた。降りる側が、昇るより遅い。
*
二階の指令室は夕方の光が入らない。湾岸の側に窓が無いからだった。
澪は席に着くなり、左手で右耳を塞いだ。壁の右端で、回線の表示が八本とも空いている。
「一件だけです」
尾花が言った。用紙を渡す。
「切れました。金属が擦れる音が入っています」
久遠寺修司が地図の前に立った。湾岸区は物流倉庫と工場で埋まっている。夜も動いている区域になる。七号倉庫は四階建てで、天井までの高さが二十メートル近くあった。
昼の一件から、まだ三時間も経っていない。壁の紙の数字は動いていなかった。未着 累計 ── 零。久遠寺はその行を一度見て、地図へ戻った。
「報知器は」
速水が端末を見た。
「鳴っていません」
「鳴っていないのか、鳴らなかったのか」
速水は答えられなかった。訊かれてから、それが別のことだと気付いた顔をした。
「調べます」
「調べなくていい。今は要らん」
久遠寺は速水を見なかった。見ないまま言うのが、この人の言い方になる。
澪の卓に候補が並んだ。
> 候補、三点ございます。第一、七号倉庫 A区画。第二、同 B区画。第三、隣接する六号倉庫。
「B」
澪が言った。
「理由は」
「一件しか来ていない。倉庫には常時十二人が入っています。十二人いて一件になる場所は、上の方だけになる」
澪は塞いだ手を下ろした。
「B区画は四階。荷が高く積んである。下からは見えない」
速水が図面を出した。今度は合っている。四階の床は鉄の格子になっていて、下からでも光は抜ける。抜けるのは光だけで、荷の陰までは届かない。
「それと」
澪が続けた。
「電話の後ろで金属が擦れています。フォークリフトの爪が、荷を噛んだままになっている音になる」
「座標、出た」
「第七支部 ── 出場!」
久遠寺の声が、階段の下まで落ちていった。この号令を、この人は言い方を変えずに出す。急ぐ日も、そうでない日も同じ高さになる。
*
地下三層で扉が上がる。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤を叩いた。四十八時間寝ていないと本人は言っている。昨日は三十六時間だった筈だった。
「一号から五号、出場!」
サイレンファイヤーの真空引きが鳴った。その音が上がりきる前に、迅がアクセルを踏んだ。宮ヶ瀬は見ていた。何も言わない。
湾岸までは八分掛かる。旧市街の倍になる。道は広い。広い代わりに、赤信号が七つあった。
一つ目の信号は青だった。二つ目の信号で、対向の乗用車が止まって道を空けた。運転席の窓が下りている。三つ目では誰も動かなかった。サイレンの音は届いている。届いていても、動かない車はある。
「回線、五本。市民が使えるのは三本になります」
澪の声が耳に入る。
「行くぞ。先に着く」
迅がそれだけ言った。前を走るのはファイヤーで、後ろの四機が間隔を空けて続く。サイレンウイングだけが空へ抜けた。
七号倉庫の前で車を降りた。外から見て、煙は出ていない。
通用口を開けると、そこから出てきた。白ではない。灰色で、下へ落ちてくる。重い煙になる。床を舐めて外へ流れた。
迅は扉の縁に手の甲を当てた。冷たい。火の時と違う。熱で出ている煙ではないと、それで分かった。
煙は膝の高さで止まっていた。それより上は白くない。灰色でもない。何も無いように見える。見えているだけで、吸えば喉が閉じる。
「這うぞ」
迅が言った。這える装備になっている。
中には荷が天井まで積んであった。通路の幅は二メートル無い。フォークリフトが一台、通路を塞ぐ形で止まっている。座席に人がいた。作業員で、肩から下が荷に挟まれている。
「聞こえるか」
迅が声を掛けた。作業員が目だけ動かした。
「動かないでいい。動かすのはこっちだ」
挟まっているのは腰から下だった。荷は紙の箱が四段で、一番下が濡れている。濡れた箱は潰れる。潰れた分だけ下がる。
「一名。それから上に二名」
澪がソナーを構えて言った。撃つ前に必ず人数を言う。
「四階、二名。呼吸はあります」
寺尾がハンマーを打った。挟まれた作業員の頭の上に、柱が一本立つ。数を声に出す。四、五、六。息は止めない。
荷は四段のうち、上の二段が傾いていた。傾いた側は通路の壁へ寄っている。壁が持てば落ちない。持たなければ、四段とも一度に来る。寺尾は壁の側にもう一本打った。二本で挟む形になる。
迅が荷を押した。動かない。もう一度押した。荷の角が肩に食い込む。焼けた側の肩だった。息を吐いて、三度目に掛かる前に手を止めた。押す方向が違う。
迅は座席の反対側へ回った。フォークリフトの爪が荷を噛んでいる。爪を下げれば荷が落ちる。落ちれば作業員の脚に来る。
運転席の計器は生きていた。鍵は差したままになっている。爪を上げる操作なら、下からでも届く位置にあった。迅はそこへ手を伸ばして、途中で止めた。上げれば荷が傾く。傾く先に寺尾がいる。
「グリーン、下に入れるか」
「入る」
寺尾が体を横にして、通路の隙間から潜った。潜ってから、ハンマーの柄で床を二度叩く。位置を知らせる合図になる。無線を使わないのは、両手が塞がっているからだった。
「上、任せろ」
蒼汰が索を投げた。四階の梁に噛む。一度引いた。それから登る。二十メートルを、途中で一度も止まらずに登った。
登りきったところで、もう一度引いた。二十メートル登った後でも、確かめる回数は変わらない。下では迅が荷を押している。上では蒼汰が結び目を押している。同じ支部の二人が、別のものを押していた。
四階に二人いた。派遣の作業員が二人で、若い方が携帯を握っている。画面は割れていた。落としたらしい。
「呼んだの、君か」
若い方が頷いた。
蒼汰はそれ以上訊かずに、索を二人の胴へ回した。結んで、一度引く。結び目を親指で押した。それから下へ降ろした。
*
煙が、床から立ち上がった。
層になっている。灰色の板が何枚も重なって、それが立った。人の形は取らない。倉庫の天井まで届いて、そこで横へ広がる。荷の山が三つ、飲まれて見えなくなった。
照明が上から順に消えていく。消えたのではない。見えなくなっただけになる。それでも倉庫の中は、消えたのと同じ暗さになった。
「下がれ」
迅が作業員に言った。言ってから、自分は前へ出た。
左手首の蓋を跳ね上げる。受話器の形になる。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
声は倉庫の天井へ上がって、そこで止まった。返ってきたのは五つ分になる。
煙の中で、荷が一つ倒れた。倒れた音だけが届いて、姿は見えない。倉庫の奥行きは五十メートルある。奥の半分は、もう白でも灰色でもなくなっていた。
迅がブレスを煙へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒だ。潰すぞ」
サイレンギアの柄を半回転させる。ギアが噛んだ。昼と同じ音がして、少し湿っている。倉庫の空気のせいだった。
煙は熱くない。触れても焼けない。その代わり、吸えば終わる。装甲の送話口が空気を選り分けて、通した分だけを肺へ入れる。選り分けている音が、耳の後ろで鳴り続けた。
「筒先!」
水が出た。煙の腹に当てる。当たった場所が薄くなって、すぐまた濃くなった。水は煙を落とせない。落ちるのは煙の重い部分だけになる。
床に灰の輪が出来た。水の当たった位置がそこに残る。輪は三つになり、四つになった。四つ目を作ったところで、迅は筒先を止めた。
「効いてない」
「効いてる。下だけだ」
寺尾が言った。柱をもう一本打つ。打った柱を足場にして、ひかりが上へ上がった。
ひかりがナイフを抜いた。二刀になる。煙の層を横に裂いた。裂いた隙間から、下の階の照明が見えた。
裂けた口はすぐ閉じる。閉じる速さが層ごとに違った。上へ行くほど遅い。上が薄いからではない。上の方が、重いからだった。
迅が上を見た。四階の床の格子越しに、煙の芯が見える。細い。層のどれよりも細くて、そこだけ色が違った。
「上が本体だ」
迅が言った。
煙が腕の形を作った。作った瞬間に、それがフォークリフトの方へ振られた。挟まれた作業員がまだ座席にいる。
迅がその前に入った。背中で受ける。装甲の背が鳴った。膝が半分落ちて、そこで止まる。倒れない。
「グリーン」
「もう立ってる」
寺尾が柱を三本目に打った。三本で檻の形になる。作業員の頭の上に、屋根が出来た。
迅が斧を起こした。柄をもう半回転させる。刃が立って、そこへ水の残りが伝った。
「筒先で押して、斧で開ける。順番を守れ」
寺尾が言った。焦っている隊員を一度止めるのが、この人の役になる。止めてから通す。
澪がソナーを撃った。壁の向こうまで音が通る。
「回線、残り三本。倉庫の外に人はいません」
煙の腕がもう一本伸びた。今度は四階へ向いた。梁の上に蒼汰がいる。
「そっちだ」
迅が叫んだ。蒼汰は動かなかった。腕が届く前に、索を梁へもう一巻き掛けている。掛けてから、一度引いた。
蒼汰が四階の梁に立っていた。索を垂らす。垂らした先を、自分の腰へ回した。
「上、行きます」
言ってから、蒼汰は飛んだ。索が張る。振り子になって、煙の柱の上半分へ入った。
ワイヤーの先が煙の中で何かを噛んだ。手応えがある。煙の中に芯がある。
「あった」
「サイレンワイヤー ── 急救斬ッ!」
索が張りきって、そこから光が走った。走った先で芯が切れる。煙の層が上から順に崩れて、床まで落ちた。落ちたところで灰になる。
蒼汰は振り子の勢いのまま、通路の反対側の梁に降りた。降りてすぐ索を手繰る。手繰りながら、噛ませた先を目で追っていた。
*
倉庫の外へ出るまでに、四分掛かった。
外の空気は塩の匂いがした。
挟まれていた作業員は担架に乗って、メディックの中へ入った。扉が閉まる音の方が、開く音より大きい。閉まると、そこから先の音は外に出ない。ひかりが乗り込んで、そのまま出ていった。
残った四人で現場を保たせる。五人のうち一人が抜けると、通路の一本が空く。空いた一本を誰が埋めるかは、その場で決まる。この日は寺尾が横へずれた。
四階から降ろされた二人は、通用口の脇に座っていた。若い方がまだ携帯を握っている。割れた画面を袖で拭いていた。拭いても直らない。それでも拭き続けていた。
作業服の胸に社名の入った男が来て、その若い方の前に立った。
「呼んだの、お前か」
「はい」
「勝手に呼ぶな。うちは自分とこで消せる」
若い方は何も言わなかった。膝の上で手を握って、下を向いた。
迅がその横を通った。ホースは肩に掛けたままになっている。通りかけて、止まった。止まってから、社名の入った男の方へ半歩だけ体を向けた。
「上に二人いた」
社名の入った男が振り返る。
「うちの人間だ」
「そうだ」
迅はそれだけ言って、路面のホースを巻きに戻った。
礼を言った者はいない。若い方も言わなかった。言う相手が分からなかったらしい。
蒼汰が索を巻きながら、その様子を見ている。投げたものは必ず回収する。巻き終わるまで、そこを動かない。
その日の記録には、通報者の名前が入らなかった。書く欄はある。欄が空いていることを、誰も指摘しなかった。
崩れた煙が、床の灰から立ち上がった。誰も見ていないところで、灰が集まっていた。
二度目は速い。倉庫の屋根を突き破って、外へ出た。四階建ての建物より高くなる。二十を超えて、そこで止まった。
湾岸の道路に車が並んで止まっている。運転席から人が降りて、上を見た。倉庫の屋根の高さで、灰色のものが動いている。
夕方の光が横から当たっていた。当たったところだけ、煙の層が数えられる。七枚あった。数えた人間が何人いたかは分からない。
「五機」
迅が言った。
「上げろ」
五機がスロープを昇った。この日も、五つは噛み合わない。
サイレンクレーンがアウトリガーを張った。四本目が半拍遅れる。埋立地の地面は締まりが甘い。三本目が十センチ沈んで、そこで止まった。寺尾は張り直さなかった。沈んだまま、アームを上げた。
サイレンレスキューが右腕で屋根の鉄骨を掴んだ。引き剥がして、道路の反対側へ置く。ウイングが上から灰を吹き散らした。ファイヤーは水を出し続けている。
クレーンの左腕は動かない。掌が開かないからだった。持ち上げる仕事は全部、右腕の側へ回る。
「タンクの残りは」
「二千」
「半分でいい」
迅は砲塔を回した。規定より十度多く回る。回りきったところで放った。
水が煙の根元へ落ちた。灰が濡れて、重くなって、屋根の上へ落ちる。落ちたものは二度と立たなかった。
屋根の穴から下が見えている。B区画の棚が三列、丸ごと焼けていた。焼けたのは荷であって、建物ではない。建物は残っている。
道路の車から拍手が起きた。三人分で、すぐに止んだ。倉庫の屋根に穴が開いているのが見えたからだった。拍手を始めた一人が、一番早く手を下ろした。
*
地下二層は油の匂いがする。
サイレンクレーンの三本目のアウトリガーに、埋立地の土が詰まっていた。戸倉健が掌を当てる。温度と震えを見て、それから土を落としに掛かった。
蒼汰が装備の点検をしていた。器具箱を一つずつ開ける。カン、カン、と等間隔で鳴った。五つ目で止まる日が多い。この日は六つ目まで開けた。
七つ目を開けた。中に道具は入っていない。ロープが一巻き入っているだけだった。規定には無い。
宮ヶ瀬佳代が通り掛かって、蓋の中を見た。見て、そのまま行った。
「班長」
「見てない」
宮ヶ瀬は振り返らずに言った。
佐波悠が工具を落とした。二本目になる。拾って、黙って棚へ戻す。棚の位置を間違えて、梅木あかねに直された。梅木は何も言わずに直して、面を下ろした。
蒼汰は七つ目の蓋を閉めた。閉める時だけ、音を立てないように押さえる。ほかの六つは勢いで閉める。
宮ヶ瀬は倉庫の図面を広げていた。天井までの高さを測っている。
「二十メートル届く梯子は、まだ無い」
誰にともなく言って、図面を巻いた。
屋上では、四月の風が出ていた。訓練塔の縄が壁に当たって、規則正しく鳴っている。誰も上がっていない。
三階では、五つの容器が卓に残っていた。麺は全部伸びている。寺尾が一つずつ蓋を閉めて、流しへ運んだ。運ぶ前に、一つだけ蓋を開けて中を見た。誰の分かは確かめずに、そのまま閉じた。
尾花律子は用紙を一枚、抽斗へ入れた。書いた紙は端末へ打ち込んだ後も捨てない。三年分が抽斗に溜まっている。溜まっていることを、誰も知らなかった。
二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十六時四十八分。所要 ── 八分十一秒。
> 保留 ── 一件。最長 ── 三十四秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 所在 ── 湾岸七号倉庫 B区画。記録なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




