第7章 母の記録 ― ログに宿る声 ―
深夜の病院。
村中澪の手に導かれ、凪くんは“voice_log”と名づけられたフォルダを開く。
夜の院内は、昼間とは別の顔をしていた。
昼の喧騒が嘘のように消え、
照明の淡い光だけが、無人の廊下を静かに照らしている。
凪は会議室の端で、一人モニターに向かっていた。
エラーログの赤い点滅が、まだ消えない。
兄たちの言葉が何度も頭をよぎる。
――理想論だ。
――医療に感情を持ち込むな。
そのたびに胸の奥で何かが締めつけられた。
自分の信じてきた「優しさ」は、本当に力になっているのか。
誰かを救えるものなのか。
「……まだ、終わってない。」
凪が小さくつぶやいたとき、
ドアが控えめにノックされた。
「陽翔くん?」
振り向くと、村中澪が立っていた。
白衣の裾が静かに揺れ、
手には小さなUSBメモリを握っている。
「こんな時間まで残っていたのね。」
「先生……少しだけ、調べたいことがあって。」
澪は微笑みながら近づき、
手にしていたメモリをそっと机の上に置いた。
「――あなたのお母さんが、最後まで使っていた端末。
そこに、まだ開かれていないフォルダがあったの。」
凪は息をのんだ。
母の名が刻まれたラベルが、
長い時間を超えて小さく光っている。
「見てみて。
あなたが今、行き詰まっているなら、
きっとこの中に“ヒント”があるわ。」
「……ありがとうございます。」
USBを挿し込むと、画面に小さなフォルダが開いた。
タイトルは「voice_log」。
そこには、患者たちの名前と日付が並んでいた。
クリックすると、
母・美鈴の穏やかな声が流れ出した。
> “今日の検査はよく頑張りましたね。
> 治療は続くけれど、あなたの笑顔が何よりの回復です。”
> “数値は少し下がったけれど、落ち込まなくていいの。
> 数字は嘘をつかない。でも、心の回復は数字にならないのよ。”
> “いつかね、この病院の中に
> “ありがとう”が自然に響く場所を作りたいの。
> それが私の夢。”
凪の目から、静かに涙がこぼれた。
母の声が、データを越えて胸に響いてくる。
今、自分が作ろうとしている“心のシステム”のすべてが、
この想いから始まっていたのだと気づいた。
澪はそっと凪の肩に手を置いた。
「お母さん、あなたを信じてたの。
“この子は、人の心の動きを形にできる”って。」
「……母さん。」
モニターに流れる文字が、赤いエラーから白い光に変わっていく。
新しいアイデアが、ゆっくりと形を取り始めた。
「患者の声を記録するんじゃない。
“声が、届く仕組み”にすればいいんだ……!」
凪はキーボードを叩き始めた。
涙で滲む画面の向こうに、
母の笑顔が微かに見えた気がした。
――風が、カーテンを揺らす。
あの日、屋上で感じたあの風と同じ、
優しい風だった。
母・美鈴の声が、時を超えて流れ出す。
“ありがとうが響く場所を作りたい”
その想いが、次の設計図へと進化していく。




