第5章 寄り添うという治療 ― 院長・凪陽一 ―
父との再会。
そして、母の言葉を今も胸に抱く人との対話。
医局を出ると、窓の外には午後の光が差し込んでいた。
海翔が先に歩き、凪がそのあとを追う。
柊と環は少し後ろから、その背中を静かに見守っていた。
廊下の突き当たり。
金属のプレートに「院長室」と刻まれた扉の前で、凪は立ち止まる。
深呼吸を一つしてから、ノックをした。
「――入れ。」
静かな声だった。
懐かしく、けれど今は少し距離を感じる父の声。
扉を開けると、
柔らかな陽射しがカーテンの隙間から差し込んでいた。
机の上には整然と並んだカルテと数冊の医学誌。
そしてその向こうに、白衣の上から淡いグレーのカーディガンを羽織った男性が座っていた。
「……久しぶりです、父さん。」
「ああ。……よく来たな。」
短い言葉のあと、しばらく沈黙が流れる。
時計の秒針の音だけが、部屋の静けさを刻んでいた。
「アークシステムズ。
陽翔、君が関わっている会社だったな。」
「はい。正式にシステム改善を担当します。」
「そうか。」
そう言うと、父は椅子から立ち上がり、
窓辺に置かれた小さな観葉植物の葉を指先で撫でた。
「――人は、治すだけじゃ救えない。
癒やすには、“そばにいる”ことが必要だ。」
それは、かつて母がよく口にしていた言葉と同じ響きだった。
「……母さんの言葉ですね。」
「ああ。
あの人がいなくなっても、
この病院の根っこはあの言葉に支えられている。」
柊が静かに頷いた。
「すばらしい言葉です。
僕たちが目指している設計理念にも近いと思います。」
陽一は振り返り、柊をまっすぐに見た。
「なるほど。……いいチームにいるな、陽翔。」
「はい。僕は、ここでようやく自分の居場所を見つけました。」
陽一は微笑んだ。
「それでいい。
医者にならなかったことを、
私は一度も“間違い”だと思ったことはない。
お前は人の心の動きを見てきた。
それは医療と同じくらい尊いことだ。」
凪は小さく息を飲んだ。
それは、ずっと心の奥で聞きたかった言葉だった。
「……先生、
凪くんが作るシステムって、
“人を傷つけない設計”なんです。
きっとお母さまの想いが、
ずっと息づいているんですね。」
「そうか。……美鈴の想いが、ちゃんと届いていたんだな。」
「父さん、
母さんの言葉、僕の中でもまだ生きてます。
“完璧じゃなくていい、支え合えばいい”って。
だから僕は、心を支える仕組みを作りたいんです。」
陽一は一歩近づき、凪の肩にそっと手を置いた。
「陽翔。
お前がやろうとしていることは、医療の未来だよ。
人が人を想う限り、その心は治療になる。」
凪は小さく頷き、目を伏せた。
胸の奥で何かが溶けていくような温かさを感じる。
「……院長。
このプロジェクト、必ず成功させます。」
「頼む。
そして――兄たちを導いてやってくれ。
あの子たちは、優しさを置き忘れてしまっているだけだ。」
外の光が少し強くなり、
カーテンの隙間から風がひとすじ流れ込む。
その風は、まるで美鈴の微笑みのようにやさしかった。
“完璧でなくていい、支え合うことが大事。”
父の言葉が、凪くんの心のエンジンを再起動させる。




