第五話 誘虫灯に集まる虫
二〇二六年一月十六日。
瀬戸口浩二を尋問した翌日、事務所に出勤すると、いつも通りの一日が待っていた。
廊下の掃除、共用部の窓拭き、ビル玄関前のゴミ拾い。
探偵業って、こういう仕事だったっけ。モップを片手にわたしは首を傾げた。
お昼前、地下一階の“バーくるみ”のママが出勤してきた。
「おはようございます」
「菜乃葉ちゃん、おはよう。いつもありがとう」
「いいえ、仕事ですから」
「駒ちゃんにたくさんお給料を上げるように言っておくわ」
「ありがとうございます」
先月は固定給二十一万円に、ビル清掃のバイト代が入っていたのでかなり多かった。ママの勧めで両親にプレゼントをすると泣いて喜ばれ、しっかり勉強して大学に進みなさいと、お説教になったのは不本意だ。
喜んでくれたので問題ない。
「で、昨日はどうだったの」
「昨日、ですか」
「例の噂話の犯人が捕まったんでしょう。お店で所長から聞いたわよ」
「筒抜けですね」
「暴れたりしなかった」
「暴れるより……観念した、という感じでした」
わたしは掃除の手を止めて、昨日のことを話した。
九条玲於奈さんに纏わる噂を流していたのが瀬戸口浩二だったこと。黒ずくめの男たちに連れて行かれたこと。監視カメラを操作する仲間がいたことだ。
「怖くなかった? 幽霊とか、そういう話だったんでしょう」
「お化けは信じていませんから」
「菜乃葉ちゃんらしいわ」
パソコンが勝手に起動する話も、結局は瀬戸口が鍵を持って忍び込んでいただけの、人間くさい話だった。
「怖かったのは、お化けよりも……妬み、ですかね」
瀬戸口は、九条玲於奈様が自分より先に出世したことが、ずっと許せなかったらしい。それだけの理由で、あんな噂を流し続けていたなんて。
「妬みってのは、怖いものよ。人を化け物に変えるんだから」
ママがしみじみと言った。
「会社員になっても大変なんですね。学校でのいじめとか噂話とか、そういうのが無くなると思っていたのに」
「あら、菜乃葉ちゃん。大人の世界の方が、よっぽど陰湿よ。学校は先生が止めてくれることもあるけど、会社は上司も同僚も敵に回ることがあるんだから」
「うわぁ……」
わたしは大きなため息をついた。学校を辞めても、結局似たようなことで人は悩むのか。なんだか、社会に対する期待値が、また少し下がった気がした。
ふと、昨日の駒の言葉を思い出す。
「そういえば、駒さんが言っていた『虫』って、何のことでしょう」
ママは一瞬、目を細めた。
「知らないわ。でも、泣き虫、弱虫、妬み虫、おじゃま虫、のぞき虫、つまらん虫、我慢虫、腹の虫とかいろいろあるわね」
「所長のいう虫はそういうのと違う気がします」
「じゃあ、光に集まってくる蛾のような虫のことね。その瀬戸口って男の同業でしょうね」
「一人のスパイに他のスパイが群がってくるって意味ですか」
「菜乃葉ちゃんの知らないところでたくさんの人が捕まっているのかもしれないわね」
「なるほど」
それだけ言うと、ママはウインクをして、階段を上がっていった。
所長は皇居と関係があるかと思えば、地元のヤクザさんにも顔が利く。
喜美恵さんのような情報屋とも繋がっている。
不思議な人だ。
わたしは、駒所長がますますわからなくなった。
一週間ほど、代わり映えのしない日々が続いた。
一月二十三日、金曜日の夕方。事務所の電話が鳴った。
南無三と唱えて、電話を取った。
「はい、神楽坂探偵事務所です」
受話器を取ると、女性のすすり泣くような声が聞こえた。
「あの……主人が浮気をしていて……」
「浮気の調査なら、承っておりますが」
「違うのよ。証拠なら、もう掴んでいるの。ただ、どうしたらいいのか、わからなくて……」
調査の依頼ではないかといって、無下にもできない。
駒は「どんな客でも丁寧に対応しろ。調査依頼なら状況を詳しく聞け。要点がわからない場合は、弁護士、警察、心理カウンセラーに相談することを勧めろ」と言っていた。
これは弁護士か、心理カウンセラーを勧める案件ね。
「あの、弁護士の先生にご相談されては如何でしょうか」
その瞬間、電話の向こうの空気が変わった。
「は? 弁護士ですって? あなた、話を聞いてた?」
「え、あ、はい、伺っております」
「親身になってくれないのね!」
「そ、そんなつもりでは……」
「マニュアル通りの対応しかできないの!?」
「そういう訳ではございません」
「冷血人間!」
「申し訳ございません……」
「あんた、名前は!?」
「はい、わたしは菜」
ガチャン。
名前を名乗る前に、電話は乱暴に切られた。
わたしは受話器をそっと戻すと、ソファに深く体重を預けて、天井を仰いだ。
これで何度目……一日に一回は、よくわからない電話がかかってくる。
大抵は弁護士か、心理カウンセラーの電話を教えて終わるのだが、それでも長々と意味のない会話を強いられる。
わたしに相談しても知らないよ
「はぁ~~~……最悪……。もう何なの、一体……」
依頼じゃない電話には親切丁寧に対応しろだなんて、無茶苦茶だ。
無理、電話が鳴るとビクッとしてしまう。
浮気をされて辛いのはわかるし、可哀想だとも思う。でも、対面で弁護士に相談することを勧めただけで、あそこまで怒鳴られる意味が、わたしにはわからない。
そんなに怒る元気があるなら、わたしじゃなくて、浮気した旦那さんに直接キレればいいのに、まったく。
「ホントね。浮気なんて人間のクズよ。離婚すればいいわ」
声が聞こえ、振り向くと、喜連川甯子が立っていた。
心の声がだだ漏れになっていたことに気づいた。
「やっほー、お疲れさま」
恥ずかしい姿を見られていたのかと思うと、頬が熱くなった。
「甯子……いつから」
「そうね。『弁護士』のあたりから、かしら」
優しい笑顔とは裏腹に、しっかり最初から聞かれていたらしい。
駒所長も教えてくれればいいのに……そう思って所長席を見ると、駒はノートを開いてメールのチェックをしていた。
そして、「やっときたか」と呟いた。
そのメールを確認していた駒所長が、顔を上げないまま声をかけてきた。
「おい、次の日曜日は、休日出勤だ」
「休日出勤ですか」
「横須賀HUMAXシネマズ前に、午前九時だ。遅れるなよ」
「はい、わかりました。どこに行くのですか」
「映画に行く以外に、何がある」
「所長、こういうの、公私混同って言うんですよ」
「はぁ、何の話だ」
「そりゃ、可愛い女の子と映画デートがしたいと思うのは自由ですけど、職権乱用は恥ずかしいと思います。まぁ、映画くらいなら付き合いますけど」
「阿呆か」
「彼女はいないんですか」
「そんな面倒なものを作るか。大体、俺は仕事だ。とある人物との取引がある。男が二人、肩を並べていたら怪しまれるだろう。毛の生えていない女に興味もない。お前は添え物だ」
「酷っ。セクハラです」
「嫌なら、そっちのお嬢ちゃんでもいいぞ」
駒所長がニヤリと笑った。
無駄なことを嫌う性格だから、関係のない話で甯子を誘うはずがない。
それまで呆れ顔で眺めていた甯子の目が、すっと鋭くなった。
「九条玲於奈様に関係のある方ですか」
「正解だ。直接の関係者じゃないが、居所を知っているだろう人物の一人だな」
「行きます」
「じゃあ、菜乃葉は休日を楽しんでくれ」
「行きますよ。映画館で取引して、ライバルが乱入して銃撃戦になる展開ですよね」
「映画じゃないんだぞ。銃撃戦なんてあるかよ」
駒に呆れられながらも、わたしは少しだけ、心が浮き足立つのを感じていた。
一月二十五日、日曜日。一月も終わりに近づいていた。
横須賀HUMAXシネマズの前で待ち合わせると、まず目に入ったのは、甯子の服装だった。お嬢様学校の制服ではなく、私服だ。上品なツイードのコートに、足元は小さなヒールのブーツ。休日らしい、けれど品のいい装いだった。
「甯子、今日は制服じゃないんだ」
「休日ですもの。当然ですわ」
「菜乃葉様は……菜乃葉らしいですわ」
「ごめん」
わたしはといえば、事務所で借りたグレーのダッフルコートに、使い古したスニーカーだった。比べると、なんだか少し悔しい。
そして、駒もやってきた。
いつものよれたポロシャツの上に、狩猟にでも行くようなジャケットを羽織り、頭には真っ白なハンチング帽。その帽子に六つ星の星型——保安官バッジのような銀色のバッジまで着けている。
「……似合いませんね」
「そうね。せめて、帽子のバッジを外すべきですね」
「うん、ハンチング帽とジャケットの組み合わせが、まずちぐはぐです。しかもそのバッジ、映画館で悪目立ちしてます」
「でも、悪趣味でも、趣味は人それぞれですわ」
甯子が涼しい顔で、フォローになっていないフォローをする。
「これは目印だ」
駒はそれだけ言うと、悪びれる様子もなく、チケット売り場に向かった。
あまり客の入っていない旧作のリバイバル上映を選ぶと、駒は斜め後ろの席まで、H列からJ列の三列、横二十一番から二十四番までの全席——十二席をまとめて買い占めた。
「他にいい席が空いているのに、斜め後ろですね」
「しかも十二席も、ですか」
「静かに話せる空間を買っているんだよ」
中年の男と、女子高生らしき二人連れ。片方は誰が見てもお嬢様然とした佇まい。そんな三人組が入り口に立てば、注目を集めないわけがない。
「……ねえ、あれってもしかして、円光じゃない」
小さな囁き声が耳に届いた。
思わず否定しようと口を開きかけたわたしを、駒がそっと手で制した。
「馬鹿か」
「でも、悔しいじゃないですか」
「これ以上、目立ってどうする」
「でも」
「気にするな。入るぞ」
甯子は何も言わなかったけれど、頬がわずかに引きつっているのがわかった。駒所長がもう少し格好いい服を着れば、親子くらいに見えたかもしれないのに。
I列に、わたし、甯子、駒の順で腰を下ろす。ガラガラの場内で、白黒のリバイバル映画が始まった。
正直、あまり感情移入できなかった。ポップコーンの箱を抱えて、無心で口に運ぶ。時々、隣から甯子の手も伸びてきた。
上映が始まって二十分ほど経った頃、駒の隣の席に、体格のいい中年男性が音もなく腰を下ろした。
「お久しぶりです」
「河野君がカンカンだよ」
駒が、スクリーンを見つめたまま答えた。
「でしょうね。ですが、こちらも仕事ですから」
男が短く笑った。声を落としてはいるが、よく通る声だった。
「わかっている。そちらのお嬢さんらは」
「九条の婚約者と、友人です」
「そうか」
男は一瞬、目を伏せた。
「彼には、悪いことをしたな」
そう言うと、軽く帽子を取って、侘びるように頭を下げた。
甯子が、身を乗り出した。
「玲於奈様は……今、どちらに」
「済まない。私は彼の居所までは知らないんだ。ただ、知っている者を紹介することはできる。もちろん、条件次第では、だが」
「閣下、こちらです」
駒がポケットからSDカードを取り出し、そっと差し出した。男は小さなタブレットを鞄から取り出すと、そのカードを差し込んだ。
画面をチェックし、その眉間に皺を寄せながら頷いた。
「いいだろう。逸見岸壁に行きたまえ。そこに河野君を午後一時に行かせよう」
「河野ですか」
「彼が責任者だ。文句はあるまい」
駒が一瞬戸惑いながら言葉を続けた。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、こちらの方だ。これで無駄弾にならずに済んだ。では」
男はそう言い残すと、静かに席を立っていった。
その後ろ姿を見送る駒所長が「行くか」と声を掛けてきた。
映画はまだ半分以上も残っているが、最後まで見たいとも思わない。
立ち上がった駒所長の眉間に皺が寄っているように思えた。
横須賀HUMAXシネマズから出ると、ビルを出て海外通りを歩き始めた。
わたしはスマホを開き、逸見岸壁を探すと、割と近いことに気付いた。
逸見岸壁まで徒歩で十六分ほどだ。
でも、民間人の立ち入れない区域で、横須賀駅を出てすぐの検問で足止めされるらしい。
横須賀駅へ向かって歩きながら駒所長が話し出した。
「さっきの方は、護衛艦隊司令官(海将)、宇都宮豊綱閣下だ。実働部隊のトップの一人だな」
「海将、ですか」
「そんな方と面識がおありなのですね」
「まぁ、いろいろあったからな」
駒所長は、珍しく苦い顔をした。
「正直、意外だったよ」
「何がですか」
「御影化成に出された発注は、スパイを呼び込むための誘虫灯だ。わざとセキュリティーが甘いメンバーを選び、情報を盗ませる。そして、集まった害虫を一網打尽で捕らえる」
「虫って、そういう意味だったんですね」
「こういう線の仕事は、現場に近い少尉か中尉あたりの将校が仕切るのが相場だ。まさか、あの海将が自ら出てくるとはな」
「そんなに、格上の方だったんですか」
「閣下は護衛艦隊を丸ごと預かる男だ。そして、責任者の河野のおっさんも横須賀を預かる司令官だ。下っ端の仕事を指揮するとか、いい加減にしてくれ」
「河野さんが嫌いみたいですね」
「大嫌いだ。お国のためなら、人を駒のように扱う。人間を舐めるなと言いたい。だが、優秀だ。優秀だから、お前と面識を持たせておいた」
ちょっと感情的な駒所長は珍しい。
正月に会っておけと渡された名簿に入っていた人だ。
「せっかく面識を持たしたのに、ここで会うと意味がない。あぁ、無駄弾を撃たされた」
駒所長が独り言のように呟き、頭を掻いた。
映画館をすぐに席を立ったため、午後一時には時間があった。
駅近くの「kawara CAFE&DINING 横須賀モアーズ店」に入り、半個室に落ち着くことにした。
運ばれてきたのは、生クリームとフルーツが天井知らずに積み上がった、店の名物だというデコレーションパフェだった。見た目のインパクトに反して、下に敷かれたコーンフレークのサクサクとした食感と、ほどよい甘さのアイスが、意外なほど上品に絡み合う。
「こんな時に、こんなに大きなパフェを頼むなんて」
わたしが呆れると、駒はスプーンを握ったまま、真顔で答えた。
「甘いものは、緊張したときほど身体が欲しがるんだよ」
説得力があるのか、ないのか、よくわからない理屈だった。
甯子は優雅な仕草でパフェの上のベリーだけをつまみながら、話の続きを促した。
「先程の御影化成の話を詳しく、教えて下さいますか」
「御影化成が受注していた、新型の耐熱塗装データ——あれの一部は、最初から『ダミー』だったんだよ」
「ダミー、ですか」
「一世代前の型落ち技術を、さも最新のものみたいに偽装して流してあった。しかも、四つ菱重工との共同開発という体裁を取りながら、実際にはアメリカ側の防衛関連企業を一枚噛ませて、日米合同発注にしてある」
「アメリカを絡める理由が」
「あるんだ。万が一情報が漏れた場合に、日本の法律だけじゃなく、アメリカの産業スパイ防止法まで適用できるようにするためだ。網を、二重に張っていたわけだな」
「それじゃあ……」
「機密情報を狙う虫を、あぶり出すための罠だった、ってことだ」
「そんな……玲於奈様は」
「囮に使われた。某国のスパイ疑惑があった岬涛と知り合いだったからだろうな」
「やはり、岬様がスパイだったのですか」
「あくまで疑惑だ。スパイだったのは、京大の大学教授の方だが、その教授と何度も接触し、研究室への誘いも来ていた。黒に近いグレーだ」
甯子が静かに挟んだ。
わたしは玲於奈さんの居所を知るために、さきほど渡したものが気になったので聞いてみた。
「あの、宇都宮閣下に渡したものはなんですか」
「横須賀、神戸、舞鶴、佐世保、その腰の甘い隊員リストだ。そのうちの一割は証言と証拠付きだ」
「いつの間に」
「博多と大阪に連れ回しただろ」
「浪速喜美恵さんですか」
「正解。喜美恵ちゃんはいい仕事をしてくれた。そういうヤバいぶつは手渡しでないとな」
わたしは唖然とした。
てっきり玲於奈さんのために足を運んでくれていたのかと思った。
駒所長らしい。
「岬涛は黒だったが、九条玲於奈は限りなく白だ」
「そうなのですか」
「待って、玲於奈様は関与しておられないのですね」
甯子が顔を上げて駒所長に訴えるように叫んだ。
駒所長が口に指を当て、静かにするように合図を送る。
「すみません」
「かまわん。まず、彼が当事者なのは変わりない。パソコンの起動はできた。そのパスを渡している。だが、四つ菱のパスワードがあっていない」
「四つ菱のパスですか」
「パスワードがあっていなかったので、何度も侵入することになった」
「これは、河野のおっさんも誤算だっただろうな」
「玲於奈様はスパイではないのですね」
「少なくとも協力者ではない。そして、情報を求めて右往左往していた連中は、先日、一斉摘発された。俺から言わせてもらえば、型落ちの技術じゃ、本命は動かない」
「一斉摘発されたんですね」
「雑魚ばかりだ。データを盗ませ。そのボックスを開けると、仕掛けておいたプログラムが起動して、連中のデータを盗み、同時に一斉摘発するつもりだったが、失敗に終わった」
「玲於奈様がパスワードを渡さなかったからですね」
「そういうことだ。失踪と同時にプログラムを入れ替えたらしい。無駄になったと、四つ菱の技術者が終わってから教えてくれたよ」
「よかった」
「大掛かりなトラップを仕掛けて成果がなければ、閣下らも困ったわけだ。だから、某国に騙されている身内の自衛官を摘発できたと実績作りのリストを渡した」
「意味があるんですか」
「少なくとも、有意義な作戦だったと主張できるだろう。予定より価値が上がったので、交渉し易くなった」
失敗できないのが役所仕事らしい。
駒所長は実績が足りない閣下に情報を売って、九条玲於奈さんの情報を買ったのだ。
駒所長らしい。
午後零時五十分。検問所の前に立つと、迷彩服の若い隊員が敬礼をして、身分証の提示を求められた。
駒は免許証、わたしは社員証、甯子は学生証を提示した。
「花山院様、喜連川様、長沢様。お三方の通行証が出ております。どうぞ」
「所長も、一緒に行けるんですね」
「当たり前だろう。俺が呼ばれたんだよ。むしろ、お前らが余計なくらいだ」
いつもの飄々とした調子が、ほんの少しだけ足りなかった。
「あの人らしく、狂ってるな」
駒と甯子と三人、検問所を抜けて岸壁への道を歩く。
潮の匂いが強くなり、やがて、灰色の艦体がずらりと並ぶ光景が見えてきた。護衛艦の巨大さに、わたしは思わず足を止める。
岸壁の端、係留された一隻の護衛艦のブリッジを背にして、一人の男が立っていた。
がっしりとした体躯に、みっちりと引き締まった顔つき。制服姿でなくとも、ただ立っているだけで空気が変わるのがわかる。
河野通直——横須賀地方総監、海将。
正月の新年会で一度だけ言葉を交わした。あのときも、目が鋭く、話しているだけで緊張する人だった。
河野の視線が、まず駒に向いた。
「本当に、連れて来るとはな」
二人の間に流れる空気は、これまで見たどの相手とも違っていた。友好的でも、敵対的でもない。長年、互いの手の内を知り尽くした者同士だけがまとう、静かな緊張感だった。
「喜連川甯子です。九条玲於奈の、婚約者です」
甯子が、まっすぐに河野を見つめて名乗った。
「知っている」
河野は海を見たままで目を合わせようともしない。
「玲於奈様が、今どこにいらっしゃるのか、それだけをお聞きしたいのです」
「単刀直入だな」
河野は、そのままの姿勢で紙の入ったパスケースを投げ、駒が受け取った。
甯子の目が震えた。
「どうして、まだ先がある若者を巻き込んだのですか」
「公安に目を付けられた時点で面汚しだ」
「玲於奈様は」
「知らん。お国のために最後に役に立った。それで終わりだ」
「しかし」
「何も知らん方がよい。あんな屑など忘れてしまえ」
河野閣下の声は冷たいままであった。
「以上だ。最後に忠告だ。この屑野郎とも縁を切れ」
「駒様とですか」
「そうだ。愛国心もなく、信用もできず、仲間を切り捨てる人間の屑だ」
「…………」
「こんな人間に関われば、碌でもないことになる」
「駒様は仕事に熱心な方でございます」
「そうです。凄く嫌味たらしいけど、信用できます」
「そうか、わかった」
河野さんはこちらを向いたかと思うと、背を向けて歩き出した。
もう話すことはないという感じだった。
駒所長が吐き捨てるように言った。
「あぁいうおっさんなんだ。国のためなら人を駒のように扱う。目的のためなら手段は選ばない」
「酷い人ですね」
「お前らも見限り判を押されたから、もう会ってくれんだろうな」
「こっちから願い下げです」
「有能な奴さ。取引相手としてお得意様になりそうだが、俺には会ってくれん」
「駒所長は河野さんが嫌いですよね」
「あぁ、大嫌いだ」
「会う必要なんかないじゃないですか」
「感情とビジネスは別なのさ」
「そういうクール過ぎる駒所長は嫌いです」
「そうか」
駒所長と河野さんは同族嫌悪じゃないかな。
わたしは何となく、そう思えた。
結局、自分で書くことに。
AIに指示(プロット、ストーリーボード)を渡して書かせるのは難しい。
せっかく、台詞など入れているので、
勝手にカットして、別のストーリーを書きはじめました。
ラスト、どうするつもり?
勝手に改変して、「あとはどうしますか」とか、聞いてくるな。
指示を読み直せと言って、部分的しか改正しないし。
もう自分で書いた方が速いよ。




