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【8/28改訂】年下甘えん坊騎士を捨てて戦地へ赴いたら、瀕死の私に狂愛を囁く恋人の真実を知りました  作者: 恋せよ恋


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8/24

第8話 修羅場と、泣いて縋る可愛いあなた

 夕闇が王都の街並みを藍色に染め上げていく頃、ミレーユは診療所の廊下を少し急ぎ足で歩いていた。


 本来なら今夜は夜勤の予定だったが、急遽交代してもらえることになり、予定より早く帰宅できることになったのだ。


(レオンには夜勤だって言ってたから、帰ったら驚くかな)


 ふふっ、と一人で微笑む。


 今から帰れば、昨夜から仕込んでおいた煮込み料理を温め直し、焼きたてのパンを添えてレオンの帰りを待つことができる。最近は互いに忙しくてゆっくり話す時間もなかったけれど、今夜は穏やかな時間を過ごしたかった。



 買い物かごの重みを感じながら、二人の家がある路地へと曲がる。しかし、自宅の前に差しかかったとき、ミレーユの足がぴたりと止まった。


 すっかり暗くなり始めた街並みの中で、自宅である小邸の前に豪奢な馬車が停まっている。その傍らに立っていたのは、第一騎士団の騎士服に身を包んだレオンと、華やかであろうドレスを身にまとった貴族令嬢らしき姿だった。


(あ……)


 街灯の柔らかい光に照らし出された二人は、まるで物語から飛び出してきた挿絵のように絵になっていた。



「レオン様、本日は突然押しかけてしまって申し訳ありませんわ。でも、お父様から預かった大切な『銀の鍵』を無事にお渡しできて安堵いたしました」


「いいえ、セシリア嬢。わざわざ届けていただき感謝いたします。お父上にもくれぐれもよろしくお伝えください」


 レオンの声は、家で見せる甘えた調子とはまるで違う、高貴で、凛々しく、伯爵令息のそれだった。



 令嬢——セシリアの手をそっと取り、手袋越しの指先に触れんばかりの美しい所作でエスコートするレオン。対して、令嬢は長い時間と感じられるほど彼を見上げている。


「ふふ、レオン様って本当に素敵……。また近いうちに、お茶会でお会いできるのを楽しみにしていますわね?」


「ええ、こちらこそ喜んで」


 洗練された完璧な笑顔で応じるレオン。



 物陰からその光景を見つめていたミレーユの胸に、冷たい刃が突き立てられたような痛みが走った。


(私には見せない……高貴な貴族としてのレオン……)



 彼女が纏う薔薇の香りが、夜風に乗ってふわりとミレーユの元まで届いた気がした。


 レオンの服から時々漂っていたあの香りだ。



 馬車が走り去り、一人残ったレオンが邸内へ入っていく。

 ミレーユは震える息を吐き出し、深く呼吸を整えてから、静かに自宅へと歩き出した。



「ただいま、レオン」


「ミレーユ!? どうして……今夜は夜勤だって……!」


 リビングに入ると、レオンがハッと息を呑み、血の気が引いたような顔で立ち尽くしていた。


 テーブルの上には、柔らかい蝋の塊と、先ほどセシリアから受け取っていた『銀色の鍵』が置かれている。レオンの手元には、鍵の型を取ったばかりのような痕跡が残っていた。



「仕事が早く終わったの。……外で見たけど、ご令嬢が来ていたのね」


「あっ……! 違うんだ、ミレーユ! あの子は騎士団の仕事関係の家の子で……僕、断れなくて……! わざわざ『大切な鍵』を届けてくれたから、お礼を言っていただけで……っ!」


 焦ったレオンはなりふり構わずミレーユに駆け寄り、その腰にしがみつくように抱きついてきた。


「本当なんだよミレーユ。僕が愛してるのは世界でミレーユだけなんだ! あの子になんて一切興味はないんだよ。僕を嫌いにならないでね……っ!」


 涙目でしがみついてくるレオンの姿は、いつもの甘えん坊な彼そのものだ。


(……どうして、そんなに怯えるの?)



 ミレーユはすがりつく彼の金髪を見下ろし、胸の奥が悲しさでいっぱいになった。


 レオンの「愛している」が嘘ではないことは分かる。けれど、外で見せるあの高貴な貴族の姿と、自分のような平民の前にいる姿の差。


 彼には、彼の身分にふさわしい光に満ちた華やかな世界がある。私と一緒にいることで、彼はその世界から引き離されているのではないだろうか。



「……分かってるわ、レオン。仕事なんですものね」


「ミレーユ……! 信じてくれるの……!?」


 パッと顔を輝かせるレオンの温もりの中で、ミレーユは寂しく微笑むことしかできなかった。



 レオンが「お湯を沸かしてくるね」と席を立った後、ミレーユはテーブルの上に残された蝋の上の『鍵の型』を静かに見つめた。


(こんなもの、何に使うつもりなのかしら……)


 レオンが自分に言えない『秘密の仕事』を抱えていること。そして、高貴な令嬢と並ぶ彼のあまりの眩しさ。


 胸の中に芽生えた疎外感と寂しさは、もう消すことのできない大きな陰影となって、ミレーユの心に落ちていた。


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