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急報戦隊サイレンジャー ~呼ばれたら、行く。呼べないなら、見つけに行く~  作者: 智珠
第一巻

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13/21

第012話 ドアが開かない

> 【第七支部 覚知記録】

> 覚知 ── 六月二十八日 十四時十分。

> 入電 ── 一般加入電話。発信地 ── 中央町 二丁目。

> 第一声 ──「ドアが開かない」

> 出場 ── 第七支部 全隊。


「ドアが開かない」


 尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。当直の三階へはまだ知らせていない。知らせる前に訊く順番が決まっている。


「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処にいますか」


「市立図書館です。中央町の。地下の書庫の中です」

「お名前は」

「三隅です。三隅章。ここの司書です」

「何人いますか」

「三人です。私と、子どもが二人」


 尾花は書いた。市立図書館、地下書庫、三名。三語で足りる。


「お子さんはおいくつですか」

「上が三年生の男の子で、下が一年生の妹です。同じ家の子です」

「けがはありますか」

「ありません」

「息は苦しくないですか」

「今は大丈夫です。空調は動いています」


 尾花はそこで欄を一つ飛ばした。あとで埋める欄になる。


「扉はどういう扉ですか」

「電子錠です。職員証をかざすと開きます。かざしても開きません」

「非常の解錠はありますか」

「あります。押しました。二回押しました」

「もう押さないでください」

「押しません」


 背後で音が入った。低い。何かが動いている音になる。


「三隅さん。今、何か動いていますか」

「書架です。電動の書架が動いています」

「人が乗る場所ですか」

「間に入って本を取る場所です。今、誰もいません」

「お子さんを、書架から離してください」

「離します」


 尾花は用紙の下の欄に、背後の音を書いた。書架、低い、連続。三語だけになる。


「三隅さん。お子さんに代わってもらえますか」

「代われます」

「代わらなくていいです。声だけ聞かせてください」


 三隅が受話器を子どもの方へ向けた。声が二つ入る。上の子と、下の子になる。二人とも泣いていない。


 尾花はその二つを聞いてから、欄に印を付けた。付ける印の意味は、この人しか知らない。


 子どもが二人いる一件では、必ず両方の声を聞く。片方しか聞こえない時がある。聞こえない方が、大抵先に動けなくなる。三年、この順で聞いている。誰にも教えていない。


「三隅さん。扉から離れて、壁を背にして座らせてください」

「座らせます」

「電話はそのままにしてください」

「そのままにします」


 通話は切れなかった。切らないでくださいとは言っていない。この人が切らなかった。


 十四時十分の三階は明るい。六月の終わりで、梅雨の合間になる。窓を開けている。開けた窓から入る風は生温い。


 三階の食堂に六人がいた。当直の五人と、久遠寺修司になる。


 十日に一度、この支部では全員で飯を食う。決めたのは誰か分からない。三年前からそうなっていた。


 この日は武藤徳三の豆腐が十二あった。寺尾剛が五つに分けて、分けきれない分を自分の皿へ寄せる。寄せた皿を、最後に置いた。


 久遠寺の分は別になる。この人は支部長で、当直には入らない。それでも食堂には来る。


 卓の上に、飯と汁と、豆腐と、漬け物があった。


 六人が同じものを食べる日は、これだけになる。ほかの日は交代で食べる。交代で食べると、誰かが必ず途中で立つ。立った人の皿が残って、残った皿は冷める。冷めた皿を下げるのが、この支部で一番多い仕事になる。


 七尾ひかりが箸を置いた。ひかりは食べるのが遅い。三年、いつも最後から二番目になる。


 逢坂澪が二階から降りてきていた。降りてくるのは、この十日に一度の日だけになる。


 火群迅は三口では食べ終わらなかった。前の月に口の中を火傷してから、少し遅くなっている。


 灰谷蒼汰が自分の茶碗を持ち上げた。持ち上げてから、卓を見回した。


「終わりましたね」

「言うな」

 寺尾が言った。

「言うと鳴る」


 蒼汰は口を閉じた。閉じてから、茶碗を置く。


 六つの皿が全部空になっていた。汁の椀も空になる。漬け物の小鉢に、一切れも残っていない。


 三年で初めてになる。誰も数えていないので、初めてだとは誰も気付かなかった。


 久遠寺が湯呑みを持った。持ってから、卓の端を指で二度叩く。


「今のは」

「何もない」

「叩きましたよ」

「叩いた」


 それだけ言って、久遠寺は湯を飲んだ。


 二階の受信席で、電話が鳴った。



 久遠寺修司が地図の前に立った。立つまでに七秒掛かった。食堂から地図までは、階段を一つ降りる。


「閉じ込めです」

 尾花が言った。声の調子は普段のままになる。

「市立図書館の地下書庫。三名。うち二名が子どもです」


 久遠寺は壁の紙を見た。六月の数字が並んでいる。


 未着 累計 ── 零。


> 候補、三点ございます。第一、中央町二丁目 五番。第二、同 六番。第三、中央町三丁目 二番。


「一です」


 澪は候補を最後まで聞かずに答えた。


「中央町二丁目五番。市立図書館。地下に閉架書庫が一室。入口は一つ。電子錠です」

「窓は」

「ありません。地下です」

「空調は」

「動いています。書庫は本のために温度と湿度を保ちます。人のためではありません」


 久遠寺の指が地図の上で止まった。


「電動の書架がある」

「あります。四連。日曜は動かしません」

「今日は日曜だ」

「今日は日曜です」


 澪は付箋を一枚めくった。


「座標、出た」


「第七支部 ── 出場!」


 地下三層の扉が上がった。


「三層、開放!」


 宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は五時間寝たと言っている。誰も確かめていない。この人が五と言うのは珍しい。


「一号から五号、出場!」


 言ってから、無線を切らずに続けた。


「グリーン。柱の長さ、四寸だけ短いのを二本積んだ」

「短いのが要る場所か」

「要る。天井の低いところで振れる柱は、まだ作れなかった」


 迅はアクセルを踏んだ。踏んでから、返事をしなかった。サイレンファイヤーの真空引きが鳴りきる前に、車体は出ている。


 中央町までは六分掛かる。日曜の午後で、商店街の通りに人が出ていた。出ている人の間を、サイレンレスキューが先に入って割る。


「回線、五本使います」

 澪の声が耳に入った。

「市民が使えるのは三本。今、掛かっているのは一本です」


 その一本が、三隅章の通話になる。尾花はまだ切っていない。


 図書館の前に着くと、職員が二人立っていた。日曜の当番になる。一人が鍵の束を持っていて、もう一人が地下への階段を指した。


「電子錠が全館で落ちています」

「全館か」

「書庫だけです。ほかは開きます」


 迅はファイヤーを停めた。停めた場所から入口まで、十メートルあった。


「行くぞ。先に着く」


 走った。階段を降りる。降りた先に、鉄の扉が一枚ある。扉には把手が無い。押す場所も引く場所も無かった。


 迅は扉を叩いた。中から返事が来る。


「三隅さんですか」

「そうです。消防の方ですか」

「そうです。子どもは」

「二人とも壁の側にいます」


 迅は扉の縁に手の甲を当てた。熱くない。中で火は出ていない。


「グリーン」

「来た」


 寺尾が階段を降りてきた。降りてから、扉の前で立ち止まる。立ち止まって、扉を見た。


 見たのは扉ではない。扉の左の縁になる。


「まあ待て」

「待てない」

「待てる。ここは開く側を見ても無駄だ」


 寺尾は左の縁に掌を当てた。当てて、上から下へ滑らせる。三箇所で止まった。


「蝶番が三つ。上から二つは金物だが、一番下は違う」

「違うとは」

「後から足したやつだ。壁を掘って埋めてある。埋め方が浅い」


 寺尾はハンマーを使わなかった。使わずに、柄の端を壁と扉の間へ差し入れる。差し入れてから、体重を掛けた。


 壁のモルタルが割れた。割れた中から、埋めてあった金物が出てくる。


「イエロー」

「噛ませます」


 蒼汰が索を出した。投げない。手で回して、出てきた金物へ掛ける。掛けてから、階段の踊り場の手すりへ端を回した。


「引きます」

「引け」


 扉は開かなかった。開かずに、下の蝶番から外れた。外れた分だけ、下に隙が出来る。


 隙は、掌が入るほどしか無い。


「ピンク」

「入れます」


 ひかりが下の隙から腕を入れた。入れた腕の先に、子どもの手が触れる。


「握って」


 小さい手が握った。ひかりは引かない。引かずに、握らせたまま声を出した。


「息、返すよ」


 七つ数える。中で、子どもも数えた。上の子が声に出して数えて、下の子がそれを真似た。


 三隅章の声が入った。


「もう一つ、上にも蝶番があります」

「見えてます」

「私、いま手が届きます」

「触らないでください」


 寺尾が言った。


「あなたが押すと、こっちが引けなくなる。壁を背にして、そこにいてください」


 三隅は下がった。下がる音が、扉越しに聞こえた。


 寺尾は二本目の柱を出した。宮ヶ瀬が積んだ、四寸短い柱になる。天井が低い。長い柱では振れなかった。


 打った。打った先が、扉の下の隙になる。柱が隙に入って、そこで支えになった。


 支えが出来ると、上の蝶番に荷が寄る。寄った荷で、上の二つが軋んだ。


「もう一本」

「打つ」


 二本目を打った。扉は、下から順に外れていく。


 外れきったところで、扉は倒れなかった。柱が二本、支えている。


「通れる」


 迅が先に入った。入って、子ども二人を先に出す。上の子が妹の手を引いていた。手を離していない。三隅がその後ろから出てきた。


 三人が階段を上がりきったところで、書庫の中の音が変わった。



 電動の書架が、一斉に動き出した。


 四連の書架が、それぞれの軌道の上を走る。走って、閉じる。閉じてから、また開く。開いて、また閉じる。


 閉じる速さが上がっていく。


 書架の間から、灰色のものが出てきた。人の形は取らない。板が幾枚も重なった形になる。重なった板の一枚ずつが、本の背の色をしていた。


 その塊は、閉じる動きだけをした。開いてから閉じる。開いてから閉じる。


 迅は前に出た。左手首の蓋を跳ね上げる。五人が同じ動作をした。


「急報 ── 出場!」


> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。

> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。


 反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。


 五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。


> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!

> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!

> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!

> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!

> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!

>

> 特別災害対策機構、第七支部 ──

> 呼ばれたら、鳴らして、行く!

> 急報戦隊、サイレンジャー!


 本の匂いのする部屋で、五つ分の声が返ってきた。


 迅がブレスを塊へ向けた。


「トリアージ!」


> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。


「黒だ」


 サイレンギアを抜いた。柄を半回転させる。ギアが噛んだ。噛む音が短く二度鳴る。地下の壁が近いので、返りが早い。


「斧!」


 迅が塊の横から打ち込んだ。当たった。板が一枚割れる。割れた場所へ、隣の板が寄って埋めた。


 埋まるのが速い。閉じる動きしかしない相手は、閉じることだけは誰より速い。


「削れません」

 澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。

「この書庫に人はいません。階段の上に五名。回線、残り三本」


 撃った。音が板の重なりの中を通る。通って、閉じた面で止まった。


「隙間がありません」

「閉じてるからか」

「閉じきると、中に何も無くなります。閉じきる手前が一番厚いです」


 寺尾がハンマーを地面に置いた。置いてから、閉じる動きを数え始めた。


「まあ待て」

「待てない」

「待てる。こいつは閉じる時に強い。開く時は何も無い」


「開かせるのか」

「開かせても、すぐ閉じる。閉じさせない」


 寺尾は柱を打った。打った先は、書架の軌道の途中になる。閉じきる手前で当たる位置に打つ。


 塊が閉じてきた。柱に当たる。当たって、止まった。


 止まったところで、板の重なりが薄くなった。閉じきれない重なりは、厚くならない。


「薄くなりました」

「もう一本」

「打つ」


 寺尾が二本目を打った。反対側の軌道になる。


 塊は両側から止められた。止められたまま、それでも閉じようとする。閉じようとする力が、柱に全て掛かった。


 柱が軋んだ。四寸短い柱で、細い。


「持ちません」

「持たせろ」


 迅は、塊の間へ入った。


 板と板の間になる。閉じる先に、自分が立った。


「レッド」

「動くな」


 塊は閉じるのを止めた。


 止めたのは、そこに人がいたからになる。


 書架には、間に人がいると止まる仕組みが付いている。本を取る人を挟まないための仕組みで、四連とも同じものが入っていた。塊になっても、その一つだけが残っている。


 誰も、そのことを口に出さなかった。


 迅も言わない。言わずに、板の間で足を開いて立っている。左右の板が、腰の高さで止まったままになっていた。止まっている面は震えていて、震えは装甲越しに腹まで届く。


 迅は塊の間に立ったまま、片手を上げた。


「イエロー」

「縛ります」


 蒼汰が索を二本投げた。止まった板の重なりを、上下から縛る。縛ってから、寺尾の柱へ端を回した。


「グリーン」

「固めた」


 迅はそこから出た。出てから、斧を下ろす。


 塊は動けない。閉じられず、開けない。開けないまま、板の一枚ずつが震え始めた。


 震えは強くなった。強くなって、書庫の天井を突き上げた。



 図書館の屋根が破れたのは、その後になる。


 破れた穴から、灰色のものが出た。出た先で二十倍になる。板の一枚ずつが、本の背の色をしたままになっていた。


 中央町二丁目の通りに、日曜の人が出ている。図書館の前の広場に、三十人ほどが集まった。


 三隅章が子ども二人を連れて、広場の端まで下がっている。上の子は妹の手を離していない。


「上げろ」


 迅が言った。言ってから、広場の位置を確かめた。


 地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。五機がスロープを昇る。


「三番からだ」

「分かってる」

「七度目だ。今日で最後にする」


 迅は返事をしなかった。返事の代わりに、号令を出した。


「五機、連結!」


 サイレンクレーンが前へ出た。アウトリガーを張る。一本、二本、三本。四本目が、半拍遅れて張られた。


 その半拍で、メディックとウイングが脚に入る。レスキューが右腕になった。クレーンが畳んだアウトリガーを、そのまま左の拳にする。開かない。左の掌は、この日も閉じたままになった。


 ファイヤーが上から降りて、胴と頭が乗った。


「特災合体 ── サイレンオー!」


 広場の三十人が、一斉に首を反らせた。


 上の子は首を反らせなかった。妹の手を握ったまま、しゃがんで、妹の目の高さから上を見た。下の子はそこで初めて口を開けた。


「本の色だ」

「本の色だね」


 三隅章は何も言わない。言わずに、二人の後ろへ立つ。


 サイレンオーが立った。全高四十メートル。装甲は被せていない。消防車がそのまま立っている。


 灰色のものは、そこでも閉じようとした。二十倍になっても、閉じることしか出来ない。


「閉じさせない」


 サイレンオーの右腕が出た。掌が開いて、閉じかけた面の間へ入る。入れてから、そこで止めた。


 左腕が上がった。開かない拳を、反対の側へ差し込む。


 両腕が、閉じる先に入った。


 塊は止まった。止まって、震えた。震えが強くなるほど、板の重なりが薄くなっていく。


「胸だ」


 迅が両腕を引いた。引いた腕を、胸の高さで止める。胸の放水口が全開になった。


「サイレンオー ── 全消斬ッ!」


 水が刃の形で出た。斬るのではない。薄くなった重なりを、外から押し切る形になる。


 灰色のものは、閉じきる形のまま割れた。割れて、板が一枚ずつ剥がれて、剥がれた端から消えていく。


 消えたあとに、紙が降った。


 本ではない。何も書かれていない紙になる。広場の三十人の上に、それが落ちた。落ちた紙を、誰かが拾って裏返した。裏も白かった。


 上の子が一枚拾った。拾って、妹に渡した。


 下の子は紙を左手で持った。持ってから、右手を上げる。耳の高さで止めて、掌を外へ向けた。


 誰も教えていない。上の子が横で同じ形を作って、二人で暫くそうしていた。



 十四時四十分になる。


 所要は六分三十秒だった。図書館は屋根が一箇所破れて、地下の閉架書庫の書架が四連とも壊れている。本は無事になる。空調が動いていたので、濡れてもいない。


 三隅章が階段の上に立っていた。下を見ている。下に、外れた扉が二本の柱で支えられたまま残っていた。


「これ、直せますか」

「直せます。蝶番だけです」

「壊さずに開けたんですね」

「壊しました。壁を」


 寺尾がそう言った。三隅は壁の割れた場所を見て、それから頷いた。


 子ども二人が迅の前に来た。上の子が先に立って、妹を後ろに置いている。


「ありがとうございました」


 上の子がそう言った。下の子は、白い紙を握ったまま頭を下げた。下げてから、何か言おうとして、言わずに兄の後ろへ戻った。


「本は」

 上の子が訊いた。

「無事です」

「借りられますか」

「今日は無理です」


 上の子は頷いた。頷いてから、もう一度頭を下げて帰っていった。


 三隅章は礼を言わなかった。言わずに、階段を降りていく。降りた先で、外れた扉の前に立った。立ってから、扉の埃を掌で払った。


 払っても落ちない汚れが、把手のあった位置に残っている。把手は十年前に外されていた。外した理由の記録は残っていない。三隅は指でその跡をなぞって、それから手を下ろした。


 寺尾はファイヤーの後ろで装備を降ろしていた。降ろしながら、迅の方を見ない。見ずに言った。


「今日も間に合ったな」

「間に合った」


 迅はそう答えた。答えてから、広場に落ちた白い紙を一枚拾った。拾って、畳んで、胸のところへ入れた。



 地下二層は油の匂いがする。


 戸倉健がクレーンの四本目のアウトリガーに掌を当てていた。温度と震えを見る。当てる場所は機体ごとに決まっている。


「班長」

「何だ」

「今日は半拍が、少し縮んだ」

「縮んだか」

「縮んだ。七回やると、そういうこともある」


 宮ヶ瀬佳代は図面を見ずに答えた。


「戻せ」

「戻すんですか」

「戻せ。縮んだままだと、そのうち合う」


 戸倉は掌を離した。離してから、何もせずに次の機体へ移った。移った先で、また掌を当てる。


 速水が地下へ降りてきた。手に紙を一枚持っている。広場に落ちていた白い紙になる。


「班長。これ、何なんですか」

「紙だ」

「何も書いてません」

「書いてないな」


 宮ヶ瀬は受け取って、明かりに透かした。透かしても何も出ない。


「そのへんに貼っとけ」

「貼りますか」

「貼っとけ。書きたくなったら書く」


 速水は柱に貼った。前の月に吊るした懐中電灯の隣になる。


 宮ヶ瀬は図面を広げていた。電動書架の軌道の図になる。市の図書館から借りてきたものになる。


「人がいると止まる仕組みは、市内に四百二十ある」


 誰にともなく言って、図面を巻いた。


「四百二十のうち、何が残るかを決める道具は、まだ作れない」


 二階では、澪が付箋を書いていた。十二枚目になる。六月二十八日、中央町。


 通報 一件。書いてから、地図に貼った。貼った位置は、九枚目と十枚目の間になる。庁舎の区画の、縁の内側だった。


 三枚が並ぶと、線に見える。線は庁舎の真ん中を向いていた。


 澪は三枚を見た。見てから、四枚目を貼る位置に指を置いた。置いた場所には、まだ何も無い。


 置いたまま、暫く動かさなかった。


 二階の受信席で、電話が鳴った。


> 【第七支部 出場記録】

> 臨場 ── 十四時十六分。所要 ── 六分三十秒。

> 保留 ── 一件。最長 ── 九秒。

> 未着 累計 ── 零。

> 損壊 ── 中央町二丁目 市立図書館 屋根一箇所。閉架書庫 書架四連。

> 本件、処理 ── 完了。

> ── 入電。

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