表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/11

第8話 商会の帳簿は嘘をつかない

 カレン・ベルシア。


 その名を聞いた瞬間、作業場の空気が少し変わった。


 ミラは露骨に眉を寄せた。

 セリアは少しだけ姿勢を正した。

 魔道具ギルドの見習いたちは、作業の手を止めないふりをしながら、ちらちらと入口の方を見ている。


 それだけで分かる。


 この女性は、ただの商人ではない。


「あら。歓迎されていないみたいね」


 カレンは柔らかく微笑んだ。


 年齢は二十代後半ほど。

 落ち着いた色の上質な服。

 ゆるく巻いた髪。

 指先には細い銀の指輪。


 声も表情も穏やかだった。


 だが、視線だけは違う。


 封印箱。

 作業台の上の魔光灯。

 ミラの工具。

 セリアの剣。

 そして、シュウ。


 それらを一瞬で確認していた。


(商人というより、交渉人だな)


 シュウはそう感じた。


 相手の表情、立ち位置、道具、会話の温度。

 そういうものを見て、次の言葉を選ぶ人間の目だ。


「歓迎する理由がないだけ」


 ミラが短く言った。


「うちの作業場に、出所不明の術式片が持ち込まれた。その経路にベルシア商会の名前が出た。あなたなら、どう歓迎する?」


「お茶くらいは出すかしら」


「冗談の気分じゃない」


「でしょうね」


 カレンは微笑みを崩さなかった。


 けれど、その声から少しだけ柔らかさが消えた。


「こちらも冗談で来たわけではないわ。ベルシアの名が不正な荷に使われたなら、放っておけないもの」


 ミラは封印箱を指で軽く叩いた。


「使われた、ね」


「ええ」


「自分たちは関係ないと?」


「そう言いたいところだけれど、商売でそれを言うと信用を失うわ」


 カレンは一歩、作業場の中へ入った。


「正しくは、こうね。ベルシア商会の正式な出荷記録には、その赤い印の木箱は存在しない。ただし、うちの倉庫名が使われた以上、どこかで誰かがベルシアの流れに紛れ込ませた可能性はある」


 その言い方に、シュウは少しだけ目を細めた。


 責任逃れではない。

 だが、認めすぎてもいない。


 線引きがうまい。


(この人、相当やり手だ)


 カレンの背後に見える金色のような魔力の流れは、細く複雑に絡み合っていた。


 黒ではない。

 白でもない。


 いくつもの線が、商会の倉庫、取引先、人、荷車、金、契約へ伸びているように見える。


 シュウは無意識に、その流れを追いかけそうになった。


 その瞬間、目の奥が少し痛んだ。


(追いすぎるな)


 昨日から魔流視を使い続けている。

 見ようとすれば見える。

 だが、見えるからといって、見続けていいわけではない。


 シュウは軽くまばたきをした。


 カレンの視線が、こちらへ向く。


「あなたが、シュウさんね」


「はい。シュウ・サエキです」


「魔力の流れが見える、と聞いたわ」


 その言葉に、セリアが少しだけ反応した。


 ミラも不機嫌そうに目を細める。


「誰から聞いたの」


「組合から正式に聞いたわけではないわ。ただ、倉庫で騒ぎがあれば噂は流れる。商会は噂で荷を守る仕事でもあるの」


「嫌な仕事ね」


「ええ。嫌な仕事も多いわ」


 カレンはそう言ってから、シュウへ向き直った。


「あなたには、この箱がどう見えたのかしら」


 その口調は丁寧だった。


 だが、ただの好奇心ではない。


 商会の名を守るため。

 損害を見積もるため。

 誰を信じ、誰を切るか判断するため。


 そういう目的を含んだ問いだった。


 シュウは少し考えてから答えた。


「濁った流れが見えました。魔力を持つものに寄っていくように見えました。薬草や魔石に反応していたので、放置すると周囲の素材に影響すると思います」


「人には?」


「分かりません。ただ、近くにいたジノがくしゃみをしていました。体調への影響がないとは言い切れません」


「ジノ・バレット?」


 カレンの眉が、ほんのわずかに動いた。


 シュウはその変化を見逃さなかった。


「知っているんですか?」


「名前だけね。低ランクのアヴァントゥリーストで、薬師ギルドへの出入りが多い子でしょう」


 セリアが小さく頷く。


「ジノは、よく薬師ギルドに行ってます」


「そう」


 カレンは短く答えた。


 それ以上は言わなかった。


 だが、シュウの胸に小さな引っかかりが残る。


 薬師ギルド。

 ジノ。

 薬代。

 低品質の魔石。

 安い魔道具部品。


 点と点が、まだ細い線にもならないまま、頭の中に並んでいた。


「カレン」


 ミラが低い声で言った。


「この術式片、正規の品じゃない。でも、作りは完全な素人仕事でもない。粗いけど、目的はある」


「目的?」


「低品質の魔石から、無理に魔力を引き出す。そういう作りに見える」


 カレンの表情が、そこで初めてわずかに曇った。


「……そう」


「心当たりがあるの?」


「需要ならあるわ」


 カレンは静かに答えた。


「良質な魔石は値上がりしている。魔光灯も、保温具も、治癒補助具も、魔石がなければ動かない。でも、安い魔石は不安定で長持ちしない」


 彼女は作業台の上の壊れた魔光灯へ視線を落とした。


「だから、安い魔石でも長く使える補助部品があれば、欲しがる人は多い」


「でも、これは周囲を濁らせる」


 ミラの声は硬い。


「分かっているわ」


「分かっていて流していたなら、問題よ」


「分かっていたら流さないわ。少なくとも、ベルシアの名ではね」


 カレンの声が、少しだけ鋭くなった。


 柔らかい笑みは残っている。

 だが、その奥にある商人としての誇りが見えた。


「契約は紙ではなく信用で動く。信用を汚す商売は、長く続かない」


 その言葉に、シュウは前の世界の取引先を思い出した。


 納期。

 品質。

 数量。

 検査成績書。

 どれも紙に書く。

 だが、本当に積み上がるのは信用だった。


 一度失えば、取り戻すのは難しい。


「商会の帳簿を確認させてもらう必要がある」


 ミラが言うと、カレンは少しだけ笑った。


「魔道具整備士に商会の帳簿を見せる趣味はないわ」


「逃げるの?」


「違うわ。見るなら、見方を知っている人間を連れてきなさい」


 カレンの視線が、シュウへ向いた。


「彼なら、面白いかもしれない」


「俺ですか?」


 思わず聞き返す。


「ええ。あなたは流れを見るのでしょう? 商売も流れよ。物の流れ、金の流れ、人の流れ、記録の流れ。そのどこかが詰まれば、必ず歪みが出る」


 その言葉に、シュウは黙った。


 まさに、自分が前の世界で見ていたものだった。


 部品が足りない時。

 外注先から納品が遅れる時。

 帳簿上の在庫と現物が合わない時。

 問題は、いつもどこかの流れにあった。


「ただし」


 カレンは微笑みを深めた。


「商会の帳簿は、誰にでも見せるものではないわ。組合、魔道具ギルド、そしてベルシア商会。それぞれ立ち会いの上で、必要な範囲だけ確認する。それが条件」


「随分と慎重ね」


 ミラが言う。


「商人は慎重でなければ、すぐに食われるもの」


 カレンは淡々と答えた。


 その声には、ただの余裕ではない何かがあった。


 苦労を知っている者の声。


 シュウはそう感じた。


     ◇


 ベルシア商会の倉庫は、アルメリアの南側にあった。


 魔道具ギルドから歩いて十五分ほど。

 通りが少し広くなり、荷車の数が増える。


 商会区。


 セリアがそう説明した。


 石造りの倉庫が並び、荷を積んだ馬車が行き来している。

 建物の前では、商人や運搬人が忙しく声を交わしていた。


「こっちは初めてだな」


 シュウが言うと、セリアが頷いた。


「私もあまり来ないかな。依頼で護衛に来ることはあるけど」


「ミラさんは?」


「私は嫌い」


 ミラは即答した。


「帳簿と契約と値引き交渉の匂いがする」


「それは商会区だから仕方ないんじゃないか」


「だから嫌いなの」


 ミラは不機嫌そうに言った。


 カレンは少し前を歩きながら、くすりと笑った。


「でも、あなたたちの魔道具部品も、素材も、工具も、商会を通らなければ届かないものが多いわ」


「分かってる。だから余計に嫌」


「正直ね」


「嘘を言っても魔道具は直らない」


「その言い回し、あなたらしいわ」


 二人は仲が悪いのか、悪くないのか分からない。


 少なくとも、完全に初対面ではなさそうだった。


 ベルシア商会の倉庫前に着くと、若い倉庫番がカレンに気づき、慌てて頭を下げた。


「カレン様」


「赤印の保留記録を確認します。北側の帳簿室を使うわ」


「はい」


 倉庫番はちらりとシュウたちを見る。


 セリアの剣。

 ミラの工具袋。

 シュウのEランク木札。


 特にシュウの木札を見た時、少しだけ不思議そうな顔をした。


(Eランクが何でここに、って顔だな)


 気持ちは分かる。


 自分でもそう思っている。


 帳簿室は、倉庫の一角にあった。


 細長い机。

 棚に並んだ帳簿。

 壁にかけられた荷札。

 部屋の奥には、小さな魔光灯が一つ灯っている。


 カレンが帳簿を数冊取り出し、机に並べた。


「赤印の箱が組合倉庫に持ち込まれたのは三日前。ベルシアの倉庫名が使われていた。だから、前後五日の荷動きを確認します」


「俺は文字が読めません」


 シュウは正直に言った。


「聞いているわ。だから、私が読む。あなたは違和感を見る。ミラは部品名と術式片の分類を確認。セリアは……」


「私は?」


「不審者が来たら止めて」


「分かりやすい役割だね」


 セリアは少し笑って、扉の近くに立った。


 カレンは帳簿を開いた。


「まず、通常の魔石片。三日前の午前、南門から搬入。仕入れ元はラグナー採石組合。数量は木箱十二」


「ラグナー採石組合は実在する」


 ミラが言った。


「品質は低いけど、安い魔石片をよく出す」


 カレンは続ける。


「同日午後、木箱十がベルシア倉庫へ。二箱は薬師ギルド経由で治癒具工房へ」


「薬師ギルド?」


 シュウが反応した。


 ジノの顔が頭に浮かぶ。


 カレンも気づいたように、少しだけ視線を上げた。


「ええ。治癒具工房は薬師ギルドと取引があるわ。低級の治癒補助具には、安い魔石片も使う」


「ジノがよく出入りしている場所ですね」


「そうね」


 カレンはそれだけ言って、帳簿へ戻る。


「問題は、その翌日。帳簿上は、ベルシア倉庫から組合倉庫へ魔石片を送った記録はない」


「なら、誰かが倉庫名だけ使った?」


 セリアが言う。


「可能性はあるわ」


 カレンは別の帳簿を開く。


「でも、荷札だけなら外で偽造できる。問題は、赤印の木箱に使われていた封印紐」


「封印紐?」


「商会が荷を閉じる時に使う紐よ。ベルシア商会のものだった」


 ミラの表情が硬くなる。


「内部の人間が関わってる可能性があるってこと?」


「否定はできないわ」


 カレンの声は静かだった。


 その静けさが、かえって重かった。


 自分の商会の中に、信用を汚す者がいるかもしれない。

 それは商人にとって、外敵より厄介なのだろう。


 シュウは帳簿を見ても読めない。


 だが、机の上に並べられた荷札、封印紐、帳簿、木箱の記録。


 それらの間に、薄い金色の流れが見えた。


 普通の荷の流れは、帳簿から荷札へ、倉庫へ、出荷先へとつながっている。


 だが、ひとつだけ違う。


 帳簿に書かれていないはずの流れが、棚の奥から細く伸びている。


 シュウは立ち上がった。


「シュウ?」


 セリアが声をかける。


「少し、気になるものがあります」


 シュウは帳簿棚の奥へ近づいた。


 棚の下段。

 古い木箱の影。

 そこに、細く切れかけた封印紐が落ちていた。


 シュウには、その紐から薄い濁りが見えた。


「これです」


 カレンの表情が変わった。


 彼女はすぐに布を取り出し、素手で触らないように封印紐を拾う。


「ベルシアの封印紐ね」


「普通のものですか?」


「見た目は普通。でも、ここに落ちている理由はないわ」


 ミラが封印紐を覗き込む。


「少しだけ魔力が濁ってる」


「分かるんですか?」


 シュウが聞くと、ミラは眉を寄せた。


「あなたほどじゃない。でも、ここまで残っていれば分かる」


 カレンは倉庫番を呼んだ。


「北帳簿室に最後に入った者は?」


「ええと……通常は私と主任、それからカレン様です」


「他には?」


「二日前、臨時の運搬人が棚の修理で入りました」


「名前は?」


 倉庫番は一瞬、言葉に詰まった。


「それが……紹介状はあったんですが、名前までは」


 カレンの笑みが消えた。


「名前を確認せず、帳簿室に入れたの?」


「す、すみません。主任が急ぎだと」


 部屋の空気が冷える。


 カレンは声を荒げなかった。


 だが、その分、言葉が鋭かった。


「商会の帳簿室は、荷置き場ではありません」


「はい……」


「信用は、一枚の帳簿から崩れます」


「申し訳ありません」


 シュウはそのやり取りを見ていた。


 怒り方がリリアに少し似ている。


 静かで、逃げ場がない。


 ただ、リリアが命を守るために記録を重んじるなら、カレンは信用を守るために記録を重んじている。


(守っているものが違うだけで、似ているのかもしれないな)


 その時、帳簿室の外から小さな騒ぎ声が聞こえた。


「待ってください! ここは勝手に入れません!」


「違うって! 俺、届け物! 薬師ギルドから!」


 聞き覚えのある声だった。


 セリアが扉を開ける。


 廊下の向こうで、ジノが倉庫番に止められていた。


 片手には小さな革袋。

 もう片方の手には、薬師ギルドの印がついた紙包み。


「ジノ?」


「あ、セリア! ちょうどよかった! 俺、怪しい者じゃないって説明して!」


「怪しくない人は、だいたい自分で怪しくないって言わないよ」


「それはそうだけど!」


 ジノは焦ったように手を振った。


 シュウも廊下へ出る。


「どうしたんですか?」


「薬師ギルドからベルシア商会に届け物。ついでに、リリアさんから伝言」


「伝言?」


 ジノは息を整えると、急に真面目な顔になった。


「赤印の箱と似た濁りが、下町の魔光灯で見つかったって」


 全員の表情が変わった。


 ミラが一歩前に出る。


「どこの魔光灯?」


「灯り小路の共同灯。あと……」


 ジノは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


 さっきまでの軽さが、消えていた。


「俺んちの近くでも、同じように光が濁ってる」


「ジノ」


 セリアの声が少し低くなる。


 ジノは無理に笑おうとした。


「いや、まあ、うちの魔光灯は元から古いし? 安物だし? たぶん大したことないと思うけどさ」


 たぶん。


 いつもの口癖のようなその言葉が、今だけは妙に弱く聞こえた。


 シュウはジノの背後に、細い濁った流れがついているのを見た。


 それは木箱のものよりさらに薄い。


 だが、消えてはいない。


「ジノさん」


「ん?」


「その革袋、何ですか?」


「ああ、母さんの薬。帰りに受け取ってきた」


 ジノは何でもないように言った。


 だが、シュウには見えていた。


 革袋の中の薬包へ、濁った細い糸が絡みかけている。


 胸の奥が、冷たくなる。


「その袋、置いてください」


「え?」


「ゆっくり。床に置いて、離れてください」


 シュウの声が低くなった。


 ジノの顔から、笑みが消える。


「……何か、見えてるのか?」


「はい」


 セリアがすぐにジノの横へ立つ。


「ジノ、言う通りにして」


 ジノは一瞬だけ迷った。


 だが、すぐに革袋を床へ置き、二歩下がった。


 ミラが封印布を取り出す。


 カレンが倉庫番たちに下がるよう指示する。


 シュウは床の上の革袋を見つめた。


 薬包に絡む濁った糸。


 それはまだ細い。

 しかし、薬の中にある微かな魔力を見つけて、少しずつ入り込もうとしている。


(薬にまで、入り込むのか)


 もしこれが、ジノの母親に渡っていたら。


 もし下町の共同灯から、同じ濁りが広がっているなら。


 もし安い魔光灯や治癒補助具を使う家ほど、影響を受けているのなら。


 これは、ただの商会不正ではない。


 弱い場所から、流れが濁り始めている。


 ジノの声が震えた。


「なあ、シュウ」


 いつもの軽さはなかった。


「その薬、母さんに飲ませたら……まずいのか?」


 シュウはすぐに答えられなかった。


 分からない。


 だが、分からないまま進めてはいけない。


 リリアの言葉が、頭の奥で響く。


 分からないことを分からないまま進めると危険です。


 シュウは拳を握った。


「まだ分かりません」


 正直に言った。


「でも、確認するまで飲ませない方がいい」


 ジノの顔が、青ざめた。


 作業場でも、倉庫でも、どこか他人事のように軽口を叩いていた青年が、初めて本気で立ち尽くしていた。


 セリアが静かにジノの肩へ手を置く。


 ミラは封印布を広げる。


 カレンは表情を消し、低く言った。


「灯り小路へ行きましょう」


「危険かもしれない」


 ミラが言う。


「だから行くのよ」


 カレンの声は静かだった。


「ベルシアの名前が使われて、下町の灯りと薬にまで濁りが出ているなら、これはもう帳簿だけの問題ではないわ」


 シュウはジノの薬袋を見つめた。


 濁った糸は、まだ細い。


 だが、その先には人の生活がある。


 灯り。

 薬。

 安い魔石。

 古い魔道具。


 昨日まで見えていなかった街の流れが、いま目の前でつながり始めていた。


 黒でも白でもない。


 それは、誰かが暮らすために選んだ安い流れだった。


 そして今、その流れが静かに濁り始めている。


 シュウは顔を上げた。


「行きましょう」


 ジノがこちらを見る。


「俺も行く」


「もちろん」


 シュウは頷いた。


「あなたの家の近くなんでしょう」


 ジノは唇を噛んだあと、小さく頷いた。


「ああ」


 その声は、いつもの軽いジノではなかった。


 守りたいものを持つ、一人の兄の声だった。


 灯り小路。


 安い魔光灯が並ぶ下町。


 そこに、赤い印の木箱から始まった濁りの次の流れがある。


 シュウはまだ知らない。


 その先で、自分が初めて見ることになるのは、魔物でも術式でもない。


 この世界で、弱い者ほど濁った流れに飲まれやすいという、あまりにも現実的な仕組みだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ