第2話 菜乃葉、探偵の助手をする
結局、私は学校に行けそうもない。
学校非公認のSNSが荒れており、私の「正義の味方」説が、勢いを増していた。心配してくれた友達が、メールを送ってくれる。
──学校に行ったら、晒し者になるらしい。
不起訴になったとはいえ、教室に入れば「あ、あの子だ」という視線が刺さるだろう。先生たちは気を遣ってくれるだろうけど、それもまた居心地が悪い。家でゴロゴロしているのも暇なので、今日も私は、神楽坂の事務所に顔を出す。
入った瞬間、荷物が飛んできた。
「暇なら手伝え」
投げつけられた紙袋の中身は、男子高校生の詰襟と、短く整えられた黒髪のウィッグだった。
「は? 何これ」
「お前の顔、もうニュースとSNSで出回りすぎてる。聞き込みに連れて行くなら、誰だかわからない姿にするしかない」
「だからって、なんで男装……」
「女の子の変装って、一番見分けられやすいんだよ。逆に、男だと思い込ませた方が誰も気にしない」
屁理屈にしか聞こえなかったけど、暇な高校生に選択権なんてものはなかった。鏡の前で詰襟に袖を通し、ウィッグを被る。声も「ボク」に変えて、語尾の「です・ます」を全部削れと言われた。
「あ、ボクは、その……」
「もっと低く。あと『ボク』じゃなくて『俺』」
「俺は、その……今日はどこに行くんですか」
「お、いいじゃん。あとは『〜ですか』も取れ」
助手生活、初日にして前途多難だった。
車に乗り込みながら、駒は淡々と「現状」を説明してくれた。
加藤清司を殺す動機がある人間として、まず名前が挙がるのは、姪の江梨子と弥生。テレビで報じられた「人身売買バイヤーの裏の顔」が本当なら、二人には十分すぎる理由がある。
「でも、二人ともアリバイがある」
「アリバイって?」
「いいか。江梨子はクレジットカード会社の社員だ。事件の夜は新潟のホテルに泊まっていて、翌朝、六時十二分発の新幹線『とき300号』に乗って、八時十一分に東京着。そのまま会社に出勤してる。事件が起きた真夜中、江梨子は新潟にいたことになる」
「江梨子さん、白ですね」
「弥生は、夜中まで友達の家で飲んでいた。朝の五時まで一緒にいたって証言が取れている。おまけに、たまたまテレビの取材を受けた弁当屋のおばさんが、加藤が殺された日の朝、弥生に弁当を売ったって証言しているんだよ」
「弥生さんも、白ですね」
「単純だな。『アリバイがある』ってのは、『犯人じゃない』とは違うんだよ」
「被害者を疑うなんて、ひどくないですか」
「最大の被害者ってのは、つまり、最大の利益を得る人間のことだ」
私は、駒のひねくれた考え方に、ちょっと呆れてしまった。
車は高速に乗り、新潟方面へ向かった。
「新潟まで行くんですか……行くの?」
「弥生の大学、新潟大学だろ。本人に会うんじゃなくて、周りに話を聞く」
新潟駅に着いたのは、午後を少し回った頃だった。駒は車を駐車場に入れると、迷うことなく駅前の店に入っていく。新潟名物の「タレかつ丼」が看板の、地元では知られた老舗だという。
薄く叩いた豚ヒレ肉に、甘辛いタレをくぐらせた一品。ご飯の上にそのまま乗せられていて、卵でとじていないところが、東京のカツ丼とは全然違う。
「うまい……」
「米がいいんだよ、新潟は。コシヒカリ」
駒は、丼をきれいに平らげると、ふと、レジの方に目をやった。
「――あの店員、弥生の友達だな」
「は? いつの間に調べてたんですか」
「俺だって、新潟に友人くらいはいるさ」
「その人に、聞き込みを頼めばよかったんじゃ……」
「俺は、自分の目で確かめる主義でね。弥生を知ってるやつに、話を聞きたい。お前は、そこに座ってろ。俺が話す」
駒は、何でもないふうに名刺を差し出すと、その店員に声をかけた。
彼は、大学近くのアパートに住む、弥生の友人だという。
「八月十一日の夜は、確かに、弥生たちと数人で飲んでました。江梨子さんも途中まで一緒だったんですけど、気分が悪いって、先に帰っちゃって。弥生は、閉店まで飲んで、それから一人で、自分のマンションに帰りましたよ」
「気分が悪い、っていうのは?」
「顔色、悪かったですね。新潟に来て、ちょっと無理してたのかもしれないです、江梨子さん」
駒は、それだけ聞くと「ありがとう」と言って切り上げた。
それから、その店員に他の友人へ連絡を取ってもらい、大学近くの「白山バーガー」で待ち合わせて、他の三人からも話を聞くことができた。けれど、出てくる話は、だいたい同じだった。
車に戻る道で、私はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「江梨子さんが『気分が悪くなって帰った』のと、加藤さんが死んだのって、関係あるんですか?」
「さあな。でも、『途中で抜けた』って証言、覚えとけよ」
駒は、それ以上は何も言わなかった。
助手としての初日は、結局「タレかつ丼が美味しかった」という感想と、「江梨子が居酒屋を途中で抜けた」という、地味すぎる情報だけを持って終わった。
駒が家まで送ってくれたけれど、もう日が暮れていて、お母さんにしこたま叱られた。
「事務所に行くのはいいけど、新潟まで行くなんて、ひとことも聞いてないわよ」
ただ──男子高校生の格好で新潟駅をうろついた一日は、思っていたよりずっと、気楽だった。誰も、私を見ない。誰も、私を「あの子」だと思わない。
そのことが、なんだか少しだけ、嬉しい。




