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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第二巻

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第027話 煙しか見えない

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 十月十一日 六時五十二分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 旧市街 四丁目。

> 第一声 ──「煙しか見えない」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「煙しか見えない」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。第一声を、聞こえたとおりに書く。何の煙かは、まだ書かない。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」


「旧市街の四丁目です。路地の入口。新聞配ってて」

「お名前と、煙が何処から出ているかを教えてください」

「橋詰です。路地の奥です。奥の方が白くて、火は見えません」


 尾花は書いた。旧市街四丁目、路地の奥、通報者は配達。三語で足りる。


「橋詰さん。煙の色を、白か、黒か、灰色かで教えてください」

「白です。真っ白です」

「匂いがあるかどうか教えてください」

「あります。ゴムみたいな、変な匂い」


 尾花は用紙の右の欄へ、白と、ゴム、と書いた。二つ並べると、書く先が一つに決まる。


 白い煙にゴムの匂いが混ざるのは、木が燃えている時ではない。


「橋詰さん。その路地へ入らないでください。入口から動かないでください」

「奥に家がありますけど」

「入らないでください。煙しか見えない場所は、下も見えません」

「……入りません」


「橋詰さん。路地の両側の家に、人がいるかどうかは分かりますか」

「左は電気が点いてます。右は分かりません。ずっと空き家だと思います」


 尾花は空き家という語を書かなかった。書く欄が無い。無いまま、下の欄へ「右・不明」と書いた。


「橋詰さん。左の家の戸を叩いて、外へ出るように伝えてください。叩いたら、また入口へ戻ってください」

「行きます」


 通話の向こうで、走る音がした。走る音が止まって、木の戸を叩く音になった。


「起きてました。出ます、って」

「橋詰さん。通話を切らないでください。入口で待っていてください」

「切りません」


 尾花は左手で当直へ回した。回してから、右手の受話器を持ち替えた。持ち替えても、耳から離さない。用紙の下の欄に、背後の音を書いた。戸、足音、鳥。三語になる。


*


 六時五十二分の三階は、まだ電気が点いていた。


 十月の中旬になると、この時刻の外は薄い。薄いというのは、明るくも暗くもないという意味になる。


 武藤とうふ店の豆腐は、まだ届いていない。届くのは七時十分と決まっている。三年、五分と違ったことがない。


 届く時刻が決まっているというのは、届かない日があれば、すぐ分かるということでもある。三年で、その日は一度も来ていない。


 寺尾剛が笊を洗って、伏せて、その前に立っていた。豆腐が来るまでの十八分、この人はいつも何かを洗っている。


「班長、まだ来てませんね」

「来る。来るまでに洗い終える。順番が逆になると、水が撥ねる」


 二文で言って、笊をもう一枚出した。


 灰谷蒼汰は屋上から降りてきた。十月の朝は索が硬い。硬いまま、この日は三本を袋へ入れた。


「三本です。旧市街は路地が狭いので、長いのは要りません」


 七尾ひかりは、資器材の冬の並びを出していた。十月の半ばで、もう冬の側へ寄せはじめる。


 寄せる順は、火傷の道具が先になる。乾いた季節に増えるのは、火の方になる。


 夏の間に減った冷やす袋は、まだ補充が届いていない。届くまでは、去年の残りで持たせる。去年の残りは、いつも数が合わない。


 火群迅は非常階段の一番下にいた。立ったまま、靴の紐を結び直している。左手は八日で塞がって、跡だけが残っている。


 逢坂澪は受信席の斜め後ろに立っていた。手にはコーヒーがある。砂糖も牛乳も入っていない。


 十月に入ってからの湿度を見ていた。この十日で、いちどきに落ちている。


 空気が乾くと、火は速くなる。速くなるのは燃え方であって、出方ではない。出方が変わるのは、別の理由になる。


 この街の秋の火は、たいてい台所か、暖房の使い始めから出る。壁の中から出るのは、年に二件か三件になる。


 佐波悠が整備場から上がってきた。工具箱を提げたままになる。


「宮ヶ瀬さん。ファイヤーの水槽、満載に戻しますか」


「戻します。ただし、旧市街の路地には入れません。入れないので、満載にしても半分は使えない」


 宮ヶ瀬佳代は逆から言う。出来ていることを先に言わない。


 速水が地図を出した。旧市街の四丁目を出した。この日は間違えていない。


「合ってます」


「合ってます、と自分で言わないでください」


 澪はそう言ってから、左手を右耳へ当てた。


*


 分析に入ると、澪は喋らない。


 盤面に旧市街四丁目が出る。路地は五本ある。幅は一間半で、車は入れない。


 家は木造で、隣とくっついている。くっついているというより、壁を一枚だけ隔てて並んでいる。


 この並び方は、五十年より前の建て方だった。今は同じようには建てられず、直す時も同じ形で直すことになる。


 白い煙にゴムの匂いというのは、木ではない。木が燃えると、煙は灰色になって、匂いは甘い。


 白くてゴムの匂いなら、燃えているのは被覆になる。電気の線を包んでいるものになる。


 線は壁の中を通っている。通っている場所は、家の中からは見えない。見えないものは、点検の対象から抜けやすい。


 抜けた場所が、澪の付箋の貼り先になる。この人はまだ、そこまでは繋げていない。


「アンサー」


> ── はい。


「旧市街四丁目、路地の奥。電気の使用の記録を、三軒ぶん」


> ── 左の一軒は、今朝も使っています。右の一軒は、二年前から零です。


「零なのに、線は生きているか」


> ── 生きています。……止めていない理由は、わかりません。


 アンサーは返事の前に一度、上を向いた。頭の受話器の形が、天井を向いてから戻る。


 二年、誰も住んでいない家に、電気だけが来ている。来ているだけで、使われていない。


 使われていない線は、点検されない。点検されない線が、二年分の湿気と乾燥を繰り返している。


 澪は盤面の三軒を残して、あとを消した。


 燃えているのは右の家になる。誰も住んでいない方になる。


 誰も住んでいない家は、誰も呼ばない。


 澪は左手を下ろした。


「座標、出た」


 五人が動いた。下ろした瞬間に動く。この人の手が下りるまで、誰も一歩も出ない。


「旧市街四丁目、東から二本目の路地、入って二十メートル、右側の空き家。左の家に人がいる。壁は一枚」


 迅は最後まで聞いていない。「右側の空き家」で走り出している。澪は最後まで言い終えた。


 久遠寺修司が受信席の後ろで立ち上がった。


「壁は」

「一枚です。回線は五本、空いています」


「第七支部 ── 出場!」


*


 ポールは二本ある。迅が一番に握った。掌が焼ける。焼けるのを毎回やる。一階で装備を背負い、階段で地下三層へ下りる。


 地下三層の扉が上がった。


「三層、開放!」


 宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は湿度の記録を、盤の隅に出したままにしてある。


「一号から五号、出場!」


 サイレンファイヤーの水槽は満載にしてある。使えるのは半分になる。それでも満載で出す。


 旧市街の路地は車が入らない。商店街の入口で降りて、走ることになる。


 朝の商店街は、まだ半分が閉まっている。開いているのは豆腐屋と、乾物屋と、パンを焼いている店になる。


 三軒とも、火を使う店になる。この時刻に開いている店は、たいてい火を使う。火を使う店の人は、煙の匂いに慣れている。慣れているので、気付くのが遅れる。


 この朝、最初に気付いたのは、火を使わない仕事の人だった。慣れていない側になる。


 走った先の路地の入口に、橋詰が立っていた。二十くらいで、自転車の荷台に新聞の束が残っている。


「消防です。左の家の方は」


「出ました。三人います。あそこの角に」


 迅は路地を見た。奥が白い。白い先が見えない。


 白い場所へ入るのは、この人にとって難しくない。難しいのは、入らないでいることになる。入らずにいるには、止める理由が一つ要る。この日はあった。壁の中にしか火が無いということになる。


 左の家の戸は開いていた。開いた戸の前で、六十くらいの女と、四十くらいの男と、子どもが一人立っている。


 ひかりがその三人の前に立った。並んで、同じ方を向いた。


「ここより五十メートル下がってもらえますか。角より、もう一つ先まで」


 三人が下がる。子どもは、下がりながら振り返った。


 迅は右の家の戸の前へ行った。行って、手の甲を戸に当てる。


 冷たい。熱くない。手の甲で見るのは、掌より先に熱が分かるからになる。掌で触ると、そこで火傷をする。


 熱くないということは、火はまだ壁の中にあるということになる。


 迅は戸を開けなかった。開けずに、隣の左の家の壁の側へ回った。


 寺尾がその壁を掌で叩いた。二度叩いて、位置を変えて、もう二度叩く。四回叩けば、その壁の中に何があるかが、だいたい分かる。


 分かるのは、この人が三年で八百回ほど叩いているからになる。数えているのは本人ではない。整備場の記録に、支柱を入れた回数だけが残っている。


「まあ待て。俺が支える。この壁の下三分の一だけ、音が違う」


 二文で言って、ハンマーを構えた。壁を壊さない。壊すと、空気が入って火が伸びる。


 代わりに、左の家の側へ柱を二本、床から天井へ入れた。入れた柱が、壁を左から押さえる。


 押さえた分だけ、壁は右へ倒れる形になる。


 蒼汰が路地の上に索を渡した。両側の家の二階の柵に掛けて、一度だけ引いた。動かなかった。


「上、任せろ。路地の幅は一間半。索は二本渡しました」


 渡した索は、屋根が落ちてきた時に受ける分になる。受け切れはしない。受け切れなくても、落ちる速さは変わる。


 白い煙が、路地の奥から前へ出てきた。


 出てきた煙が、路地の幅に合わせて細長く立った。立った高さが、両側の家の屋根を越える。


 越えた先で、煙は横へ広がらなかった。広がらずに、まだ路地の形をしている。


 迅が左手首の蓋を跳ね上げた。五人が同じ動作をした。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


 反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。


 五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。


> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>

> 特別災害対策機構、第七支部 ──

> 呼ばれたら、鳴らして、行く!

> 急報戦隊、サイレンジャー!


 口上は路地の中を、奥から手前へ抜けた。抜けた先の商店街で、豆腐屋の主人が暖簾を出す手を止めた。


 迅がブレスを煙へ向けた。


「トリアージ!」


> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。


「黒」


 迅は前に出た。出た足が路地へ入る。入った先が、三歩で白くなった。


 煙の中では、下が見えない。見えないので、この人は足を高く上げずに、擦って進んだ。


 擦って進むと、段があれば足の先が当たる。当たれば止まれる。高く上げて進むと、当たった時にはもう体が乗っている。


 三年で、この歩き方だけは変えていない。速い方が好きなこの人が、ここだけは遅い方を選んでいる。


 煙が動いた。動いた先が、左の家の壁になる。


 寺尾が入れた柱二本が鳴った。鳴った音が、壁の向こうへ抜けた。


「保ってる。押されてるのは右だ」


 二文で言って、寺尾は柱の間に肩を入れた。


 蒼汰が路地の上の索から下りた。下りて、右の家の戸に手を掛ける。


「上、任せろ。開けます」


「開けるな」


 迅の声が短い。


「空気が入る」


 蒼汰は手を止めた。止めてから、戸の下の隙間へ索の端を差し込んだ。差し込んで、外へ引く。


 引いた先で、戸が持ち上がらずに横へずれた。ずれた幅は十センチになる。


 十センチだけ空気が入る。入った分だけ、煙が濃くなった。


 十センチは、蒼汰が決めた幅になる。二十だと火が伸びる。五だと索が通らない。間を取ると十になる。


 濃くなった煙が、路地の中で一度縮んだ。縮んでから、迅の方へ来た。


 迅は避けなかった。斧を右手一丁で立てて、路地の真ん中に立つ。


 当たった。装甲の胸から下が、白く埋まる。押された足が、後ろへ一歩ぶん下がった。


 下がった一歩の先が、左の家の戸の前になる。


 迅はそこで止まった。止まって、斧の刃を路地の敷石の隙間へ差し込んで、体を留めた。


 澪が路地の入口でソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。


「六名。路地の中に一、入口に四、角の先に三。煙の中は零。撃てる」


 撃った。低い音が煙の真ん中を通った。通った場所だけ、煙が薄くなった。


 薄くなった先に、右の家の壁が見えた。壁の下三分の一が、内側から黒くなっている。


 迅がその薄い場所へ入った。斧は右手一丁になる。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 斧が煙を下から上へ割った。割れた場所から、被覆の燃えた匂いが表へ出た。


 煙が路地から出た。出た先は商店街の通りになる。


 通りへ出てから、上へ伸びた。伸びた高さが、アーケードの屋根を越えた。


 越えた先は、東の端の七区画目になる。屋根が一枚も残っていない場所になる。


*


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。


「商店街の上です。アーケードの屋根に足を掛けられません」


 五機が商店街の外の道へ並んだ。サイレンクレーンが入口でアウトリガーを張る。四本目が、三分の一拍遅れて張られた。


 サイレンメディックが路地の反対側へ回り、後扉を開けたまま待っている。サイレンウイングが屋根の無い区画の上を低く抜けた。


「五機、連結!」


「特災合体 ── サイレンオー!」


 サイレンオーが立った。


 路地の入口から見上げた橋詰には、脚と、胴の下半分が見えた。角の先の三人には、左手だけが見えた。


 その左手は、開いていない。握ったままになる。


 煙が屋根の無い区画の上で広がった。広がると、薄くなる。薄くなると、掴めなくなる。


 サイレンオーは掴まない。掴まずに、左腕を屋根の無い区画の縁へ置いた。


 置いた左手が、屋根の骨組みの端を押さえる。押さえた分だけ、煙は上へ逃げられなくなる。


 寺尾の声が回線に入った。


「蓋になった。横へは出ない」


 迅が言った。


「今だ」


 右腕の放水砲が開いた。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 水が出た。斬るのではなく、押す形で出る。


 押された煙が、屋根の無い区画の中で潰れた。潰れた先で、体が保てなくなる。


 煙は煙に戻った。戻った煙が、朝の風で東へ流れていく。流れた先で、薄くなって消えた。


 商店街の通りに、五十人ほどが出ていた。開店前の時刻に、店の人が半分と、通りがかりが半分になる。


 誰も拍手をしなかった。この街は、まだ拍手の仕方を知らない。


 七時二十四分に、右の家の壁が開けられた。


 開けたのは寺尾になる。柱を二本入れたあと、外側から下三分の一だけを切った。


 上を残したのは、屋根を落とさないためになる。落とすと、隣まで持っていかれる。壁は一枚しかない。


 中の線は、二年分の埃を被っていた。被覆が三十センチほど溶けている。


 火は出ていない。出る手前で止まっている。


 止まっていたものが、あと十分で出るところだった。十分という数字は、誰も口にしない。


 出ていれば、隣の家へ渡っていた。渡れば、路地の五軒が続いている。続いている先は、商店街の裏になる。


 そこまでは、誰も数えない。数えるのは、燃えた後だけになる。


 左の家の三人が、角の先から戻ってきた。六十くらいの女が、路地の入口で立ち止まった。


「あんた、新聞屋さん」


「はい」


「よく気付いたねえ」


 橋詰は首を振った。振ってから、自転車の荷台を見た。


「配る時、いつも奥まで入るんです。今日は入れなかったから」


 入れなかったから、電話をかけた。入れていたら、奥まで行っていた。


 誰も、その先を言わなかった。言えば、この人が入っていた場合の話になる。話しても、今日は起きていない。


 迅が右の家の前に立っていた。二年、誰も住んでいない家になる。


 この家からは、通報が一度も来ていない。来るはずが無い。中に人がいないからになる。


 三年、この街で一番多く火が出ているのは、人の住んでいる家だった。二番目が店で、三番目が、こういう家になる。


 三番目だけ、呼ぶ人が外にしかいない。


 人がいない家の火は、外から見た人が呼ばないと、誰も呼ばない。


 迅は戸に手の甲を当てた。まだ冷たい。


*


 支部へ戻ると、武藤とうふ店の豆腐が届いていた。


 届いた時刻は七時十分になる。誰も受け取っていない。玄関の内側に、いつもの場所に置いてある。


 支部に誰もいない日でも、この人は置いていく。置く場所は三年、一度も変わらない。変えないのは、誰もいない日があると知っているからになる。


 置いた人は、もう帰っている。帰る途中で、商店街の上に立ったものを見たかどうかは、誰も訊いていない。


 寺尾は洗って伏せた笊を出して、そこへ四丁を移した。移してから、角を確かめる。


「崩れとらん。置いていく時も丁寧なんだ、あの人は」


 佐波が地下二層で、サイレンファイヤーの水槽の残りを見ていた。満載で出て、使ったのは四分の一になる。


「三段目までしか減ってません。路地に入れないと、こうなります」


「そうなります。入れる幅のポンプ車を、まだ作れていません」


 宮ヶ瀬は工具を置いた。置いてから、それ以上は足さなかった。この日は一言で済んでいる。


 毎回、作れなかったものを一つ言う。三年、欠かしたことが無い。


 速水が受信席で地図を畳んでいた。畳みながら、佐波に言った。


「逢坂さん、白とゴムの二語で右の家に決めてました。二語です」


「本人に言ってあげたらどうですか」


「言いません。二語で決めた理由を、三十分説明されるので」


 澪は受信席の裏で、旧市街四丁目の記録を出していた。


 右の家は、二年前から電気の使用が零になっている。零のまま、契約は生きている。


 こういう家が、市内にいくつあるかを、この人はまだ数えていない。


 数える欄が、どの用紙にも無い。無い欄のものは、増えても減っても、誰にも見えない。


 澪は市の統計を一枚だけ出した。出して、そのまま閉じた。数を見る前に閉じている。


 澪は自分の地図に付箋を一枚貼った。旧市街四丁目、東から二本目の路地。これで十枚目になる。


 付箋には何も書いていない。


 三階の食堂で、寺尾が豆腐を切った。十月の椀は、夏より少し大きい。


 食べ終わらないうちに、二階の受信席で、電話が鳴った。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 七時二分。所要 ── 十分。

> 保留 ── 一件。最長 ── 二十九秒。

> 未着 累計 ── 零。

> 損壊 ── 旧市街四丁目 空家一棟 外壁 下部 開口。屋内配線 三十センチ 焼損。

>     商店街アーケード 東端七区画 骨組 一部 変形。

> 救助 ── なし。避難 ── 三名。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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