第3話 悪党は悪党を知る
チャララ~♪ チャチャチャ、チャラチャン。
「私を殺せば、どうなると思う」
「おめえの悪運もここまでだ。ちょっとばかり、人を殺めすぎたな」
グザァ、「うわぁぁぁ」と主人公が悪人を殺した。
私は動画配信で昔の時代劇を見ていた。
「菜乃葉、食事ができたわ。食べましょう」
「は~い」
私はテレビを消し、リビングからダイニングへ移動した。
今日は私の好きなハンバーグが食卓のメインだった。母が私を気遣っているのがよくわかる。
「菜乃葉がテレビに熱中するなんて珍しいわね」
「私、『必殺仕置き人』って、言われているでしょう。どんな話か、気になって」
「そうぉ」
笑っていた母の顔が曇った。
「違うの。全然気にしていないから。学校には行けそうもないけど、平気だよ」
「本当に、無理していないの?」
「探偵事務所も意外と面白い。この前、私たちの前の依頼者が来ていたよ」
へぇ~、母は興味ないようだが、私は他に話すこともないので話を続けた。
「浮気の調査だって、お父さんは大丈夫?」
「さぁ、どうかしら。でも、うちは裕福じゃないから、スナックのママさんに入れ込むくらいかしら」
「わぁ、いるんだ」
「私にも言えないことがあるのよ。私も働いているから、ゆっくり聞いてあげられないのよ」
「そうだよね」
我が家は余所から見れば、裕福な部類に入ると思う。
でも、花山院家との付き合いを考えると、無駄に高い服や催しに参加するので出費が著しく、内情は火の車らしい。
「浮気の調査に“GPS”よ。最近見ているドラマと全然違うの」
「へぇ、ハイテクなのね」
「やり取りは全部メールだって。細かい指示はAIに任せ、返ってきたメールの整理もAIがして、AIが総括したプリントを、駒さんは読むだけ」
「読むだけ……」
「昔は全部、一人でやっていたって言っていたわ」
「そ、そうなの……」
母は相づちを打っているが、私を貶めた犯人を本当に捜せるのかと、逆に不安になっているような気がした。
だよね。
全部、AI任せとか聞けば心配になる。
「でも、AIに任せられないこともあって、前回みたいに現地調査をするんだって」
「まぁ、いいわ。菜乃葉が元気になってくれるなら、母さんはそれだけでいいの」
「ごめん。心配掛けた」
「拘置所に二十日間も閉じ込められたときは、心臓が止まるかと思ったわ」
「ごめん」
「菜乃葉のせいじゃないわ」
「うん、運が悪かったね」
「学校はどう。いけそう」
私は首を横に振った。
話題は沈静化して、次のニュースに移っているが、根強いコアな取材者が残っており、学校内は沈静化していないと、友達のメールで知っている。
加藤清司は何人の女性らを食い物にしてきたのだろう。
世間の話題が移っても、加藤の被害者が次々と発見され、コアなファンを沸かせていた。
華族高等学校の生徒はその話題で持ちきりのままだ。
私が『必殺仕置き人』だという説も根強い。
厄介な事件に関わってしまったと、今更ながら思う。
三日ぶりに神楽坂探偵事務所に顔を出した。
また来たのかという顔をされたが、すぐに駒から紙袋を渡された。
前回と同じ服だが、ちゃんとクリーニングされていた。
「今日も、その格好で来てくれ」
すっかり「助手の制服」になってしまった詰襟とウィッグを身につけ、移動する。
神楽坂と江戸川橋の間、西五軒町あたりの小さな洋食屋だった。昭和の匂いが残る店内で、駒は迷わず「カツカレー」を頼んだ。揚げたてのカツに、ちょっと粉っぽい昔ながらのカレー。学食みたいな味だけど、なぜか妙に美味しい。
「今日はどこに……」
「腹ごしらえしとけ。この後、ちょっと胃にもたれる場所に行く」
その「胃にもたれる場所」は、神楽坂の路地から少し入った、古びたビルの中にあった。
石畳の路地を一本入るだけで、フレンチの隣に古い雑居ビルが立つ。神楽坂はそんな街だった。その同じ路地の奥に、赤坂会という組織の「出張所」があるなんて、私は今日まで知らなかった。
ビルの入り口には、見るからにガラの悪い「お兄さん」が何人もたむろしていた。私は思わず駒の後ろに半分隠れる。
「先生、お久しぶりです」
応接室らしき部屋に案内されると奥から出てきた、いかにも「支部代表」という雰囲気の男が、駒に向かって深々と頭を下げた。
「先生」――その響きが、まったくこの状況に似合わなかった。私の知っている駒は、無精髭でそば屋に入り浸る、ただのおじさんだ。
私はずっと現実感がなかった。駒は行方不明になった人間の捜索や組と組の仲介など、いわゆる「表の世界」では受けられない依頼を、こういう連中から請け負っているらしい。
「仲介ですか」
「あっしら同士が会えば、仲違いしかありません。警察が関与すれば、ややこしいことにしかなりません。双方に顔が利き、それなりに信用できる御仁は少ないでさ」
「駒さんは有名なのですか」
「もちろん、表と裏の両方に顔が利くのは旦那だけです」
「代表、そんな話をしにきた訳じゃない」
「今回はこの連中が適任と思います。選抜しておきました」
「助かる」
代表さんから駒がUSBメモリーを受け取った。
「ちょっと、それって……」
「ん?」
「犯罪に手を貸しているってことじゃないですか」
「犯罪か。うん、犯罪とも言えるな。お前の捜査を手伝ってくれる連中に貸し出すスマートフォンは他人名義だ。名義貸しという立派な犯罪だな」
「犯罪って……私の?」
「ほぉ、その坊ちゃんが、例のお嬢様ですか」
「秘密にしてくれ」
「もちろんです」
代表さんが教えてくれた。公園などで寝泊まりしている浮浪者には色々な経歴があり、犯罪に手を染めた者も多い。
「お嬢さん、知らぬ間に犯罪に巻き込まれ、社会からはじかれた者も多いんですよ。警察に言えば御用。転職しても組織に追われる。そんな行き場を失った者らを、旦那は雇って下さる」
「そういう代表もそんな連中を守ってやっているんだろう」
「守っているのではなく、利用していると言って下せえ。そう言って貰わないと立場的に困りやす」
「お嬢さんの秘密は守ります」
「人身売買の情報など表に出てくる訳がないだろう」
ビルを出て私は車に乗せられた。
自分の甘さを呪った。ドラマの探偵は、独自のプロファイリングから犯罪の証拠を探していく。私はどこかでそんな展開を描いていた。でも、実際は違う。
犯罪者を使って犯罪者を洗い出す。
駒の手法は、決してスマートな方法ではなかった。
走り出した車のハンドルを切りながら駒が聞いてきた。
「気に入らなかったか」
「えっ?」
「俺は非人道的なことにも手を貸す。だが、犯罪には手を貸さない」
「同じ意味じゃないですか、それ」
「全然違う。犯罪かどうかは法律が決める。人道的かどうかは、俺が決める」
「名義貸しは犯罪って言いました」
「あぁ、そうだな。俺は知らない。俺はスマートフォンの持ち主が指定した口座を支払うだけだ。俺は事情を知らない立場だからな。罰を受けるのは、あの代表さ」
「狡いです」
「あぁ、俺は狡い人間だ。しかも醜い」
そう言った瞬間、車が止まった。
駒は車から降りると、ビルの裏手へ歩いていく。
ビルの奥から、怒鳴り声が聞こえ、学生らしい人が倒れているのが見えた。
「おい、早くそれ(目当ての物や金など)を出せって言ってんだよ。時間の無駄なんだよ!」
あっ、脅している男の胸にバッジが見えた。
赤坂会で出迎えてくれた人と同じバッジだ。駒が学生の近くで立ち止まった。赤坂会の下っ端らしいチンピラが駒を威嚇する。
「ここでは、恐喝の類はなし。そんなルールも知らないのか」
駒はチンピラの脇腹を軽く蹴って、地面に転がした。それから、ポケットから何かのバッヂを取り出し、相手の顔の前にちらつかせる。
チンピラはバッヂを見るなり、土下座をすると、顔色を変えて逃げていった。
駒は学生に声を掛けてから車に戻ってきた。
「……それ、何のバッヂですか?」
「幹部バッヂ」
「駒さんが、幹部……?」
「いや、借り物」
「は?」
「詳しくは言わない。説明も面倒だ」
助けられた学生は、何度もお礼を言って去っていった。私は、なんだか釈然としない。
「さっきの、『ここでは恐喝なし』っていうのも、駒さんが決めたルールってことですか?」
「そう」
「でも、それっておかしくないですか? 結局、強い人が勝手にルールを決めて、それに従わせているだけじゃ」
「だから?」
「だから……それって、人道的って言えるんですか」
駒は、しばらく黙ってハンドルを握っていた。それから、ぽつりと言った。
「偉い人ってのは、たいてい、自分に都合のいいルールを作って、それを『法律』とか『正義』って呼ぶんだよ」
「……」
「昔、ハンセン病は恐ろしい伝染病だと考えられていた。だから法律で患者を隔離した。治療法ができても隔離は続いた。あとで国は『間違いでした』と頭を下げた。法律だからな。これって人道的だったのか?」
私は、答えられなかった。
(そんな話、知らないよ……)
「人が決めたルールなんて、俺は知らない。俺は、俺が決めたルールに従って動く」
「それ、めちゃくちゃじゃないですか」
「バレなきゃルール違反じゃない、ってのは、どこかの偉い人も言ってたぞ。バレるやつが馬鹿なんだよ」
私は、何か言い返したかった。けれど、うまく言葉が見つからなくて、結局「屁理屈ばっかり」とだけ呟いて、窓の外を見た。
神楽坂の坂を、車はゆっくり下っていく。
道路標識に「横浜 ○○km」とあるのが、ちらりと目に入った。
横浜……私の家は横浜市保土ケ谷区だよ。
送ってくれているの?
まだ昼過ぎだ。そんな訳がない。




