第2話 菜乃葉、探偵の助手をする
華族高等学校はお坊ちゃまお嬢様が通う学校であり、上から圧力でもあったのか、テレビの取材はやって来ない。だが、雑誌や熱血YouTuberまで抑止することはできない。
私のメールに今日も報告が送られてきた。
“菜乃葉やっほー!元気?
たまには会おーよ
てか今日も取材されたんだけど笑
『必殺仕置き人』の感想教えてくださいとか言われてまじ何?って感じなんだけどww 聞き返しちゃったわ笑
今学校来たらまじで巻き込まれて終わるから、絶対来ちゃダメだよ!!
でもまじで会いたいな~泣”
こんな感じだから、学校非公認のSNSが荒れており、私の「正義の味方」説が、勢いを増していた──学校に行ったら、晒し者だ。
でも、帽子を深く被っただけで電車は大丈夫だった。
相鉄線西谷駅から目黒駅へ、そこで山手線に乗り換えて目白へ。
それが華族高等学校への通学路だった。
今日は一つ手前の高田馬場駅から東京メトロに乗り換えて神楽坂を目指した。
メトロ神楽坂駅から地上に出ると、狭い道路の両脇にしっかりとした石畳の歩道が整備されており、緩やかな坂道を歩きながら、老舗の和菓子屋からモダンなカフェ、ブティックを眺めていると到着した。
昨日、母と来た神楽坂探偵事務所だ。
扉を開けると、所長の駒が「何の用事だ」と胡散臭い目で出迎えてくれた。
渋々だが、紅茶と茶菓子を出してくれた。
「で、何の用事だ。何か言い忘れていたことでもあったか」
「えへへへ、何というか。家に居ても暇なので」
「学校に行けばいいだろう」
「行けるくらいなら行っていますよ」
「まったくぅ」
駒は邪魔そうな顔をしたが、追い出すようなことはしなかった。
それから私は学校へ行かず、二日おきくらいに探偵事務所へ通うようになった。
今日も私は事務所の扉を開いた瞬間、荷物が飛んできた。
「暇なら手伝え」
投げつけられた紙袋の中身を見ると、男子高校生の詰襟と、短く整えられた黒髪のウィッグだった。
「何これ」
「もうニュースとSNSでお前の顔は出回り過ぎた。聞き込みに連れて行ったら一発でバレる。だが、誰だかわからない姿にするしかない」
「だからって、なんで学ランなんて……」
「女の子の変装って、一番見分けられやすいんだよ。逆に、男だと思い込ませた方が誰も気にしない」
駒の言っていることは屁理屈にしか聞こえなかったけど、暇な高校生に選択権なんてものはなかった。鏡の前で詰襟に袖を通してウィッグを被った。
えっと、確か……髪を前後に四つに割って、髪全体を平らにしてから被らないと変な感じになってしまう。
正月に和服を着るのに美容院に行くのが面倒臭くてウィッグを被って誤魔化して以来だ。
髪をセットしている横で、声は「ボク」に変えて、語尾の「です・ます」を全部削れと言われた。
「あ、ボクは、その……」
「もっと低く。あと『ボク』じゃなくて『俺』」
「俺は、その……今日はどこに行くんですか」
「お、いいじゃん。あとは『~ですか』も取れ」
助手生活、初日にして前途多難である。
車に乗り込みながら、駒は淡々と「現状」を説明してくれた。
加藤清司を殺す動機がある人間として、まず名前が挙がるのは、姪の江梨子と弥生。テレビで報じられた「人身売買バイヤーの裏の顔」が本当なら、二人には十分すぎる理由がある。
「えっ、あの二人が犯人ですか」
「さぁな、知らん」
「知らないって」
「動機はあるが、二人ともアリバイがあった」
「アリバイって?」
駒の車が高速に乗った。
高速を走りながら、事件の話を始めた。
「江梨子はクレジットカード会社の社員だ。事件の夜は新潟のホテルに泊まっていて、翌朝、六時十二分発の新幹線『とき300号』に乗って、八時十一分に東京着。そのまま会社に出勤している。事件が起きた真夜中、江梨子は新潟のホテルにいたことになる」
「江梨子さん、白ですね」
「弥生は、夜中まで友達の家で飲んでいた。朝の五時まで一緒にいたって証言が取れている。おまけに、たまたまテレビの取材を受けた弁当屋のおばさんが、加藤が殺された日の朝、弥生に弁当を売ったって証言しているんだよ」
「弥生さんも、白ですね」
「単純だな。『アリバイがある』ってのは、『犯人じゃない』とは違うんだよ」
「被害者を疑うなんて、ひどくないですか」
「最大の被害者ってのは、つまり、最大の利益を得る人間のことだ」
私は、駒のひねくれた考え方に、ちょっと呆れてしまった。
車は高速に乗り、所沢八キロ、川越二十キロ、新潟三百キロ……関越自動車道だ。
「新潟まで行くんですか?」
「電話じゃ分からないことがある。弥生の大学、新潟大学だろ。本人じゃなく周りに話を聞く」
「聞いていません」
「今言った」
夏休みにバイクで行こうか迷っていた新潟だ。
新潟まで四時間半か……お昼前になるじゃない。
少し長めの休憩を入れたので新潟駅に着いたのは、午後を少し回った頃だった。
駒は車を駐車場に入れると、迷うことなく駅前の店に入っていく。新潟名物の『タレかつ丼』が看板の、地元では知られた老舗だという。
薄く叩いた豚ヒレ肉に、甘辛いタレをくぐらせた一品。ご飯の上にそのまま乗せられていて、卵でとじていないところが、東京のカツ丼とは全然違う。
「うまい……」
「米がいいんだよ、新潟は。やっぱりコシヒカリ」
「本当に美味しいです」
「最高だ」
駒は本当に美味しそうに食べる。そして、丼をきれいに平らげると、ふと、レジの方に目をやった。
一人の店員を駒の視線が追う。
「――あの店員、弥生の友達だな」
「は? いつの間に調べていたんですか」
「俺だって、新潟に友人くらいはいるさ」
「その人に、聞き込みを頼めばよかったんじゃ……」
「俺は、自分の目で確かめる主義でね。弥生を知っているやつに、弥生の話を聞きたい。お前は、そこに座ってろ。俺が話す」
駒は、何でもないふうに名刺を差し出すと、その店員に声をかけた。
彼は、大学近くのアパートに住む、弥生の友人だという。
「八月十一日の夜は、確かに、弥生たちと数人で飲んでいました。江梨子さんも途中まで一緒だったんですけど、気分が悪いって、先に帰っちゃって。弥生は、閉店まで飲んで、明け方から一人で、自分のマンションに帰りましたよ」
「江梨子さんも一緒だったの。それで気分が悪い、っていうのは?」
「顔色、悪かったですね。新潟に来て、ちょっと無理していたのかもしれないです、江梨子さん」
駒は弥生の生活を事細かく聞き出し、聞くだけ聞くと「ありがとう」と言って切り上げた。
「他の友人まで紹介してもらって悪いね」
「いいえ、こちらこそチップなんて頂いて申し訳ございません」
「気にしない。気にしない。取材費だから」
大学近くの「白山バーガー」で待ち合わせが決まった。
新潟駅から徒歩で十分くらいだった。私達が到着する頃には、他の友人三人も集まっていた。
「菜乃葉は何にする。ここのお薦めは『アボカドチーズバーガー』だ。溢れんばかりの肉汁がたまらないそうだ。それでいてクリーミー」
「まだ、食べる気ですか。今、食べたばっかりですよ」
「美味いものは食えるときに食っておくのが、俺の流儀なんだ」
駒は待っている三人に声をかけ、「全部奢るから好きなものを頼んでいいよ」というと、一人が「やった。全部乗せてやるぞ」とか叫んでいた。
でも、変わった話は一つもなかった。
車は東京に向かって走り出した。
新潟の滞在時間は一時間半くらいだった。
「どうだ。なかなか収穫のある取材だっただろう」
「どこがですか。四人とも同じ事しか言っていませんでした」
「全然違う。女友達は弥生が悩んでいたと証言していた。男友達は擁護するだけだった。そして、深夜まで一緒に飲んでいたのは一緒だが、弥生がマンションに帰ったのを見たのはバイト君だけだった。口裏を合わせるなら、全員が同じことをいう」
「そんなところまで見ていたんですね」
「それに弁当屋の証言とも矛盾しない」
「そう言えば、駒さんは弁当屋のおばさんの証言もあるって言いました」
「弥生が深夜から事件現場の軽井沢に行き、殺害して戻ってくるのは物理的に不可能だ」
「でも、江梨子さんが『気分が悪くなって帰った』って言っていました」
「良い所に目を付けたな。車で新潟と軽井沢を往復すると七時間だ。江梨子はホテルを六時前にチェックアウトしている。こちらは知人に確認してもらった」
「まさか、江梨子さんが犯人とか疑っているんですか?」
「さあな。だが、『途中で抜けた』って証言は事実だ。事実だけは積み上げておく。これが鉄則だ」
「警察がそんな単純なことを見過ごしますか」
「当然、見過ごす訳がない」
「じゃあ、江梨子さんも白です」
「偏見を持つと、袋小路に嵌まって抜け出せなくなる」
「やっぱり疑っているんですね」
「いいや、経験談だ」
「経験……って?」
駒は、それ以上は何も言わなかった。
その日は、結局「タレかつ丼が美味しかった」という感想と、「江梨子が居酒屋を途中で抜けた」という、地味すぎる情報だけを持って終わった。
駒が家まで送ってくれたけれど、もう日が暮れていて、お母さんにしたたか叱られた。
「事務所に行くのはいいけど、新潟まで行くなんて、ひとことも聞いてないわよ」
ただ──男子高校生の格好で新潟駅をうろついた一日は、思っていたよりずっと、気楽だった。誰も、私を見ない。誰も、私を「あの子」だと思わない。
そのことが、なんだか少しだけ、嬉しいかも。




