第010話 電気が消えた
> 【第七支部 覚知記録】
> 覚知 ── 六月八日 二十時五分。
> 入電 ── 携帯電話。発信地 ── 港町 三丁目。
> 第一声 ──「電気が消えた」
> 出場 ── 第七支部 全隊。
「電気が消えた」
尾花律子は用紙を引き寄せた。時刻を分まで書く。秒は書かない。当直の三階へはまだ知らせていない。知らせる前に訊く順番が決まっている。
「はい、鳴瀬市消防指令センターです。今何処にいますか」
「市民ホールです。港町の、大ホールの中です」
「あなたのお名前は」
「江口です。江口みなみ。合唱の指揮をしています」
「今、何人いますか」
「百二十人くらいです。正確には百十八人」
尾花は書いた。市民ホール、大ホール、百十八。三語で足りる。書きながら、電力の表示を出した。港町三丁目の一帯が落ちている。落ちた時刻が二十時三分になっていた。
「非常灯は点いていますか」
「点いていません」
「一つも」
「一つもです。真っ暗です」
尾花はそこで欄を一つ飛ばした。あとで埋める欄になる。
「けがをしている人はいますか」
「今のところいません」
「動いている人はいますか」
「いません。座らせています」
背後の音が入った。人の声ではない。息の音になる。百人以上が同じ場所で息をしていると、そういう音になる。
「江口さん。そのまま座らせておいてください。立って歩かせないでください」
「歩かせません」
「携帯電話の明かりを持っている人がいたら、天井へ向けさせてください。人の顔へ向けないでください」
「向けさせます」
「エレベーターに乗っている人はいませんか」
「分かりません」
尾花は電力の表示の横に、建物の図を出した。市民ホールは昇降機が二基ある。二基とも三階と一階を結んでいる。
「確かめられる人はいますか」
「団員に消防団の人がいます。行かせます」
「階段で行かせてください。走らせないでください」
通話は切れなかった。切らないでくださいとは言っていない。この人が切らなかった。
二十時五分の三階は明るい。六月に入って、日の入りは十九時に近い。窓の外はもう暗くなっている。第七支部は落ちていなかった。港町の一帯だけが落ちている。
当直の五人は待機に入っていた。この日は夕方に雷が鳴っている。梅雨の走りで、鳴っても降らない日が三日続いていた。
寺尾剛が卓を拭いていた。奥から手前へ、右から左へ。拭いてから、湯を人数分より一つ多く出す。
灰谷蒼汰は索を三巻き用意していた。湿った日は一巻き多く持つ。持ってから、袋の口を二度確かめた。
七尾ひかりは手帳を開いていた。真ん中あたりの頁で、指を止めている。止めてから閉じて、輪ゴムを掛けた。
火群迅は窓の前に立っていた。右腕を上げる。肩の高さより上まで来る。八日前より半寸ほど上になった。
逢坂澪は二階から降りてこない。この人は席にいる。
速水が階段を上がってきた。両腕に懐中電灯を抱えている。数えると十二本あった。
「雷なので」
「支部は点いてる」
「点いてます。それでも十二本です」
「何故十二だ」
「五人と、班と、予備です」
寺尾は数え直した。合わない。速水は数え直さなかった。
*
久遠寺修司が地図の前に立った。
「市民ホールです」
尾花が言った。声の調子は普段のままになる。
「大ホールに百十八人。非常灯が点いていません」
久遠寺は壁の紙を見た。六月の数字が並んでいる。字は先週書き替えたばかりになる。
未着 累計 ── 零。
> 候補、三点ございます。第一、港町三丁目 一番。第二、同 二番。第三、港町四丁目 七番。
「一です」
澪は候補を最後まで聞かずに答えた。
「港町三丁目一番。鳴瀬市民ホール。大ホールは二階から三階を抜けています。客席が八百。舞台の裏に搬入口があって、そこは外に直結しています」
「出口は」
「正面が二つ、側面が四つ。側面のうち二つは、去年から工事で使えません」
「非常灯は」
「蓄電池です。四年前に入れ替えています。切れる筈がありません」
久遠寺は指を地図に置いた。港町三丁目は、市の変電の系統では庁舎と同じ側になる。同じ側で、庁舎は落ちていない。
「一帯だけ落ちている」
「一帯だけです。ホールの中だけ、さらに落ちています」
澪は付箋を一枚めくった。
「座標、出た」
「第七支部 ── 出場!」
地下三層の扉が上がった。
「三層、開放!」
宮ヶ瀬佳代が盤の前に立っていた。この日は寝ていない。三日目と本人が言っている。三日目の数え方は誰も訊かない。
「一号から五号、出場!」
言ってから、無線を切らずに続けた。
「ブルー。ソナーの返りの表示を、耳から取れるようにした。目で見なくていい」
「音でですか」
「音でだ。暗いところで盤を見るやり方は、まだ作れなかった」
迅はアクセルを踏んだ。踏んでから、返事をしなかった。サイレンファイヤーの真空引きが鳴りきる前に、車体は出ている。
港町までは七分掛かる。夜の道は、信号が消えていた。消えた交差点を、五機が徐行で抜ける。抜ける手前で、迅は一度だけ停まった。停まってから、横の道の車を先に行かせた。
「回線、五本使います」
澪の声が耳に入った。
「市民が使えるのは三本。今、掛かっているのは一本です」
その一本が、江口みなみの通話になる。尾花はまだ切っていない。
市民ホールの前に着くと、建物が黒かった。窓の何処にも光が無い。街灯も消えている。港町三丁目の一帯が、道の形だけ残して沈んでいた。
迅はファイヤーを停めた。停めた場所から正面の扉まで、十五メートルあった。
「行くぞ。先に着く」
走った。正面の扉は手で開いた。電気が要る扉ではない。開けた先の廊下が暗い。
迅は明かりを点けなかった。点ける前に、澪の声が入る。
「レッド。左です。廊下の左に段が三つあります」
「見えるのか」
「見えません。聞こえます」
澪はサイレンウイングの中にいる。ソナーの返りが、耳の側から入っていた。
迅は左へ寄った。段を三つ上がる。上がった先に扉がある。扉の向こうから、息の音が聞こえた。
開けた。
大ホールの中は真っ暗だった。人の輪郭も分からない。ただ、息の音だけが客席の形をしている。
「百十八人」
澪が言った。
「客席の前から十列まで。全員、座っています」
迅は入口で立ち止まった。立ち止まってから、大きな声を出した。
「消防です。そのまま座っていてください」
返事は来ない。代わりに、声が一つ出た。
「立たないで。座ったまま」
江口みなみの声になる。指揮をしている人の声で、暗くても届いた。
携帯電話の明かりが、天井へ向いて並んでいる。三十ほどある。天井を照らしているので、床は暗いままになる。それでも、上に向いた光は人の顔を焼かない。
「エレベーターは」
「二基とも一階です。中は空です」
団員の一人が答えた。消防団の腕章を付けている。
「階段で見てきました。走っていません」
「けがは」
「一人います。三列目の人が椅子の角で膝を打ちました」
ひかりが入った。入ってから、走らない。歩く速さを変えずに三列目まで行く。
「見せてください」
「暗くて見えないでしょう」
「触ります」
ひかりは触った。触ってから、息を七つ数える。数えてから、当て布を巻いた。
「骨は行っていません。歩けます」
「歩けますか」
「歩けます。ただし最後に出てください。急がない方が治りが早い」
寺尾が舞台の裏へ回った。搬入口の扉を内側から開ける。開けると外の空気が入った。六月の夜で、外の方が涼しい。
「こっちが開いた」
「側面は」
「二つ死んでる。工事のままだ」
寺尾はハンマーの柄で床を二度叩いた。音が客席まで届く。
「まあ待て。全部いっぺんに出すと詰まる」
寺尾は搬入口の外に柱を二本打ち込んだ。二本の間が、人一人が通る幅になる。通る幅を決めておくと、人は勝手に走らない。
「後ろの列から出してください」
「後ろからですか」
「後ろからです。前の人は最後になります」
江口みなみは頷いた。暗いので、頷いたのは音でしか分からない。
その人は、そこで歌い出した。
合唱の練習で使っていた曲になる。歌詞のない部分だけを、一定の速さで伸ばしている。伸ばした声に合わせて、後ろの列から人が立った。
立って、歩いて、搬入口へ抜けていく。速さが揃っている。誰も走らない。
「速いですか」
「ちょうどいいです」
「では続けます」
百十八人が出るのに、四分掛かった。
*
最後の一人が出た後で、大ホールの天井が鳴った。
照明の一台が落ちてきた。落ちた場所は、さっきまで三列目の人が座っていた席になる。誰もいない。
落ちた照明の中から、黒いものが出てきた。人の形は取らない。丸くも四角くもなく、輪郭そのものが掴めない。
輪郭が分からないのは、暗いからではなかった。
「見えません」
澪が言った。
「目でも見えません。音では、そこにいます」
黒いものは、天井の残りの照明へ寄っていった。寄った先の照明が、一つずつ消えていく。消えるのではない。吸われている。
最後に一つだけ残った非常口の緑の表示が、そこで消えた。
迅は前に出た。左手首の蓋を跳ね上げる。五人が同じ動作をした。
「急報 ── 出場!」
> サイレン ── 起動。〈火群 迅〉。応答、確認。
> サイレン ── 起動。〈逢坂 澪〉〈灰谷 蒼汰〉〈寺尾 剛〉〈七尾 ひかり〉。応答、確認。
反射帯の光が足元から頭まで走った。装甲が下から順に組み上がる。五つの送話口が、同じ高さで止まった。
五人が同時に右手を上げた。耳の高さで止めて、掌を外へ向ける。受話器を取る形になる。
> 水を持ってく、火の現場 ─── サイレンレッド!
> 声を持ってく、知の現場 ─── サイレンブルー!
> 綱を持ってく、高の現場 ─── サイレンイエロー!
> 梁を持ってく、圧の現場 ─── サイレングリーン!
> 息を持ってく、生の現場 ─── サイレンピンク!
>
> 特別災害対策機構、第七支部 ──
> 呼ばれたら、鳴らして、行く!
> 急報戦隊、サイレンジャー!
暗い客席の中で、声だけが形を持った。
その光が、暗い客席で唯一の光になった。
黒いものが、五人の方を向いた。
「寄ってきます」
「光にか」
「光にです。私たちが一番明るい」
迅がブレスを黒いものへ向けた。
「トリアージ!」
> 判定 ── 黒。要救助者、内部に確認できません。
「黒だ」
サイレンギアを抜いた。柄を半回転させる。ギアが噛んだ。湿った日の噛み方で、音が長い。
「斧!」
迅が打ち下ろした。当たらなかった。当たる場所にいなかった。
黒いものは反射帯の光へ来る。来た先で、光を吸った。迅の左肩の反射帯が消える。消えた分だけ、そこが見えなくなった。
「消されました」
「消されるならどうする」
寺尾がハンマーを地面に置いた。置いてから、自分の反射帯に掌を当てた。
「まあ待て。俺たちが光ってるから来るんだ」
「消すのか」
「消す」
五人は反射帯を落とした。
大ホールが完全に暗くなった。何も見えない。自分の手も見えない。
黒いものが止まった。止まって、探し始める。探し方が遅い。
「ブルー」
「います」
「見えるか」
「見えません。聞こえます」
澪の声だけが、暗い中で立っていた。
「レッド。三歩前。そこから右へ二歩」
「行く」
「グリーン。動かないでください。あなたの左、一メートル」
「動かん」
「イエロー。天井の梁。三本目。投げてください」
「投げます」
索が飛ぶ音がした。噛んだ音がした。蒼汰が上がる。上がる足音だけが聞こえる。
「ピンク。座席の列を数えてください。七列目まで下がって」
「下がった」
澪は五人の位置を、途切れずに言い続けた。言い続ける間、自分の場所は一度も言わない。
「レッド。今です」
迅は斧を振った。見えないまま振る。
当たった。
手応えがある。手応えの重さが、耳の側から来る音と合っていた。
「もう一度。半歩左」
振った。当たった。
「イエロー、落として」
「落とします」
蒼汰が梁の上から索を垂らした。垂らした先に、黒いものがいる。索が巻いた。巻いてから、蒼汰は引かずに縛った。
「グリーン」
「打つ」
寺尾が柱を打ち込んだ。打った柱に索の端を回す。黒いものは動けなくなった。
動けなくなってから、暴れた。暴れて、蒼汰の索を一本焼いた。焼けたのではない。吸われて、その部分だけ無くなっている。
「一本、消えました」
「戻せるか」
「戻せません。無くなりました」
蒼汰は残りの二本で縛り直した。無くなった一本の端を、袋へ入れる。投げたものは必ず回収する。無くなったものも、無くなった端だけは持って帰る。
澪がソナーを構えた。撃つ前に必ず人数を言う。
「このホールに人はいません。外に百十八名。回線、残り三本」
撃った。音が黒いものの中を通る。通って、返ってきた。返りが速い。中が詰まっている。
「詰まっています。光が中にあります」
「吸った分か」
「吸った分です。全部そこにあります」
「出せるか」
「出せます。押せば出ます」
*
黒いものが天井を突き抜けたのは、その後になる。
ホールの屋根が破れた。破れた穴から出たものが、外で二十倍になって立った。
港町三丁目の道に、百十八人がいた。避難した先の広場になる。全員が上を見た。街灯が消えているので、空だけが見える。
「上げろ」
迅が言った。言ってから、広場の位置を確かめた。搬入口から出た人の列は、まだ端が動いている。
地下三層で宮ヶ瀬が盤を叩いた。五機がスロープを昇る。
「三番からだ」
「分かってる」
「五度目だ。まだ言うぞ」
迅は返事をしなかった。返事の代わりに、号令を出した。
「五機、連結!」
サイレンクレーンが前へ出た。アウトリガーを張る。一本、二本、三本。四本目が、半拍遅れて張られた。
その半拍で、メディックとウイングが脚に入る。レスキューが右腕になった。クレーンが畳んだアウトリガーを、そのまま左の拳にする。開かない。左の掌は、この日も閉じたままになった。
ファイヤーが上から降りて、胴と頭が乗った。
「特災合体 ── サイレンオー!」
広場の百十八人には、それが見えなかった。
街灯が消えている。ホールの明かりも消えている。四十メートルのものが立ったのに、輪郭が見えない。
見えたのは、足元だけになる。アウトリガーが地面を噛んだところで、土が持ち上がって白く見えた。
音は聞こえた。金属が組み上がる音が、上から下へ順に来る。頭のところで止まった。
合唱の団員の一人が、隣の人に言った。
「いる」
「見えないよ」
「いるよ。音がしてる」
江口みなみは何も言わなかった。言わずに、手を胸の高さで止めた。指揮を始める前の形になる。
サイレンオーの前照灯は点いていない。迅が点けなかった。
「消したままで行く」
「見えませんよ」
「見えなくていい。ブルー、頼む」
澪の声が入った。
「正面。二十メートル。高さは同じです」
「行く」
サイレンオーの右腕が出た。掌が開いて、黒いものの真ん中を掴む。掴んだ場所から、光が漏れた。
吸われた光が、そこから出ようとしている。
「漏れました」
「もっと押す」
左腕が上がった。開かない拳を、漏れた場所へ押し当てる。当てて、押し込んだ。
漏れが広がった。
広場の百十八人の顔が、そこで初めて照らされた。
黒いものの中から出てきた光になる。ホールの照明が全部そこに入っていて、押されて外へ出た。出た光は上から下へ落ちて、広場を白くした。
百十八人が、一斉に上を見た。今度は見えた。
四十メートルのものが、光の中に立っている。装甲は被せていない。消防車がそのまま立っていた。
「胸だ」
迅が右腕を引いた。引いた腕を、胸の高さで止める。胸の放水口が全開になった。
「サイレンオー ── 全消斬ッ!」
水が刃の形で出た。斬るのではない。光を全部押し出したあとの、抜け殻を押し切る形になる。
黒いものは真ん中で割れた。割れて、細かくなって、消えた。消えたあとに何も落ちない。落ちるものが、もう中に無かった。
街灯が点いた。
港町三丁目の一帯が、順番に明るくなっていく。変電の系統が戻った音が、遠くで一度だけ鳴った。
広場の百十八人は、明るくなってから、もう一度上を見た。
*
二十時三十分になる。
所要は七分十秒だった。市民ホールの大ホールは、天井の照明が全部落ちている。屋根に穴が一つ空いた。客席は無事になる。
江口みなみが、団員の名簿を数えていた。一人ずつ名前を呼んで、返事を待つ。百十八まで数えて、そこで止めた。
「揃いました」
迅が横に立った。
「歌わせたのは、正しかったですか」
江口はそう訊いた。訊いてから、名簿を閉じた。
「速さが揃いました」
「速さですか」
「速さです」
迅はそれだけ言った。江口は頷いた。頷いてから、団員の方へ戻っていく。
礼は言われなかった。言われないまま、百十八人は歩いて帰った。
膝を打った人が最後に出てきた。ひかりが言ったとおり、急がずに歩いている。
寺尾はファイヤーの後ろで装備を降ろしていた。降ろしながら、迅の方を見ない。見ずに言った。
「今日も間に合ったな」
「間に合った」
迅はそう答えた。答えてから、ホールの屋根の穴を見上げた。穴の縁から、中の暗いところが見える。もう照明は一つも点いていない。
*
地下二層は油の匂いがする。
戸倉健がウイングのローターの根に掌を当てていた。温度と震えを見る。当てる場所は機体ごとに決まっている。
「班長」
「何だ」
「二番目の羽、戻りました」
「直したか」
「直してない。回してるうちに戻った」
宮ヶ瀬佳代は図面を見ずに答えた。
「そういうのは書いておけ」
「書く欄が無い」
「作る」
戸倉は掌を離した。離してから、次の機体へ移る。
速水が地下へ降りてきた。懐中電灯を十二本、抱えたままになっている。一本も使わなかった。
「戻します」
「使わなかったのか」
「使いませんでした。支部は点いてたので」
「持ってったのは現場だろう」
「現場には持っていってません」
戸倉は手を止めて、十二本のうち二本を受け取った。受け取った二本を、地下二層の柱に紐で吊るした。
「ここに掛けとけ。次は掛かってる」
速水は残りの十本を持って上がった。上がる途中で一本落として、拾ってからまた上がった。
蒼汰が地下二層へ降りてきた。索の袋を返しに来ただけになる。返してから、戸倉の横で立ち止まった。
「見えないところで、あの声だけで動きました」
「ブルーか」
「はい」
「本人に言え」
「言いません」
蒼汰は袋を棚へ戻して、上がっていった。戸倉は掌を機体へ当て直した。
宮ヶ瀬は図面を広げていた。市の変電の系統が描いてある。市の電気課から借りてきたものになる。
「一帯だけ落とせる場所は、市内に十七ある」
誰にともなく言って、図面を巻いた。
「十七か所を同時に見る目は、まだ作れない」
二階では、澪が付箋を書いていた。十枚目になる。六月八日、港町。
通報 一件。書いてから、地図に貼った。貼った位置は、庁舎の区画の南側になる。九枚目が庁舎のすぐ外で、十枚目がその隣に並んだ。
二枚が並ぶと、線に見える。線は庁舎の方を向いていた。
澪は二枚を離さなかった。離さずに、間へ指を置く。指の幅が、そのまま二丁目分になる。
置いた指を、暫く動かさなかった。
二階の受信席で、電話が鳴った。
> 【第七支部 出場記録】
> 臨場 ── 二十時十二分。所要 ── 七分十秒。
> 保留 ── 一件。最長 ── 二十七秒。
> 未着 累計 ── 零。
> 損壊 ── 港町三丁目 市民ホール 屋根一箇所。照明設備 全数。
> 傷病 ── 一名。打撲。搬送なし。
> 本件、処理 ── 完了。
> ── 入電。




