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【8/28改訂】年下甘えん坊騎士を捨てて戦地へ赴いたら、瀕死の私に狂愛を囁く恋人の真実を知りました  作者: 恋せよ恋


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第22話 七ヶ月ぶりの君の瞳に、僕が映る

「え……!?」


 女の顔から血の気が引いた。


「ち、違う……血が……」


 そのときだった。


「何をしているんだ!」


 幕舎の外から怒鳴り声が響いた。異変に気づいた別の小間使いが、入口から中を覗き込んだのだ。


「お前、何をした!?」


「わ、私は……!」


「誰か、老先生を呼べ! 早く!」


 騒ぎを聞きつけた周囲の者たちが一斉に集まってくる。


「ミレーユさんの鼻から血が!」


「チューブが抜かれてるぞ!」


「誰がやったんだ!」


「レオン様を呼べ! 早く!」


 その声を聞いた村人が、血相を変えて走り出した。


「レオン様を呼んでくる!」


 わずかな時間の後、騒ぎを聞きつけた村人が現場へ走り、レオンを呼び戻した。


「ミレーユに何があった!? ミレーユ……!」


 鼻に付着した血液。抜かれた栄養チューブ。 苦しそうに浅い呼吸を繰り返すミレーユ。


「何があった!?」


「この女が……勝手に管を抜きました!」


 レオンの視線が、ベッドサイドに立つ若い女へ向けられる。その目から、普段の柔らかな笑みは完全に消え去っていた。


「……お前が?」


「ち、違うの……! 私は、騎士様のことを思って……」


「僕のことを?」


 低い声だった。


「僕が、ミレーユの管を抜けと頼んだのか?」


「そ、それは……」


「ふざけるな!」


 幕舎を震わせるほどの怒声に、女が悲鳴を上げて、その場にへたり込んだ。だが、レオンはもう女を見てはいなかった。


「医師はまだか!」


「今、呼びに走っています!」


 レオンは反射的にミレーユの身体を支え、顔を横へ向けた。


「ミレーユ……!」


 そのまま上半身を抱き起こす。


「大丈夫。僕がいるよ……」


 震える声で囁きながら、慎重に彼女の身体を抱き起こした。


「ミレーユ、聞こえる?」


 もちろん返事はない。


「怖かったね。ごめん……。僕が離れたせいだ……」


 レオンの声が掠れる。


「すぐ戻るって言ったのに……ごめん。もう大丈夫だから。僕がいるよ。誰か! そこのお目障りな女を連れ出してくれ!」


 レオンが叫んだ、そのときだった。腕の中で、ミレーユの指先が、ほんの僅かに動いた気がした。


「……!?」


 レオンが息を止める。


「ミレーユ!?」


 もう一度、呼びかける。


「僕の声、聞こえてる? ミレーユ! ねえ、ミレーユ!」


 ぴくぴく、と。今度は瞼が震えた。


「……嘘。ミレーユ!」


 周囲の誰かが息を呑む。


「老先生を呼べ! 早く!」


 レオンは動けなかった。七か月だ。七か月もの間、戻らない意識が、今、戻ろうとしているのか……!?


「ミレーユ……!」


 レオンは涙で濡れた顔を近づけた。


「僕だよ。レオンだよ。ミレーユ! ねえ、ミレーユ! 僕を見てよ! ミレーユってば!」


 何度も、何度も呼びかける。


「お願いだ。僕を見て……」


 レオンは嗚咽と共に、ミレーユを抱きしめた。レオンの金色の髪がミレーユの首元をくすぐる。かつて、毎日、繰り返された二人の日常の感覚がそこにはあった。


 そして——。ミレーユの瞼が、ゆっくりと持ち上がった。


 だが、その瞳は焦点を結ばない。眩しそうに何度かゆっくりと瞬きを繰り返し、ぼんやりと天井を映すだけだった。


「ミレーユ……!?」


 その声に、瞳が僅かに動いた。


「僕だよ! レオンだよ!」


 聞き覚えのある声を探すように、ミレーユの瞳がゆっくりと動く。焦点の定まらなかった瞳が、少しずつ目の前の男へと向けられていく。


 やがて、その瞳がレオンの顔を捉えると、ミレーユの唇が震えた。


「……レ……ォン。……泣か……ない……で……」


 その瞬間、レオンの目から大粒の涙が一気に溢れ出し、堪えきれない嗚咽が漏れた。


 七か月ぶりに開いた彼女の瞳に映ったのは——。誰よりも彼女の回復を待ち続けた、愛しい男の姿だった。



 翌日、ミレーユはリンドン伯爵家がこのために特別注文した馬車へと運ばれた。レオンに優しく抱きかかえられて乗車し、車内にあらかじめ設えられていた小さなベッドへとそっと横たえられる。そのすぐ脇の狭い座席にレオンがぴったりと腰掛け、片時も離れず付き添う形で、二人は王都を目指すこととなった。


 かつてミレーユが一人でこの地へ向かった際は、一週間ほどの馬車の旅だった。だが今回は、まだ回復しきっていない彼女の身体への衝撃を最小限に抑えるため、倍の二週間をかけてゆっくりと進む行程が組まれていた。


 昨日、あの激しい事故の渦中で意識を取り戻してからのミレーユは、時折うっすらと目を開けては、静かにどこかを見つめていた。


 レオンが「気分はどうだい?」「寒くはない?」と優しく語りかければ、彼女はゆっくりと瞳を動かして視線を合わせる。その口元は、かつてのミレーユらしく、柔らかく優しく微笑んでいるように感じられた。


 まだ声を出すのは難しく、言葉を交わすのは「おはよう」「ありがとう」程度だ。

 けれど、昨日までの眠ったままだった日々とは明確に違う、温かな交流と確かな絆が、今二人の間に優しく通い合っていた。



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