第029話 迷いました
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十月二十六日 十六時十二分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 山側 峰谷。
> 第一声 ──「迷いました」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「迷いました」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。第一声を、聞こえたとおりに書く。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」
「それが、分からないんです。山の中で」
「お名前と、何処から山に入られたかを教えてください」
「谷口といいます。峰谷の、お地蔵さんのある登り口から」
尾花は書いた。山側峰谷、地蔵の登り口、通報者は入山者。三語で足りる。
「谷口さん。今、その場から動かないでください」
「歩けば下りられると思うんですけど」
「動かないでください。そこで待っていてください」
「……動きません」
尾花は用紙の右へ書いた。単独、六十八、自力歩行可。三つ並ぶと、たいてい動きたがる。動かれると、探す範囲が広がる。広がった範囲は、日没までに歩き切れない。
「谷口さん。携帯の電池の残りを教えてください」
「三十二です」
「上着は何枚お持ちですか」
「二枚。一枚は着てます」
「谷口さん。もう一枚も着てください。座るのは、風の当たらない、木の根の側にしてください」
「着ます」
「座ってから、何の音が聞こえるか教えてください」
「水の音がします。ずっと下の方から」
尾花は水と書いた。書いてから、その下に、下方、と足した。沢の音が下から聞こえるなら、この人は尾根の側にいる。谷ではない。
この一語が、あとで三つの候補を二つに減らす。書いている本人は、そこまで考えていない。聞こえたとおりに書いているだけになる。
「谷口さん。ここから、電話を一度切ります」
「切るんですか」
声が高くなった。
「切ります。電池を残さないと、暗くなってから掛けられません」
「……はい」
「十分ごとに、こちらから掛けます。鳴ったら出てください」
「出ます」
尾花は切った。切ってから、受話器を置かずに、そのまま持っていた。
この人が自分から切るのは、三年で四度目になる。四度とも山側からになる。
切らないのが、この人の仕事の形になっている。形を崩すのは、崩さないと届かなくなる時だけになる。
崩したあと、受話器を置かないのは、次の十分を数えているからになる。
用紙の下の欄に、背後の音を書いた。水、風、鳥。三語になる。
三語のうち、車の音が無い。無いということは、道から遠いということになる。書いた三語より、書けなかった一語の方が、この日は役に立った。
*
十六時十二分の屋上は、風が冷たかった。
十月の下旬になると、日没が十七時前になる。あと五十分で、山の中は暗くなる。
当直の五人は、屋上と三階に分かれていた。灰谷蒼汰が屋上で索を巻いている。巻きながら、袋の中身を出して並べ直していた。
並べ直した中に、細い布が一巻き入っていた。索ではない。目印にする布になる。
「これ、何に使うんですか」
佐波悠が横で見ていた。この日は屋上の点検で上がってきている。
「入るときに結びます。入口の木に一本。それから五十メートルごとに、目の高さの枝へ」
「帰りの目印ですか」
「そうです。ただし、帰りに使うために結ぶんじゃありません」
蒼汰は布を巻き直した。巻き直してから、袋の一番上へ入れる。
「結んでる間だけ、後ろを見ます。後ろを見た景色を覚えるために結びます」
佐波は頷いた。頷いたが、意味は半分しか分かっていない。
三階では、寺尾剛が湯を沸かしていた。十月の下旬から、この人は日に三度沸かす。
武藤とうふ店の豆腐が、朝と同じ時刻に届いている。四丁になる。
「班長、山なら遅くなりますよね」
「なる。だから今のうちに沸かす。冷めた湯を持っていく方が、無いよりいい」
二文で言って、水筒を五本並べた。
七尾ひかりは、体を温める道具を袋へ入れていた。十月の山で夜になると、体温の方が先に落ちる。怪我よりも先に、そちらが来る。
入れる道具は四つある。四つのうち二つは、この三年で一度も使っていない。使わないまま、毎回持っていく。
火群迅は非常階段の一番下にいた。立ったまま、靴の紐を結び直している。山側の日は、いつもより一度多く結ぶ。
逢坂澪は受信席の斜め後ろに立っていた。尾花が電話を切ったのを見ていた。
この人が切るのを見るのは、澪も四度目になる。四度とも、そのあとが長い。
澪は自分の席へ戻った。戻ってから、左手を右耳へ当てた。
*
分析に入ると、澪は喋らない。
盤面に山側の峰谷が出る。地蔵の登り口から入る道は一本しかない。入って十五分で、二股になる。
二股から先は、地図に載っていない。道ではなく、人が踏んだ跡になる。
携帯の電波は、尾根の上でしか立たない。谷では落ちる。この人が繋がったということは、尾根の側にいるということになる。沢の音が下から聞こえるなら、沢との高低差がある。
澪は等高線を出した。尾根で、沢の音が届いて、電波が立つ場所は三つある。三つを一つにするのに、この人が使う時間は四十秒になる。
「アンサー」
> ── はい。
「峰谷、地蔵の登り口。この一時間の入山の記録は」
> ── ありません。この山に、記録を取る仕組みがありません。
「日没は」
> ── 十六時五十八分です。山の中は、その二十分前から見えなくなります。
アンサーは返事の前に一度、上を向いた。頭の受話器の形が、天井を向いてから戻る。
澪は三つの候補を並べた。並べてから、二つ消した。
消した理由は、風になる。この日は北から吹いている。北風の当たる尾根では、上着を二枚着ても座っていられない。
残した一つは、南へ折れた尾根の裏側になる。風が当たらない。木の根がある。
「座標、出た」
五人が動いた。下ろした瞬間に動く。この人の手が下りるまで、誰も一歩も出ない。
「山側峰谷、地蔵の登り口から入って十五分、二股を右、尾根が南へ折れるところの裏側。日没まで四十六分」
迅は最後まで聞いていない。「二股を右」で走り出している。澪は最後まで言い終えた。
久遠寺修司が受信席の後ろで立ち上がった。
「日没は」
「四十六分です。回線は五本、空いています」
「第七支部 ── 出場!」
*
ポールは二本ある。迅が一番に握った。掌が焼ける。焼けるのを毎回やる。一階で装備を背負い、階段で地下三層へ下りる。
この日は灯りを人数分より三つ多く積んだ。積んだのは佐波になる。
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は日没の時刻を、盤の隅に出したままにしてある。
「一号から五号、出場!」
サイレンファイヤーの水槽は三分の一にしてある。山道は重いと入れない。
峰谷までは十四分掛かる。市街を抜けて、川を渡って、それから上がる。
地蔵の登り口で車を降りた。降りた先に、軽自動車が一台止まっていた。郵便の車ではない。谷口の車になる。
鍵が掛かっていない。掛けずに入るというのは、すぐ戻るつもりだったということになる。すぐ戻るつもりで入った人が、この山では一番多く迷う。
蒼汰が袋から布を出した。細い布を一本、登り口の木へ結ぶ。
「上、任せろ。五十メートルごとに一本。全部で十二本あります」
結んでから、この人は一度、後ろを振り返った。振り返って、車と地蔵の並びを見た。見てから、登った。
五十メートル進んで、また結ぶ。結ぶ前に、また振り返る。振り返って見えるものは、毎回違う。違うものを、毎回覚えていく。
迅がその後ろを歩いていた。歩きながら、振り返る回数を数えている。
二股までに、蒼汰は五度振り返った。五度とも、結ぶ前になる。
二股を右へ折れた。折れた先は、道ではない。人が踏んだ跡になる。
跡は、落ち葉で半分埋まっていた。十月の下旬の落ち葉は、乾いていて滑る。滑るのは踏んだ足の下ではなく、その一枚下の層になる。
二枚重なった落ち葉の上を歩くと、上の一枚だけが動く。動いた分だけ、体は残る。残った体が遅れて追いつく時に、人は転ぶ。
尾根が南へ折れる場所まで、あと二百メートルある。
尾花からの電話が、三度目に鳴った。鳴った音が、山の中で思ったより遠くまで届く。
届いた先の、木の根の側から、返事が聞こえた。
「はい」
二百メートル先ではない。もっと近い。五十メートルほどになる。
迅が走った。
蒼汰は走らない。走らずに、布をもう一本結んだ。結んでから、後ろを振り返る。振り返った先に、前の一本が見えている。見えていることを確かめてから、進んだ。
この人が走らないのは、遅いからではない。走った先で、自分が戻れなくなる場合を数えているからになる。
谷口タエは、木の根の側に座っていた。六十八歳になる。
上着を二枚とも着ている。膝を抱えて、電話を耳に当てていた。当てているだけで、通話はしていない。次の十分を待っている。
「谷口さん」
「はい」
迅が声を掛けた。掛けた先で、この人は立ち上がろうとした。
「そのままで」
ひかりが先に膝を落とした。落として、手を取る。
「息、返すよ」
七つ数えた。数える長さを変えない。
手が冷たい。冷たいが、震えていない。震える段まで行っていない。上着を二枚着たのが、この段で効いている。
「谷口さん。灯りをこちらへ向けさせてもらえますか」
向けた。目が光を追う。追い方が遅くない。
「大丈夫です。歩けます」
「歩けます。ただし、ここからは背負って下ります。暗くなるので」
*
沢の音が、急に近くなった。近くなったのではない。上がってきていた。
二百メートル下の沢から、水が斜面を登ってきている。登ってきた水に、落ち葉と、土と、十月の霧が混ざっていた。
混ざったまま、尾根の裏側で立ち上がる。
立った高さは、杉の頭を越えた。越えてから、傾いた。傾いた先が、木の根の側になる。
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
口上が尾根を越えて、向こう側の谷へ落ちていった。落ちた先で、鳥が一斉に上がった。
迅がブレスを柱へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黄。要救助者、内部に一名。生存反応、あり。待機可能。
「黄」
澪が言った。声の高さを変えていない。
「黄は待てる。座っている人が先。日没まで三十一分」
寺尾が木の根の上手へ回った。回って、斜面へハンマーを打つ。鉄の柱を四本、横に並べて入れた。
「まあ待て。俺が支える。この列より下へは行かせない」
二文で言って、四本の柱の下手に立った。
水が来た。柱の列に当たって、そこで横へ広がる。広がった先が、蒼汰の結んだ布の三本目を持っていった。
蒼汰は、そちらを見た。見て、動かなかった。
「三本目、流されました。二本目は残ってます」
残っている分だけ、帰り道はある。二本目まで戻れば、一本目が見える。一本目まで戻れば、車が見える。
ひかりが谷口を背負った。背負ってから、七つ数えた。数えたのは自分の分になる。
迅は柱の列の前に立っていた。立って、斧を右手一丁で構える。
当たった。装甲の胸から下が、水と落ち葉で埋まる。押された足が、柱の列の内側へ一歩ぶん下がった。
下がった一歩の先が、木の根になる。
迅はそこで止まった。止まって、斧の刃を根の間へ差し込んで、体を留めた。
澪が尾根の上でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「六名。尾根に六。柱の中は一名。まだ撃てない」
蒼汰が索を投げた。柱の上、三分の一の高さへ。掛かってから、一度だけ引いた。
「上、任せろ。索、九メートル。斜面なので真横には引けません。下から上へ抜きます」
引いた。引いた場所が裂けた。裂けた隙間から、足が片方だけ出た。
長靴を履いていた。片方だけになる。もう片方が何処にあるかを、誰も探さなかった。探す場面が、この日は来ない。
ひかりが谷口を下ろして走った。走って、足を掴む。掴んでから、七つ数えた。
「息、返すよ」
引き出した。出てきたのは四十くらいの男で、山の作業着を着ていた。目は開いている。何も言わない。
誰も、この人が何故そこにいたのかを訊かなかった。訊く言葉を、六人はまだ持っていない。
澪が構え直した。
「零。柱の中は零。撃てる」
撃った。低い音が柱の真ん中を通った。通った場所だけ、水が止まる。
止まった場所へ、迅が入った。斧は右手一丁になる。
「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」
斧が柱を下から上へ割る。割れた場所から、落ち葉が一斉に散った。
散った先で、柱は尾根の上へ移る。移ってから、そこで大きくなった。
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「山です。日が落ちます。灯りは合体してからにしてください。先に点けると、下の人が見えなくなります」
五機が林道の終点まで上がってきた。そこから先は入れない。入れないので、斜面の手前で止まった。
サイレンクレーンが片側のアウトリガーを長く出す。四本目が、三分の一拍遅れて張られた。
サイレンメディックが林道の途中で止まり、後扉を開けたまま待っている。換えた蝶番は、この日は鳴らなかった。
サイレンウイングが尾根の上を低く抜けた。抜けた風で、散った落ち葉が一方向へ揃った。
「五機、連結!」
「特災合体 ── サイレンオー!」
サイレンオーが立った。
尾根の下から見上げた谷口には、脚と、胴の下半分が見えた。木の間から見上げているので、それより上は枝で切れている。
迅の背中を見ていた男には、左手だけが見えた。
その左手は、開いていない。握ったままになる。
柱が尾根の上を、東へ走った。走った先は、隣の谷になる。
サイレンオーが左腕を尾根へ差し込む。握ったままの左手が、柱の腰を横から止めた。
止めた分だけ、柱は隣の谷へ行かなくなる。
寺尾の声が回線に入った。
「止まった。下は木しか無い」
迅が言った。
「今だ」
右腕の放水砲が開いた。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が出た。斬るのではなく、押す形で出る。
押された柱が、尾根の東の斜面へ運ばれていく。運ばれた先で、体が保てなくなる。
水と落ち葉と土に分かれて、そのまま沢へ落ちた。
沢の水が、少しの間だけ濁った。濁りは、日が落ちる前に消えた。
*
十六時五十一分に、谷口タエが林道の終点まで下りた。
背負って下りたのはひかりになる。途中で二度、下ろして休んだ。休んだのは背負われた側のためになる。
背負われている人は、動いていないので体が冷える。冷える前に一度下ろして、自分の足で二十歩ほど歩かせる。歩かせてから、また背負う。
林道の終点で、この人は座った。座ってから、自分の膝を両手で押さえた。
「動きたかったんです」
誰も返事をしなかった。
「歩けば下りられるって、ずっと思ってて。座ってるのが、一番こわかった」
迅が少し離れたところで立っていた。立ったまま、その言葉を聞いている。
この人は、こわいと言われる場面に慣れていない。慣れていないので、何も返さなかった。
ひかりは毛布を掛けた。掛けてから、その上から一度だけ肩を押さえた。
「動かなかったから、見つかりました」
ひかりは、それだけを言った。よく我慢しましたね、とは言わない。言うと、我慢が正しかったことになる。
正しかったのは、動かなかったことだけになる。それ以外は、この人が決めることではない。
それだけ言って、それ以上は言わなかった。
迅が蒼汰の方を見た。
蒼汰は、下りながら布を回収していた。十二本のうち、流されたのが一本。残り十一本を、全部持って下りている。
暗くなってからの回収は、行きより時間が掛かる。掛かることを知っていて、この人はやる。
投げたものは回収する。結んだものも回収する。三年、この人は同じことをしている。
回収の一動作を省かない。
支部へ戻ったのは、十八時を回ってからになる。
佐波悠が地下二層で、灯りを三つ、棚へ戻していた。使ったのは一つだけになる。
「二つ余りました。次から三つで足ります」
佐波は棚の札に、三と書きかけた。書きかけて、途中で止まった。
「足りません。余ったのは、日没に間に合ったからです」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
須永が中継塔の記録を持ってきた。
「峰谷、尾根の上だけ立ちます。谷は今日も落ちてます。柏木は直りました」
「直った日を、記録に残しておいてください」
宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、一言だけ足した。
「山で人の場所が分かる道具を、まだ作れていません」
毎回、作れなかったものを一つ言う。三年、欠かしたことが無い。
迅が地下二層を出るときに、須永の横で足を止めた。
「灰谷は、結ぶ前に後ろを見る」
「後ろ、ですか」
「五度見た。全部、結ぶ前だ」
須永は記録から目を上げた。
「本人に言ってあげたらどうですか」
「言わん」
迅はそれだけ言って、階段を上がった。
佐波は棚の前に残っていた。残って、灯りの数をもう一度確かめる。
確かめ終えて、非常階段を上がった。
二階と三階の間の踊り場に、外を見る窓が一つある。
その窓の外に、庁舎の外壁がある。壁の途中に、足を掛ける場所は無い。
黒いものが、そこに立っていた。
顔に送話口が無い。腕は下げている。動いていない。
佐波は工具箱を落とさなかった。落とさずに、そのまま見た。
三秒ほど見た。
もう一度見たときには、いなかった。
壁には何も残っていない。跡も、傷も、埃の乱れも無い。
この壁は、月に一度、外から洗う。洗うのは戸倉と梅木で、次の予定は来週になる。
佐波は窓から離れた。離れてから、三階へ上がった。
上がる途中で、一度だけ足を止めた。止めて、下りようかどうかを考えた。下りて、誰かに言う場面を頭の中で作ってみる。
作ってみて、やめた。三秒だけ見たものを、どう言えばいいのかが分からない。
上がった先の食堂で、寺尾が豆腐を切っていた。
「佐波、食っていくか」
「いただきます」
誰にも、何も言わない。
六人は、食べ終わらなかった。二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十六時三十四分。所要 ── 二十二分。
> 保留 ── 一件。最長 ── 四十七秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 山側峰谷 尾根東斜面 表土 流出。林道終点 路肩 一箇所。
> 救助 ── 二名。搬送 ── 一名。氏名 ── 不詳。
> 通報 ── 六十八歳。通話、途中で一度切断。以後、十分ごとに当方から発信。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




