第14話 新天地・北方診療所での奮闘と、蘇る面影
王都を出発して数日が過ぎた。ひたすら北へと向かう乗合馬車は、ガタゴトと音を立てて荒れた街道を進んでいた。
(レオン、また泣いているのかな……。今頃、私を探して困っていないかしら……)
ふっと自嘲気味に息を吐く。彼に無理をさせないよう、邪魔にならないよう身を引いて出てきたというのに、いまだに胸の奥に残る未練たらしさに嫌気がさす。だが同時に、王都から遠ざかるにつれて、二人の身分差や秘密に雁字搦めになっていた心が少しずつ軽くなっていくのも感じていた。
相反する感情が胸から溢れ出し、ミレーユの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「お姉ちゃん、どこか痛いの?」
不意に小さな声が聞こえ、ハッとして顔を上げた。隣の座席に座っていた小さな女の子が、大きな丸い瞳で心配そうにミレーユを見つめていた。
「いいえ、大丈夫よ。……心配してくれて、どうもありがとう」
慌ててハンカチで涙を拭い、ミレーユが無理に微笑んで見せると、女の子の隣に座っていた母親らしき女性が恐縮したように声をかけた。
「すみません、この子ったら失礼なことを……」
「いえ、とてもお優しいお嬢さんですね」
幼い子供の純粋な優しさに触れ、ぎゅっと張り詰めていた胸の緊張が、少しだけほぐれていく気がした。
◇
王都を出て一週間。ようやく北方国境近くにある野戦病院兼診療所にたどり着いた。一年を通して冷たい風が吹き荒れる厳しい土地だった。
国境に近い野戦病院は噂通りの人手不足で、連日多くの怪我人が押し寄せていた。怪我をした木こりや、寒さで体調を崩した老人、村の子供たち。ミレーユは着任早々、休みなく働き詰めた。
「ミレーユさん、そっちの包帯の取り替えをお願いできるかい?」
「はい、ただいま伺います!」
王都の診療所で培ってきた知識と確かな技術、そして患者一人ひとりに寄り添う温かい対応は、すぐに現地の老医師や同僚たちの信頼を得た。
「ミレーユさんが来てくれてから、本当に助かっているよ」
「ミレーユちゃん、いつもありがとうね。これ、採れたての野菜だけど食べてちょうだい」
家柄もしがらみも関係ないこの土地で、ただ一人の医療従事者として純粋に感謝され、必要とされる日々。自分の存在が誰かの役に立っているという実感が、ミレーユの傷ついた心をゆっくりと満たしていった。
けれど、忙しい勤務を終え、病院近くのささやかな自室で一人静かに夜を迎える瞬間——ベッドの冷たさに独り寝の寂しさを痛感するとき、どうしても彼の面影が脳裏をよぎる。
(……レオン)
甘えるように自分にすがりついてきたレオンの瞳や、抱きしめられたときの高い体温。
彼には彼の生きるべき華やかな世界があるのだと自分に言い聞かせながらも、楽しかった日々の思い出まで消し去ることはできなかった。
(駄目よ、思い出しては駄目……。私はもう、自分の道を進むって決めたんだから)
胸を押し潰すような愛おしさを振り払うように、ミレーユはぎゅっと目を閉じるのだった。
◇
野戦病院に一足早い冬の気配が漂い始めた頃、ついに大きく事態が動いた。隣国との緊張がついに限界を迎え、国境付近で小競り合いが始まったのだ。連日、手当てを求める傷病兵が次々と運び込まれ、現場は緊迫した空気に包まれていた。
そんな折、病院の掲示板に『最前線・診療所への医療従事者派遣』の緊急募集が張り出された。
「最前線なんて……いつ敵の攻撃を受けるかわからないじゃないか」
「私には幼い子供がいるのに……」
掲示板の前で、同僚たちが不安そうに躊躇の声を漏らす。守るべき家族がいる彼らが戸惑うのは当然のことだった。
掲示板を見つめていたミレーユは、静かに自分の胸に手を当てた。
(皆さんには、大切なご家族がいる……。家族のいない私なら、自分の知識と技術を全て捧げられるわ)
いま最前線で傷ついている兵士たちを救うために、自分ができる全力の支援をしたい。迷いのない足取りで、ミレーユは院長室へと向かった。
「院長先生、私を最前線へ派遣してください!」
机の上に志願書を差し出すミレーユに、後を追ってきた同僚たちが「ミレーユさん、危険すぎるわ!」と制止の声を上げる。だが、ミレーユの瞳には強い覚悟が宿っていた。
「私の技術と経験を、いま一番必要としている場所へ行かせてください!」
その毅然とした態度と意志に、院長も同僚たちもしばし圧倒され、静まり返るのだった。
「面白かった」と思っていただけましたら、
・ブックマーク
・作品ページ下部の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」欄にて
ポチッとクリックしていただけますと、とても励みになります。




