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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第二巻

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第034話 灯りが要る

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 十一月三十日 十八時四十二分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 旧市街 三丁目。

> 第一声 ──「灯りが要る」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「灯りが要る」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。何のための灯りかは、まだ書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」


「旧市街の三丁目です。三雲といいます。三雲千秋」

「三雲さん。灯りが要るのは、どなたのためか教えてください」


「父です。七十八です。酸素の機械が止まりました」


 尾花は書いた。旧市街三丁目、在宅酸素、電源喪失。三語で足りる。書いた紙を、左手で当直の側へ半分だけ送る。


「三雲さん。お父さまの息の様子を、先に教えてください。話せますか」


「話せます。さっきまで喋ってました」


「三雲さん。唇の色と、肩が上下しているかどうかを教えてください」


「唇は普通です。肩は……いつもより動いてます」


「三雲さん。予備のボンベはご自宅にありますか」


「あります。切り替え方も習ってます。ただ、真っ暗で、目盛が見えません」


 尾花は用紙の右の欄へ、予備あり、手順既習、灯り無し、と書いた。三つ並ぶと、先に渡すものが決まる。


「三雲さん。携帯の灯りを、機械の正面へ当ててもらえますか。電話はそのままで結構です」


「当てました」


「三雲さん。目盛の針が、どの数字を指しているか読んでください」


「十四です。十四のところ」


「三雲さん。習ったとおりに切り替えてください。切り替えたら、お父さまの肩をもう一度見てください」


 通話の向こうで、金具の回る音がした。回る音が二度して、その後に空気の抜ける音が来る。


「出ました。父が、出た、って」


「三雲さん。落ち着いたら、器具屋さんの緊急の番号へも掛けてください。番号は、機械の横に貼ってあります」


「貼ってあります。掛けます」


「三雲さん。この電話は、私が切るまで切らないでください」


「切りません。この辺り、他にも暗い家がたくさんあります」


 尾花はその一行を書かなかった。書く欄が無い。無いまま、下の欄へ「周辺・広域停電の可能性」と書いた。


 用紙の一番下に、背後の音を書く。雨、機械、人声。三語になる。


 人声は、外から来ている。三雲の家の外で、誰かが誰かを呼んでいる。


*


 十八時四十二分の三階は、電気が落ちた直後だった。


 落ちてから、非常電源へ切り替わるまでに四十二秒掛かった。切り替わるまでの四十二秒、湯豆腐の鍋の火だけが点いている。


 寺尾剛が鍋の前から動かなかった。


「班長、真っ暗ですよ」

「動かん。暗いところで鍋の前を離れると、次に触る時に位置が違う」


 二文で言って、蓋の縁を指で確かめた。


 灯りが戻った時、宮ヶ瀬佳代が盤の前で秒を読み終えていた。


「四十二秒でした」


「四十二秒です。三十秒で切り替わる装置を、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


 外は雨になる。十一月の終わりの雨で、粒が細かい。細かい雨は、傘を差しても肩が濡れる。


 灰谷蒼汰が索の袋に、この日は仮設の灯りの束を一緒に入れた。


「三本です。索と張れば、支える柱が要りません」


 七尾ひかりは、酸素を使っている家の一覧を出していた。市の防災の側から回ってくる紙になる。


 紙には番地までしか書いていない。何階か、階段か、玄関に段があるかは書いていない。


 書いていないものは、行ってから分かる。行くまでに分かるのは、何軒あるかだけになる。


 旧市街三丁目には四軒あって、四丁目に二軒、五丁目に一軒ある。合わせて七軒になる。


 一覧は年に二度、市の側で作り直される。作り直した紙が届くまでの間、この支部は古い方の紙で動くことになる。


 古い方の紙には、引っ越した家がまだ載っている。載ったままの家へ行って、誰もいないと分かるまでが、一軒分の時間になる。


 ひかりは古い紙も捨てない。捨てずに、新しい紙の下へ重ねて置いている。


 火群迅は非常階段の一番下にいた。雨の当たる位置に立って、上着を着ないまま外を見ている。


 旧市街の方が暗い。暗いというのは、いつもより暗いという意味になる。


 逢坂澪は受信席の斜め後ろに立っていた。手にはコーヒーがある。砂糖も牛乳も入っていない。


 停電の範囲を見ていた。旧市街の三丁目から五丁目まで、二百四十戸ほどになる。


 停電そのものは、消防の仕事ではない。仕事になるのは、電気が止まったせいで止まるものの方になる。


 止まるものは家ごとに違う。酸素の機械、電動の寝台、階段の昇降機、水を上げる圧の器械。


 この街で一番多いのは、四階建てより高い建物の水になる。水は止まっても、その日のうちには死なない。


 だから澪は、水を後ろへ置いた。置いてから、置いたことを紙に書いた。


 梅木あかねが地下二層から上がってきた。手に仮設の灯りの箱を提げている。


「六台まで出せます。七台目は、電池が上がってます」


 速水が受信席で地図を三枚とも同じ向きに揃えていた。揃えてから、旧市街の一枚だけを前へ出した。


「これです」


「言ってません、とも言わないでください」


 澪はそう言ってから、左手を右耳へ当てた。


*


 分析に入ると、澪は喋らない。


 盤面に旧市街が出る。三丁目から五丁目までが、色の無い区画になっている。


 停電の区画は、地図の上では白でも黒でもない。ただ何も出ない。


「アンサー」


> ── はい。


「旧市街三丁目から五丁目、電気の止まった時刻を、区画ごとに」


> ── 三丁目 十八時三十九分。四丁目 十八時三十九分。五丁目 十八時三十九分。


「同時か」


> ── 同時です。


 二百四十戸が同時に落ちるのは、上の方が落ちた時になる。家ごとに落ちたのではない。


 澪は盤面へ、電気の来る道を一本ずつ出した。旧市街へ入る道は二本ある。


 二本のうち、一本はこの春に付け替えている。付け替えていない方が、二百四十戸を持っている。


 付け替えていない方の道は、五丁目の外れの空き地を通る。空き地の上を、線が三本渡っている。


「アンサー。五丁目の外れの空き地に、何が置かれているか」


> ── 何も置かれていません。


「三年、何も置かれていないか」


> ── 三年、何もありません。……そこの記録が、そもそも一度も立っていません。


 アンサーは返事の前に一度、上を向いた。頭の受話器の形が、天井を向いてから戻る。


 何も無い場所は、記録も立たない。記録の立たない場所は、誰も見に行かない。


 澪は盤面の三丁目と四丁目を消した。残したのは、五丁目の外れの空き地になる。


 その空き地は、街灯が一本も立っていない。停電の前から、そこだけ暗い。


 街灯は、要望が出た場所に立つ。要望は、そこを歩く人が出す。


 歩く人のいない場所には、要望が出ない。出ないので、街灯が立たない。立たないので、ますます歩かなくなる。


 この順番は、どの用紙にも書いていない。書いていないが、市内の何か所かで、同じ順番のことが起きている。


 澪は左手を下ろした。


「座標、出た」


 五人が動いた。下ろした瞬間に動く。この人の手が下りるまで、誰も一歩も出ない。


「旧市街五丁目の外れ、線の下の空き地。街灯は零。停電は十八時三十九分に二百四十戸同時。三丁目に在宅酸素が四軒、うち一軒は切り替え済み」


 迅は最後まで聞いていない。「街灯は零」で走り出している。澪は最後まで言い終えた。


 久遠寺修司が受信席の後ろで立ち上がった。


「灯りは」

「六台です。回線は、いま五本空いています」


「第七支部 ── 出場!」


*


 ポールは二本ある。迅が一番に握った。掌が焼ける。焼けるのを毎回やる。一階で装備を背負い、階段で地下三層へ下りる。


 地下三層の扉が上がった。


「三層、開放!」


 宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は非常電源の記録を、盤の隅に出したままにしてある。


「一号から五号、出場!」


 旧市街へ入ると、信号が消えていた。消えた信号の下で、車が互いに譲り合って止まっている。


 譲り合うと進まない。進まないので、五機は一本東の道を回った。


 三雲の家の前に、ひかりがメディックを着けた。


 玄関の内側で、七十八歳の男が椅子に座っている。ボンベは切り替わっている。娘の三雲千秋が、携帯の灯りを機械の正面へ当てたままになる。


「三雲さん。灯りは、もう下ろしてもらえますか。腕が疲れます」


「あ」


 三雲千秋は腕を下ろした。下ろしてから、自分の腕が震えているのに気付いた。


 ひかりは父親の肩を見た。肩の上がり方が、さっきより浅い。


「息、返すよ」


 七つ数えて、五つで戻った。


 残りの三軒は、蒼汰と寺尾が回った。一つ目は自分で切り替えていて、二つ目は留守で、三つ目には近所の人が先に来ていた。


 近所の人は、六十くらいの男になる。玄関の中まで入らずに、扉を開けて外から声だけ掛けていた。


「入っていいか分からんかったから」


 入らなくても、声は届く。届いたので、その家の人は返事が出来た。


 蒼汰はその男に、仮設の灯りを一台預けた。預けてから、置く場所だけを言った。


「玄関の内側です。外へ向けて置くと、道が三メートル明るくなります」


 男は玄関の内側へ置いた。置いた灯りが、道の三メートル先まで届いた。


 届いた三メートルの中を、隣の家の人が通った。


 旧市街の道に、傘を差した人が何人か立っていた。傘の下で、上を見ている。


 街灯が消えている夜は、上に何も無い。何も無いので、みんな上を見る。


 その中に一人、傘を差してもらっている人がいた。


 差しているのは、傘を二本持った誰かになる。一本を自分に、もう一本を、濡れて立っている人の上へ差し掛けている。


 差し掛けられた人が、礼を言う。言われた側は答えなかった。


 答えずに、傘を持ったまま、五丁目の方へ歩いていった。歩いた先の暗がりで、傘が一度だけ傾いた。


 傾いた先へ、何かを置いた。


 置いた人の顔は、傘の陰になっている。


 五丁目の外れの空き地で、地面から黒いものが立ち上がった。


 高さは四メートルほどになる。細かい雨が、その表で跳ねずに吸い込まれた。空き地には街灯が無いので、立ち上がったものの輪郭は、上の方だけ分からない。


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。五人が同じ動作をした。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


 反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。


 五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。


 空き地には、五人分の反射帯より他に光が無い。名乗る声だけが、雨の中を四方へ出た。


> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>

> 特別災害対策機構、第七支部 ──

> 呼ばれたら、鳴らして、行く!

> 急報戦隊、サイレンジャー!


 口上が暗い空き地から、三丁目の方へ抜けていった。抜けた先の道で、傘の下の人たちが一斉に振り返った。


 迅がブレスを黒いものへ向けた。


「トリアージ!」


> 判定 ── 緑。要救助者、自力で脱出可能。


 盤面の色が変わった。黒でも黄でもない。


「緑」


 迅は斧を右手に持ち替えた。持ち替えただけで、振らなかった。


「一人か」

「一人です。中で立っています。歩けます」


 澪の声が続いた。


「出られない理由は、閉じているからではありません。暗いからです」


 六人がやることが、それで一つに決まった。


> ── 回線、残り 三本。


 黒いものの側面から、影が四つ剥がれて立った。人の背の高さになる。


 剥がれた四つは、音を出さない。雨の当たる音も出ない。


 当たっているのに、音だけが抜け落ちている。


 寺尾がハンマーを打った。空き地の縁の、傾いた古い柱の根元へ、鉄の柱を一本入れる。


「まあ待て。俺が支える。この柱は、灯りを吊るまで持たせる」


 二文で言って、二本目を斜めに入れた。入れた二本の上に、蒼汰が索を渡す。


「上、任せろ。索と一緒に張ります。三本、渡しました」


 渡した索に、仮設の灯りを六台とも掛けていく。掛けながら、蒼汰は一台ずつ結びを確かめた。


 三台目で、影の一つが索へ跳んだ。


 索が揺れる。揺れた索の上で、灯りが二台、傾いた。


 迅がその下へ入った。入って、傾いた灯りを両手で下から受ける。


 受けたまま、動かなかった。上から影が来ている。来ている側へ、背中を向けている。


 背中に当たった。装甲越しに、冷たさが来た。


 迅は前へ倒れなかった。膝を折って、灯りを二台とも索へ戻してから、立ち上がった。


 立ち上がってから、斧を振る。


 振った先の影が、一つ、形を崩した。崩れる時も、音は出ない。


 澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「六名。空き地の外に五、中に一。中の一名は、動いています」


 撃った。低い音が、黒いものではなく、その手前の地面を通った。


 通った場所の水が、跳ねて散った。散った水が、残りの影三つの足元を濡らす。


 濡れた足元が、地面に映った。映った先を、ひかりがナイフで押さえた。


 斬らずに、刃の腹で押さえて、影の一つを地面へ留める。


 この日、ひかりはナイフで何も斬っていない。


「灯り、点けます」


 蒼汰が索の端を握って、六台を一度に点けた。


 空き地が、下から上まで明るくなる。


 明るくなった場所で、影の三つが立っていられない。輪郭が薄くなって、地面へ落ちて、そこで散った。


 黒いものだけが残った。


 残った黒いものの真ん中に、細い縦の切れ目が入っている。


 その切れ目から、人が一人、歩いて出てきた。四十くらいの女になる。傘は差していない。濡れているが、震えてはいない。


 誰も手を出さなかった。出さずに、道を一本だけ空けた。空けた道の幅は、人が一人通れる分になる。


 女は空き地の真ん中で足を止めて、六台の灯りを順に見上げた。見上げる時に、一度だけ目を細めた。


「明るいですね」


 それだけ言って、三丁目の方へ歩いていった。


 誰も追わなかった。追わないのが、緑の日の決まりになる。


 迅だけが、二歩ぶん足を出しかけて、止めた。止めたのは、澪の言った一行を憶えていたからになる。


 出られない理由は、閉じているからではない。それなら、追う理由も無い。


 黒いものは、中の人が出た後で、下から順に崩れた。崩れて、地面へ戻った。


 戻った先の土は、雨を吸って、ほかの場所と同じ色になった。


*


 崩れた土が、空き地の外へ広がった。


 広がった先で、線の下の地面が持ち上がる。持ち上がった高さが、旧市街の屋根を越えた。


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「線の下です。上に三本渡っています。腕を上げられません」


 五機が空き地の外の道へ並んだ。サイレンクレーンはアウトリガーを張って、腕を伸ばさない。


 サイレンウイングは低く回った。線の高さより下を回るので、翼を斜めにしたままになる。


「五機、連結!」


「特災合体 ── サイレンオー!」


 サイレンオーが立った。


 三丁目の道から見上げた傘の人たちには、脚と、胴の下半分が見えた。玄関の内側から見た三雲千秋には、左手だけが見えた。


 その左手は、開いていない。握ったままになる。


> ── 回線、残り 二本。


 持ち上がった地面が、線に触れようとした。触れれば、旧市街の残りも落ちる。


 サイレンオーは撃たなかった。撃つ代わりに、胴の反射帯を全部、下へ向けた。


 向けた光が、空き地と、その先の道を、端まで照らした。


 照らされた場所で、持ち上がった地面が下がった。下がった先で、線に届かなくなる。


 寺尾の声が回線に入った。


「届かん。もう届かん」


 迅が言った。


「そのまま点けておけ」


 サイレンオーは動かなかった。動かずに、そこに立って、光を下へ向けたまま止まっている。


 三丁目の道で、傘を差した人が、傘を畳んだ。


 畳んだのは、雨が止んだからではない。上が明るいので、下がどうなっているか見えるようになったからになる。


 見えるようになると、人は傘より先に、隣の人を見る。


 隣に誰がいるかを、この夜まで知らなかった家がある。旧市街は古い町なので、そんな家は多くない。


 多くないが、零ではない。零でない分だけ、この夜は挨拶の数が増えた。


 十九時十四分に、旧市街の電気が戻った。


 戻った時、二百四十戸の窓が、同じ順ではなく点いた。台所から点く家と、玄関から点く家がある。


 サイレンオーは、そこで光を落とした。落とす前に、一度だけ明るさが上がった。


 上がったのは、光を切る時の癖になる。三年、直っていない。


*


 支部へ戻ると、武藤とうふ店の豆腐は、もう玄関の内側にあった。


 朝の五丁が、そのまま残っている。この日は誰も三階へ上げていない。


 寺尾が笊を出して、五丁を移した。移してから、角を確かめる。


「崩れとらん。半日置いても崩れとらん」


 梅木が地下二層で、仮設の灯りを六台とも並べていた。七台目は箱の中に入っている。


「六台は保ちました。七台目は、やっぱり上がってました」


「上がっていました。電池の残りが分かる仕掛けを、まだ付けていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。


 毎回、作れなかったものを一つ言う。三年、欠かしたことが無い。


 速水が受信席で地図を畳んでいた。畳みながら、梅木に言った。


「寺尾さん、灯りを吊る前に柱を二本入れてました。索が張る前です」


「本人に言ってあげたらどうですか」


「言いません。柱を二本入れる理由を、二文で言われるので」


 澪は受信席の裏で、旧市街五丁目の記録を出していた。


 外れの空き地は、市の台帳に地目だけが載っている。使われた記録が一度も無い。


 街灯の設置の要望も、出ていない。出ていないのは、そこを歩く人がいないからになる。


 歩く人のいない場所が、市内にいくつあるかを数える欄が、どの用紙にも無い。


 澪は自分の地図に付箋を一枚貼った。旧市街五丁目、外れの空き地。これで十四枚目になる。


 付箋には何も書いていない。


 十四枚のうち、三年前からの四枚と、この秋の十枚では、貼った理由が違う。違うことを、この人はまだ誰にも言っていない。


 言わないのは、まだ並べていないからになる。並べる前に言うと、順番が決まってしまう。


 三階の食堂で、寺尾が湯豆腐を出した。十一月の最後の椀になる。


 明日から十二月になる。十二月の椀は、これより一回り大きい。大きくなる理由を、この人は言ったことがない。


 三年、十二月の一日に、椀だけが黙って替わる。替わったことに気付くのは、いつも二日目になる。


 食べ終わらないうちに、二階の受信席で、電話が鳴った。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十八時五十分。所要 ── 八分。

> 保留 ── 一件。最長 ── 三十九秒。

> 未着 累計 ── 零。

> 停電 ── 旧市街 三丁目から五丁目 二百四十戸。復旧 十九時十四分。

> 損壊 ── 旧市街五丁目 外れ 空地 地面 隆起。仮設灯 六台 使用。

> 救助 ── 一名。避難 ── なし。

> 旧市街五丁目 外れ 街灯 零 ── 継続。

> 判定 ── 緑。撃たず。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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