第17話 死線を彷徨う夢の中で
私は、きっと夢を見ているのだろう。
目の前には十五歳頃の私がいて、健在だった頃の両親と食卓を囲んで笑顔で食事をしているからだ。
食卓に並んでいるのは、母の得意料理だった『チキンと芋の煮込み』と、毎日食べていた焼きたての香ばしい白パン。夕食時にその日の出来事を両親に聞いてもらうのが、私の毎日の楽しみだった。
ふっと、眩暈がするように場面が変わる。
両親の小さな墓標に抱きつき、少女の私が泣きじゃくっている。大通りで馬車にはねられ、突然二人とも還らぬ人となってしまったのだ。
涙に滲む視界の先で、父と母が私に向かって優しく笑いかけている。駆けて行こうとする私に、両親は静かに首を左右に振った。
(——ミレーユ、お前はまだ、こちらに来てはいけないよ)
二人は最後の別れを告げるように優しく手を振ると、眩い光の中へと静かに歩み去っていった。
◇
天涯孤独となった私は隣家の老夫婦に後見人となってもらい、しばらく彼らの世話になりながら暮らした。やがて「亡き両親の救急治療にあたってくれたあの診療所で働きたい」と医師助手の道を志した。
場面が切り替わる。
医療学院で出会ったケビンと、楽しそうにランチを食べている十八歳の私。フォード伯爵家の四男である彼とは身分も違ったけれど、かけがえのない親友となり、のちに同じ診療所の同僚となった。
そして——また場面が変わる。
そこには、レオンと寄り添い、弾けるような笑顔を浮かべている幸せそうな私がいた。
(ああ、レオン……)
暗闇に沈んでいく意識の中で、私はそっと呟く。
(最後に、もう一度だけ……あなたに会いたかったわ……)
◇
「こちらに『ケビン・フォード』様はいらっしゃいますか! 至急、お知らせしたい報せがございます!」
王都の診療所の待合室に、突如として怒号のような叫びが響き渡った。汗と土埃に塗れた伝令が、血相を変えて飛び込んできたのだ。
「私です。私がケビン・フォードですが……一体なにごとですか!?」
奥から駆け出してきたケビンに、伝令は赤印の押された手紙を差し出した。
「最前線の野戦病院からの緊急伝令です! ミレーユ嬢が前線にて砲撃を受け、重傷です。現在、危篤状態とのことです!」
「な……ッ!?」
ケビンの顔から一瞬で血の気が引いた。震える手で書状を開くと、そこにはミレーユが意識不明のまま、うわ言で『レオン』の名を呼び続けていると記されていた。
(ミレーユ……っ! あいつに迷惑をかけまいと身を引いてまで北へ行った君が、なぜ……!)
互いを想うがゆえにすれ違い、命の危機に瀕してもなお愛する男の名を呼ぶミレーユの切なさに、ケビンの胸は激しく痛んだ。
「院長先生、ミレーユが最前線で重傷です! 僕も医師として現地へ向かわせていただきます!」
ケビンは白衣を脱ぎ捨てると、速やかに現地へ向かう準備を始めた。同居人のオリビエへ伝言を残し、同時に第一騎士団のレオン宛てにも『ミレーユ危篤』の緊急手紙を託すと、フォード伯爵家の駿馬に跨がって王都を飛び出した。
◇
一方、演習場で訓練の渦中にあったレオンは、ケビンからの知らせを受け取った瞬間に凍りついた。
『ミレーユ』『砲撃』『危篤』——その文字が視界に入った瞬間、世界が色を失った。
「団長!!」
次の瞬間、レオンは周囲の制止も構わず大声で叫んでいた。
「僕の命よりも大切な人が、今、死の淵にいます! 緊急の休暇を許可してください! ううん、許可がなくても僕は行きます!」
騎士団長は一瞬だけ厳しい表情を見せたが、すぐに深く頷いた。
跳び乗るように馬へ跨がると、リンドン伯爵家へ向けて、全速力で馬を走らせた。
邸に駆け込むや否や、父と兄に裏帳簿の最終処理を託し、血を滲ませた唇で叫んだ。
「ミレーユが……ミレーユが僕を呼んでいるんだ! 父上、伯爵家で一番速い馬を僕にください!」
リンドン伯爵はレオンの狂気すら孕んだ眼差しを受け止め、深く頷いて名馬の手綱を投げ渡した。
レオンはそのまま国境線へ向けて一直線に駆け出した。
不眠不休。食事も摂らず、宿場ごとに馬を乗り換え、ただひたすらに走り続けた。
(待っていて、ミレーユ……! 僕の命を全部あげるから……絶対に死なせない! すぐに行くからね!!)
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