第19話 回復への指示、そして狂愛の申し出
「爆風による頭部外傷だ。脳に強い衝撃と損傷を受けている。幸い、急激に悪化している兆候はない。意識が戻らないのは、脳が受けた損傷があまりにも大きいためだろう」
ミレーユの瞳孔や脈拍を診察したケビンは、老医師とアリサに向かって的確に診断を伝えた。その見立てを聞いて、老医師も深く頷く。
「うむ……ワシも同じ考えだ。だが、目を覚ますかどうかは今は断言できん」
「ですが、呼吸は安定しており、うわ言とはいえ言葉を発することもある。まだ望みは十分にあります」
ケビンは振り返り、幕舎の周囲を仕切るように指示を出した。
「まずは人の出入りを最小限に減らしてください。余計な刺激は厳禁です。それから……口から無理に水を飲ませるのもやめてください。喉の反射が落ちているため、誤って気管に入れば肺炎を起こして命取りになります。鼻から管を入れて、経鼻で栄養剤を投与します。状態を見ながら、私の指示のもとで適切な処置を行います」
そのやり取りをじっと聞いていたレオンが、すっと前に踏み出した。
「僕が、ミレーユの介助をします。身体を拭くのも、着替えも、下の世話も……ミレーユの身の回りのことは、すべて僕がやります」
騎士である彼がそこまで申し出たことにアリサは驚いたが、ケビンは冷ややかな、探るような視線をレオンに向ける。
「軽々しく言うな、レオン。……もし一生、ミレーユの意識が戻らなかったらどうする? それでもお前は、ずっと彼女の世話をし続けるというのか?」
試すようなケビンの問いかけ。
だが、レオンは微塵も躊躇することなく、ふっと甘く微笑んだ。
「はい。……望むところです。ミレーユが目を覚まさなければ、彼女はどこにも行かず、ずっと僕のそばにいてくれるでしょう? 二人きりで、静かに暮らしていけるじゃないですか」
「「——なっ!!」」
その言葉を聞いた瞬間、アリサは息をのんで思わず後退りした。ケビンもまた拳を強く握りしめ、背筋に冷や汗が伝うのを感じていた。
目の前にいる男は、愛する女性の回復だけを祈っているのではない。彼女が動けない存在になってでも自分の手の中に閉じ込められるならそれでいいと、本気で思っているのだ。
(狂っている……! ミレーユを失う恐怖のあまり、こいつの愛は限界を超えている……!)
静まり返る病室の中で、歪んだ愛を宿すレオンの視線だけが、眠り続けるミレーユへとなおも甘く注がれていた。
◇
その頃、王都のリンドン伯爵邸では——。
ミレーユが国境の最前線で危篤に陥っているという報せに、邸内は大きな混乱と戸惑いに包まれていた。
「なぜ、ミレーユさんが最前線の戦場などにいるのですか!?」
伯爵夫人バーバラの切実な疑問に、当主ギルバートが重々しく答える。
「二人はすでに別れていたのだ……。三ヶ月ほど前、彼女はレオンと暮らしていた家を出ていた」
「まあ!……あんなに仲睦まじく、レオンもミレーユさんにベタ惚れでしたでしょうに! まさか……レオンの仕事が原因なのですか!?」
「……そうだ……な」
詰問する夫人に、ギルバートは苦々しく頷いた。バーバラは深くため息をつき、頭を抱える。
「呆れましたわ……。真相も明かされず、どれほど傷ついたことか。これでは、全面的に我が家の責任ではありませんか! なおさら、ミレーユさんの一日も早い回復を願わずにはいられませんわね」
「ああ。我が家としても全力で彼女の治療と身の安全を支えよう」
伯爵夫妻は、いつか戻るであろうミレーユを邸で手厚く迎えるべく、環境の準備へと動き出した。
◇
時を同じくして、王家と第一騎士団によるシシリー子爵家への強行捜索が開始された。
レオンが命がけで奪取した裏帳簿と納品書により、武器密売の全貌が完全に解明されたのだ。シシリー子爵一族は捕縛され、敵国へ送られていた最新鋭兵器は、本物の石炭へとすり替えられ、輸送ルートは完全に断たれた。」
前線への最新鋭兵器の補給が途絶えたことで戦況は一気に自国優位へと傾き、敵軍の完全鎮圧も時間の問題となった。
やがて、シシリー子爵家の失脚と不正ルート遮断の報せが、ミレーユのベッドの傍らに寄り添うレオンのもとへも届けられた。
「……やっとだ。やっと、終わったのか」
手紙を見つめ、レオンは小さく呟いた。
ミレーユとの絆を切り裂く原因となった過酷な諜報任務が、ようやく終わったのだ。
(これで……もう、ミレーユを傷つける必要はない)
胸に込み上げたのは達成感ではなく、愛する女性を追い詰めてしまったことへの深い安堵と、激しい後悔だった。
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