第013話 屋根が鳴ってる
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 六月三十日 二十二時五十分。
> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 旧市街 三丁目。
> 第一声 ──「屋根が鳴ってる」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「屋根が鳴ってる」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。当直の三階へはまだ知らせていない。知らせる前に訊く順番が決まっている。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。何処の屋根ですか」
「うちじゃない。隣の隣だ」
「武藤さんですね」
「そうだ」
尾花は書いた。旧市街三丁目、七番の並び、通報者は武藤徳三。書きながら、風の欄に指を置く。この夜の風は強い。毎秒十八メートルまで上がっていた。
「七の三ですか」
「七の三と、七の四だ。両方鳴ってる」
「あなたは今どこですか」
「うちの中だ。表は開けとらん」
尾花はそこで欄を一つ飛ばした。あとで埋める欄になる。
「どんな鳴り方ですか」
「めくれる音だ。ばたばたじゃない。ばりばり言う」
「見えていますか」
「窓から見える。トタンが半分浮いとる」
背後で音が入った。雨の音になる。雨に混じって、金属の擦れる音が続いていた。
「中に人はいますか」
「おらん。焼けた家だ。二軒とも空だ」
「近くの家には」
「七の二に婆さんが戻っとる。先月から仮住まいだ」
尾花は用紙の下の欄に、背後の音を書いた。雨、風、金属。三語だけになる。
「武藤さん。外へ出ないでください」
「出んよ」
「戸も窓も開けないでください」
「開けん」
「その婆さんの家に、電話はありますか」
「ある。かけてやる」
「私からかけます。番号を教えてください」
武藤は番号を言った。言ってから、少し黙った。
「あんたら、来るのか」
「行きます」
「こんな雨でもか」
「こんな雨でもです」
通話は切れなかった。切らないでくださいとは言っていない。この人が切らなかった。
二十二時五十分の三階は暗い。窓は閉めてある。閉めた窓に、雨が横から当たっていた。
六月の終わりで、梅雨の前線が居座っている。三日前から降り続いて、この夜に風が入った。
当直の五人は起きていた。強い風の夜は、この支部の全員が眠らない。
寺尾剛が湯を沸かしていた。人数分より一つ多く出す。この夜は二つ多く出した。誰も何も言わない。
二つ多い日は、三年で数えるほどしか無い。雨と風が同じ夜に来ると、この人は二つ出す。出した二つのうち一つは冷める。冷めた湯は流しへ捨てる。捨てる音が、当直の五人には聞こえている。
灰谷蒼汰は索の袋と格闘していた。三巻きが入らない。
「入らないのか」
「四ミリ太くなってます」
「測ったのか」
「測りました」
蒼汰は一巻きを別の袋へ移した。移してから、両方の口を二度ずつ確かめた。確かめる回数は変えない。
七尾ひかりは手帳を開いていた。開いた頁を、この夜は閉じなかった。開いたまま卓に伏せて置く。
伏せて置くのは、風の夜だけになる。閉じて輪ゴムを掛けると、掛けた輪ゴムを外す動作が一つ増える。三年、強い風の日はこの置き方をしている。誰も理由を訊いたことが無い。訊かれれば答えるが、訊かれないので言わない。
火群迅は窓の前に立っていた。窓の外は見えない。雨が張り付いていて、街灯の光が滲んでいる。
右腕を上げる。肩より上まで来た。上げきったところで一度止めて、それから下ろした。
逢坂澪は二階から降りてこない。この人は席にいる。
*
久遠寺修司が地図の前に立った。
「旧市街です」
尾花が言った。声の調子は普段のままになる。
「七の三と七の四。焼け残った骨組みです。トタンが浮いています」
久遠寺は壁の紙を見た。六月の数字が並んでいる。明日には七月の紙になる。
未着 累計 ── 零。
> 候補、三点ございます。第一、旧市街三丁目 七番。第二、同 八番。第三、旧市街四丁目 一番。
「一です」
澪は候補を最後まで聞かずに答えた。
「旧市街三丁目七番。春に四棟焼けています。取り壊しの見積もりがまだ出ていません。骨組みだけで立っています」
「屋根は」
「トタンです。焼けたあとに掛け直したものではありません。焼ける前から掛かっていたものです」
「風は」
「北から。毎秒十八。最大瞬間が二十四です」
「増えるか」
「増えます。ここから一時間が山です」
久遠寺は指を地図に置いた。旧市街の並びは東西に走る。北から来る風は、その並びを横切っていく。
「飛んだら何処へ行く」
「南です。南に商店街のアーケードがあります」
澪は付箋を一枚めくった。
「座標、出た」
「第七支部 ── 出場!」
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は寝ていない。四日目と本人が言っている。四日目の数え方は誰も訊かない。
「一号から五号、出場!」
言ってから、無線を切らずに続けた。
「ブルー。ウイングは上げるな。この風では上がらない」
「地上で使います」
「地上でどう使う」
「下向きに回します」
「回してもいい。ただし十八を超えたら降ろせ。風の中で立てるローターは、まだ作れなかった」
迅はアクセルを踏んだ。踏んでから、返事をしなかった。サイレンファイヤーの真空引きが鳴りきる前に、車体は出ている。
旧市街までは六分掛かる。雨の夜の道は空いていた。空いている道を、五機が縦に並んで走る。横風が強い。車体が半車線ずれる。ずれた分を、迅は当てずに戻した。
「回線、五本使います」
澪の声が耳に入った。
「市民が使えるのは三本。今、掛かっているのは二本です」
二本になっている。一本が武藤徳三で、もう一本が七の二の家になる。尾花が二本目を掛けた。掛けたまま、切っていない。
旧市街三丁目に入ると、音が先に来た。
金属が擦れる音になる。低いところから来る。見上げると、七の三の屋根で、トタンが波打っていた。
波打つ度に、留めている釘が一本ずつ浮く。浮いた釘は戻らない。
迅はファイヤーを停めた。停めた場所から七の三まで、三十メートルあった。
「行くぞ。先に着く」
走った。走った先で、雨が横から当たる。面の外側を水が流れて、視界が半分になった。
「ピンク。七の二へ」
「行きます」
ひかりが先に七の二へ入った。仮住まいの家になる。中に八十を超えた女がいた。春の火事で助けた人と同じになる。
「梅崎さん」
「はい」
「動けますか」
「動けます。膝は悪いままです」
「奥の部屋へ移ってください。北側から離れてください」
「トタンが」
「トタンが来ます。北側の壁に当たります」
女は自分で動いた。ひかりが支えたのは、最後の三歩だけになる。
奥の部屋は三畳しかない。畳の上に布団が敷いてあって、枕元に湯呑みが一つ置いてある。春に助けた時、この人が握って出てきたものと同じ形をしていた。同じものかどうかは訊かない。
ひかりは北側の障子を閉めた。閉めてから、そこへ座布団を二枚立て掛ける。当たっても、当たる音が小さくなる。
寺尾が七の三の下に立った。上を見上げてから、ハンマーを構えた。
「まあ待て」
寺尾は自分にそう言った。
「今上がると、めくれた側に乗る」
寺尾はハンマーを下ろした。下ろしてから、骨組みの柱に手を当てる。当てて、震えを見た。
「焼けた柱は、内側が炭になってる。打つと折れる」
「打てないのか」
「打てない。ここは支えるだけだ」
蒼汰が索を投げた。上へは投げない。七の三の骨組みの下の梁に噛ませて、そこから南側の電柱へ引いた。
引いた索が、骨組みを南へ引っ張る形になる。風は北から来る。風と索で、骨組みは両側から挟まれた。
「これで倒れません」
「トタンは」
「トタンは飛びます」
浮いたトタンが一枚、剥がれた。
剥がれたトタンは、下へは落ちなかった。上へ上がって、それから南へ流れていく。
迅が走った。走って、南の路地の口に立った。立って、両腕を上げる。
トタンが来た。手甲で受けた。受けた面が切れる。装甲の表が浅く裂けた。
迅は倒れなかった。倒れずに、受けたトタンを地面へ押し付けた。
「一枚」
「まだ二十枚あります」
澪の声が入った。
「七の三に十二枚、七の四に九枚。全部で二十一枚です」
迅は受けたトタンを足で押さえたまま、二枚目を見た。二枚目はまだ屋根の上で震えている。震えている間は飛ばない。飛ぶのは、震えが止まった時になる。
*
二十一枚が、一度に剥がれたのは、その後になる。
剥がれた二十一枚は、南へ流れなかった。流れずに、七の三の屋根の上で集まった。
集まって、一枚の面になる。人の形は取らない。板が一枚だけの、大きな面になった。
面は風を受けて、立った。
立ってから、南へ動いた。動く先が路地の口になる。路地の口の先に、商店街のアーケードがあった。
迅は前に出た。左手首の蓋を跳ね上げる。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
風が横から来て、口上の後ろ半分を持っていった。
迅がブレスを面へ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒だ」
サイレンギアを抜いた。柄を半回転させる。ギアが噛んだ。雨の中で噛む音は短い。水が音を吸う。
「斧!」
迅が正面から打ち込んだ。当たらなかった。面が横へ逃げた。逃げた先で、また風を受ける。
迅は追った。追った先で、面はまた逃げる。
三度追って、三度逃げられた。
澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「この並びに人はいません。七の二に一名。屋内です。回線、残り三本」
撃った。音が面の中を通る。通って、そのまま抜けた。止まる場所が無い。
「厚みがありません。一枚です」
「一枚のものをどう斬る」
「斬れません。折るしかありません」
「追うな」
寺尾の声が入った。
「追うと逃げる。こいつは風下へしか行けん」
「風下へ行かせたらアーケードだ」
「行かせない。風上で待つ」
迅は止まった。止まってから、二歩戻る。
戻った先が、路地の北の口になる。風の来る側になった。
「待つのか」
「待て」
迅は斧を下ろした。下ろしてから、そこに立った。
「グリーン」
「何だ」
「待つ」
迅がそう言った。
寺尾は返事をしなかった。返事の代わりに、ハンマーを持ち直した。
面は風下へ動いた。動いた先で、南の路地の口に来る。そこに蒼汰の索が二本、渡してあった。
索は面を止めない。止めずに、面の下を通る風を切った。
風が乱れた。乱れた風の中で、面は形を保てなくなる。
「傾きました」
「まだだ」
澪がサイレンウイングを降りずに、ローターを下向きに回した。地上で回す。上がらない。上がらないまま、下へ風を送る。
送られた風が、面の下から支えていた風を殺した。
面が落ちた。
落ちた先が、路地の中になる。両側が焼けた家の骨組みで、上に何も無い。
「今だ」
寺尾が前へ出た。出てから、ハンマーを両手で持ち上げる。
「サイレンハンマー ── 急救斬ッ!」
打った。打った先は面の真ん中ではない。端になる。
端を打つと、面は折れる。折れた面は風を受けられない。
二十一枚が、そこで一枚ずつに戻った。戻った二十一枚は、路地の中で地面へ落ちて、雨に濡れて動かなくなった。
落ちた枚数を、寺尾はその場で数えた。数えてから、一枚ずつ重ねて路地の壁際へ寄せる。寄せた山の上に、自分のハンマーを横に置いた。置くと飛ばない。飛ばないものは、あとで拾いに来なくていい。
蒼汰が索を回収した。二本とも戻ってくる。濡れて重い。
「伸びました」
「何ミリだ」
「六ミリです」
*
骨組みが立ち上がったのは、その後になる。
七の三と七の四の柱が、二軒分まとめて起き上がった。焼けた柱が組み合わさって、二十倍の高さになる。
旧市街の道に、人が出てきた。雨の中で、傘も差さずに立っている。武藤徳三が自分の店の前に出ていた。新しい看板が上がったばかりで、その下に立っている。
「上げろ」
迅が言った。言ってから、南のアーケードの方を見た。アーケードの下には人がいない。この時刻は閉まっている。
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。五機がスロープを昇る。
「三番からだ」
「分かってる」
「八度目だ。もう言わん」
迅は返事をしなかった。返事の代わりに、号令を出した。
「五機、連結!」
サイレンクレーンが前へ出た。アウトリガーを張る。一本、二本、三本。四本目が、半拍遅れて張られた。
その半拍で、メディックとウイングが脚に入る。レスキューが右腕になった。クレーンが畳んだアウトリガーを、そのまま左の拳にする。開かない。左の掌は、この日も閉じたままになった。
ファイヤーが上から降りて、胴と頭が乗った。
「特災合体 ── サイレンオー!」
旧市街の道に出た人たちが、一斉に首を反らせた。
雨が上から降ってくるので、みんな目を細めている。細めた目で見上げて、それでも下を向かない。
武藤徳三は目を細めなかった。前掛けをしたまま、雨の中で上を見ている。新しい看板の字は、まだ乾いていない。
サイレンオーが立った。全高四十メートル。装甲は被せていない。消防車がそのまま立っている。
組み上がった骨組みは、風を受けて南へ倒れようとした。
倒れる先がアーケードになる。
「押さえろ」
サイレンオーは追わなかった。追わずに、北側へ回る。回ってから、倒れる側ではなく、風の来る側に立った。
立ってから、両腕を広げた。
四十メートルのものが風上に立つと、その後ろの風が止まる。骨組みは支えを失って、南へ倒れきれずに止まった。
風下に立つと、押されて自分が倒れる。風上に立つと、押される代わりに、後ろのものが動かなくなる。迅はそれを寺尾から聞いていない。聞かずに、路地の北の口で一度やっている。やった形を、そのまま四十メートルで繰り返した。
止まったところで、右腕が伸びた。掌が開いて、骨組みの上を掴む。
左腕が下から入った。開かない拳を、骨組みの根元へ当てる。当てて、上へ押した。
骨組みは、南ではなく上へ持ち上げられた。
持ち上げられたものは、風を受ける面が無くなる。
サイレンオーは、それを路地の中へ下ろした。下ろした先は、四月から空いたままの更地になる。焼けたあと、何も建っていない場所になった。
「胸だ」
迅が右腕を引いた。引いた腕を、胸の高さで止める。胸の放水口が全開になった。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が刃の形で出た。斬るのではない。風の当たらない場所へ置いた骨組みを、上から一度に押し切る形になる。
押された骨組みは、雨と一緒に下へ落ちた。落ちた先が更地の土で、そこから外へは出なかった。
骨組みは、そこで崩れた。崩れて、炭になって、雨に流れた。
流れた炭は、道の側溝へ入っていく。入る音が、雨の音の下で続いた。
側溝は春の火事の消火で一度詰まって、その後で市が浚っている。浚った溝に、また炭が入っていく。次に浚うのがいつになるかは、誰も知らない。
武藤徳三が側溝の方を見た。見てから、また上を見た。
四十メートルのものは、まだ風上に立っていた。
*
二十三時二十分になる。
所要は七分四十秒だった。七の三と七の四が倒れて、更地が二軒分増えた。トタンは二十一枚とも回収した。商店街のアーケードは無事になる。
雨は弱くなっている。風はまだ強い。
武藤徳三が店から出てきた。手に何も持っていない。
「終わったのか」
「終わりました」
「更地が増えたな」
「増えました」
武藤はそれだけ言って、店へ戻った。礼は言わない。
戻る途中で一度立ち止まって、新しい看板を見上げた。見上げてから、指で字の端に触った。触った指に、塗料が付いた。
まだ乾いていない。
七の二の玄関が開いて、梅崎の女が出てきた。傘を差している。差した傘が風で裏返って、その場でまた戻した。
「終わりましたか」
「終わりました」
「うちは」
「北側の壁に三箇所、当たった跡があります。穴は空いていません」
ひかりがそう言った。女は頷いた。頷いてから、家へ戻る。
礼は言われなかった。
旧市街の道に出ていた人は、十人ほどいた。十人とも、いつのまにか家へ戻っている。戻る前に誰かが何か言ったかどうかは、雨の音で分からなかった。
寺尾はファイヤーの後ろで装備を降ろしていた。降ろしながら、迅の方を見ない。見ずに言った。
「今日も間に合ったな」
「間に合った」
迅はそう答えた。答えてから、雨の中で右腕を上げた。上がりきる。上がりきったところで、そのまま止めた。
寺尾は見ていない。見ていないまま、装備を降ろし続けた。
*
地下二層は油の匂いがする。この夜は、雨の匂いも入っていた。
梅木あかねがファイヤーの手甲の裂けた面を見ていた。浅い。塗装まで届いて、その下で止まっている。
「班長。埋めますか」
「埋めろ」
「元の色にしますか」
「しなくていい」
宮ヶ瀬佳代は図面を見ずに答えた。梅木は面を上げて、埋める材を取りに行った。上げるのが速い。
佐波悠がトタンを数えていた。回収してきた二十一枚を、地下二層の隅に並べている。
「二十一枚あります」
「数えたか」
「三回数えました」
「何故三回だ」
「一回目と二回目が違ったので」
梅木が戻ってきて、横から一枚ずつ立て掛け直した。立て掛けると数えやすい。数え直すと二十一枚だった。
「合ってる」
「合ってました」
「四回目は要らん」
佐波は工具を並べに戻った。この夜は落とさなかった。
並べ終わってから、隅のトタンをもう一度見た。二十一枚のうち、一枚だけ色が違う。ほかの二十枚は錆びていて、その一枚だけ塗り替えたばかりのように見えた。焼けた家の屋根で、そこだけ新しい。
佐波はそれを一番上に置き直した。置き直した理由は、本人にも説明出来ない。
宮ヶ瀬は図面を広げていた。旧市街の焼け跡の図になる。市の建築課から借りてきたものになる。
「焼けたまま立っている家は、市内に六十三ある」
誰にともなく言って、図面を巻いた。
「六十三軒を風から守る手は、まだ作れない」
二階では、澪が付箋を書いていた。十三枚目になる。六月三十日、旧市街。
通報 一件。書いてから、地図に貼った。貼った位置は、一枚目のすぐ隣になる。
一枚目は春の火事で、同じ七番の並びになる。二枚が並ぶと、三月分の間が空いている。
澪は一枚目を指で押さえた。押さえてから、十三枚目も押さえる。二つの間を、指の腹でなぞった。
なぞった先に、九枚目と十枚目と十二枚目がある。庁舎の区画の縁と、その内側になる。
澪は付箋を一枚取った。取って、何も書かずに戻した。戻す前に、一度だけ裏返した。
二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 二十二時五十六分。所要 ── 七分四十秒。
> 保留 ── 一件。最長 ── 三十四秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 旧市街三丁目 焼損家屋 二棟 倒壊。屋根材 二十一枚 飛散。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




