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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第二巻

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第018話 熱いです

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 八月九日 十四時二十分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 丘の上 二丁目。

> 第一声 ──「熱いです」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「熱いです」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。当直の三階へはまだ知らせていない。知らせる前に訊く順番が決まっている。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」


「丘の上の二丁目です。市営住宅の三号棟、四階」

「お名前と、そこで何をしているか教えてください」

「三上です。配達で来ました。荷物を届けに」


 尾花は書いた。丘の上二丁目、市営住宅三号棟四階、通報者は配達。三語で足りる。


「熱いです、というのは何が熱いか教えてください」

「部屋です。玄関を開けたら、外より熱い」

「中に人がいるかどうか教えてください」

「います。おばあさんが。座ってます」

「返事があるかどうか教えてください」

「あります。あるんですけど、遅いです」


 尾花はそこで欄を一つ飛ばした。あとで埋める欄になる。


「三上さん。窓が開いているかどうか教えてください」

「閉まってます。全部」

「一枚だけ開けて、その後は触らないでください」

「開けます」

「その方を、風の通るところへ移せそうか教えてください」

「移せます。軽いので」

「移してください。頭を下げないで、そのまま座らせておいてください」


 背後で音が動いた。窓の開く音になる。開いてから、外の音が入ってきた。蝉の音になる。


「三上さん。冷房はありますか」

「あります。ついてません」

「壊れているかどうか、盤面を見て教えてください」

「壊れてないです。電源が入ってません」


 尾花は用紙の下の欄に、背後の音を書いた。蝉、風、扇風機なし。三語だけになる。


 三語のうち一つが、無いものになる。無いものを書く欄は無い。無い欄に書くのは、三年で数えるほどしか無かった。


 夏に増えるのは、火ではない。動かなくなった人の一件が増える。動かなくなる前に、たいてい本人が気付いていない。


 気付いていない人は、呼ばない。呼ぶのは、たいてい訪ねてきた人になる。


「三上さん。冷たい水があれば、少しずつ飲ませてください」

「冷蔵庫を開けていいですか」

「開けてください。それは構いません」

「麦茶があります」

「麦茶で構いません。一気に飲ませないでください」


 通話は切れなかった。


 十四時二十分の三階は暑い。冷房は二台とも動いている。動いていても、この日は追いつかない。


 八月九日になる。市の観測で、この日の最高は三十七度七分になった。三年で一番高い。


 午前中に、熱中症の一件が二つあった。二つとも第五支部の受け持ちで、こちらへは来ていない。


 当直の五人は水を飲んでいた。飲む量を、ひかりが決めている。


「一時間に二回、この量を飲んでください」

「多くないか」

「多くありません。出場の途中では飲めないので、ここで入れておいてください」


 寺尾剛が湯を沸かしていた。三十七度の日に沸かす。誰も止めない。


「班長。今日はさすがに」

「沸かす。汗を掻いた後に冷たいものだけ入れると、腹が冷える。夏こそ湯だ」


 二文で言って、湯を人数分より一つ多く出した。


 灰谷蒼汰は索を確かめていた。夏の索は硬い。硬いまま、この日は少し伸びていた。


「一ミリ伸びました。熱で伸びます」

「乾いてるのにか」

「乾いてても伸びます。温度で伸びます」


 七尾ひかりは袋を並べ直していた。上から、手袋、鋏、当て布、それから吸うための管になる。


 この日は、冷やす袋を四つ足した。四つのうち二つは、自分たちのぶんになる。


 火群迅は窓の前に立っていた。右腕を上げる。上がりきる。前腕の内側に、線が一本残っている。四日前に抜糸した跡になる。


 線の上を、火傷の跡が三つ横切っていた。線と跡が交わっている場所が、一箇所ある。


 逢坂澪は二階から降りてこない。この人は席にいる。


*


 久遠寺修司が地図の前に立った。


「熱です」

 尾花が言った。声の調子は普段のままになる。

「丘の上二丁目、市営住宅の三号棟四階。八十代が一人、部屋の中で動けなくなっています」


 久遠寺は壁の紙を見た。八月の数字が並んでいる。


 未着 累計 ── 零。


> 候補、三点ございます。第一、丘の上二丁目 三番。第二、同 五番。第三、丘の上三丁目 一番。


「一です」


 澪は候補を最後まで聞かずに答えた。


「丘の上二丁目三番。市営住宅の三号棟。五階建てで、昇降機はありません」


「戸数は」

「一棟に二十四戸。四階に六戸あります」


「坂は」

「三号棟の前まで上がれます。ただし勾配が十二度で、車の後ろが擦ります」


「水は」

「丘の上は水圧が低いです。四階の蛇口で、線が細くなります」


「冷房は」

「二十四戸のうち、十九戸に付いています。室外機は建物の北側に並んでいます」


 久遠寺は指を地図に置いた。丘の上は坂の上の新しい住宅地で、その一角だけが古い。市営住宅は四十年前に建っている。


「北側に何がある」

「小さい公園です。今は誰もいません。この時刻に外にいる人はいません」


 澪は付箋を一枚めくった。


「座標、出た」


「第七支部 ── 出場!」


 地下三層の扉が上がった。


「三層、開放!」


 宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は寝ていない。暑くて寝られなかったと言っている。


「一号から五号、出場!」


 言ってから、無線を切らずに続けた。


「ピンク。冷やす袋を余分に積んだ。ただし数が足りない。二十四戸分は積めない」

「一戸で足ります」

「一戸で済むとは限らない。この気温で、この建物は全部危ない」


 迅はアクセルを踏んだ。踏んでから、返事をしなかった。サイレンファイヤーの真空引きが鳴りきる前に、車体は出ている。


 丘の上までは七分掛かる。坂を上がる分だけ遅くなる。


「回線、五本使います」

 澪の声が耳に入った。

「市民が使えるのは三本。今、掛かっているのは一本です。丘の上からの一本になります」


 その一本が、三上の通話になる。尾花はまだ切っていない。


 三号棟の前で車を降りた。降りた先の空気が、動いていない。


 坂の上は風が通る。この日は通っていなかった。


 迅はファイヤーを停めた。停めた場所から階段まで、十五メートルあった。


「行くぞ。先に着く」


 走った。階段を四階まで上がる。二段飛ばしで上がって、四階で一度止まった。


 止まったのは、上の階の廊下が熱かったからになる。廊下の床が、屋外より熱を持っている。


 四〇二号室の扉が開いていた。三上が戸口に立っている。


「こっちです」

「窓は」

「一枚開けました。言われたとおり、一枚だけ」


 迅は中へ入った。入った先の空気が重い。


 白石ミヨという名は、あとで分かる。八十二歳で、窓際の椅子に座っていた。座ったまま、こちらを見ている。


 見てから、返事をするまでに三秒掛かった。


「消防です。分かりますか」

「分かります。すみません」

「謝るな。息は苦しいか」

「苦しくないです」


 ひかりが後ろから入った。入ってから、走らない。歩いてきて、白石の横に膝を突いた。


「息、返すよ」


 七つ数える。数えてから、脈を見た。速い。皮膚が熱い。汗が出ていない。


「白石さん。首と、脇の下と、脚の付け根を冷やさせてください」

「そんな、大げさな」

「大げさでいいです。三箇所だけ、冷やさせてください」


 ひかりは袋を三つ当てた。当ててから、三上の方を向く。


「麦茶を、少しずつ飲ませてください。私は手が塞がっています」

「はい」


 三上は麦茶を出した。出してから、白石の口元へ持っていく。持ち方が慣れていない。慣れていないまま、こぼさずに飲ませた。


 迅は冷房の盤面を見た。電源が入っていない。壊れてもいない。


「これは」

「使ってません」

「暑いです」

「体に悪いんです。冷たい風は」


 白石はそう言って、少し笑う。


 迅は何も言わなかった。言わずに、窓をもう一枚開けた。


 開けた窓から、外の熱い風が入ってきた。それでも、部屋の中の空気よりは動いている。


「白石さん。今から下へ降ります。抱えていいですか」

「歩けます」

「歩けます。ただし、四階から一階までは長いので、途中まで抱えさせてください」


 ひかりがそう言った。白石は頷いた。


 迅が抱えた。抱えてから、階段を降りる。降りる速さを落とした。落としたのは、揺らさないためになる。


 三上が荷物を持って付いてきた。届けに来た荷物になる。中身は、この日はもう分からない。


 この人は、玄関を開けて熱いと思った時点で帰ることも出来た。荷物を置いて、次の家へ行くことも出来た。


 帰らなかった理由を、誰も訊かない。訊く欄が、どの用紙にも無い。


*


 室外機が鳴ったのは、その後になる。


 北側に並んだ十二基が、一斉に回り始めた。


 十九戸のうち、この時刻に動いていたのは七基だった。残りの十二基は止まっていた。止まっていた十二基が、同時に動いた。


 動いてから、止まらなくなった。


 金属の板が外れて、中の羽が回ったまま外へ出てきた。人の形は取らない。羽と、管と、金網が絡まって、丸い塊になる。


 塊の表面から、熱が出ていた。触っていないのに、五メートル離れた場所で熱が分かる。


 迅は白石を階段の下へ下ろした。下ろしてから、前に出た。左手首の蓋を跳ね上げる。五人が同じ動作をした。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


 反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。


 五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。


> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>

> 特別災害対策機構、第七支部 ──

> 呼ばれたら、鳴らして、行く!

> 急報戦隊、サイレンジャー!


 声が建物の壁に当たって、四階まで上がった。上がった先の廊下に、誰も出ていない。


 迅がブレスを塊へ向けた。


「トリアージ!」


> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。


「黒だ」


 サイレンギアを抜いた。柄を半回転させる。ギアが噛んだ。熱で膨らんだ日の噛み方で、音が重い。


「筒先!」


 水を出した。塊に当たる。当たった場所から、水が音を立てて消えた。


 水は届いた。届いた先で、蒸発した。


「効きません」

 澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。

「この棟に二十三名。全員、部屋の中です。北側の公園に人はいません。回線、残り三本」


 撃った。音が塊の中を通る。通って、揺れて戻ってきた。


「中が空気です。熱い空気が回っています」

「水で冷えないのか」

「冷えません。水の量が足りません。丘の上は水圧が低いです」


 迅は筒先を止めた。止めてから、上を見た。


 四階の廊下の窓が、順に曇っていく。中の温度が上がっている。


「中の人が出られません」

「出すぞ」

「出しません。外の方が熱いです」


 ひかりが階段の下から言った。言ってから、白石の首の袋を替えた。


「日陰を作ってください」


 そう言った。


「日陰か」

「日陰です。あれは日に当たっている面から熱を取っています。取れなくなれば、細くなります」


 寺尾がハンマーを地面に置いた。置いてから、北側の壁を見上げる。


「まあ待て。この壁は四階まである。上から布を垂らせば、下に影が出来る」


「布は」

「防水のシートが二枚、車に積んである。二枚で幅が六メートル」


 蒼汰が索を投げた。四階の廊下の手すりへ二本、噛ませる。


「索は二本。四階から下ろします」

「長さは」

「十二メートルです。地面まで届きます」


 シートを吊るした。二枚が北側の壁に垂れて、その下に影が出来た。


 影の中に、塊が入った。


 入った瞬間に、表面の熱が下がった。下がった分だけ、塊が小さくなる。


「細くなりました」

「もっと要るか」

「もう一枚あれば、全部影に入ります」


 三枚目は無い。


 迅はシートの端を掴んだ。掴んで、自分で引いた。引いた分だけ影が広がって、その広がった側に自分が出た。


 日に当たる側に立ったことになる。


 装甲の外が熱くなる。前腕の線の上が、一番先に熱を持った。


「レッド。出ています」

「知ってる」

「戻ってください」

「戻らない」


 迅はシートを引いたまま、動かなかった。


 塊が全部影に入った。入った塊は、拳ほどの大きさまで細くなる。


「今だ」


 迅はシートの端を寺尾に渡した。渡してから、斧を抜く。


 抜いて、両手で持ち直した。


「サイレンアックス ── 急救斬ッ!」


 斧が上から下へ抜けた。細くなった塊が、真ん中で割れる。


 割れた中から、熱い空気が出た。出た空気は上へ抜けて、そこで見えなくなった。


 地面に、金網と管が落ちた。落ちたものはもう熱くない。触れる温度になっていた。


 蒼汰が索を回収した。二本とも戻ってくる。


「伸びました」

「何ミリだ」

「四ミリです。今日は伸びる日です」


*


 北側の地面が持ち上がったのは、その後になる。


 十二基分の管が、地面の下で繋がっていた。繋がったまま、まとめて起き上がる。


 二十倍になる。管の束で、あちこちから熱い空気を噴いていた。


「上げろ」


 迅が言った。言ってから、三号棟の側を確かめた。二十三人は部屋の中にいる。誰も出てきていない。


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。五機がスロープを昇る。


「三番からだ」

「分かってる」

「坂の上だ。アウトリガーが片側だけ長くなる」

「合わせる」


 返事をしてから、迅は号令を出した。


「五機、連結!」


 サイレンクレーンが前へ出た。アウトリガーを張る。一本、二本、三本。四本目が、半拍遅れて張られた。


 その半拍で、メディックとウイングが脚に入る。レスキューが右腕になった。クレーンが畳んだアウトリガーを、そのまま左の拳にする。開かない。左の掌は、この日も閉じたままになった。


 ファイヤーが上から降りて、胴と頭が乗った。


「特災合体 ── サイレンオー!」


 四階の廊下の窓が、内側から開いた。


 開けた人が三人いる。二十三人のうち三人だけになる。ほかの二十人は、窓を開けずに中から見ていた。


 白石ミヨは階段の下に座ったまま、上を見た。首を反らせるのに、少し時間が掛かった。


 三上が荷物を持ったまま、その横に立っている。


 サイレンオーが立った。全高四十メートル。装甲は被せていない。消防車がそのまま立っている。


 坂の上なので、足の高さが左右で違う。右の脚が三十センチ低い。


 管の束が、三号棟の壁へ倒れ掛かった。


 左腕が上がった。開かない拳を、壁と束の間へ入れる。入れて、そこで止めた。


 止めたまま、右腕が背中へ回った。


 背のローターが、この時だけ回った。回して、下向きの風を送る。


 送られた風が、管の束の熱を横へ流した。流れた熱が、公園の側へ抜けていく。公園には誰もいない。


 熱が抜けた分だけ、束が縮んだ。


「胸だ」


 迅が右腕を戻した。戻した腕を、胸の高さで止める。胸の放水口が全開になった。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 水が刃の形で出た。斬るのではない。縮んだ束を、上から下へ一度に押し切る形になる。


 束は真ん中から折れた。折れた先が、公園の地面に落ちる。


 落ちた管から、湯気が上がった。上がりきってから、消えた。


 四階の窓を開けた三人が、そこで手を止めた。三人とも、窓を閉めなかった。


 開けた窓から、熱い風が入っていく。それでも、閉めたままの部屋より動いている。


 残りの二十人の窓は、閉まったままになる。


*


 十五時になる。


 所要は七分十秒だった。


 三号棟の室外機が十二基とも壊れている。北側の壁に、シートを吊るした跡が二本残った。


 電気が落ちた。十二基が同時に止まった時に、棟の配線が焼けている。二十四戸が停電になった。復旧まで六時間掛かる。


 冷房は、この日はもう使えない。


 白石ミヨは救急の車へ乗った。乗る前に、三上の方を見た。


「荷物」

「あ、はい」

「置いといてください。玄関に」


 三上は頷いた。頷いてから、荷物を抱え直した。


 白石の娘が来た。四十代で、車で二十分の場所に住んでいる。


「母が、すみません」

「謝らないでください」

「冷房、つけないんです。何度言っても」

「その話は、私からはしません」


 ひかりがそう言った。娘はそれ以上言わなかった。


 言わずに、頭を下げた。


「ありがとうございました」


 ひかりは頷いた。頷いてから、車の扉に手を掛けた。


 三上は荷物を持ったまま、まだそこに立っていた。


「あの」

「はい」

「呼んで、よかったですか」

「よかったです」


 迅がそう答えた。短く答えた。理由は付けなかった。


 三上は頷いた。頷いてから、四階へ上がっていった。荷物を玄関へ置きに行く。


 停電しているので、階段が暗い。四階まで上がるのに、来た時より時間が掛かった。


 寺尾はファイヤーの後ろで装備を降ろしていた。降ろしながら、迅の方を見ない。


 この日も、寺尾は何も言わなかった。


 迅は北側の壁を見ていた。シートを吊るした跡が二本ある。跡は、日が傾くまで消えない。


*


 地下二層は油の匂いがする。この日は熱の匂いも入っていた。


 戸倉健がウイングのローターの根に掌を当てていた。この日は下向きに回した。上げるためではなく、送るために回している。


「班長」

「何だ」

「羽の根が、いつもより熱い」

「回した時間は」

「四十秒だ。四十秒で、こんなに来る」


 宮ヶ瀬佳代は図面を見ずに答えた。


「送るために回す使い方は、想定に入れてない」

「入れますか」

「入れる。ただし、入れても羽は保たない」


 戸倉は掌を離した。離してから、その位置に印を付けた。


 佐波悠が工具を並べていた。並べている途中で、一本落とした。床で二度跳ねてから、排水の溝の縁で止まる。


「五回目です」

「数えてんのか」

「数えてます。前は四回目でした」

「間が空いたな」

「二十日空きました」


 戸倉はそれ以上言わなかった。言わずに、次の機体へ移る。


 宮ヶ瀬は図面を広げていた。市営住宅の配線図になる。市の住宅課から借りてきたものになる。


「四十年前に建った棟は、市内に十六ある」


 誰にともなく言って、図面を巻いた。


「十六棟の配線を、この暑さに合わせて引き直す予算は無い」


 二階では、澪が付箋を書いていた。十八枚目になる。八月九日、丘の上。


 通報 一件。書いてから、地図に貼った。貼った位置は、丘の上の二丁目になる。


 澪は八月の欄を見た。八月はこれで二枚になる。まだ九日しか経っていない。


 七月は五枚だった。六月は四枚、五月は三枚、四月は二枚になる。


 八月がこの調子で増えると、月ごとに一枚ずつという数え方が合わなくなる。


 澪はその一枚を、貼り直さない。貼ったまま、席へ戻った。


 二階の受信席で、電話が鳴った。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十四時二十七分。所要 ── 七分十秒。

> 保留 ── 一件。最長 ── 二十九秒。

> 未着 累計 ── 零。

> 損壊 ── 丘の上二丁目 市営住宅 室外機 十二基。

> 停電 ── 同 二十四戸。復旧まで六時間。

> 傷病 ── 一名。熱中症。搬送。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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