第15話 孤独な密偵と、温かな家族
その頃、王都には北方国境で小競り合いが頻発しているという報告が相次ぎ、不穏な気配が満ち始めていた。
レオンが所属する第一騎士団は、王宮および王族・高位貴族の警護体制を強化していた。部隊としての北方遠征はないが、レオンにとっての本当の戦場は別の場所にあった。
◇
「……シシリー子爵家の武器横流しの証拠は、手に入れたのか?」
深夜、実家であるリンドン伯爵家の地下書庫。
重々しい問いを投げかけたのは、現当主である父・ギルバートだった。その脇には、次期当主の長兄ピエールと、将来その補佐として諜報部門を率いる次兄のライアンが厳しい面持ちで控えている。
家族だけが集まっているとはいえ、任務の話になれば、レオンの表情からいつもの甘さは消えた。諜報部員としての冷徹な眼差しを浮かべ、レオンは一通の封筒を取り出し、父の前に置いた。
「押収しました。裏帳簿と納品書の控えです」
父・ギルバートが封筒を開く
「……これで間違いないのか?」
「はい。サロンの隠し金庫に保管されていました。取引相手、金額、納品内容まで記されています」
「よくやった。これでようやく、シシリー子爵家を追い詰められる」
ギルバートは裏帳簿のページをめくりながら、険しい表情を浮かべた。
「だが、問題はその先だ。この兵器が流れている隣国との関係が、ここ半年で急速に悪化している」
我が国と国境を接する隣国は、もともと平和な小国だった。
だが、二年前に君主が交代してから、国境線では小競り合いが頻発するようになった。さらにここ半年は最新鋭の兵器を導入し、挑発の度合いを急速に強めている。
そして今回、レオンが押収した裏帳簿によって、その兵器の一部がシシリー子爵家から密かに供給されていたことが明らかになった。
このまま放置すれば、いずれ国を巻き込む大戦に発展しかねない。
悲劇を阻止し、伯爵家としての使命を果たすため、レオンは生まれ持った容姿と社交性を武器に、危険な裏工作を続けてきたのだ。
◇
ここまで来るのに、どれだけのものを犠牲にしてきたのか。レオンの脳裏に、これまでの戦術が蘇る。
同僚の女騎士からの情報をもとに容疑を絞り込み、情報を握るシシリー子爵令嬢・セシリアに接近した。彼女を言葉巧みにエスコートし、サロンの金庫を開ける『銀の鍵』を提示させ、その隙に密かに蝋で型を取って合鍵を作成した。
そしてその合鍵を使い、会員制サロンの執務室から密輸の動かぬ証拠を奪取したのだ。
だが、セシリアと密会し、鍵を受け取るその現場を、ミレーユに見られてしまった。
(任務のためとはいえ……秘密を明かせないまま、ミレーユにどれほど切ない思いをさせてしまったのか……!)
ミレーユとの平穏な生活を守るための任務でありながら、自らの手で愛するミレーユの心を追い詰めてしまった。すれ違いの果てに彼女を失っても、レオンにはこの密偵の任務を投げ出すことは許されなかった。
真実を打ち明けることすら許されない激しい葛藤に、レオンは血が滲むほど強く唇を噛みしめた。
◇
地下での密談が終わると、リンドン伯爵家の男たち四人は何食わぬ顔で一階のサロンへと集まった。国家の暗部を担うリンドン伯爵家だが、その裏の顔とは対照的に、非常に家族仲が良い。
「あら、レオン。顔色が少し悪いようだけれど、お仕事が忙しいの?」
優しく声をかけてきたのは、母のバーバラだった。そして、思い出したように微笑みを浮かべる。
「そういえば、ミレーユさんは元気なの? 診療所のお仕事でお忙しいでしょうけれど、たまには顔も見たいわ。二人で遊びにいらっしゃい。あなたたちが難しいお話をしている間、私たちとお茶をしていればいいのだから。ねえ、ミランダ」
長兄ピエールの妻である義姉のミランダも、穏やかに頷いた。
「ええ。レオン様、私もミレーユさんとお話がしたいですわ。いつも親身に健康の相談に乗ってくださるし、とても素敵な方ですもの」
診療所で働き、誰の言葉にも親身に耳を傾けるミレーユは、人の心に寄り添うことに長けていた。平民という身分など誰も気にしておらず、リンドン伯爵家の家族は皆、ミレーユを家族として全面的に受け入れ、愛していたのだ。
「……はい。ミレーユに、伝えておきます」
あたたかい家族の言葉に、レオンは貼り付けたような微笑みを返すのが精一杯だった。
(ミレーユはもう……家にはいないんだ)
家族がミレーユを愛してくれればくれるほど、自らの手で彼女を追い詰めてしまった事実が、レオンの胸を鋭く締め付けた。
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