第13話 浮気男の瞳に映るもの
ミレーユが家を出てから、四日が過ぎていた。
彼女が去った虚無感を胸に抱えたまま、レオンはリンドン伯爵家の秘密任務を続けていた。
今すぐにでも彼女のもとへ駆けつけ、すべてを打ち明けて縋りつきたかった。だが、王国の安全に関わる重要任務を私情で明かすことなど許されない。
レオンはシシリー子爵家の令嬢・セシリアと腕を組み、王都の高級サロンへと足を踏み入れていた。
上着の内ポケットに忍ばせているのは、彼女から言葉巧みに手に入れた会員証と、先日彼女から受け取った『銀の鍵』から密かに型を取って作成した『合鍵』だ。
会員制のそのサロンは、シシリー子爵家が裏取引の連絡拠点として利用していると噂されていた。
「レオン様、今日も本当に素敵ですわ! わたくしと一緒に我が家の経営するサロンに来てくださって嬉しいですわ」
「僕もだよ、セシリア嬢。君とこうして過ごせて光栄だ」
胸の奥の罪悪感を押し殺し、レオンは洗練された貴族の笑みを向けた。
出入り口の位置、店員の動線、そしてサロンの奥にある子爵の執務室。
ほんの数日前、セシリアから鍵を受け取りエスコートする姿をミレーユに見られ、それがきっかけで彼女が去ってしまったことを思うと胸が引き裂かれそうだった。だが、ここで任務を止めるわけにはいかない。
◇
セシリアが他の令嬢たちとの雑談に夢中になった一瞬の隙を突き、レオンは何気ない足取りで執務室へと向かった。
鍵穴へ自作の合鍵を静かに差し込み、ゆっくりと回す。カチリと指先に手応えが伝わり、重厚な金庫が開いた。
中に眠っていたのは、子爵家が『石炭』と偽り、敵国へ最新鋭兵器を密売していたことを示す裏帳簿だった。
(……見つけた! これで、この不正を完全に潰せる)
証拠を上着の内ポケットに収めると、レオンは何事もなかったかのようにサロンの席へ戻った。
(ミレーユ……もう少しだけ待っていてくれ。この任務が終われば、全部君に説明できる……!)
◇
その一方で、レオンは任務の合間を縫って、毎日、ミレーユの職場である診療所へ通い詰めていた。
「ねえミレーユ、帰ってきてよ! 僕、ミレーユを抱きしめないと眠れないんだ! 寂しくて死んじゃうよ!」
涙目で縋りついてくるレオンを、ミレーユは冷静に見つめ返す。
「今はお互いに気持ちの整理が必要なの。だから、少し時間を頂戴」
「でも……じゃあ、絶対に帰ってきてくれる? 約束してくれる!?」
「……約束はできないわ」
「ミレーユ、どこに泊まってるの? 診療所に住み込んでるの?」
「……友達の家よ」
ケビンの名を出せば騒ぎになると心配し、あえて言葉を濁す。そんな不毛なやり取りが、四日間にわたって繰り返されていた。
ケビンの家に身を寄せていたミレーユだったが、明日には志願していた北方国境の診療所へと旅立つことになっている。ケビンが根回ししてくれたおかげで、派遣の話は驚くほど早く決まった。
診察室で備品を整理していると、様子を見に来たケビンが首を傾げた。
「あのさ、あいつ……君の騎士様だけど。毎日やって来ては、君の周りにいる男を鋭い目で睨みつけているぞ。あんなに君に執着していて、本当に浮気なんてしているのか?」
「……そう見えたのよ。私に言えない秘密を作って、綺麗な令嬢と仲良さそうにして……」
ぽつりと呟くミレーユに、ケビンは腕を組んで唸った。
「そうか……。でもなあ、あいつの君を見る目、あれが演技には見えないんだよ。この四日間、あいつに色目を使ってきた他の女もいたけど、一瞬たりとも視線すら送ってなかったぞ」
「……」
ケビンの言葉に、ミレーユの胸の奥で消え切らない切なさが冷たく疼いた。
けれど、自分と彼との「住む世界の違い」を思い出し、ミレーユは静かに瞳を伏せるのだった。
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