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納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

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第38話 本物の印と偽物の命令

白環東部封鎖所へ向かう道で、シュウたちを止めた白環の騎馬隊。


彼らが持つ命令書には、セルヴィス本人の正式な印が使われていました。


印が本物なら、命令も本物なのか。


上から届いた指示へ従うだけなら、現場は責任を問われないのか。


戦えば黒環会を助け、従えば危険な変換部を封鎖所へ通してしまう。


シュウたちは武器ではなく、命令が発行されてから現場へ届くまでの流れをたどります。



「武器を置け!」


 白環騎馬隊の声が、古い石橋へ響いた。


 白い外套をまとった騎士は七人。


 先頭の男は三十代後半ほど。


 短く刈った金髪。


 左肩には、現場指揮官を示す白銀の留め具がある。


「私は白環東部封鎖所、第二封鎖隊長ユリウス・フェイン」


 男は馬上から俺たちを見た。


「セルヴィス・アルカード監察官の命により、黒環汚染物と関係者を確保する」


「その命令は、セルヴィスさんが出したものではありません」


 俺が答えると、ユリウスは白い命令書を掲げた。


「監察官の個人印と、白環本部の緊急封鎖印がある」


「印が使われたことは確認しました」


「ならば従え」


「発行時刻が合いません」


 ユリウスの眉が動く。


「命令書は正午より前に発行されています。その時点で、セルヴィスさんは蒼流の環を危険術式と認定していません」


「認定したから命令が出たのだろう」


「本人は、第三方式として記録すると決めました」


「口頭の主張で正式命令を覆すことはできない」


 間違ってはいない。


 俺たちの側にあるのは、セルヴィス本人から聞いた言葉だけ。


 騎馬隊には正式な書類がある。


 しかも印は本物だ。


「連絡を取ってください」


「すでに試みた」


 ユリウスが腰の連絡石を示す。


「アルメリア方面との白環回線は、黒環汚染の疑いにより閉鎖されている」


「その閉鎖命令は誰からですか」


「同じ命令書に含まれている」


 連絡を断つ。


 本人へ確認できない状態を作る。


 その上で本人の印を使った命令を流す。


(確認できないから従え、という形にしたのか)


 前の世界でも、上からの指示だという言葉は強かった。


 本人へ確認しようとしても、会議中。


 出張中。


 連絡が取れない。


 納期だけは迫っている。


 結局、現場は指示を信じて動く。


 後から間違いだと分かっても、なぜ確認しなかったと問われる。


「シュウ」


 セリア・グランツが小声で呼ぶ。


 剣の柄へ手は置いている。


 だが、抜いてはいない。


「どうする?」


「戦いません」


「従う?」


「それもしません」


「難しいこと言うね」


「自分でもそう思います」


 白環騎士の一人が馬から降りた。


「黒環汚染物を確認する」


 黒い記録核へ近づく。


「触らないでください!」


 ミラ・フォルネが叫んだ。


 騎士が足を止める。


「白環で封じるだけだ」


「だから駄目なの!」


「理由を言え」


 ユリウスが聞く。


 ミラは黒い記録核へ測定具を向けた。


「この記録部は、外から入った術式の形を写す。白環を重ねたら、封印の構造が残りの変換部へ送られるかもしれない」


「送信線は切断したはずです」


 俺が確認する。


「橋へ流していた線は切った。でも、記録核の中に別の出口がないとは言えない」


「推測だな」


 ユリウスの声は厳しい。


「白環術式を使わなければ確認できません」


「確認のために使った術式を盗まれます」


「では、白環へ渡さないための言い逃れとも受け取れる」


 互いに相手を信用できない。


 こちらから見れば、白環の命令が偽物。


 向こうから見れば、黒環汚染者が証拠を渡さないため抵抗している。


 どちらも自分の理屈だけを繰り返せば、最後は武器になる。


「隊長」


 別の騎士がユリウスへ言った。


「規定通り、試験封印を行います」


 若い騎士だった。


 右手に白い小環を持っている。


「待て、ノル」


「命令は回収です。ここで時間を使えば、変換部の到着確認に遅れます」


「変換部の到着確認?」


 俺が聞き返す。


 若い騎士ノルは口を閉じた。


 ユリウスが彼を見る。


「なぜ、お前が変換部を知っている」


「命令書の補足に」


「補足には、黒環汚染物としか書かれていない」


 一瞬の沈黙。


 ノルが白い小環を投げた。


 俺たちへではない。


 黒い記録核へ。


「止めて!」


 ミラの声。


 セリアが剣を抜く。


 短く息を吸う。


 足から腰、肩、剣へ魔力を流す。


「守り払い!」


 剣の腹が白い小環へ触れる。


 だが、弾く直前に小環が開いた。


 白い光が記録核を包む。


 黒い魔石の奥で、何かが回る音がした。


「写された!」


 ミラが叫ぶ。


 記録核から細い灰黒色の線が伸びる。


 東。


 白環東部封鎖所の方角だ。


 ノルは馬へ飛び乗ろうとする。


「逃がすか!」


 レイヴン・クロフトが外套を翻した。


 足元の小石を蹴り上げる。


 石が鐙へ当たり、ノルの足が外れた。


 セリアが踏み込む。


 今度は深すぎない。


 逃げる方向を読み、半歩先へ剣を置く。


「月閃!」


 青い刃が、ノルの手にある白環の紐だけを切った。


 小環が地面へ落ちる。


 ユリウスの部下二人がノルを押さえ込んだ。


「離せ!」


「ノル・ハイゼン」


 ユリウスの声が低くなる。


「変換部について、誰から聞いた」


「答える必要はない!」


「お前は私の隊員だ」


「だから従った! 危険な黒環術式を封じるために!」


「誰の命令へ従ったと聞いている!」


 ノルの首元に、灰黒色の線が浮かんだ。


 口止め術式。


「ミラ!」


「無理に聞かないで! 答えたら起動する!」


 ユリウスが口を閉じる。


 怒りに任せて問い詰めない。


 部下へ白い拘束環をつけ、灰黒色の線へ触れない位置で固定した。


「隊長」


 俺は東へ伸びた細い線を見る。


「今の白環術式が、向こうへ送られました」


「まだ推測だ」


「確認します」


 魔流視を使う必要がある。


 対象は記録核と、東へ伸びる線だけ。


 ここまでの反動は残っている。


 だが、白環騎馬隊へ説明するには、目に見える証拠が要る。


「シュウ」


 セリアが俺の隣へ来る。


「一回」


「はい」


「記録核と出口だけ」


「はい」


「向こうまで追わない」


「はい」


「素直すぎる時は?」


「今回は本当に守ります」


「よし」


 ユリウスが怪訝そうに見る。


「何をする」


「流れの入口と出口を確認します」


 俺は息を細く吐いた。


 視界の焦点を、記録核より少し奥へずらす。


 入口。


 出口。


(流れを見ろ)


 景色の色が薄くなる。


 白い小環から入った光は、記録核の中で細い図面の形へ変わっていた。


 五つの固定点。


 漏出防止線。


 術式を閉じる順番。


 白環封印の構造が、灰黒色の線に乗って東へ流れていく。


 出口は一つ。


 封鎖所へ向かった変換部だ。


 それ以上は追わない。


「白環の構造が送られています」


 魔流視を切る。


 目の奥が痛む。


 吐き気が上がる。


 それでも立っている。


「証明は?」


 ユリウスが聞く。


「俺にしか見えていません」


「では証明にならない」


「ミラ、記録できますか」


「白い小環の残留量と、記録核から減った量を測る」


 ミラが二つへ測定具を当てる。


「小環から白環術式が一単位消失。記録核の東側出口から、同じ量が流出」


 数値を測定板へ刻む。


「私が技術記録へ署名する」


「私も見ました」


 白環の年長騎士が前へ出た。


「ノルの小環から、通常の封印では起きない流出がありました」


 ユリウスは命令書と記録核を見比べる。


「命令書が偽物だと断定はできない」


「はい」


「だが、このまま回収すれば、さらに白環術式を渡す可能性がある」


「はい」


「東部封鎖所には、押収した黒環術式具が二百点以上ある」


 ミラの顔色が変わる。


「変換部が白環の封じ方を覚えたら、内側から全部開ける」


 危険な物を集め、厳重に封じた保管庫。


 一つずつなら安全だった。


 だが、すべてが同時に動けば。


「命令の執行を一時停止してください」


 俺は言った。


「私に上位命令を止める権限はない」


「現場の安全停止規定は?」


 ユリウスの表情が止まる。


「白環にもあるはずです。想定外の汚染拡大を確認した時、現場責任者が作業を止める規定が」


「なぜ知っている」


「セルヴィスさんが、何度も必要なら切ると言っていたので」


「あの方は言いそうだな」


 ユリウスは初めて、ほんの少しだけ苦い顔をした。


「安全停止は、命令拒否ではありません」


 俺は続ける。


「確認が終わるまで止める。止めた理由と時刻を残す」


「結果として変換部を逃せば、私の責任になる」


「はい」


 軽くは言えない。


 止める判断にも責任がある。


「逆に、命令通り回収して封鎖所が汚染された場合は?」


 ユリウスは答えない。


「命令に従ったから責任はない、と言えますか」


「言えん」


 短い返事だった。


 ユリウスは馬を降りる。


 命令書を石橋の欄干へ置き、その下へ自分の記録板を重ねた。


「第二封鎖隊長ユリウス・フェイン」


 白いペンで時刻を書く。


「黒環汚染物による白環術式の複写を確認。現場安全規定十二条により、回収命令を一時停止する」


 部下たちが息をのむ。


「異議のある者は記録へ名を残せ」


 誰も動かない。


 ノルだけが拘束されたまま顔を歪める。


「命令違反だ!」


「違反かどうかは、後で審査を受ける」


 ユリウスは彼を見た。


「今は現場を止める」


 自分が処罰される可能性を分かった上で、判断した。


「ありがとうございます」


 俺が言うと、ユリウスは厳しい顔のまま答えた。


「礼は不要だ。お前たちを信用したわけではない」


「それで十分です」


「ただし、黒い記録核は共同管理とする」


「白環術式を使わないなら」


「条件をつける立場か」


「今はお互いに確認が必要です」


 ユリウスはしばらく俺を見る。


「……記録核へ触れる作業は、双方一名以上の立ち会いを条件とする」


「同意します」


 敵でも味方でもない。


 今は、同じ危険を止めるための共同管理だ。


     ◇


「追うなら急げ」


 レイヴンが東の山道を見る。


「変換部はもう封鎖所の近くだ」


「騎馬隊を二つに分ける」


 ユリウスが部下へ指示する。


「三名はノルと記録核を監視。残りは私と封鎖所へ戻る」


「俺たちも行きます」


「被確保対象を同行させるのか」


 年長騎士が聞く。


「命令は停止中だ。だが監視対象であることは変わらない」


 ユリウスは俺たちを見る。


「勝手な行動はするな」


「必要な時は説明します」


「許可を取れ」


「説明している間に人が危険なら、先に止めます」


「お前は面倒な男だな」


「よく言われます」


 セリアが横でうなずいた。


「そこは否定しないんだ」


 馬が足りない。


 白環騎馬隊の予備馬へ二人ずつ乗る。


 俺はセリアの後ろへ乗せられた。


「逆じゃないですか」


「シュウに手綱を任せたら、考え事して道を外れそう」


「そこまでではありません」


「目も痛いんでしょ」


「少し」


「じゃあ、つかまって」


「どこに?」


「落ちないところ」


 答えになっていない。


 迷った末、セリアの腰ではなく、鞍の後ろを掴んだ。


「そこだと急に止まった時、落ちるよ」


「では、外套を」


「破れる」


「どうすれば」


 セリアが振り返る。


「普通につかまって」


「……はい」


 仕方なく腰へ腕を回す。


 セリアの肩が少しだけ固くなった。


「行くよ」


「はい」


 馬が走り出す。


 今度は俺の方が落ちないよう、必死につかまることになった。


 前を走るレイヴンが振り返り、面白そうに笑っている。


 見なかったことにした。


     ◇


 白環東部封鎖所は、山の中腹に築かれていた。


 灰色の石壁。


 二重の鉄門。


 壁の上には、白い封印環が等間隔で並んでいる。


 黒環術式を外へ出さないための施設。


 本来なら、最も安全な場所のはずだった。


 だが、門は開いていた。


「なぜ開いている!」


 ユリウスが声を上げる。


 門番が敬礼する。


「緊急押収物を受け入れました!」


「誰の許可で!」


「セルヴィス監察官の命令です!」


 白い受領票が掲げられる。


 印は本物。


 命令番号も、石橋で見たものと同じだった。


「荷はどこだ」


「第二保管庫へ」


「入ってから何分たった」


「二十分ほどです」


 遅かった。


「全員、封鎖所から退避させろ!」


 ユリウスが叫ぶ。


「しかし命令では、外部へ出すなと」


「命令は停止した! 現場責任は私が持つ!」


 門番たちが動き始める。


 その時、封鎖所の奥から白い光が立ち上った。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 保管庫に並ぶ封印環が、順番に開いていく。


 白い光の内側から、灰黒色の濁りが漏れた。


「複写された白環術式で、封印を逆に開いてる!」


 ミラが叫ぶ。


 警報鐘が鳴る。


 門の内側から、職員たちが走ってくる。


 その背後。


 第二保管庫の屋根を突き破り、巨大な黒い輪が姿を現した。


 アルメリアの地下にあったものより小さい。


 だが、周囲には二百点を超える押収術式具がある。


 黒い輪から灰黒色の線が伸び、一つずつ白い封印へ接続していく。


「全封鎖します!」


 若い白環騎士が叫ぶ。


「待て!」


 ユリウスが止める。


「今すべてを閉じれば、中の職員が逃げられない!」


 自分たちがいつも使ってきた方法。


 危険な流れを切り離す。


 だが今は、その内側に仲間がいる。


 白環の騎士たちが迷う。


 封じるのか。


 助けるのか。


 その迷いを待つように、黒い輪が回転を始めた。


「シュウ!」


 セリアが剣を抜く。


「どうする?」


 俺は開いた門の内側を見る。


 逃げてくる人。


 閉じられた保管庫。


 白い封印を内側から開く黒い変換部。


 そして、まだ到着していない駆動部。


「まず人を出します」


「黒い輪は?」


「動力がそろう前に、流れを分けます」


 白環の施設で。


 白環の人々を救うために。


 黒でも白でもない方法を使う。


「ユリウスさん」


 俺は白環の現場指揮官を見る。


「中の道を知っている人を貸してください」


「何をするつもりだ」


「封じずに、保管庫を空にします」


 ユリウスは巨大な黒い輪を見上げた。


 そして、自分の部下たちへ向き直る。


「第二封鎖隊、救出路を開け!」


 命令書に書かれていない、新しい指示だった。



第38話を読んでいただきありがとうございます。


今回は、セルヴィスの正式印を使った命令で動く白環騎馬隊と、石橋上で対峙する回でした。


命令書の印は本物ですが、発行時刻はセルヴィスが蒼流の環を第三方式として記録すると決める前です。


さらに白環とアルメリアの連絡回線も、同じ命令によって閉じられ、本人へ確認できない状態が作られていました。


騎馬隊員ノルは、命令書に書かれていない「変換部」の存在を知っており、黒い記録核へ白環術式を使用します。


記録核は白環の封印構造を複写し、東部封鎖所へ運ばれた変換部へ送信しました。


シュウは魔流視の対象を記録核の入口と出口だけに絞り、送信を確認しています。


ミラの測定と白環騎士の証言も加わったことで、第二封鎖隊長ユリウスは現場安全規定を使い、上位命令を一時停止しました。


命令に従うか反抗するかではなく、想定外の危険を確認するまで止め、その責任を自分の名で残す判断です。


しかし、変換部はすでに白環東部封鎖所へ到着していました。


複写された白環術式によって、保管庫にある二百点以上の押収術式具の封印が内側から開き始めています。


次回は、危険物と職員をまとめて封じるのではなく、まず人を逃がし、保管庫の流れを分ける救出作戦へ進みます。


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