第035話 二人います
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十二月六日 十七時五十分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 山側 柏木。
> 第一声 ──「二人います」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「二人います」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。何処に二人かは、まだ書かない。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」
「山側の柏木です。高城といいます。宮下さんの上の家、佐々木さんとこ」
「高城さん。何が起きているかを教えてください」
「煙突です。屋根の上の煙突から、火が出てます。中に二人います」
尾花は書いた。山側柏木、木造平屋、煙突。三語で足りる。書いた紙を、左手で当直の側へ半分だけ送る。
「高城さん。その二人のお名前と、歩けるかどうかを教えてください」
「佐々木の爺さんと婆さんです。爺さんは歩けます。婆さんは杖です」
尾花は用紙の右の欄へ、在宅二、自立一、要介助一、と書いた。三つ並ぶと、乗せる順が決まる。
「高城さん。その方たちに、外へ出るように伝えてください。伝えたら、また私に教えてください」
「もう言いました。爺さんが婆さんを起こしてます」
高城の声は、走っていない。走らずに、電話の前に立っている。
「高城さん。屋根には上がらないでください。煙突に水も掛けないでください」
「上がりません。前に、走って公衆電話まで行ったことがあります。今日は繋がったから、ここにいます」
尾花はその一行を書かなかった。書く欄が無い。
「高城さん。佐々木さんのお宅のストーブに、空気の入る口があります。爺さんが動けるようなら、そこを閉めるように伝えてください。閉めたら、すぐに外へ出てください」
「閉める。分かりました」
通話の向こうで、高城が誰かへ向かって同じことを言った。言い方は、尾花のものとほとんど同じになった。
閉める、それから外へ出る。順番も変えていない。
「高城さん。周りに、燃えるものを置いていませんか」
「薪が積んであります。壁の外に、一冬分」
尾花は用紙の下の欄へ、薪、一冬分、と書いた。
「高城さん。薪には触らないでください。今から人が行きます」
「触りません」
「高城さん。この電話は切らないでください」
「切りません。前も、そう言われました」
用紙の一番下に、背後の音を書く。風、犬、屋根。三語になる。
屋根の音は、鉄板が熱で伸びる音になる。
*
十七時五十分の三階は、もう外が真っ暗だった。
十二月に入ってから、日が落ちるのは十六時半になる。落ちてから当直の交替まで、まだ二時間半ある。
寺尾剛が椀を並べていた。十二月の椀は、十一月のものより一回り大きい。
「班長、これ、大きくなってません」
「なった。十二月だ。冷める前に食える大きさが、月で変わる」
二文で言って、椀の縁を布で拭いた。
気付いたのは二日目になる。替わった日には、誰も何も言わなかった。
灰谷蒼汰は索を膝の上へ広げて、端から端まで指で送っていた。三年、出る前に必ず一度やる。
「四本です。氷点下だと結び目が一割硬くなります」
七尾ひかりは、冬の並びの棚から、火傷と、吸い込んだ側の道具を前へ出していた。
冬の火は、夏の火と傷の出方が違う。冬は着ているものが多いので、皮膚まで届くのが遅れる。遅れた分だけ、本人が気付くのも遅れる。
気付いてから来る人は、たいてい一日置いてから来る。
火群迅は非常階段の一番下にいた。手の甲を鉄の手すりへ当てて、そのまま止めている。
鉄が冷たい。この冷たさなら、山側は氷点下になる。
逢坂澪は受信席の斜め後ろに立っていた。手にはコーヒーがある。砂糖も牛乳も入っていない。
十二月に入ってからの火の件数を見ていた。先月の同じ日までで十一件、今月は六日で五件になる。
冬の火は、朝と夕方に寄る。暖房を点ける時刻と、消し忘れる時刻になる。
寄っている時刻に、この街の当直は交替の準備をしている。準備をしている間は、手が半分になる。
佐波悠が地下三層から上がってきた。工具箱を提げたままになる。
「宮ヶ瀬さん。山側の道は、この時刻だともう凍ります」
「凍ります。凍った坂でアウトリガーが滑らない足を、まだ作れていません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
須永が中継の盤の前にいた。山側柏木は、この秋に中継を一つ足した区画になる。
「今日は繋がります。今日は」
*
分析に入ると、澪は喋らない。
盤面に山側柏木が出る。家は十四軒。上と下に分かれていて、上に六軒ある。
佐々木の家は上の六軒のうち、一番北になる。北の風がまともに当たる場所になる。
薪ストーブを使っている家は、この集落で九軒ある。九軒とも、煙突が屋根を抜けている。
煙突の内側には、燃やした分だけ、油の混じった煤が付く。付いた煤は、ある厚みを越えると、それ自体が燃えるものになる。
燃えると、煙突の中が千度近くまで上がる。上がった熱で、屋根の板が焦げる。
「アンサー」
> ── はい。
「山側柏木、煙突の掃除の記録を、九軒分」
> ── 七軒分あります。二軒は、記録がありません。
「二軒はどこか」
> ── 上の六軒のうち、一番北と、その隣です。
アンサーは返事の前に一度、上を向いた。頭の受話器の形が、天井を向いてから戻る。
記録の無い二軒が、並んでいる。
並んでいるのは、掃除を頼む業者を、二軒で分けているからになる。分けている家は、片方が頼めば済んだことにする年がある。
今年は、どちらも頼んでいない。
澪は盤面の下の八軒を消した。残したのは、上の六軒と、その北の斜面になる。
斜面には、去年から切った木が積んである。薪になる前の丸太で、まだ乾いていない。
乾いていないものは燃えにくい。燃えにくいものは、燃え始めると長い。
長く燃えるものが斜面にあると、下の八軒が逃げる先を失う。この集落から降りる道は、その斜面の下を通っている。
道が一本しかない集落では、火の位置よりも、火と道の間に何があるかで決まる。
澪はその一本の道を、盤面の上で二度なぞった。なぞってから、消さずに残した。
澪は左手を下ろした。
「座標、出た」
五人が動いた。下ろした瞬間に動く。この人の手が下りるまで、誰も一歩も出ない。
「山側柏木、上の六軒の一番北。木造平屋、煙突火災。在宅二名、うち一名は杖。壁の外に薪、北の斜面に丸太。上がる道は一本、凍っている」
迅は最後まで聞いていない。「在宅二名」で走り出している。澪は最後まで言い終えた。
久遠寺修司が受信席の後ろで立ち上がった。
「道は」
「一本です。回線は、いま五本空いています」
「第七支部 ── 出場!」
*
ポールは二本ある。迅が一番に握った。掌が焼ける。焼けるのを毎回やる。一階で装備を背負い、階段で地下三層へ下りる。
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は路面の温度の記録を、盤の隅に出したままにしてある。
「一号から五号、出場!」
山側へ入る道は、途中から幅が三メートル半になる。五機は縦に並んで上がっていく。
最後の坂で、サイレンクレーンが一度だけ横へ滑った。滑って、止まって、また上がった。
集落の入口に、高城が立っていた。六十くらいで、靴の踵が両方潰れている。
この人は、走っていない。走らずに、電話を握ったまま、道の真ん中で待っていた。
「消防です。二人は」
「外に出てます。あそこの、車の陰」
高城が指した先に、二人いた。八十を越えた男と、女が一人。女は杖を突いている。
男の方が、女の肩へ自分の上着を掛けていた。自分は襦袢一枚になる。
ひかりがその二人の前へ行った。並んで、同じ方を向いた。
「もう五十メートル下がってもらえますか。あそこの、電柱の先まで」
二人が下がった。下がる速さは、杖の方に合わせてある。
合わせたのは女の方ではない。男の方が、半歩ぶん遅く出している。
ひかりはその半歩を見て、男の腕を取らなかった。取ると、男の歩幅が女に合わなくなる。
佐々木の家の屋根の上で、煙突の口から火が出ていた。
真っ直ぐ上へ出ている。横へは寝ていない。この日は風が弱い。
弱いのは今だけになる。山側の風は、夜に入ると向きが変わる。
迅が家の壁際へ回った。壁の外に、薪が一冬分積んである。積んだ高さは、この人の肩まである。
薪と壁の間は、三十センチしか空いていない。
迅は斧を右手一丁で持って、柄を半回転させた。ギアが一度、短く噛んだ。
「筒先!」
水が出た。屋根へ掛けるのではない。薪の山の、壁に近い側へ掛ける。
濡らしたのは、燃やさないためになる。まだ燃えていないものを濡らすのは、消火ではない。
三十秒掛けて、薪の山の壁側だけを濡らした。
寺尾が反対側へ回って、ハンマーを地面へ立てた。
「まあ待て。俺が支える。この煙突は、抜けるなら家の外側へ抜ける」
二文で言って、屋根の軒下へ柱を二本入れた。入れた柱が、軒を下から持つ。
軒が落ちれば、下は玄関になる。玄関が塞がると、中へ入る道が無くなる。
蒼汰が屋根へ索を掛けた。掛けたのは煙突ではなく、その手前の梁になる。
「上、任せろ。煙突には掛けません。掴むと折れます」
索の先を、蒼汰は自分の手で二度確かめてから引いた。
屋根の板が、煙突の根元のところで色を変えていた。焦げた色が、円く広がっている。
広がった円の真ん中で、板が一枚、下へ抜けた。
抜けた穴から、黒いものが上へ出てきた。
煙突の中に十年溜まった煤になる。出てきた煤が、外の冷たい空気に当たって、その場で形を取った。
形は、細くて長い。煙突と同じ太さで、屋根の上に立っている。
高さは五メートルほどになる。表面が、擦ると落ちそうなほど乾いている。
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
息が白い。五人分の白いものが、同じ高さで上がって、同じ速さで消えた。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
口上が集落の上を通って、下の八軒まで届いた。届いた家の、雨戸の内側で灯りが点いた。
迅がブレスを煤の柱へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒」
> ── 回線、残り 三本。
柱が屋根の上で傾いた。傾いた先は、北の斜面になる。
斜面には、乾いていない丸太が積んである。乾いていないものは、火が付くまでが長い。長いだけで、付かないわけではない。
付いてしまえば、この集落は上の六軒から下まで一本になる。
迅は屋根へ上がらなかった。上がる代わりに、軒下の柱と柱の間へ入った。
入った場所は、柱が抜ければ真上から軒が来る位置になる。
そこから、斧の背で軒桁を三度叩いた。叩いた震えが、屋根の板を伝って上まで行く。
行った先で、柱が北ではなく、こちらへ傾き直した。
寺尾の柱が鳴った。鳴った音を、寺尾は掌で受けている。
「保ってる。押されとるのは軒だ」
二文で言って、柱の間へ肩を入れた。
澪が電柱の下でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「五名。車の陰に二、電柱の先に一、屋根の下に一、道に一。柱の中は零。撃てる」
撃った。低い音が柱の腹を通った。通った場所の煤が、粉になって落ちた。
落ちた粉が、屋根の上で赤く光った。まだ熱を持っている。
蒼汰が索を投げた。投げた索が柱の下三分の一を巻いた。巻いてから、屋根の反対側の梁へ回して、引かずに留める。
「上、任せろ。倒しません。斜面へ行かせないだけです」
留めた索が張った。張った先で、柱は北へ行けなくなった。
ひかりがナイフを抜いた。抜いて、薪の山を縛っていた紐を二本切った。
崩れた薪が、壁から離れて外側へ広がる。広がった分だけ、壁との間が三十センチから一メートルになった。
この日、ひかりが斬ったのは紐二本になる。
柱が、屋根の上でこちらへ倒れてきた。
倒れてくる先に、迅がいる。軒下から出ていない。
出ていないのは、出れば軒が落ちるからになる。柱の間から肩を抜けば、寺尾一人になる。
迅は抜かなかった。抜かずに、斧を両手に持ち替えた。
二丁が揃うのは、決めた日だけになる。この日は一丁のままで、両手で握った。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
斧が、落ちてくる柱の腹を、真下から縦に割った。
割れた柱が二つに分かれて、屋根の両側へ落ちた。落ちた先はどちらも、濡らしてある。
濡れた場所で、煤は燃え広がらない。広がらずに、そこで黒いまま止まった。
止まった二つが、屋根の上で寄り集まった。
寄った先で、煙突ごと持ち上がる。持ち上がった高さが、集落の杉を越えた。
*
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「上の六軒の真上です。足を置ける平らな場所が、道の上にしかありません」
五機が集落の一本道へ縦に並んだ。サイレンクレーンが道の上でアウトリガーを張る。片側は側溝になる。
サイレンウイングが杉の梢より低く抜けた。抜けた風で、屋根の上の粉が下へ落ちた。
サイレンメディックは道の下の広い場所に着けて、後扉を開けたまま待っている。
「五機、連結!」
「特災合体 ── サイレンオー!」
サイレンオーが立った。
道の入口から見上げた高城には、脚と、胴の下半分が見えた。車の陰の二人には、左手だけが見えた。
その左手は、開いていない。握ったままになる。
> ── 回線、残り 二本。
柱が北の斜面へ寄ろうとした。斜面には、乾いていない丸太がある。
サイレンオーは掴まなかった。掴まずに、左腕を斜面と集落の間へ、上から下へ差し込んだ。
差し込んだ腕が、斜面の土を三十センチだけ削って、そこに溝を一本作った。
溝の底は土になる。土は燃えない。
柱は溝を越えられない。越えられない分だけ、集落の側へ戻る。
寺尾の声が回線に入った。
「溝が出来た。斜面へは行かん」
迅が言った。
「今だ」
右腕の放水砲が開いた。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が出た。斬るのではなく、押す形で出る。
押された柱が、集落の上で潰れた。潰れた先で、体が保てなくなる。
煤は煤に戻った。戻った煤が、屋根と、道と、車の上へ、細かく降りた。
降りた粉は、地面に着く前に冷えている。冷えた煤は、ただの黒い粉になる。
黒い粉は、翌朝に集落の人が箒で掃く。掃いた分は、畑の隅へ捨てることになっている。
道に、十人ほどが出ていた。下の八軒の人が、雨戸を開けて出てきている。
誰かが手を叩いた。一人で始めて、三人まで増えて、そこで止まった。
この集落は、人が少ない。少ないので、拍手も少ない。
十八時三十一分に、佐々木の二人が搬送された。
男の方は、上着を女に掛けたまま、三十分外にいた。体温は三十五度八分になる。
ひかりは搬送の前に、男の背中へ毛布を回した。回してから、七つ数えた。
「息、返すよ」
四つで戻った。
「婆さんは」
「先に乗ってもらってます。佐々木さん、上着は返してもらえますか」
男は自分の上着を見て、それから、女の乗った方を見た。
「あれは、寒がりでしてね」
ひかりは返事をしなかった。返事の代わりに、毛布をもう一枚出して、男の膝へ掛けた。
高城は、道の真ん中に立ったままでいた。電話は、まだ切っていない。
尾花の声が、通話の向こうから聞こえている。
「高城さん。もう切って大丈夫です。ありがとうございました」
高城は電話を耳から離して、画面を見て、それから切った。
切ってから、右手を耳の高さまで上げて、掌を外へ向けた。
誰にも教わっていない。夏に一度、雨の中で、この形を上から見ている。
迅がそれを見た。見て、同じ高さまで自分の手を上げた。
集落の外れの石垣の上に、人が一人座っていた。
素手になる。上着も、道具も持っていない。この寒さで、息が白くない。
左の掌に霜を掴んで、そのまま押し当てている。掌には、秋に巻いた布の跡が残っている。
「冷やせば、止まる」
声はそう言った。それから、掴んだ霜を捨てて、立ち上がった。
立ち上がった時、迅の方を見た。見ただけで、何もしなかった。
石垣を下りて、杉の間へ入った。入った先で、枝の鳴る音がしない。
*
支部へ戻ると、武藤とうふ店の豆腐が届いていた。
朝の五丁が、そのまま玄関の内側にある。この日も、誰も三階へ上げていない。
寺尾が笊を出して、五丁を移した。移してから、角を確かめる。
「崩れとらん。寒い日は、いつまでも崩れとらん」
久遠寺修司が二階の廊下に立っていた。迅が階段を上がってきたところになる。
「どうだった」
「煙突。二人。出た」
「以上か」
「以上」
久遠寺は頷いた。頷いてから、報告の紙に自分で三行書き足した。
書き足す量は、三年、だいたい同じになる。
佐波が地下二層で、サイレンクレーンのアウトリガーを見ていた。凍った坂で一度横へ滑っている。
「先が削れてます。氷の上を掻いた跡です」
「削れました。滑らない先を、まだ作れていません」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。
毎回、作れなかったものを一つ言う。三年、欠かしたことが無い。
須永が中継の記録を出しながら、佐波の方へ小さく言った。
「七尾さん、爺さんの上着、取り上げませんでした。毛布の方を足してました」
「本人に言ってあげたらどうですか」
「言いません。理由を訊いても、返してもらえない人なので」
澪は受信席の裏で、山側柏木の記録を出していた。
煙突の掃除は、九軒のうち七軒に記録がある。残り二軒は、去年までは片方に記録があった。
去年までの片方が、今年から消えている。消えた理由は書いていない。
去年までの記録には、二軒分をまとめて一枚で出していた年がある。まとめた年の紙には、どちらの家かが書いていない。
書いていない紙は、二軒あることだけを残して、どちらが済んだかを残さない。
澪は自分の地図に付箋を一枚貼った。山側柏木、上の六軒。これで十五枚目になる。
付箋には何も書いていない。
三階の食堂で、寺尾が湯豆腐を出した。十二月の椀は、確かに一回り大きい。
食べ終わらないうちに、二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十八時四分。所要 ── 十四分。
> 保留 ── 一件。最長 ── 四十一秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 山側柏木 上六番地 屋根板 一部 抜け。煙突 内部 全焼。
> 北斜面 表土 三十センチ 掘削。
> 救助 ── 二名。避難 ── 二名。
> 山側柏木 煙突清掃 未記録 二軒 ── 継続。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




