第028話 助けてください
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 十月十八日 十七時三十四分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 川沿い 三丁目。
> 第一声 ──「助けてください」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「助けてください」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。第一声を、聞こえたとおりに書く。
声が高い。高いというより、細い。子どもの声になる。
子どもからの通報は、三年で八十件ほどある。八十件のうち、最初の一言が「助けてください」だったのは、この日が初めてになる。
たいていの子どもは、最初に何が起きたかを言う。言えるように習っているからになる。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。ゆっくりで大丈夫です。お名前を教えてください」
「……たけうち、はると」
「はるとさん。何年生か教えてください」
「一ねんせい」
「今、おうちに誰がいるか教えてください」
「ママ。ねてる。おきない」
尾花は書いた。竹内はると、一年、母。三語で足りる。足りるが、一つも場所が入っていない。場所の入っていない三語は、この用紙では役に立たない。
「はるとさん。ママは何処で寝ているか教えてください」
「おふろのまえ。ゆかのとこ」
「ママの目は開いていますか」
「あいてる。でも、おへんじしない」
尾花は用紙の右へ書いた。開眼あり、応答なし。この二つが並ぶ欄は、下の段になる。
「はるとさん。ママの胸とお腹が動いているか、見て教えてください」
「うごいてる」
「動いているなら大丈夫です。ママの顔の近くで、待っていてください」
「いる」
尾花は声の高さを変えない。変えないまま、次の欄へ進んだ。
「はるとさん。おうちの住所を、学校で習いましたか」
「ならった」
「言えるところまで、ゆっくり言ってください」
「なるせし、かわぞえ、さんちょうめ」
そこで止まった。止まった先に、番地が入る。
「そのつぎは」
「……わすれた」
尾花はそこを飛ばした。飛ばして、別の欄へ移った。
番地が出ないことを、この人は責めない。責めると、次の欄で口を閉じる。閉じたら、そこで終わりになる。
「はるとさん。窓は開けられますか。玄関は開けないでください」
「まどはあけられる」
「窓を開けて、おとなりのおうちに、大きい声で呼んでください。ママがたおれた、と言ってください」
「いう」
通話の向こうで、窓の開く音がした。開いてから、細い声が外へ出た。
その声は、電話の中では小さい。外では、どれくらいの大きさなのか分からない。
届く距離を測る道具は、この支部に無い。無いので、二度言わせるしかない。
「はるとさん。もう一回、もっと大きい声で言ってください」
二度目の声は、はっきり聞こえた。一度目より、たぶん倍ほど大きい。
尾花は用紙の下の欄に、背後の音を書いた。窓、声、水。三語になる。三語目の水が、この日の鍵になる。
*
十七時三十四分の三階は、汁の匂いがしていた。当直の五人が、この時刻には全員そこにいる。
十月の後半になると、日が落ちるのが速い。この時刻で、もう窓の外が赤い。赤い時間は十五分ほどで、そのあと一気に暗くなる。
寺尾剛が汁を配っていた。武藤とうふ店の豆腐が、朝と同じ時刻に届いている。
「班長、今日は椀が大きいですね」
「大きい。十月からこっちにする。冷めるまでの時間が延びる」
二文で言って、四つ目の椀を置いた。
七尾ひかりは、その一つ目をもう食べ終えていた。寺尾がまだ配っている途中になる。
「もう?」
「もう」
灰谷蒼汰は索を測る手を止めて、こちらを見た。この人は、この遣り取りを三年見ている。三年見ていて、まだ笑う。
火群迅は非常階段の一番下にいた。立ったまま、靴の紐を結び直している。
逢坂澪は受信席の斜め後ろに立っていた。手にはコーヒーがある。砂糖も牛乳も入っていない。
立ったまま、尾花の背中を見ていた。尾花の背中は、通話が長い時だけ前に出る。
この日は、前に出てから戻らない。
澪はコーヒーを置いた。置いてから、盤面の前へ移った。
久遠寺修司が地図の前に立った。壁の紙に、十月の数字が自分の字で書いてある。
十月の出場は、この日で十七件目になる。九月の同じ日より三件少ない。少ないのは、雨が降っていないからになる。
この街で、雨と出場の数は同じ形で動く。動かない月が、三年で二度あった。二度とも、あとで理由が分かっている。
少ない月は、少ないというだけの意味しか無い。この人は、そこに何も書き足さない。書き足すのは、月が終わってからになる。
三年で三十六か月ぶんの紙が、支部長室の壁に貼ってある。剥がしたことは一度も無い。
梅木あかねが整備場から上がってきた。面を上げたばかりで、顎に煤が付いている。
「宮ヶ瀬さん。メディックの後扉、閉まりが渋くなってます」
「渋くなっています。開けたまま置く回が多いので、蝶番が伸びます。伸びた分は戻せません」
宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。
*
分析に入ると、澪は喋らない。
左手で右耳を塞ぐ。盤面に川沿い三丁目が出る。集合住宅が四棟と、戸建が六十軒ほどある。
携帯からの発信地は、半径二百メートルまでしか絞れない。二百メートルの円の中に、家が九十軒入る。
九十軒は多い。多いので、別の側から削る。
削り方は三つある。世帯の記録、地形、それから音になる。三つのうち一番速いのは音で、一番間違えやすいのも音になる。三年で二度、この人は音で外している。
「アンサー」
> ── はい。
「川沿い三丁目、竹内。世帯の記録から候補を」
> ── 候補を三つ出します。三丁目の一号棟、四号棟、それから戸建の一軒です。
「一年生の子がいるのは」
> ── わかりません。世帯の記録に、学年はありません。
アンサーは返事の前に一度、上を向いた。頭の受話器の形が、天井を向いてから戻る。
この機械は候補を三つまでしか出さない。三つを一つにするのは、人の仕事になる。
三つのうちの一つを選ぶのに、澪が使う時間は平均で四十秒になる。四十秒の間、五人は下で待っている。待っている間、誰も口を利かない。
澪は三つを並べた。並べてから、受信席の音を聞いた。
子どもが窓を開けて外へ呼んでいる。その声の後ろに、別の音が入っていた。
水の音になる。川の音ではない。もっと近い。壁のすぐ外を通っている水の音になる。
三丁目の四号棟は、川に面していない。一号棟は面している。戸建の一軒は、川から百二十メートル離れている。
澪は二つを消した。
残した一つに、もう一つ重ねた。この時刻、川沿いの水位が上がりはじめている。上流で、二日前から放流が続いていた。
澪は左手を下ろした。
「座標、出た」
五人が動いた。下ろした瞬間に動く。この人の手が下りるまで、誰も一歩も出ない。
「川沿い三丁目、一号棟。川に面した側。窓が開いている部屋がある。三階から五階の間」
迅は最後まで聞いていない。「一号棟」で走り出している。澪は最後まで言い終えた。
久遠寺が受信席の後ろで立ち上がった。
「棟は」
「一つです。回線は五本、空いています」
「第七支部 ── 出場!」
*
ポールは二本ある。迅が一番に握った。掌が焼ける。焼けるのを毎回やる。一階で装備を背負い、階段で地下三層へ下りる。
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は救急の袋を二つ、余分に積ませている。
「一号から五号、出場!」
サイレンメディックが先頭に出た。この隊形は、火が無くて人が倒れている日に取る。
川沿いまでは八分掛かる。夕方の道は混む。混む分だけ、遅くなる。
澪の声が耳に入った。
「市民が使えるのは三本。今、掛かっているのは一本になる。その一本が、一号棟から切れていない」
尾花はまだ繋いでいる。繋いだまま、子どもに数を数えさせていた。
数える理由は、動いていない人のためではない。数えている子どもが、その間だけ落ち着くからになる。
「じゅうご、じゅうろく、じゅうなな」
一号棟の前に、人が二人立っていた。
六十くらいの女と、七十くらいの男になる。隣の部屋の人と、下の階の人だった。二人とも、上着を着ていない。着る前に出てきたことになる。
「四階の、右から二番目です。声がしました」
ひかりが階段を上がった。上がりながら、袋の口を開けている。
部屋の扉は開いていた。開けたのは隣の女で、合鍵を持っている。
脱衣所の床に、三十くらいの女が横になっていた。目は開いている。返事はしない。
その顔の横に、一年生が座っていた。座って、電話を耳に当てている。
当てたまま、こちらを見た。
「はるとさん」
ひかりが名前を呼んだ。呼んでから、膝を落とす。
「電話を切らずに、そのまま持っていてもらえますか」
子どもは頷いた。頷いてから、耳に当てたままの電話を、少しだけ強く握った。
「息、返すよ」
七つ数えた。数える長さを変えない。三年、一度も変えていない。
脈はある。息もある。体が冷えている。床が冷たい。
脱衣所の床は、この時期でも冷える。冷えた床に横になっている時間が長いほど、戻るのが遅くなる。
どれくらいの時間が経ったかは、子どもに訊けば分かる。訊かない方がいい場合もある。ひかりは訊かなかった。
ひかりは毛布を掛けた。掛けてから、脈を数え直した。
「意識、二段目です。搬送させてください」
迅が窓の外を見た。川がある。水位が上がっている。
上がっているのは、二日前からの放流になる。今日の雨ではない。
*
水が、一号棟の裏の水路から立ち上がった。
立ち上がった水の中に、落ち葉と、十月の泥と、水路の底の砂が混ざっている。混ざったまま、棟の高さの半分まで立った。
立った先が、四階の窓の高さになる。
迅が左手首の蓋を跳ね上げた。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
口上が棟の壁に当たって、上へ跳ね返った。返った先の五階と六階で、窓が四つ開いた。
迅がブレスを水の柱へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黄。要救助者、内部に一名。生存反応、あり。待機可能。
「黄」
三度目になる。前の二度は、川の上と、山の斜面だった。
澪が言った。声の高さを変えていない。
「黄は待てる。棟の中の人が先。順番を飛ばさない」
迅は水の柱を見た。見てから、棟の入口の方へ歩き出した。
「上を先に空ける」
主語を言わない。理由も付けない。
寺尾が一号棟の裏へ回った。回って、水路の縁へハンマーを打つ。鉄の柱を三本、水路の中へ内向きに入れた。
「まあ待て。俺が支える。水路の口を細くする。細くすれば、上がる速さが落ちる」
二文で言って、柱の間へ肩を入れた。
蒼汰が四階のベランダへ索を投げた。掛かってから、一度だけ引いた。動かなかった。
「上、任せろ。四階まで十二メートル。ベランダを一本ずつ繋ぎます」
繋いだ索は、階段が使えなくなった時の道になる。使わずに済むなら、そのまま回収する。
三年で、この索を実際に使ったのは四度しかない。掛けた回数は、その十倍を越えている。掛けた回数の方が多いことを、この人は数えていない。数えているのは、掛けなかった回になる。
ひかりが母親を担架へ移した。移す前に、子どもの前へ膝を落とした。
「はるとさん。ママは目を開けています。息もしています。運びます」
「ぼくも」
「一緒に行けます。ただし、私の後ろを歩いてもらえますか」
子どもは電話をまだ握っていた。握ったまま、頷いた。
階段を下りる途中で、水の柱が棟の壁に当たった。
当たった場所は三階の外廊下になる。手すりが二メートル分、そのまま持っていかれた。
持っていかれた手すりは、駐車場の屋根の上に落ちた。落ちた音を、棟の中の全員が聞いている。
迅が三階の外廊下に立った。立って、斧を右手一丁で構える。
当たった。装甲の胸から下が、泥で埋まる。押された足が、廊下の内側へ一歩ぶん下がった。
下がった一歩の先が、階段の口になる。
迅はそこで止まった。止まって、斧の刃を廊下の目地へ差し込んで、体を留めた。
ひかりの担架が、その脇を通った。通った先で、子どもが振り返った。
振り返った先に、赤い背中がある。背中は動いていない。動かないでいるために、そこに立っている。
澪が一号棟の前でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「十一名。棟の中に八、前に三。柱の中は零。撃てる」
撃たなかった。
撃たない理由は、盤面がまだ黄だからになる。零と出ているのは、この位置から見える範囲だけになる。
澪は位置を変えた。変えて、水路の側から構え直した。
「一名。水路の中。柱の内側」
蒼汰が索を投げた。水路の柱の間へ、真下へ向けて落とす。
「上、任せろ。索、十二メートル。真下へ落とします」
引いた。引いた場所が裂けた。裂けた隙間から、腕が一本出た。
ひかりが担架を置いて走った。走って、腕を掴む。掴んでから、七つ数えた。
「息、返すよ」
引き出した。出てきたのは五十くらいの男で、長靴を履いていた。目は開いている。何も言わない。
誰も、この人が何故そこにいたのかを訊かなかった。訊く言葉を、六人はまだ持っていない。
長靴を履いていた。履いていたということは、水の中へ入るつもりで入ったということになる。そこまでしか分からない。
訊く前に、水の柱が水路から出た。出た先の駐車場で、上へ伸びた。
伸びた高さが、一号棟の屋上を越えた。越えてから、四つの棟の間で止まる。
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。
「棟が四つ並んでいます。倒す向きが取れません」
五機が川沿いの道へ並んだ。サイレンクレーンが駐車場の入口でアウトリガーを張る。四本目が、三分の一拍遅れて張られた。
サイレンメディックが棟の前で止まり、後扉を開けたまま待っている。渋くなった蝶番が、開ける時に一度鳴った。
サイレンウイングが川の上を低く抜けた。抜けた風で、水面の泡が横へ流れる。
「五機、連結!」
「特災合体 ── サイレンオー!」
サイレンオーが立った。
一号棟の四階から見上げた隣の女には、胸から上しか見えなかった。棟の前の三人には、左手だけが見えた。
その左手は、開いていない。握ったままになる。
子どもは担架の脇にいた。上を見ていない。母親の顔の方を見ている。
水の柱が二号棟の方へ動いた。動いた先に、また四つの窓がある。
サイレンオーが左腕を柱と二号棟の間へ入れる。握ったままの左手が、柱の腹を横から押し返した。
押し返した分だけ、柱は駐車場の真ん中へ戻る。
寺尾の声が回線に入った。
「戻った。ここなら、下は車だけだ」
迅が言った。
「今だ」
右腕の放水砲が開いた。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が出た。斬るのではなく、押す形で出る。
押された柱が、駐車場の低い側へ運ばれていく。運ばれた先で、体が保てなくなる。
落ち葉と泥と砂に分かれて、そのまま水路の口へ落ちた。
落ちた先には、寺尾の入れた柱が三本ある。三本の間を通って、下流へ抜けていった。
柱は残る。水路の中に三本、立ったままになる。市の水路の図面には載らない。載らないまま、次に水が出た時に効く。
*
十八時二十六分に、竹内の母親が搬送された。
救急車の中で、この人は一度、目の焦点を合わせた。合わせた先に、子どもがいた。
子どもは何も言わなかった。言わずに、電話をまだ握っている。握っている手が、指の先まで白い。
三十四分、この子は同じ握り方をしていた。
ひかりがその手から、そっと電話を取った。取ってから、耳に当てた。
まだ繋がっていた。三十四分、一度も切れていない。
尾花の声が入っている。
「はるとさん。よく待てましたね」
ひかりは、その言葉を子どもへ渡さなかった。渡さずに、電話を子どもの耳へ戻した。
戻してから、扉を閉めた。閉めた側の手で二度、縁を叩く。合図になる。
棟の前で、隣の女が迅に言った。
「あの子、窓から呼んだんですよ。二回」
「聞こえましたか」
「一回目は聞こえませんでした。二回目で」
一回目と二回目の間は、十秒ほどになる。その十秒で、この子は言い直している。
迅は頷いた。頷いてから、四階の窓を見上げた。
窓はまだ開いている。開いた窓の内側で、電気が点いたままになっていた。消しに戻る人が、今日はいない。
隣の女が、それを見て一度だけ頷いた。頷いてから、自分の部屋へ入って、鍵を持って出てきた。
支部へ戻ると、梅木がサイレンメディックの後扉の蝶番を外していた。
「伸びた分は戻らないので、部品ごと換えます。明日の朝までに終わります」
戸倉が受け皿を並べていた。並べながら、佐波に言った。
「班長、水路に柱を三本入れましたよね。あれ、口を細くしただけです。水は止めてません」
「止めない方がいいんですか」
「止めたら別の場所から出る。逃がす道を残すのが、あの人のやり方です」
「本人に言ってあげたらどうですか」
「言いません。当たり前だと思ってるので」
宮ヶ瀬が工具を置いた。置いてから、一言だけ足した。
「子どもの声が届く距離を、まだ測れていません。測る道具が要ります」
毎回、作れなかったものを一つ言う。三年、欠かしたことが無い。
澪は受信席の裏で、尾花の用紙を見ていた。
住所の欄が、途中まで埋まっている。川沿い三丁目まで書いて、その先が空いている。
空いたまま、下の欄に「窓・二回」と書き足してあった。
番地は、隣の女が来てから埋まっている。埋めた字は、上の字より小さい。
澪はその欄を見てから、自分の地図に付箋を一枚貼った。川沿い三丁目、一号棟。これで十一枚目になる。
十一枚のうち、この一枚だけは意味が違う。ここは、呼べた場所になる。呼べた場所に付箋を貼ったのは、三年で初めてになる。
付箋には何も書いていない。
三階の食堂で、寺尾が汁を温め直した。椀が大きいので、冷めるまでの時間が延びる。延びても、冷める。
六人は、食べ終わらなかった。二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 十七時四十六分。所要 ── 十二分。
> 保留 ── 一件。最長 ── 三十一秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 川沿い三丁目 一号棟 三階外廊下 手すり 二メートル。駐車場 舗装 陥没 一箇所。
> 救助 ── 二名。搬送 ── 二名。うち一名、氏名 ── 不詳。
> 通報 ── 六歳。住所、三丁目まで。以降、近隣により補完。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




