第5話 桜田門
それから何度も、私たちは聞き込みを繰り返した。江梨子の会社、弥生の大学、別荘の管理人。けれど、目立った進展はないまま、十一月になっていた。事件から、もう一ヶ月以上が過ぎている。
「今日は、桜田門に行く」
駒は、いつもより少し早足だった。江戸城の外堀沿い、霞ヶ関のビル街の中に、戦前から建っているという洋食店があった。
重厚な木製のドアを開けると、店の中は時間が止まったような空間だった。年季の入ったテーブル、壁の古い時計。スーツ姿の客が多く、なんとなく「お役所の人」という雰囲気がする。
「ヒレカツとライス、二人分」
駒が注文すると、奥の席から、がっしりした体格の男が小さく手をあげた。グレーのスーツに、刑事だとすぐにわかる、ちょっと崩れた着こなし。
「先生、こっちです」
男は、駒のことを「先生」と呼んだ。赤坂会の支部代表と同じ呼び方だった。一体、駒は何者なのだろう。
「横浜、片付いたよ」
男――どうやら警部らしい――は、声を落として言った。
「人身売買の組織、一斉摘発。五年くらい前から内偵してたんだけど、決定的な証拠と、取引現場が、どうしても押さえられなくてね」
「それを、駒さんが……?」
私が小声で聞くと、駒は何も答えず、ただヒレカツを一口、口に運んだ。
二人の会話は、そこから先、私にはほとんど理解できないものになった。「あの筋」「裏取り」「現場が割れた」――そんな言葉が、ぽんぽんと飛び交う。まるで、私だけが知らない言語で話しているみたいだった。
「いやあ、本当に助かったよ」
警部が、しみじみと言った。駒は、ヒレカツを食べ終えると、軽く笑った。
「依頼者に、そろそろ報告したいのでね」
その言葉で、警部は何かを察したらしい。鞄から、小さなUSBメモリーを取り出し、テーブルの下で、さりげなく駒に手渡した。
「これは……?」
「加藤清司の事件について、警察が集めた資料。事情聴取の記録とか、証拠品のリストとか」
「そんなもの、もらっちゃっていいんですか」
「もらってない。『情報交換』だ」
警部は、それだけ言うと、伝票を持って先に席を立った。残された私と駒は、もう冷めかけたヒレカツを、黙って食べ進める。
「あの……福富町で、駒さんが何かしたんですか。あの一斉摘発って」
「さあな」
「絶対なんかしていますよね」
「お前、そばも食ってないのに、よく喋るな」
駒は、はぐらかすように、私の皿を指さした。私は、それ以上は聞かないことにした。
ポケットの中の小さなUSBメモリー。その中に、何が入っているのか――私には、まだ想像もつかなかった。




