第39話 名簿にいない一人
白環東部封鎖所では、二百点を超える押収術式具の封印が内側から開き始めていました。
白環の規定通り全施設を封鎖すれば、黒い流れは外へ出ません。
しかし、逃げ遅れた職員も同じ壁の内側へ残されます。
誰がいるのか。
何人出たのか。
正式名簿だけを照合し、「全員避難した」と判断してよいのか。
白環の施設で働きながら、白環の名簿には載っていない一人を救うため、シュウたちは封鎖網を区画ごとの流れへ分けていきます。
「第二封鎖隊、救出路を開け!」
ユリウス・フェインの声が、白環東部封鎖所へ響いた。
白い外套の騎士たちが、一瞬だけ動きを止める。
彼らが訓練されてきたのは、危険な流れを封じることだ。
封じる前に人を逃がすため、内側へ踏み込むことではない。
「聞こえなかったか!」
ユリウスがもう一度叫ぶ。
「第一門は開放を維持! 西側通路を避難専用にする! 戦闘可能者は職員の後ろへ下がれ!」
今度は全員が動いた。
命令書に書かれていない指示。
現場を見た者が、自分の責任で決めた指示だ。
「俺たちも行きます」
俺が開いた門へ向かうと、ユリウスが腕で止めた。
「待て。内部構造を知らずに入れば、救助対象が増える」
正しい。
急いでいるからこそ、入る順番を間違えてはいけない。
「案内役を一人」
「副隊長のエルドをつける」
ユリウスが年長の騎士を呼ぶ。
石橋で、白環術式の流出を証言した男だ。
「エルド・サイラスです」
白髪の混じった騎士が短く名乗る。
「封鎖所の勤務は十二年。全区画の通路を把握しています」
「逃げ道は何本?」
ジノ・バレットがすぐに聞いた。
「正門、西通用門、北搬入口の三つ」
「窓と排水路は?」
「窓は白環格子。排水路は人が通れる大きさではない」
「小柄な人なら?」
「無理です」
「確認した?」
エルドがジノを見る。
「設計図では通れません」
「設計図じゃなくて、今の穴」
「……現物は確認していません」
「じゃあ、逃げ道は三本と、使えるか分からない排水路」
ジノは勝手に一つ増やした。
「後で見る」
「先に正規通路を使え」
「正規通路が塞がれた時に見るんだよ」
怖がりだからこそ、塞がれた後を考える。
「内部の人数は?」
俺が尋ねる。
「本日の勤務者は三十八名」
エルドが答える。
「正門から二十一名が退避済み。北保管区に八名。第二保管庫に六名。制御塔に三名」
「合計三十八」
「はい」
数字は合っている。
だが、それだけでは安心できない。
「臨時作業員は?」
「白環施設へ外部作業員は入れません」
「今日届いた荷物の御者と助手は?」
エルドの顔が止まる。
「受領後、退去したはずです」
「確認は?」
「受領記録では、搬入完了となっています」
搬入完了。
退去完了ではない。
「その二人も確認してください」
「今は職員の救出が先です」
「同じです」
白環の名簿に載っていなくても、施設の中にいるなら同じ救助対象だ。
エルドは一瞬だけ何か言いかけた。
やがて、腰の連絡石へ搬入口の確認を命じた。
◇
封鎖所の内部は、白い光と灰黒色の濁りが入り混じっていた。
壁には小さな保管扉が並んでいる。
それぞれの中央に白い封印環。
本来なら押収術式具を一つずつ閉じ込めるためのものだ。
今は、白い環の内側から黒い線が伸びている。
黒い変換部が、複写した白環術式を使って封印を逆向きに開いていた。
「第三保管扉、開放率二割!」
「第五も上がっています!」
白環騎士たちの報告が飛ぶ。
「中央封鎖網を切りますか」
エルドが俺たちへ聞く。
ミラ・フォルネが首を振った。
「いきなり切ったら、個別封印へ魔力が届かなくなる」
「では全封鎖を」
「それも駄目。黒い変換部は白環の閉じる命令を逆に使う」
「何もできないではないか」
「中央から一括で動かすからよ」
ミラは壁の配線盤を開いた。
白い管が八方向へ伸びている。
「保管庫はいくつ?」
「大区画が八。各区画に二十五前後の個別保管室があります」
「なら八つに分ける」
「中央制御を失えば、各区画で封印を維持できません」
「手動環は?」
エルドが少し黙る。
「あります。中央網故障時の予備です」
「使ったことは?」
「年一回の訓練だけです」
「動くなら十分」
中央封鎖網をすぐには切らない。
先に八つの区画を手動へ切り替える。
切り替えが終わった区画から、中央との接続を外す。
すべてを同時に変えるのではなく、一つずつ。
「切り替え順を決めます」
俺はエルドから内部図を受け取った。
「人が残っている北保管区と第二保管庫を先に」
「危険物の開放率が高い第三を優先すべきです」
「第三に人は?」
「いません」
「なら、人がいる区画を先に独立させます」
「その間に第三の封印が開けば、施設全体へ流出する」
「第三へ続く物理扉を閉じられますか」
「白環扉ではありません。防火用の鉄扉です」
「先にそれを閉じます」
術式で閉じるから読まれる。
なら、黒い変換部が制御できない普通の扉を使う。
「レイヴン、鉄扉を」
「俺は白環の部下じゃないんだがな」
レイヴン・クロフトは言いながら、第三保管区へ走った。
「閉めればいいんだろ」
「挟まれている人がいないか、先に確認してください!」
「注文が増えたな!」
「必要なので!」
「分かったよ、段取り屋!」
セリア・グランツは北保管区へ向かう。
「残ってる八人を連れてくる!」
「一人で奥へ入りすぎないで!」
「シュウに言われたくない!」
言い返せない。
「ジノは西通用門までの道を確認。塞がっていたら排水路を」
「やっぱり俺が見るんじゃん!」
「得意でしょう」
「得意だけど好きじゃない!」
ジノも走り出す。
「エルドさんは各区画へ手動切替を指示してください。切替完了は、白い札ではなく人の声で二重確認」
「白環の表示を信じないのか」
「今は表示を書き換えられています」
安全と表示されても、安全とは限らない。
実際に手動環を握った者。
区画の扉を見た者。
二人の確認がそろってから切り替える。
「承知した」
エルドが白環騎士たちへ指示を飛ばす。
◇
「北保管区、八名確保!」
セリアの声が通路から聞こえた。
白い外套の職員たちが、互いを支えながら走ってくる。
最後尾では、セリアが黒い鎖のような術式具を剣で押さえていた。
保管扉から半分だけ出た黒い鎖が、職員の足へ伸びている。
「走って! 振り返らない!」
セリアは深く息を吸う。
足裏で床を掴む。
焦って鎖へ踏み込まず、職員との間へ剣を置いた。
「守り払い!」
鎖の先を壁側へ逸らす。
白環騎士が最後の職員を引き寄せる。
「全員出た!」
セリアも後退する。
追ってきた黒い鎖が区画境界を越える直前、鉄の防火扉が落ちた。
レイヴンが手動鎖を引いている。
「第三だけじゃなく、こっちも閉めておいた!」
「人は?」
「数えた! 八人!」
黒い鎖が鉄扉へぶつかる。
白環術式ではない扉は、開く命令を受けない。
「北保管区、手動環へ切り替え!」
「操作担当一名、扉確認一名。切替完了!」
「中央から外して!」
ミラが配線盤の一本を抜く。
北保管区へ伸びていた灰黒色の線が途切れた。
「一つ目!」
残り七区画。
「第二保管庫、六名が出ます!」
別の通路から報告。
人が先。
手動切替。
現物確認。
中央接続を外す。
同じ順番を繰り返す。
「第四、切替完了!」
「第六、扉確認!」
「第一、中央接続を切断!」
八本あった灰黒色の線が、一つずつ減っていく。
黒い変換部の回転も少しずつ遅くなる。
「シュウ!」
ジノが西通用門から戻ってきた。
「通用門は使える! 排水路も、俺なら通れる!」
「使わずに済みそうです」
「確認した俺を褒めて!」
「助かりました」
「もっと!」
「今は後で!」
「忘れるなよ!」
ジノはそのまま避難者を西通用門へ誘導する。
「正門へ行く人とぶつかる! こっちの八人は西へ! 走れない人を先に!」
人の流れが二つに分かれた。
入口へ全員を集めない。
避難経路も詰まらせない。
◇
「勤務者三十八名、全員退避確認!」
エルドが報告した。
正門二十四名。
西通用門十四名。
合計三十八名。
「避難完了です」
白環騎士たちから安堵の声が漏れる。
「待って」
ジノが言った。
「まだ一人いる」
「名簿上は全員です」
エルドが答える。
「名簿じゃなくて、飯の数」
ジノは北搬入口で拾った木札を見せた。
食堂の受取札。
今日の日付。
番号は三十九。
「食事は三十九人分出てる」
「予備では?」
「空の器も三十九個あった」
白環の勤務者は三十八名。
それ以外の誰かが、ここで食事を受け取っている。
「搬入の御者と助手です」
俺は言った。
「一人は御者。一人は助手。どちらかが残っている可能性があります」
エルドが連絡石へ北搬入口を呼ぶ。
「本日の搬入者を確認しろ!」
返事が来る。
「御者一名は受領後に退去。助手については……退去記録がありません」
「どこだ!」
「第二保管庫の荷下ろし後、確認されていません」
避難完了ではなかった。
名簿に載っている者が全員出ただけだ。
「第二保管庫は手動封鎖済みです」
白環騎士が言う。
「開け直しますか」
開ければ、切り離した黒い流れが戻る可能性がある。
「助手の名前は?」
「搬入記録には、御者名しかありません」
「また名前もないのか」
セリアの声が低くなる。
荷を運んだ。
食事も受け取った。
けれど、正式な作業者ではないから名簿にいない。
事故が起きれば、最初からいなかったことになる。
「俺が入る」
ジノが言った。
「通用門側から第二保管庫へ抜ける荷物穴がある」
「排水路では?」
「それより広い。樽を通す穴だ」
「一人では行かせません」
俺が言う。
「でも、シュウは入らないで」
セリアが先に止める。
「まだ何も」
「目が痛い顔してる」
「今回は使っていません」
「使ってなくても痛いなら、もっと駄目」
正しい。
「私とジノで行く」
「戦う場所が狭いよ」
ジノが言う。
「剣を振れない?」
「短く持てば。だけど、逃げる時は俺の言う通りにして」
「分かった」
「本当に?」
「シュウほど信用ない?」
「焦ると前に出るから」
「……分かった。今度こそ本当に」
二人が荷物穴へ向かう。
「連絡紐を離さないでください!」
俺は声をかける。
「分かってる!」
セリアの返事が、穴の奥へ消えた。
◇
残る区画の切り替えを続けながら、二人を待つ。
「第七区画、手動切替完了!」
「中央接続を外す!」
ミラが七本目の管を抜く。
残るのは、変換部がある第二保管庫だけ。
そこはセリアとジノが入っているため、まだ完全には切れない。
「黒い環の回転が上がってる」
ミラが測定板を見る。
「中央から切られる前に、第二へ流れを集めてる」
「どれくらい保ちますか」
「五分。長くて七分」
連絡紐が一度引かれた。
異常の合図。
「セリア!」
返事はない。
紐が二度。
人を発見。
「見つけた!」
穴の奥からジノの声が聞こえる。
「足を挟まれてる! 搬入台が倒れてる!」
「動かせますか!」
「二人じゃ重い!」
ガッシュはいない。
レイヴンは防火扉を押さえている。
白環騎士を一人入れるには穴が狭い。
「搬入台の構造は?」
エルドが図面を開く。
「荷を上下する昇降台です。側面に釣り合い重りがある」
「重りを下げれば、台は上がる?」
「本来は」
「操作線はどこですか」
「中央封鎖網と同じ配線盤」
ミラが最後に残った管を見る。
「今そこを動かしたら、黒い変換部にも入る」
術式で台を上げれば、変換部へ力を与える。
使わなければ、挟まれた人を出せない。
「手動鎖は?」
「荷物穴の反対側」
「ジノ!」
「聞こえてる!」
「倒れた台の左奥に、手動鎖がある!」
「人が通れない!」
「棒で引けませんか!」
「探す!」
中で金属がぶつかる音。
黒い環の回転がさらに上がる。
「あと三分!」
ミラが叫ぶ。
「シュウ」
エルドが白い小環を持つ。
「第二保管庫だけを完全封鎖すべきです」
「中に三人います」
「施設全体を守るためです」
白環が何度も選んできた判断。
合理性はある。
だが、まだ別の手を試せる。
「三分使います」
「失敗すれば?」
「その時は、セリアとジノにも状況を伝えて決めます」
「外から切らないのか」
「内側にいる人を、判断から外しません」
ジノの声が響いた。
「棒あった! でも短い!」
「剣を使う!」
セリアの声。
「兄さんの剣じゃなくて自分の剣です!」
「分かってる!」
何の確認か分からないが、必要だったのだろう。
「鎖に届いた!」
「二人で引け!」
エルドが叫ぶ。
「下じゃない、壁側へ! 釣り合い重りを先に落とす!」
白環の現場知識が、穴の向こうへ伝わる。
鎖の擦れる音。
重い物が落ちる音。
「台が上がった!」
「足、抜ける!」
「あと一分!」
ミラが最後の管へ工具をかける。
「出ました!」
セリアの声。
「切って!」
「第二保管庫、中央接続を切断!」
ミラが管を引き抜く。
八本すべてが中央網から外れた。
巨大な黒い輪が、力を失ったように傾く。
白い封印は、区画ごとの手動環で維持されている。
「救助者を引きます!」
連絡紐が動く。
最初に出てきたのは、煤で顔を汚した若い男だった。
片足を引きずっている。
続いてジノ。
最後にセリアが穴から出る。
「名前は?」
俺が若い男へ聞いた。
「ニック……ニック・ハルバ」
「搬入助手ですか」
「はい」
「なぜ残っていたんです」
「荷を置いたら、受領印が出るまで待てと言われました」
「誰に?」
ニックの顔がこわばる。
「黒い手袋の商人です」
ヴァルド・グレイム。
「その男はどこへ?」
「制御塔へ上がりました。白い服の偉い人と一緒に」
「白い服の名前は?」
「周りの人は、副所長と呼んでいました」
ユリウスが顔を上げる。
「副所長マティアス・ロウ」
制御塔に三名いたと記録されていた。
三名は退避済みのはずだ。
「制御塔から出た三名に、副所長は?」
エルドが連絡石で確認する。
返事はすぐに来た。
「いません」
名簿上は三人。
退避報告も三人。
だが、交代者の名前まで見ていなかった。
「誰が出た」
「制御員二名と、王都監査官一名」
「王都監査官の名は?」
「ヴェイル監査官と」
ヴェイル。
ラドム・ヴェイルと同じ姓。
偽名か、使い回された身分か。
「副所長はまだ中です」
ユリウスが制御塔を見上げる。
◇
全職員三十八名。
外部搬入者一名。
合計三十九名の退避を確認した。
危険物の封印も、八区画すべて手動へ切り替わっている。
施設全体の暴走は止まった。
だが、黒い変換部は第二保管庫から消えていた。
「昇降台の下に搬送溝があります」
ニックが足を押さえながら言う。
「荷を降ろした後、副所長が床を開けました。黒い箱は、制御塔側へ運ばれたと思います」
制御塔。
白環封鎖所の中央判断と緊急動力が集まる場所。
「駆動部を別に運ぶ必要はなかったのね」
ミラが気づく。
「白環の緊急動力核を使えばいい」
ヴァルドは記録部と変換部だけを運んだ。
最後の駆動部は、最初から封鎖所にある。
危険物を守るための大きな動力。
それを黒い環へつなぐ。
「制御塔を封じますか」
エルドがユリウスへ聞く。
ユリウスは塔の窓を見る。
「中に副所長がいる」
「黒環会へ協力しています」
「それでも、確認前に切り離さない」
先ほどまでなら、別の判断をしていたかもしれない。
「第二封鎖隊、制御塔へ向かう」
「待ってください」
俺は塔の足元を見る。
巨大な黒い輪は止まった。
だが、灰黒色の細い線が床を通り、制御塔へ伸びている。
魔流視を使っていないのに、違和感が分かるほど強い。
「正面階段は、流れの入口にされています」
「見えるのか」
「はっきりではありません。でも、近づけば何かが起きます」
「別の入口は?」
ジノが塔の外壁を見る。
「窓。屋根。物資搬送口」
「どれも白環格子があります」
エルドが言う。
「複写された白環術式なら、格子も向こうが動かせる」
ミラが付け加える。
「正面から行けば?」
セリアが剣を握り直す。
「罠だと分かってる道を、確認しながら進む方がいい時もある」
「そうですね」
入口が分かっているなら、対策できる。
「白環の騎士を先頭にはしません」
俺はユリウスへ言った。
「なぜだ」
「白環術式を使わせるのが目的かもしれない」
「では誰が行く」
「俺とセリア、ミラ。ジノは外で逃げ道を確認。レイヴンは――」
「俺も行く」
レイヴンが先に言った。
「一時的な助力者じゃなかったんですか」
「一時的だ。まだ終わってないだけだ」
「ユリウスさんは後ろから、白環の流れを止めてください」
「私が指示を受けるのか」
「共同作業です」
「便利な言葉だな」
「責任分担も記録します」
「リリア殿に似てきたぞ」
それは、褒め言葉として受け取るべきか迷う。
制御塔の窓に、人影が現れた。
整った商人服。
黒い手袋。
ヴァルド・グレイム。
彼は逃げていなかった。
最上階の窓から、こちらを見下ろしている。
その隣には、白環の副所長らしい男が立っていた。
「三十九人」
ヴァルドの声が、拡声術式で封鎖所へ響く。
「名簿にない運び手まで拾いましたか」
「最初から知っていたんですね」
「もちろん」
穏やかな笑み。
「彼には、最後まで荷を見届ける責任がある」
「名前も記録しなかったのに?」
「名前は不要です。仕事が終われば、次の運び手へ替えればいい」
腹の底が冷たくなる。
現場の人間を、交換できる部品として見る声。
「人は部品じゃありません」
「そう言いながら、あなたも役割を割り振っている」
「抜ける道を残しています」
「抜けた者の仕事は、誰かが埋める」
「だから、埋められない時は止めます」
ヴァルドの笑みが少し薄くなる。
「止まる仕組みを、仕組みと呼べるのですか」
「止まれない仕組みよりは」
黒い手袋が、窓辺の操作環へ触れた。
制御塔の下で、灰黒色の線が一斉に光る。
「では、止めてみせてください」
塔の内部から、白と黒が混ざった大きな駆動音が響いた。
「この封鎖所は、危険を外へ出さないために作られた」
ヴァルドが言う。
「つまり、内側でどれほど大きな実証を行っても、外には漏れない」
白環の安全設備を、実験場の壁として使う。
「実証区三番」
制御塔の白い壁へ、黒い文字が浮かび上がった。
――白環東部封鎖所。
――封鎖反転試験、開始。
入口の鉄門が、背後でゆっくり閉じ始めた。
人は外へ出した。
だが、俺たちはヴァルドと一緒に、封鎖所の内側へ残されようとしている。
「ジノ!」
「逃げ道は確保してる!」
門の外から声が返る。
「でも、閉まる前に決めて! 出るのか、残るのか!」
セリアが俺を見る。
「どうする?」
制御塔。
黒い変換部。
白環の緊急動力核。
そして、ヴァルド・グレイム。
ここで出れば、人は助かる。
だが、変換部は王都へ持ち出されるかもしれない。
「残ります」
俺は答えた。
「ただし、全員ではありません」
また役割を分ける。
外から門を開ける者。
中で流れを止める者。
ヴァルドを逃がさない者。
「閉じ込められるんじゃない」
セリアが剣を構えた。
「自分たちで残るんだね」
「はい」
背後で、重い鉄門が閉じていく。
ヴァルドとの距離は、もう一つの塔だけだった。
第39話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、白環東部封鎖所で職員を避難させながら、二百点以上の押収術式具を区画ごとの手動管理へ切り替える回でした。
中央封鎖網を一度に切れば個別封印も停止し、全施設を封じれば職員が取り残されます。
そこで八つの保管区画を、人員退避、手動環への切り替え、現物確認、中央接続の切断という順番で一つずつ独立させました。
術式で動く白環扉だけでなく、黒い変換部が操作できない普通の防火扉も使用しています。
正式勤務者三十八名の退避後、白環側は避難完了と判断しました。
しかしジノが食堂の使用済み札と器を確認し、三十九人目が施設内にいることを見抜きます。
残っていたのは、変換部の搬入を手伝った外部助手ニック・ハルバです。
ニックは白環の勤務名簿にも搬入記録にも名前がなく、受領印が出るまで荷のそばで待つようヴァルドから命じられていました。
セリアとジノは手動鎖と釣り合い重りを使い、昇降台に足を挟まれたニックを救出しています。
また、黒い変換部は封鎖所の制御塔へ運ばれ、白環の緊急動力核と接続されました。
制御塔にはヴァルド・グレイムと、副所長マティアス・ロウが残っています。
ヴァルドは白環東部封鎖所を「実証区三番」と呼び、封鎖設備そのものを実験場の壁として使用しました。
次回は、門の外と内へ役割を分け、ヴァルドが待つ制御塔へ突入します。




