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納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

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第30話 名簿から消された運び手

第30話 名簿から消された運び手


冒険者組合から鳴り響いた警報鐘。


蒼い流れに登録していた三人の荷運び人が姿を消し、組合内部から黒い術式が起動しました。


外から荷を奪うだけではない。


記録を書き換え、人の資格を消し、仲間だった者を「侵入者」に変える。


黒環会が狙ったのは、蒼い流れを支えている人と記録、その両方でした。


シュウたちは急いで組合へ戻ります。


しかし、組合の防護術式はすでに、彼ら自身を敵として認識し始めていました。


 アルメリアへ戻る街道で、警報鐘は鳴り続けていた。


 低く、腹に響く音。


 一度鳴れば火災。


 二度なら魔物の侵入。


 三度以上続けば、組合内部で制御不能の術式が起きている。


 エルネスト・ヴァイスは、走る馬の上でそう説明した。


 鐘は、もう何度鳴ったか分からない。


「ローディスは大丈夫なんですか!」


 後ろの荷車から、ノア・ルミナスの声が飛ぶ。


 右頬の黒い輪から術式を流し込まれたローディス・ハーンは、ガッシュに支えられながら横たわっていた。


 意識はある。


 だが、身体の内側で何かに引っ張られているように、何度も指先を震わせている。


「死にゃしねえよな!」


 ガッシュが叫ぶ。


「分かりません! でも、呼吸は保てています!」


「分かりませんって言うなよ!」


「分からないことを大丈夫とは言えません!」


 ノアの声は震えていた。


 それでも、手は止まっていない。


 胸元へ両手を置き、淡い白い光を流し続けている。


 以前なら、ガッシュの大声に縮こまっていたかもしれない。


 今は、まっすぐ言い返していた。


「ガッシュ!」


 エルネストが前を向いたまま怒鳴る。


「治療師に当たる暇があるなら、ローディスが落ちねえよう支えろ!」


「分かってる!」


 セリア・グランツは、俺の隣で馬を走らせていた。


 何度かこちらを見る。


「目は?」


「少し重いだけです」


「少し?」


「本当に少し」


「組合に着いても、いきなり見ないで」


「分かっています」


「シュウ、その返事の時はあんまり分かってない」


「最近、俺の返事まで分析されてませんか」


「必要だから」


 言い切られた。


 反論できない。


 前方に、アルメリアの城壁が見えてきた。


 東門は開いている。


 だが、門の向こうから人があふれ出していた。


 商人。


 依頼帰りの冒険者。


 組合の職員。


 皆、街の中央から離れようとしている。


「組合から逃げてきた人たちだ!」


 ジノ・バレットが声を上げた。


 彼は馬から降りると、人の流れへ飛び込んだ。


「走るな! 道の真ん中で止まるな! 子どもは壁側!」


 いつもの軽い声ではない。


 逃げ道を見る男の声だった。


 混乱した人の動きを見て、ぶつかりそうな場所へ先に入る。


 転びかけた老人の腕を掴み、荷車の陰にいた子どもを母親のもとへ返す。


「組合の中はどうなってる!」


 エルネストが、逃げてきた職員を捕まえる。


「記録室から黒い煙が……!」


 若い職員は息を切らしながら答えた。


「防護術式が勝手に動いています! 扉が閉まり、登録札を持っている職員まで攻撃されました!」


「負傷者は?」


「正面広間に数人! 地下記録庫にも人が残っています!」


「消えた荷運び人は?」


「分かりません!」


 リリア・フォルンの表情がわずかに硬くなった。


「三名の名前は?」


「ハイン・ドルク、ベルク・サージ、ソマ・レイです」


 リリアは抱えていた記録板を開いた。


 指が止まる。


「ありません」


「何が?」


 俺が聞く。


「三名の登録が、現在の名簿にありません」


 カレン・ベルシアが馬を降りながら尋ねる。


「休止扱いですか?」


「いいえ」


 リリアの声が低くなる。


「最初から登録されていなかったように消されています」


 背中が冷えた。


 名簿から消す。


 ただ名前を削除するだけではない。


 組合の防護術式は、登録札と名簿を照合して人を見分ける。


 名簿にいなければ、登録札を持っていても偽物になる。


「三人は今、組合の術式から侵入者だと思われてる?」


 セリアが聞く。


「その可能性があります」


「誰が名簿を書き換えられるんですか」


「受付長、組合長、記録管理責任者。緊急時のみ、副記録管理者にも権限があります」


 エルネストの顔が険しくなる。


「俺はやってねえ」


「当然です」


 リリアは即答した。


「受付長は現在、王都出張中です」


「記録管理責任者は?」


「私です」


 リリアは自分の記録札を示す。


「権限行使の履歴はありません」


「残るのは副記録管理者」


 カレンが言った。


 リリアは小さくうなずく。


「モルガン・エイル」


 その名を聞き、近くにいた組合職員が顔を上げた。


「モルガンさんが?」


「二十年以上、組合にいる人ですよ」


「そんなはずが……」


 驚く声が広がる。


 長く働いている。


 真面目。


 記録に詳しい。


 だから疑われにくい。


 それは信用であると同時に、権限を持ち続けられた理由でもある。


「まだ裏切ったとは決まっていません」


 リリアが言った。


「本人の安全確認も必要です」


 決めつけない。


 証拠がそろう前に断定しない。


 こんな時でも、リリアの順番は変わらなかった。


     ◇


 冒険者組合の前には、白い半透明の壁が張られていた。


 白環の守り手によるものではない。


 組合の防護術式だ。


 普段は魔物や犯罪者が押し入った時だけ起動する。


 今は正面扉だけでなく、窓や搬入口まで覆っている。


 壁の内側では、黒い煙が床を這っていた。


 煙の中を、細い白い線が何度も走る。


 防護術式が、建物の中を巡回している。


「完全に切断します」


 セルヴィス・アルカードが言った。


 白環の守り手たちが、組合の周囲へ配置されている。


「組合の魔力供給を外から断てば、内部の防護術式も停止します」


「地下の扉も止まる?」


 俺が聞く。


「停止位置によります」


「換気は?」


「同様です」


「駄目です」


 セルヴィスの目が細くなる。


「内部で被害が広がっています」


「地下に人が残ってる。魔力を全部切れば、扉も換気も止まるかもしれない」


「被害拡大を防ぐ方が優先です」


「閉じ込められた人は?」


「全体を守るための判断です」


 また同じ言葉だ。


 ただ、今は言い争っている時間がない。


「全部じゃなくて、黒い術式が入っている線だけ切れませんか」


「外からは識別できません」


「中へ入れば?」


 セルヴィスは白い壁を見る。


「組合の防護術式は、侵入者へ自動攻撃を行います」


「俺たちは登録者です」


 セリアが言う。


 リリアが首を振った。


「名簿全体が改ざんされている可能性があります。私たちの登録が残っている保証はありません」


 ガッシュがローディスを担ぎ直した。


「ごちゃごちゃ言ってねえで、壁を殴って入れねえのか」


「その瞬間、中の攻撃術式が全部こちらへ向きます」


 ミラ・フォルネが答える。


「正面突破は最悪」


「じゃあどうする」


 全員が建物を見る。


 その時、ジノが組合の裏手を指した。


「地下の古い酒樽搬入口」


「何ですか、それ」


 俺が聞く。


「組合の酒場へ樽を運ぶための穴。今は使ってないけど、地下倉庫につながってる」


「防護術式は?」


「入口の外に登録板がない。昔、樽を運ぶたびに確認するのが面倒で外したって聞いた」


 リリアの眉がわずかに動く。


「規則違反ですね」


「今、それ言う?」


「戻ったら記録します」


「生きて戻ってからにして!」


 ジノは叫びながら裏手へ走る。


 リリアも走り出した。


「ジノ様、場所を案内してください」


「記録する気満々じゃん!」


     ◇


 古い樽搬入口は、裏庭の枯れた蔦に隠れていた。


 鉄の格子がはまっている。


 錆びつき、鍵穴も潰れていた。


「ガッシュ」


 セリアが呼ぶ。


「壊すの?」


「音を出しすぎずに開けられる?」


「注文が細けえな」


 ガッシュはローディスを白環の治療班へ預け、格子の前へ立った。


 腕に魔力を集めかける。


 途中で息を吐き、足へ落とす。


 腰。


 肩。


 腕。


 荒い流れだが、以前より途切れない。


 格子を両手で掴み、引っ張らず、少し持ち上げる。


「下の蝶番が腐ってる」


 ミラが言った。


「右へねじって」


「簡単に言うな……!」


 低い金属音。


 格子の右下が外れる。


 ガッシュがゆっくり横へ倒した。


「よし」


「壊してるじゃん」


 ジノが言う。


「静かに壊した」


「それは開けたって言わないだろ」


「入れりゃ同じだ」


 樽搬入口は、人一人が屈んで通れるほどの穴だった。


 奥から冷たい空気が流れてくる。


 黒い煙の匂いも混ざっていた。


「俺が先に行く」


 ジノが言った。


「危なくない?」


 ノアが聞く。


「危ないよ。でも、狭い道で後ろから押される方が怖い」


 ジノは腰の短剣を確認し、穴へ入る。


 セリア。


 俺。


 ミラ。


 リリア。


 ノア。


 ガッシュ。


 カレンは外で商人と避難者への説明を担当する。


 エルネストとセルヴィスは、正面で術式の変化を監視する。


 誰かが全部を見るのではない。


 それぞれの場所を、それぞれが受け持つ。


     ◇


 地下酒蔵は暗かった。


 棚には空の酒瓶と、割れた木箱が積まれている。


 天井近くの通気口から、黒い煙が少しずつ入り込んでいた。


 ノアが布を取り出す。


「口元を覆ってください」


「眠り煙?」


 セリアが聞く。


 ミラが指先で煙を確かめる。


「違う。魔力を狂わせるための煙。吸いすぎると、登録札と本人の魔力がずれる」


「それで防護術式に敵と判断させる?」


「たぶん」


 名簿を書き換える。


 登録札と本人の魔力をずらす。


 書類と現物を、両方違うものにする。


 ずいぶん念入りだ。


「偶然の暴走じゃない」


 俺は言った。


「最初から、組合の仕組みを知ってる人間が作ってる」


 リリアの足が、一瞬だけ止まる。


 それでも何も言わず、先へ進んだ。


 酒蔵を抜けると、地下記録庫へ続く階段があった。


 上から白い光が漏れている。


 ジノが手を上げる。


「止まって」


 階段の上。


 床を擦る音。


 誰かが歩いている。


 一歩。


 止まる。


 また一歩。


 人間の歩き方ではない。


「巡回術式」


 ミラが小声で言った。


「登録されていない魔力を見つけると、拘束線を出す」


「止められる?」


「本体を見ないと無理」


「俺が先に――」


「駄目」


 セリア、ノア、ミラの声が重なった。


「まだ見ようとしか言ってません」


「同じ」


 セリアは階段の上を見た。


「私が注意を引く。ミラが本体を探す」


「拘束されたら?」


「避ける」


「簡単に言いますね」


「シュウよりは丈夫だから」


 言い返せない。


 セリアが階段を上る。


 呼吸を整える。


 足裏で床を掴む。


 最後の一段を越えた瞬間、白い線が走った。


「来た!」


 セリアが横へ跳ぶ。


 白い線が壁へ突き刺さり、網のように広がる。


 ミラは線の始点を見る。


「右の天井!」


 ガッシュが酒樽の蓋を投げた。


 天井の小さな白い球へ当たる。


 球が蓋を敵と判断し、拘束線を何本も放った。


「今!」


 ミラが工具を投げる。


 白い球の下側に刺さった。


 光が消える。


「止まった」


 ジノが酒樽の蓋を見る。


 白い線でぐるぐる巻きになっている。


「俺たちより厳重に捕まってる」


「蓋に感謝しろ」


 ガッシュが言う。


「帰ったら酒場の親父に怒られるけどな」


「生きて帰ったら、一緒に謝って」


「何で俺まで」


 小さな会話。


 それだけで、張り詰めた息が少し戻る。


     ◇


 地下記録庫の扉は開いていた。


 内部の棚が、何列も横倒しになっている。


 紙。


 木札。


 記録板。


 床一面に散らばっていた。


 そして奥の壁際に、二人の男が倒れていた。


「ベルク! ソマ!」


 ジノが走る。


 蒼い流れに登録していた荷運び人だ。


 二人とも手首を縛られている。


 首には、敵性対象を示す赤い印。


 組合の防護術式につけられたものだった。


 ノアが二人の間に膝をつく。


 呼吸。


 脈。


 魔力の乱れ。


「生きています」


 ノアが安堵した声を出す。


「ソマさんの方が、煙を多く吸っています。外へ運んでください」


 ガッシュがソマを背負う。


 ジノはベルクの縄を切った。


「ハインは?」


 ベルクは目を開けた。


 唇が震えている。


「ハイン……あいつが……」


「何だ?」


「あいつが俺たちを、ここへ呼んだ」


 全員の動きが止まる。


「経路の変更だって言われた。記録庫で新しい札を受け取れって」


「ハイン様は、どこへ?」


 リリアが聞く。


「扉の外にいた。俺たちが入ったあと、鍵を閉めた」


「三人目が裏切った?」


 セリアが低く言う。


 リリアはすぐに首を振らない。


「まだ断定できません」


 だが、声は硬かった。


「ハインの登録日は?」


 俺が聞く。


 リリアが携帯用の控えを確認する。


「蒼い流れへの参加は四日前です」


「組合の通常登録は?」


 紙をめくる音が止まる。


「三日前」


「蒼い流れへ参加した方が先?」


 ノアが驚く。


「通常では、あり得ません」


 カレンがここにいれば、すぐに言っただろう。


 信用の順番が逆だと。


 組合へ正式登録される前に、蒼い流れへ入っている。


「誰が参加を承認したんですか」


 リリアの指が、控えの下で止まった。


「副記録管理者、モルガン・エイル」


 奥の部屋で、何かが落ちる音がした。


 全員が振り返る。


 記録庫のさらに奥。


 副記録室。


 扉の隙間から、黒い光が漏れている。


     ◇


 副記録室の中央に、一人の男が立っていた。


 五十歳を少し過ぎたくらい。


 薄くなった茶色の髪。


 細い肩。


 組合の灰色の制服。


 俺も何度か見たことがある。


 受付の後ろで、記録票を分類していた男。


 頼まれれば静かに資料を出し、誰かと大声で話すこともない。


 モルガン・エイル。


 彼の前には、大きな記録石が浮いていた。


 記録石から伸びる黒い線が、壁や床へ広がっている。


 組合の防護術式へ、命令を送っている。


「モルガンさん」


 リリアが呼んだ。


 男の肩が揺れる。


 ゆっくりと振り返る。


「来ましたか、リリアさん」


 声は穏やかだった。


「術式を止めてください」


「もう止まりません」


「止める方法はあります」


「技術の話をしているのではありません」


 モルガンは浮かぶ記録石を見上げた。


「この組合は、一度止まらなければ変わらない」


「そのために人を閉じ込めたのですか」


「閉じ込める予定ではありませんでした」


「名簿から消せば、防護術式に攻撃されます」


「そこまで強く反応するとは思わなかった」


 ガッシュが低く唸る。


「知らなかったで済むかよ」


「済まないでしょう」


 モルガンは、あっさり認めた。


「だから、私はここに残っています」


「責任を取るつもりですか?」


 俺が聞く。


「責任?」


 モルガンは少し笑った。


 疲れた笑いだった。


「責任という言葉は、便利ですね」


 机の上には、古い提案書が積まれている。


 記録の二重確認。


 輸送担当者の資格管理。


 緊急時の権限分割。


 防護術式と名簿の照合方法の見直し。


 どれも今、問題になっていることばかりだった。


 提案書の表紙には、赤い文字が押されている。


 保留。


 再検討。


 予算不足。


 現行運用で対応可能。


「私は十五年前から、同じことを書いてきました」


 モルガンが言う。


「記録を一人の判断で変えられるのは危険だ。防護術式が名簿だけを信じるのは危険だ。緊急時の権限を分けるべきだ」


 リリアは提案書を見た。


 表情が動かない。


 けれど、握ったペンが少し強くなっている。


「読まれなかったのですか」


 俺が聞く。


「読まれました」


 モルガンは答えた。


「そのうえで、何も変わりませんでした」


 その言葉は、前世の職場でも何度も聞いた。


 改善提案。


 再発防止。


 手順の見直し。


 会議では必要だと言われる。


 だが、忙しい。


 人が足りない。


 予算がない。


 今まで事故が起きていない。


 そして、事故が起きた時だけ、なぜ対策しなかったと聞かれる。


「ヴァルドは、あなたの提案を認めた?」


「彼は一度で理解しました」


 モルガンの声に、初めて感情が混じる。


「記録は保管するものではない。流れを決めるものだと」


「だから組合を攻撃した?」


「攻撃ではありません」


「人が倒れています」


 リリアの声が、わずかに低くなる。


「ベルク様とソマ様は、防護術式に拘束されました。正面広間にも負傷者がいます」


「それは想定外でした」


「想定外の被害は、被害ではないのですか」


 モルガンは答えなかった。


 リリアは散らばった記録票を一枚拾う。


「記録は、失敗を飾るためにあるのではありません」


 モルガンを見る。


「ですが、失敗を起こして提案の正しさを証明するために使うものでもありません」


 長く記録を扱ってきた者同士。


 二人の声は静かだった。


 それでも、その間には譲れないものがあった。


「ハインはどこですか」


 リリアが聞く。


「もう組合にはいません」


「何を持ち出しました」


 モルガンの視線が、一瞬だけ浮かぶ記録石へ向いた。


 ミラが息をのむ。


「この石、記録を壊してるんじゃない」


「何をしてる?」


「写してる」


 ミラは工具を握り、記録石へ近づく。


「蒼い流れの名簿。配分先。輸送の区間担当。治療が必要な人。協力商会。全部、別の石へ送ってる」


 情報を消すのではない。


 奪う。


 誰が何を必要としているか。


 誰が運ぶのか。


 誰が協力しているのか。


 どこへ圧力をかければ流れが止まるのか。


「送信先は?」


「外。もう動いてる」


 俺の胸に、嫌な違和感が生まれた。


 まだ魔流視は使っていない。


 それでも、記録石から外へ伸びる力を感じる。


 モルガンが右手を上げた。


「止めれば、組合内の防護術式が一斉に落ちます」


「それなら好都合じゃない?」


 セリアが言う。


「地下の防火扉も、換気も、治療室の魔力供給も落ちます」


 ミラが歯を食いしばる。


「こいつ、全部を一つの石へつないだの?」


「一つで管理すれば、判断は速い」


 モルガンが言った。


「誰が何を止めるか迷う必要がない」


「一つが壊れたら、全部止まる」


 俺は言った。


「今がそうです」


「だから強い管理者が必要なんです」


「違う」


 言葉が、自然に出た。


「必要なのは、壊れない管理者じゃない。壊れても全部を止めない仕組みです」


「理想論です」


「理想を現場で使える形にするのが、俺たちの仕事です」


 前にも似たことを言った。


 だが今度は、ただの言葉ではない。


 灯り小路。


 区間輸送。


 複数確認。


 記録の公開。


 俺たちは遅くても、少しずつ形にしてきた。


「ミラ。線を分けられますか」


「すぐには無理。記録、換気、防護、治療室が絡んでる」


「入口を一つずつ確認したら?」


「時間がかかる」


 記録石の黒い光が強くなる。


 外への送信が進んでいる。


 急がなければ、すべての情報を持ち出される。


 でも、石ごと止めれば中の人が危険になる。


 ヴァルドなら、迷わず切るのかもしれない。


 全体を守るために、地下に残る何人かを犠牲にする。


 俺はそれを選べない。


「役割を分ける」


 俺は言った。


「換気と治療室はノアとミラ。防護術式はセリアとガッシュ。記録の送信は俺とリリアさん」


「俺は?」


 ジノが聞く。


「ハインを追える出口を探して」


「分かった」


「モルガンさんは?」


 ノアが聞く。


 リリアはモルガンを見た。


「私が話します」


 迷いのない声だった。


     ◇


 ミラが大きな記録石の下へ工具を並べる。


「四本ある」


 黒い線を示す。


「左が換気。次が治療室。右が防護。奥が外への記録送信」


「順番は?」


 俺が聞く。


「換気と治療室を別の補助石へ移す。できたら防護を切る。最後に送信を止める」


「何分?」


「分からない」


「目安でも」


「急かすと間違える」


「すみません」


「謝るのは早い」


 ミラは工具を握った。


「手伝って」


 ノアが補助石へ両手を置く。


「治療室の流れは、私が見ます」


「魔力の強さが変わったら言って」


「はい」


 セリアとガッシュは、廊下へ出た。


 防護術式の白い球が、すでに何個も集まっている。


「全部壊すなよ」


 俺が言うと、ガッシュが顔をしかめる。


「俺に言うな。セリアに言え」


「私は必要な分しか斬らない」


「俺もだ!」


「前は全部殴ってた」


「今は違う!」


「じゃあ見せて」


「上から言うな!」


 二人が廊下へ飛び出す。


 白い線が一斉に走った。


「守り払い!」


 セリアが線を横へ逸らす。


 ガッシュは足へ魔力を流し、倒れかけた棚を支える。


 壊さない。


 通路を塞がせない。


 派手ではないが、今必要な動きだった。


「ジノ!」


「もう探してる!」


 ジノは副記録室の奥にあった小さな荷物搬送口を開けた。


「外へ続いてる! 紙や記録石を小箱で送る管だ!」


「人は通れる?」


「俺なら、途中まで!」


「無理に入るな!」


「分かってる!」


 返事が少し怪しい。


 だが今は信じる。


 俺は浮かぶ記録石の前へ立った。


 外へ伸びる送信線。


 その入口だけを見る。


「シュウ」


 セリアの声が廊下から飛ぶ。


「見るの?」


「送信線の入口だけ」


「短く!」


「はい!」


 ノアとミラも、作業を続けながらうなずいた。


 息を細く吐く。


 視界の焦点を、少しだけ奥へ。


(流れを見ろ)


 部屋の色が薄くなる。


 記録石から無数の線が伸びている。


 人の名前。


 荷物。


 治療所。


 街道。


 それらが黒い糸となり、奥の送信線へ吸い込まれていく。


 だが、すべてを送っているわけではない。


 特定の記録だけ。


 蒼い流れに参加した者。


 ヴァルドの提案へ反対した者。


 白環と協力した者。


 誰を狙うべきかを選んでいる。


 入口は記録石の下ではない。


 モルガンの机。


 引き出しの奥。


 小さな選別術式が、必要な情報だけを抜いている。


「机の右の引き出し! 送る情報を選んでる術式がある!」


 すぐに視界を戻す。


 目の奥が痛む。


 だが立っていられる。


 リリアが机へ向かう。


 モルガンが初めて動いた。


「触るな!」


 リリアの手首を掴もうとする。


 俺が間へ入る。


 強い力ではない。


 けれど、モルガンの指は震えていた。


「これは必要なんです」


「誰にとってですか」


 俺が聞く。


「街にとってです」


「その名簿にいる人へ、説明しましたか」


「説明すれば拒まれる」


「拒む権利を消していい理由にはならない」


 リリアが、モルガンの手へ自分の手を重ねた。


 振り払うのではなく、ゆっくり机から離す。


「モルガンさん」


 静かな声だった。


「私は、あなたの提案書を読んでいませんでした」


 モルガンの目が動く。


「記録管理責任者になってから、過去の保留案件をすべて確認したつもりでした」


「見落としたと?」


「はい」


 リリアは認めた。


「私の失敗です」


「今さら……」


「今さらです」


 逃げない。


 言い訳もしない。


「ですが、私の見落としが、あなたに人の記録を奪う権利を与えるわけではありません」


 モルガンの顔が歪んだ。


「何度書いても、誰も動かなかった」


「だから、事故を起こした?」


「事故が起きなければ、誰も見ない!」


 初めて、声を荒らげた。


「皆、問題がないと言う! 人が足りない、予算がない、今までできている! そして何かが起きれば、なぜ言わなかったと責める!」


 その言葉は痛いほど分かった。


 俺も、似た場面を知っている。


「分かります」


 俺が言うと、モルガンがこちらを見る。


「分かったような顔をするな」


「俺も、報告したことがあります。無理ですって」


「それで?」


「それでもやれと言われた」


「なら分かるだろう!」


「分かります」


 一度、息を吸う。


「だからこそ、事故を起こして証明しちゃいけない」


 モルガンの顔が止まる。


「それをやったら、次に改善を訴える人まで疑われます」


「……」


「本当に直すべき提案も、脅しだと思われる」


 前世で、感情的に訴える人の意見が、その態度だけで退けられることがあった。


 内容が正しくても。


 やり方が悪いと、内容まで消される。


「あなたの提案は正しかった部分がある」


 俺は散らばった紙を見る。


「でも、今日のやり方は間違ってる」


 モルガンの肩から、少しだけ力が抜けた。


 リリアが右の引き出しを開く。


 中に、小さな黒い円盤があった。


 ハインの登録札と同じ印が刻まれている。


「ミラさん!」


「そのまま動かさないで!」


 ミラは補助石へ最後の線をつないだ。


「換気、移行完了!」


 ノアが叫ぶ。


「治療室も安定しています!」


「防護を切る!」


 ミラが右の線へ工具を入れる。


 廊下の白い球が一斉に止まった。


 セリアとガッシュが部屋へ戻る。


「止まった!」


「送信は?」


「まだ動いてる!」


 リリアが黒い円盤を押さえる。


「これを外せば?」


「選別は止まる。でも、今送っている分は続く!」


「出口を塞ぐしかない」


 ジノが搬送口から声を上げる。


「送信箱を見つけた! 管の途中を走ってる!」


「取れるのか!」


「狭いけど、俺なら追いつける!」


「待って!」


 セリアが叫ぶ。


 だが、ジノはすでに搬送口へ身体を入れていた。


「怖いに決まってる!」


 暗い管の奥から声が返る。


「でも、ここで逃げたら、狙われる人が増える!」


 足音が遠ざかる。


 俺たちは送信線を止める作業を続けるしかない。


「リリアさん、円盤を外して!」


「はい!」


 黒い円盤が引き抜かれる。


 記録石から伸びる黒い線が、一気に細くなる。


 だが一本だけ、まだ外へ続いていた。


「今送ってる分が残ってる!」


 ミラが叫ぶ。


 その瞬間。


 搬送管の中から、大きな音が響いた。


 金属がぶつかる音。


 続いて、ジノの叫び声。


「捕まえたあああ!」


 何かが転がる。


 しばらくして、搬送口からジノの足が出てきた。


 ガッシュが両足を掴む。


「引くぞ!」


「待て! 腕が引っかかってる!」


「先に言え!」


「ゆっくり! ゆっくりだから!」


 二人がかりで引き出す。


 ジノの胸には、小さな黒い箱が抱えられていた。


 箱から細い煙が上がっている。


「送信箱!」


 ミラが布をかぶせ、工具を刺す。


 黒い線が消えた。


 大きな記録石の光も、ゆっくり静まっていく。


 組合中に響いていた警報鐘が止まった。


 急に訪れた静けさ。


 誰も、すぐには声を出せなかった。


「止まった……?」


 ノアがつぶやく。


 ミラは測定具を確認する。


「止まった」


 ジノが床へ大の字になる。


「褒めて」


「よくやった」


 俺が言う。


「もっと」


「本当によくやった」


 セリアが笑いながら言う。


「でも勝手に入ったのは後で怒る」


「今だけにして!」


     ◇


 正面の防護壁が消え、組合の扉が開いた。


 外にいた治療師と白環の守り手たちが入ってくる。


 負傷者はいたが、命を落とした者はいなかった。


 地下に閉じ込められていたベルクとソマも、ノアの治療で意識を取り戻した。


 ローディスの右頬の術式も、外部からの供給が切れたことで静まった。


 モルガン・エイルは拘束された。


 抵抗はしなかった。


 机の上には、十五年分の提案書が残っている。


 リリアはそれを、一枚ずつ拾い集めていた。


「捨てるんですか?」


 俺が聞くと、リリアは首を横に振った。


「確認します」


「モルガンさんが作った物でも?」


「誰が書いたかと、内容が正しいかは別です」


 その答えは、いかにもリリアらしかった。


「間違っていた部分も、正しかった部分も記録します」


 モルガンはうつむいたまま、その言葉を聞いていた。


 少し離れたところで、カレンが回収された送信箱を調べている。


「全部の情報が送られたわけではありません」


「どこまでですか?」


 ミラが箱を開く。


「参加者名簿の途中。協力商会は一社分。治療先は……」


 手が止まる。


「三件」


「誰ですか」


 リリアが尋ねる。


 ミラが読み上げる。


「リク。ボルン。エッダ」


 最初に治療用魔石を届けた三人。


 黒環会は、蒼い流れが優先した相手を知った。


「ハインは、この箱を受け取るために外へ?」


 セリアが聞く。


 ジノが搬送管の出口を描いた簡単な地図を見せる。


「管は組合裏の水路へ出てる。俺が捕まえたのは途中の箱だけ。外側で誰かが待ってたはず」


「ハイン本人が受取役か」


「たぶん。でも、箱が来ないって分かったら逃げる」


 カレンが別の紙を取り出した。


 ハインの仮登録票。


「住所が偽物でした」


「紹介者は?」


「モルガン様の承認しかありません。ですが、保証人欄には別の名があります」


「誰ですか」


 カレンの表情が固くなる。


「ベルシア商会、輸送部門主任。オルド・ベルナー」


 部屋の空気が、また冷えた。


 カレンの商会。


 蒼い流れを保証してきた側。


 その内部にも、ハインを組合へ送り込んだ人間がいる。


「カレンさん」


 俺が声をかけると、彼女は一度目を閉じた。


 いつもの笑みはない。


「オルドは、父の代から勤めている人です」


 長く働き。


 信用され。


 多くの輸送を任されている。


 モルガンと同じだ。


 信頼が、そのまま侵入口になっている。


「すぐ商会へ戻ります」


 カレンが立ち上がる。


「一人では行かせない」


 セリアが言った。


「私も行きます」


 リリアも記録板を持つ。


「保証人登録と輸送記録を照合します」


 ガッシュが拳を握る。


「今度は商会の中かよ」


「黒環会は建物に入ってるんじゃない」


 俺は言った。


「仕事の流れに入ってるんだ」


 記録。


 承認。


 保証。


 紹介。


 一つひとつは、仕事を早く進めるために必要なものだ。


 だが、確認を一人へ任せきれば、その人が変えられた時に流れごと奪われる。


 ヴァルドは、そこを知っている。


 組合だけではない。


 商会も。


 工房も。


 街道も。


 人が仕事を進めるために作った仕組みを、そのまま黒い道に変えていく。


 窓の外は、すでに夜だった。


 警報鐘は止まっている。


 それでも街のどこかでは、ハインが逃げている。


 そしてベルシア商会では、輸送を知り尽くした男が待っている。


 カレンが偽造された保証人欄を見つめる。


「オルドが自分から協力したのか、それとも利用されたのか」


「行けば分かります」


 俺が答える。


 カレンは静かにうなずいた。


 その時、組合の外から馬車の急停止する音が聞こえた。


 扉が勢いよく開く。


 ベルシア商会の若い使用人が、転がるように入ってきた。


「カレン様!」


「何がありました?」


「輸送主任のオルド様が、商会の荷馬車をすべて外へ出しました!」


「すべて?」


「はい! 倉庫の魔石も、食料も、薬も!」


 使用人は、息を整える暇もなく続ける。


「行き先は、灯り小路です!」


 俺たちは顔を見合わせた。


 灯り小路へ物資を送る。


 言葉だけなら、蒼い流れの目的と同じだ。


 だが、通常の記録も確認も通していない。


 すべての荷馬車を、一度に。


 カレンが低い声で尋ねる。


「オルドは、何と言っていました?」


「今夜中に届けなければならないと」


「誰の指示で?」


 使用人は青ざめた顔で答えた。


「シュウ・サエキ様の緊急指示だと」


 胸の奥が冷たくなる。


 俺は、そんな指示を出していない。


 黒環会は、蒼い流れの名簿を奪うだけではなかった。


 今度は、俺の名前を使って物を動かし始めた。


 止まった組合の中で、リリアのペンが再び動く。


 偽指示。


 ベルシア商会全車両。


 灯り小路。


 そして、その下へ一行。


 シュウ・サエキの名を使用。


 蒼い流れを守る戦いは、記録を取り戻しただけでは終わらなかった。


 次に奪われたのは、俺自身の信用だった。


第30話を読んでいただきありがとうございます。


今回は、冒険者組合の内部で起きた術式暴走と、内部協力者の正体を描きました。


蒼い流れに登録していた三人の荷運び人は、名簿から登録そのものを消されていました。


登録情報を失ったことで、組合の防護術式から侵入者と判断され、ベルクとソマは地下記録庫へ閉じ込められています。


三人目のハインは二人を地下へ誘導した側であり、組合へ正式登録される前に蒼い流れへの参加を承認されていました。


その承認を行ったのは、副記録管理者モルガン・エイルです。


モルガンは十五年前から、権限の集中や防護術式の危険性について改善提案を続けていました。


しかし、提案は保留や予算不足を理由に採用されず、ヴァルドだけが内容を理解し、評価したことで黒環会へ協力してしまいます。


シュウたちはモルガンの提案そのものまで否定せず、正しかった内容と、間違った行動を分けて記録することにしました。


一方、組合の記録は破壊されていたのではなく、黒環会へコピーされていました。


すべての送信は阻止したものの、最初に治療用魔石を届けたリク、ボルン、エッダの情報が流出しています。


さらにハインの保証人として、ベルシア商会の輸送主任オルド・ベルナーの名前が見つかりました。


その直後、オルドは「シュウからの緊急指示」と偽り、ベルシア商会の荷馬車と物資をすべて灯り小路へ向かわせます。


次回は、シュウの名を使って動き始めた偽の蒼い流れと、本物の蒼い流れが正面からぶつかります。


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