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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第一巻

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15/23

第014話 みんないます

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 七月十二日 十六時二十分。

> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 桜川町 一丁目。

> 第一声 ──「みんないます」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「みんないます」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。当直の三階へはまだ知らせていない。知らせる前に訊く順番が決まっている。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処におられるか教えてください」


「桜川町の、さくら学童クラブです。小学校の裏の建物です」

「お名前を教えてください」

「片桐です。片桐美和。指導員をしています」


 尾花は書いた。桜川町一丁目、さくら学童クラブ、通報者は指導員。三語で足りる。


「みんないます、というのは何人のことか教えてください」

「子どもが二十六人と、大人が二人です。全員揃っています」

「今、数え終わったところか教えてください」

「数えました。二回数えました」


 尾花はそこで一度だけ手を止めた。止めてから、また書いた。


 この人は、呼ぶ前に数え終えている。三年、そういう通報は多くない。数える前にかける人の方が多い。どちらが正しいということは、この用紙のどの欄にも書いていない。


「何があったか、分かる範囲で教えてください」

「木が倒れました。裏の欅です。建物にもたれています」

「けがをした人はいますか」

「いません。誰にも当たっていません」

「今、建物の中にいるかどうか教えてください」

「中です。出られません。玄関の前に枝が来ています」


 背後に音があった。子どもの声になる。二十六人分の声が、遠くと近くから混ざって入ってくる。泣いている声は無い。


「片桐さん。窓が開いているかどうか教えてください」

「開いています。裏は木で塞がって、表は開いています」

「そのまま開けておいてください。窓から外へは出さないでください」

「出しません」

「子どもたちを、木のもたれている壁から離してください」

「離します。もう反対側に集めてあります」


 尾花は用紙の下の欄に、背後の音を書いた。子ども、多い、木の軋み。三語だけになる。


「その前に雷が鳴っていたかどうか教えてください」

「鳴りました。三十分ほど前です。裂けたのはその時だと思います」

「もう一人の大人の方に、玄関を見に行かないよう伝えてください」

「伝えます」


 通話は切れなかった。切らないでくださいとは言っていない。この人が切らなかった。


 十六時二十分の三階は暑い。


 七月の半ばで、この日は朝から三十四度まで上がっている。窓を開けても風が入らない。開けた窓から入ってくるのは、道路の熱と、遠くの蝉の音になる。


 三階の冷房は二台あって、一台が先週から効かない。整備班に頼んである。宮ヶ瀬佳代は「順番がある」と言った。順番の一番上には、いつも機体が乗っている。


 当直の五人は、この日は動きが遅かった。暑い日はそうなる。


 寺尾剛が湯を沸かしていた。三十四度の日に湯を沸かす。誰も止めない。


「班長。今日も沸かすんですね」

「沸かす。汗を掻いた後に冷たいものを入れると、あとで動けなくなる。夏こそ湯だ」


 言ってから、人数分より一つ多く出した。余った一つは自分が飲む。


 灰谷蒼汰は索を広げていた。三巻きを床に伸ばして、端から順に指で送っている。


「湿気で、また太くなってます。三ミリです」

「昨日は」

「昨日は二ミリでした。今日で三ミリになりました」


 蒼汰は数字を言ってから、それ以上何も言わなかった。誰も訊いていない。この人は毎日測って、毎日言う。


 七尾ひかりは手帳を開いていた。真ん中の頁になる。開いた頁に、細い線が並んでいる。


 線を一本足した。足してから、指で数える。数え終わってから閉じて、輪ゴムを掛けた。


 何本目かは本人しか知らない。


 火群迅は窓の前に立っていた。右腕を上げる。肩より上まで来る。上げきったところで止めて、それから下ろした。


 前腕の内側に、火傷の跡が三つ並んでいる。一番古いのは春のもので、色が抜けかけていた。真ん中のものは五月で、まだ赤い。一番新しいのは先月の雨の夜になる。


「レッドさん」

 ひかりが言った。

「その腕、上がる高さを測らせてもらえますか」

「上がる」

「上がるのは見えています。何度までかを測らせてください」


 迅は腕を出した。ひかりは肘と肩に指を当てて、七つ数える間そのままにした。


「百六十度です」

「前は」

「先月は百五十でした。戻ってきています」

「癖は」

「上げきったところで止まります」


 迅は何も言わなかった。腕を下ろして、また窓の外を見た。


 逢坂澪は二階から降りてこない。この人は席にいる。



 久遠寺修司が地図の前に立った。


「学童です。桜川町の、さくら学童クラブになります」

 尾花が言った。声の調子は普段のままになる。

「桜川町一丁目。中に二十八名。うち二十六名が子どもです。けが人はいません」


 久遠寺は壁の紙を見た。七月の数字が並んでいる。書き替えたばかりで、字が新しい。


 未着 累計 ── 零。


> 候補、三点ございます。第一、桜川町一丁目 三番。第二、同 五番。第三、桜川町二丁目 一番。


「一です」


 澪は候補を最後まで聞かずに答えた。


「桜川町一丁目三番。さくら学童クラブ。木造の平屋になります」

「敷地は」

「桜川小学校の裏。定員三十、登録二十九名」


「木は」

「欅です。幹の周りが四メートル、高さ十八メートル」

「切れるか」

「市の保存樹木です。切るのに許可が要ります」


「許可は」

「時間が掛かります。ただし人命の危険がある時は、現場の判断で切れます。判断するのは支部長です」


 久遠寺は指を地図に置いた。置いてから、動かさない。


「出口は」

「玄関が一つ。裏口が一つ。裏口は木の下です。玄関の前に、太い枝が三本」


「窓は」

「掃き出し窓が四枚。床から一メートル二十。子どもは出られません」


「雷は」

「三十分前に一度落ちています。次の雲は西に二つ。到達まで四十分ほどです」


 久遠寺は指を離した。離してから、階段の方を向いた。


 澪は付箋を一枚めくった。


「座標、出た」


「第七支部 ── 出場!」


 地下三層の扉が上がった。


「三層、開放!」


 宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日も寝ていない。五日目と本人が言っている。五日目の数え方は誰も訊かない。


「一号から五号、出場!」


 言ってから、無線を切らずに続けた。


「グリーン。木を切る道具は積んでない。四メートルの幹を挽く鋸は、うちの車には載らない」

「切らずに済ませる」

「済ませられるなら済ませろ。ただし雷が来たら、次の一本は保たない」


 迅はアクセルを踏んだ。踏んでから、返事をしなかった。サイレンファイヤーの真空引きが鳴りきる前に、車体は出ている。


 桜川町までは五分掛かる。夕方の道は混んでいた。混んでいる列を、サイレンレスキューが先に入って割る。


「回線、五本使います」

 澪の声が耳に入った。

「市民が使えるのは三本。今、掛かっているのは一本です。桜川町の学童からの一本になります」


 その一本が、片桐美和の通話になる。尾花はまだ切っていない。


 さくら学童クラブは、小学校の裏の低い場所にあった。木造の平屋で、屋根が浅い。屋根の上に、欅の幹が斜めに乗っている。


 乗っているだけで、まだ潰していない。枝の三本が屋根の重さを分けていた。分けている枝の一本が、少しずつ下がっている。


 迅はファイヤーを停めた。停めた場所から玄関まで、二十五メートルあった。


「行くぞ。先に着く」


 走った。走って、玄関の前で止まる。枝が三本、扉の前に落ちていた。一番太いものが、大人の胴ほどある。


 迅は扉を叩いた。中から返事が来る。


「消防です。片桐さんですか」

「そうです。中にいます」

「二十八人ですね」

「二十八人です。全員います」


 迅は手の甲を扉に当てた。熱くない。中で火は出ていない。


「グリーン」

「来た」


 寺尾が後ろから追いついた。追いついてから、玄関ではなく屋根を見上げる。見上げてから、建物の角へ回った。


「まあ待て。この屋根は、まだ木に負けてない。負けてないうちに支える柱を入れる。入れる前に扉を開けると、荷が動く」


 寺尾はハンマーを構えた。構えてから、玄関の反対側へ二本打ち込む。打った柱が、屋根の梁の下に入った。


「入った。これで、木が下がっても屋根は落ちない。落ちないだけで、動かせるわけじゃない」


「イエロー」

「上がります。索は三巻きあります」


 蒼汰が索を投げた。噛ませたのは欅の幹になる。噛ませてから、反対側の電柱へ回して張った。


 張った索が、幹の下がる速さを落とす。止めはしない。落とすだけになる。


「二センチ、下がりました」

「一分でか」

「一分で二センチです。十分持ちません」


「ピンク」

「窓から出します。外に立つ人を貸してください」


 ひかりが掃き出し窓の外に立った。床から一メートル二十ある。子どもは自分で降りられない。


 迅が窓の下に膝を突いた。膝の上に踏み台の板を置く。置いてから、上を見た。


「開けろ」


 ひかりが窓枠に手を掛けた。掛けてから、中へ声を通す。


「片桐さん。窓から一人ずつ出してください。順番はそちらで決めてください」

「小さい子からでいいですか」

「小さい子からにしてください。降りたところは私が受けます」


 最初の一人が出てきた。一年生になる。ひかりは抱えなかった。手だけを取って、足から降ろした。


「走らないでください。青い車まで歩いてください」

「はい」


 二人目が出る。三人目が出る。


 片桐美和は中で数えていた。出した数を、声に出して数えている。四、五、六。


 外でひかりも数えていた。受けた数を数える。二人の数が合っている。


 二十六人を出すのに、四分掛かった。


 最後に片桐美和が出てきた。もう一人の指導員が先に出て、片桐が一番最後になる。


「二十六人います」

 片桐が言った。

「私も数えました。二十六人です。合っています」


 ひかりはそう答えた。答えてから、片桐の手首に指を当てた。脈を見る。速い。


「日陰で水を飲んでください」

「子どもたちが」

「子どもたちは私が見ます。座ってください」


 片桐は座った。座ってから、初めて手が震え出した。



 欅が起き上がったのは、その後になる。


 屋根に乗っていた幹が、下から押されて跳ね上がった。押された板は落ちない。寺尾の柱が二本、梁を支えている。


 跳ね上がった幹が、そのまま立った。


 根が地面から抜けて、抜けた根がそのまま脚の形になる。人の形は取らない。裂けた幹と、折れた枝と、めくれた樹皮の塊になる。


 塊は、四方へ枝を伸ばした。伸ばした先が、小学校の校舎と、学童の建物と、道と、避難させた二十八人の側になる。


「四つに分かれます」

 澪の声が入った。

「東は校舎。この時刻は誰もいません。西は学童。空です。南は道。車が三台。北は避難した二十八名です」


 迅は前に出た。左手首の蓋を跳ね上げる。五人が同じ動作をした。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


 反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。


 五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。


> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>

> 特別災害対策機構、第七支部 ──

> 呼ばれたら、鳴らして、行く!

> 急報戦隊、サイレンジャー!


 二十六人が、それを見た。


 迅がブレスを塊へ向けた。


「トリアージ!」


> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。


「黒だ」


 サイレンギアを抜いた。柄を半回転させる。ギアが噛んだ。暑い日の噛み方で、音が硬い。


「斧!」


 迅が北へ走った。北の枝が二十八人の側へ伸びている。走って、枝の先に入って、正面から受けた。


 受けた場所が肩になる。装甲が鳴った。迅は三歩下がって、そこで止まる。


「一本、止めた」


 それだけ言った。


 残りは三本ある。


 寺尾は南へ回った。回ってから、道の真ん中に柱を打つ。


「南は俺が持つ。車が三台あるが、動かす暇はない。柱で挟んで、枝が車の上へ来ないようにする」


 打った柱が二本、道を横切って立った。南の枝が、その二本の間で引っ掛かる。


 蒼汰は西へ行った。学童の建物になる。空だが、屋根の下に寺尾の柱が二本入っている。


「西へ索を三本投げます。学童の梁に二本、電柱に一本。合計三本で、枝の下がる先を変えます」


 投げた。噛んだ。引いた。西の枝が、建物ではなく地面へ落ちた。


 澪は東を見ていた。ソナーを構える。撃つ前に必ず人数を言う。


「東の校舎、三階建て。今日は職員も残っていません。ゼロ名です」

「当たってもいいのか」

「壁だけです。人には当たりません。回線、残り三本」


 撃った。音が東の枝の中を通る。通って、途中で止まった。


「東の枝に、節があります。地面から二メートル。そこだけ硬いです」


「ピンク」

「行きます。二メートルなら刃が届きます」


 ひかりが東へ走った。走ってから、枝の下に入る。


 サイレンナイフを二本抜いた。二刀になる。片方を枝の下へ、もう片方を節の側へ当てた。


 止血と切断が同じ動きになる。ひかりの刃は、切る時も、止める時も、同じ角度で入る。


「サイレンナイフ ── 急救斬ッ!」


 二刀が節の両側から入って、そこで交差した。


 東の枝が、節のところで落ちた。落ちた先は校舎の壁で、壁に当たって止まった。窓は割れていない。


 四本の枝が、四箇所で止まった。


 誰も、相手の仕組みを見ていない。迅は北しか見ていないし、寺尾は南しか見ていない。蒼汰は西で索を数えていて、澪は東の節を数えていた。ひかりは自分の刃の角度しか見ていなかった。


 誰も全体を見ていない。それでも四本とも止まった。


 三年やっている。八回続けて勝った。理屈は、この回だけ最後まで出てこなかった。



 塊が伸び上がったのは、その後になる。


 四本の枝が根元へ戻って、幹が太くなる。太くなった幹が、小学校の校庭の真ん中へ移った。


 校庭には誰もいない。夏休みが始まる前の週で、この時刻は部活も終わっている。


「上げろ」


 迅が言った。言ってから、北へ避難させた二十八人の位置を確かめた。二十八人は道の向こうにいる。片桐美和が子どもを二列に並べていた。


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。五機がスロープを昇る。


「三番からだ」

「分かってる」

「九度目になる。慣れたと思っているなら止めろ。慣れると、四本目の半拍を待たなくなる」


 迅は返事をしなかった。返事の代わりに、号令を出した。


「五機、連結!」


 サイレンクレーンが前へ出た。アウトリガーを張る。一本、二本、三本。四本目が、半拍遅れて張られた。


 その半拍で、メディックとウイングが脚に入る。レスキューが右腕になった。クレーンが畳んだアウトリガーを、そのまま左の拳にする。開かない。左の掌は、この日も閉じたままになった。


 ファイヤーが上から降りて、胴と頭が乗った。


「特災合体 ── サイレンオー!」


 校庭の端の金網の向こうで、二十六人が首を反らせた。


 二列に並んだままで、誰も列を崩していない。片桐美和が先頭にいて、最後尾にもう一人の指導員が立っている。


 一番小さい子が、右手を耳の高さに上げた。掌を外へ向ける。


 誰も教えていない。隣の子が同じ形を作って、それが列の端まで伝わった。


 二十六人が、同じ形で立っていた。


 サイレンオーが立った。全高四十メートル。装甲は被せていない。消防車がそのまま立っている。


 欅の塊は、校庭の土の上で根を広げた。広げた根が、地面の下を這って、金網の方へ向かう。


「下だ」


 サイレンオーが膝を突いた。突いた膝が校庭の土を割る。割った土の中へ、左腕を差し込んだ。


 開かない拳が、地面の下で根に当たった。当たって、そこで止める。


 根は進めない。進めないまま、地面の上へ戻ってきた。


 右腕が上がった。掌が開いて、戻ってきた根の束を掴む。掴んだまま、引き抜いた。


 塊は、自分の根で自分を持ち上げる形になった。


「胸だ」


 迅が右腕を引いた。引いた腕を、胸の高さで止める。胸の放水口が全開になった。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 水が刃の形で出た。斬るのではない。持ち上がった塊を、上から下へ押し切る形になる。


 押された塊は、校庭の土の上へ落ちた。落ちて、割れて、木の粉になった。


 粉は校庭の砂に混ざって、そこで見えなくなる。何も残らない。


 金網の向こうの二十六人は、まだ同じ形で立っていた。



 十六時五十分になる。


 所要は五分五十秒だった。さくら学童クラブは屋根が浅く凹んで、裏口が塞がっている。中の物は無事になる。校舎の壁に枝の当たった跡が一つ残った。


 欅は無くなった。市の保存樹木が一本、台帳から消えることになる。手続きは来月まで掛かる。


 片桐美和が迅の前に立った。


「もう一度、数えてもいいですか」

「どうぞ」


 片桐は数えた。声に出さずに、指で数える。二十六まで数えて、そこで止めた。


「二十六人です」

「合っています」


 片桐は頷いた。頷いてから、頭を下げた。


「ありがとうございました」


 子どもたちも頭を下げた。二十六人が、揃わないまま順に下げていく。揃っていないので、下げ終わるまでに間が空いた。


 一番小さい子だけが、下げずに立っていた。


 右手を耳の高さに上げたまま、下ろしていない。


 ひかりがその子の前に膝を突いた。


「その手、疲れませんか」

「つかれない」

「では、そのままでいてください」


 ひかりは自分も同じ形を作った。二人でそのまま、三秒ほどいた。


 寺尾はファイヤーの後ろで装備を降ろしていた。降ろしながら、迅の方を見ない。見ずに言った。


「今日も間に合ったな」


 返事は来なかった。


 寺尾は手を止めなかった。止めずに、次の装備を降ろす。降ろしてから、もう一度言わなかった。


 迅は校庭の方を見ていた。見ている先に、木の無くなった場所がある。土が乾いていて、根の抜けた穴が一つ空いていた。


 穴の縁に、細い根が三本だけ残っている。


 迅はそれを見ていた。見てから、右腕を上げた。肩より上まで来る。上げきったところで、止まった。


 止まったまま、下ろさなかった。



 地下二層は油の匂いがする。この日は熱の匂いも入っていた。


 戸倉健がクレーンの四本目のアウトリガーに掌を当てていた。温度と震えを見る。当てる場所は機体ごとに決めてある。


「班長」

「何だ」

「今日は半拍が、戻ってた」

「戻ったか」

「戻った。前の回で縮んだのが、勝手に戻ってる」


 宮ヶ瀬佳代は図面を見ずに答えた。


「戻ったんじゃない。今日はレッドが待った。半拍は縮んでも伸びてもいない」

「待ったんですか」

「待った。九回目で初めてだ」


 戸倉は掌を離した。離してから、何も言わずに次の機体へ移る。


 速水が地下へ降りてきた。三階の冷房の話をしに来ている。


「班長。三階の一台、まだ直りませんか」

「直らない。部品が来ていない。来週まで来ない」

「暑いです」

「暑い。暑いのは知ってる。人が我慢出来るものには、順番が回ってこない」


 速水は黙った。黙ってから、扇風機を一台抱えて上がっていった。


 宮ヶ瀬は図面を広げていた。市の保存樹木の位置図になる。市の公園課から借りてきたものになる。


「市内に、あの太さの木が百十四本ある」


 誰にともなく言って、図面を巻いた。


「百十四本を雷から守る方法は、まだ作れない」


 二階では、澪が付箋を書いていた。十四枚目になる。七月十二日、桜川町。


 通報 一件。書いてから、地図に貼った。貼った位置は、市の東の端になる。


 十四枚が、地図の上に散っている。真ん中を空けて、外側だけが埋まっていた。


 空いているのは庁舎の区画で、そこには九枚目と十枚目と十二枚目が縁に貼ってある。三枚は縁の内側を向いていた。


 澪は十四枚を上から見た。見てから、指を庁舎の真ん中に置く。


 置いた場所には、まだ何も無い。


 二階の受信席で、電話が鳴った。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十六時二十六分。所要 ── 五分五十秒。

> 保留 ── 一件。最長 ── 二十六秒。

> 未着 累計 ── 零。

> 損壊 ── 桜川町一丁目 学童保育施設 屋根一部。保存樹木 一本 倒伏。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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