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納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

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止まった荷を動かす男

第29話 止まった荷を動かす男


白灰窯で魔石を奪った一団。


その指示役として浮かび上がったのは、右頬に黒い輪の火傷を持つ男でした。


偽の通行止め。


眠り煙。


荷馬車の移動。


記録の書き換え。


男は、物を奪うだけではありません。


運ぶ人間の心理と、現場がどこで迷うかまで理解していました。


シュウたちは、白灰窯に残された記録から男の正体を追います。


しかし、その男はシュウにとって、ただの敵ではありませんでした。


無理な指示を受け、現場へ頭を下げ、それでも仕事を止められなかった者。


シュウが前の世界で歩いていたかもしれない、もう一つの道です。


第29話 止まった荷を動かす男


 白灰窯で捕らえた男は、ずっと床を見ていた。


 アルメリア支部の取調室。


 窓は小さく、机と椅子が二つずつ置かれている。


 男の手首には、白環の拘束具が巻かれていた。


 強く締めつける物ではない。


 魔力を外へ流そうとした時だけ、白い輪が浮かぶ仕組みらしい。


 机の向こうにはリリア・フォルン。


 その隣にカレン・ベルシア。


 壁際にはエルネスト・ヴァイスが立っている。


 俺とセリア・グランツは、少し離れた場所で話を聞いていた。


「右頬に火傷がある男について、知っていることを話してください」


 リリアが静かに言った。


 男は答えない。


 リリアは急かさなかった。


 紙の上へ時刻を書き、次の質問へ進む。


「あなたへ銀貨を渡したのは、その男ですね」


「……そうだ」


 ようやく声が出た。


「白灰窯を使うよう指示されましたか?」


「ああ」


「偽造荷札を作るように?」


「それもだ」


「名前は?」


 男は唇を閉じた。


 首元に口止め術式はない。


 ミラが確認している。


 言えないのではない。


 言いたくないのだ。


「名前を言えば殺されると思っていますか?」


 リリアの問いに、男の肩が少し揺れた。


「違う」


「では、なぜですか」


「……あの人は、俺たちに仕事をくれた」


 カレンの目が細くなる。


 また、その言葉だった。


 仕事。


 ラドムも、ダリオも、ヴァルドも。


 黒環会に関わった者は、何度もその言葉を使う。


「白灰窯で、あなたは御者と護衛を眠らせました」


 リリアは淡々と続ける。


「治療用魔石の輸送を止め、偽の記録を作ろうとした。被害が出る可能性を理解していましたね」


「分かってた」


「それでも行った」


「やらなければ、次の仕事がない」


「その仕事を与えた人を守るのですか?」


 男は拳を握った。


「あの人は……止まった荷を動かす男だ」


 部屋の空気が少し変わった。


「止まった荷?」


 俺が思わず聞き返す。


 男が初めて顔を上げた。


「誰も運びたがらない荷。間に合わない荷。道が塞がってる荷。護衛が足りない荷」


 声に、少しだけ熱が入る。


「上の連中は運べと言う。現場は無理だと言う。商人は金を出したと言い、客は今日必要だと言う」


 その言葉が、胸の奥へ引っかかった。


「そんな時、あの人が来る」


 男は続けた。


「道を変える。人を集める。金を前に出す。止まってた荷が動くんだ」


「そのために、何をしたかは関係ない?」


 セリアの声が少し硬くなる。


「荷が届かなきゃ、誰かが困る」


「今回届かなくて困るのも、人だった」


「……分かってる」


 男はまた目を伏せた。


 完全に信じているわけではない。


 自分のやったことが正しいとも思っていない。


 それでも、右頬に火傷のある男へ何かを感じている。


 恩なのか。


 恐怖なのか。


 たぶん、その両方だ。


「その男の名前は?」


 俺が聞いた。


 男はしばらく黙っていた。


 やがて、かすかな声で答える。


「ローディス・ハーン」


 リリアのペンが動いた。


「ローディス・ハーン」


「元、東街道管理隊の現場長だ」


 カレンが顔を上げる。


「東街道管理隊……」


「知っているんですか?」


「名前だけは」


 カレンは少し考えながら言った。


「数年前、大雨で東街道が崩れたことがあります。主要な輸送路が十日ほど止まりました」


 エルネストが低く続ける。


「その時、仮道を作って荷を通した現場長がいた」


「それがローディス?」


「ああ」


 エルネストは腕を組み直した。


「正式な修復には一か月かかると言われていた。それを三日で最低限通れるようにした」


「すごい人じゃないですか」


 ノア・ルミナスが小さく言った。


 彼女は捕らえた男の体調を確認するため、部屋の隅にいた。


「すごかったんだよ」


 男は吐き出すように言った。


「寝ずに働いてた。泥の中に入って、俺たちと一緒に石を運んだ。役人が無理を言ってきた時も、全部あの人が受けた」


 俺は、前世の記憶を思い出していた。


 客先から届く催促。


 上司からの短い指示。


 現場からの「これ以上は無理です」という声。


 その間に立ち、頭を下げ続ける人間。


 ローディス・ハーン。


 聞いたこともない男なのに、少しだけ分かる気がした。


「それほどの人が、なぜ黒環会へ?」


 リリアが聞く。


 男は苦い顔をする。


「仮道で事故が起きた」


 部屋が静かになる。


「雨で地面が緩んでた。荷馬車が一台、谷へ落ちた。御者が死んだ」


「ローディスさんが責任を取ったんですか?」


 ノアの問いに、男はうなずいた。


「役人は言った。現場長が勝手に通したって」


「勝手に?」


「三日で通せと言ったのは役人だ。でも、命令は紙に残ってなかった」


 リリアのペンが止まった。


 記録がない。


 だから、現場だけが責任を負った。


「ローディスは隊を追われた。仮道を作った功績も消された」


 男の声に怒りが混じる。


「それでも荷は動いた。街は助かった。商人も儲かった。なのに事故が起きたら、全部あの人のせいだ」


 俺は何も言えなかった。


 ローディスのやり方が正しいとは思わない。


 今回、治療用魔石を奪った。


 人を眠らせ、信用を壊そうとした。


 けれど、その人間が最初から冷たい怪物だったわけではない。


 無理な命令を形にし続けた。


 成功した時は上の手柄。


 失敗した時は現場の責任。


 どこかで、何かが切れたのだろう。


「ローディスは今、どこにいる?」


 エルネストが聞いた。


「知らない」


「連絡方法は?」


「仕事がある時だけ、向こうから来る」


「眠り煙はどこで受け取った」


「旧街道の資材置き場」


 リリアが地図を取り出した。


「場所を示してください」


 男の指が、東門から少し離れた場所を指す。


 古い街道管理隊の資材置き場。


 ローディスが働いていた場所だった。


     ◇


 取調室を出ると、セリアが俺の顔をのぞき込んだ。


「何か考えてる」


「分かりますか」


「最近、分かるようになってきた」


「嫌な成長だな」


「失礼だなあ」


 セリアは少し笑った。


 けれど、すぐに表情を戻す。


「ローディスって人の話、自分と重ねてた?」


 図星だった。


「少し」


「少し?」


「かなり」


「正直でよろしい」


 ノアの真似だった。


 俺は苦笑する。


「前の世界でも、似たことはありました」


 無理な納期。


 できる根拠のない計画。


 現場が何とかすれば、次も同じ条件で依頼が来る。


 間に合わせれば、できると思われる。


 間に合わなければ、管理不足と言われる。


「ローディスは、荷を止めないために無理を続けた」


「うん」


「たぶん最初は、誰かを助けたかったんだと思う」


「今も、そう思ってるのかな」


「自分では思ってるかもしれません」


 それが一番厄介だった。


 悪いことをしている自覚がないわけではない。


 でも、それ以上に必要なことをしていると思っている。


「シュウは、あの人みたいにならないよ」


 セリアが急に言った。


「どうして言い切れるんですか」


「止める人がいるから」


 彼女は自分を指した。


「私と、ノアと、ミラと、リリアさんと、カレンさん。あとジノとガッシュも、一応」


「一応なんだ」


「だって、あの二人はたまに一緒に突っ走りそうだし」


 否定できない。


「シュウが自分だけで何とかしようとしたら、みんなで止める」


 セリアは、少しだけ声を柔らかくした。


「だから、一人でローディスの気持ちまで背負わないで」


 胸の奥が、わずかに温かくなる。


「ありがとうございます」


「うん」


 セリアは少し照れたように前を向いた。


「でも、捕まえる時は遠慮しないから」


「それはお願いします」


     ◇


 旧街道資材置き場は、東門から馬で一刻ほどの場所にあった。


 崩れかけた石壁。


 屋根の半分が落ちた倉庫。


 錆びた工具。


 使われなくなった荷車。


 以前は、街道補修用の石材や木材を保管していたらしい。


 入口の看板には、薄く東街道管理隊の紋章が残っている。


「人の気配は?」


 セリアが聞く。


 先に周囲を見ていたジノ・バレットが、倉庫の陰から戻ってきた。


「表にはいない。でも、荷車が一台増えてる」


「いつの物か分かるか?」


 ガッシュが聞く。


「車輪の泥が新しい。今日か昨日」


 ジノはさらに周囲を見る。


「逃げ道は三つ。正面、倉庫の裏、あと床下に排水路がある」


「詳しいな」


「逃げ道のある建物は好きだから」


「住みたいみたいに言うな」


 ミラ・フォルネは入口近くの土を調べていた。


 白灰窯に残っていた眠り煙と同じ粉が、わずかに落ちている。


「ここで間違いない」


 リリアは、街道管理所から借りた古い資材記録を開いた。


「眠り煙に使われた灰眠草と白灰粉は、どちらも街道管理隊で使用されていました」


「街道補修に眠り草を?」


 セリアが聞く。


「魔物除けよ」


 ミラが答える。


「薄く焚けば、小型魔物の動きを鈍らせる。濃くすれば人も眠る」


 カレンは倉庫に積まれた木箱の印を確認する。


「正式な管理隊の印です。ただし、使用期限は四年前に切れています」


 ローディスが追放された頃と重なる。


「シュウ」


 エルネストが低い声で言う。


「無理に目を使うな。まずは普通に見ろ」


「はい」


 倉庫。


 荷車。


 資材。


 地面の車輪跡。


 一見すると、放置された場所にしか見えない。


 だが、車輪跡が妙だった。


 倉庫へ入っている。


 出た跡がない。


 それなのに、荷車の向きは出口へ向いている。


「誰かが中で向きを変えた?」


 俺がつぶやくと、ジノが首を振った。


「この広さじゃ無理だ。車輪跡も一回分しかない」


 シュウは荷車の下を見る。


 床板に、細い溝があった。


 線路のように、倉庫の奥へ続いている。


「荷車を床ごと動かした?」


 ミラが溝へ工具を当てる。


「古い街道術式。重い資材を滑らせるためのものね」


 その時。


 倉庫の奥から、鉄の棒が石を叩く音がした。


 かん。


 一度だけ。


 床の溝に、黒い光が走る。


「下がれ!」


 エルネストが叫んだ。


 荷車が急に動き出す。


 車輪は回っていない。


 床の溝に沿って、真横へ滑る。


「セリア!」


「分かってる!」


 セリアが前へ出る。


 足裏で地面を掴み、腰を落とす。


 剣を抜き、荷車の側面へ当てた。


「守り払い!」


 真正面から止めるのではなく、進む向きを少しだけ横へずらす。


 荷車は石壁の手前で軌道を変え、空の木箱へ突っ込んだ。


 大きな音が倉庫へ響く。


 埃の向こう。


 一人の男が立っていた。


 年齢は、四十代の半ばほど。


 短く刈られた黒髪には、灰色が混じっている。


 身体は大きい。


 だが、ガッシュのように力を見せつける立ち方ではない。


 重い荷物を何年も運んできた者の身体だった。


 右手には、街道作業で使う鉄の指示棒。


 そして右頬には、黒い輪のような火傷。


「ローディス・ハーン」


 俺が名前を呼ぶ。


 男は驚かなかった。


「捕まえた連中が話したか」


 低く、疲れた声だった。


「魔石を奪った理由を聞きたい」


「聞いてどうする」


「あなたが何をしようとしているのか知りたい」


「止めに来た人間が、理解者のふりをするな」


 ローディスが鉄棒を地面へ当てる。


 かん。


 また黒い線が床の溝へ走った。


 積まれていた木箱が、こちらへ滑り始める。


「来るぞ!」


 ガッシュが前へ出ようとする。


「腕だけで止めるな!」


 俺が叫ぶ。


「分かってる!」


 ガッシュは足を開き、腰を落とす。


 荒い魔力を足から腰へ流し、箱を正面から受けず、肩で横へ押す。


 木箱が床を滑り、別の列へぶつかった。


「できた!」


 ジノが叫ぶ。


「今、褒めるな!」


 ローディスはすでに次の溝へ鉄棒を向けていた。


 この男の術式は、何もない場所では使えない。


 既にある道。


 車輪跡。


 運搬溝。


 そこへ力を流し、荷物を強制的に動かす。


 流れを作るのではない。


 決められた道から、外れられなくする。


「排水路!」


 ジノが叫んだ。


「奥の床が開く!」


 ローディスが鉄棒を叩く前に、ジノは排水路の蓋へ走った。


 逃げ道を塞ぐためではない。


 中に誰かいないかを確認している。


「二人いる!」


 床下から、くぐもった声がした。


「資材置き場の管理人と、街道の職員!」


 証人だ。


 ローディスは逃げる準備だけではなく、見られた人間を閉じ込めていた。


「ジノ、救出!」


「任せろ!」


 ジノは迷わず床下へ降りる。


 セリアはローディスへ向かう。


 短く息を吸う。


 足から腰、肩、腕、剣へ。


 青い魔力が流れる。


「風切り!」


 ローディスは鉄棒で剣を受けた。


 金属音。


 細い剣と作業用の鉄棒。


 普通なら剣が有利なはずだ。


 だがローディスは、床の溝へ足を乗せていた。


 黒い光が足元から鉄棒へ流れ、セリアの剣を押し戻す。


「この道の上では、俺の荷は止まらない」


「私は荷物じゃない!」


 セリアが踏み込みを変える。


 正面から押さず、半歩横へ。


 溝の外へ出た瞬間、ローディスの力がわずかに落ちた。


「月閃!」


 薄い青い刃が鉄棒の先端を削る。


 ローディスが後退した。


 それでも、表情は変わらない。


「いい剣士だ」


「褒めても逃がさない」


 俺は二人の足元を見る。


 魔流視を使う必要はない。


 溝の配置。


 荷車の位置。


 ローディスが立つ場所。


 彼は必ず運搬溝の上へ移動している。


 道がなければ、術式を使えない。


「セリア! 溝から離せ!」


「どうやって?」


「倉庫の中央! 床板が新しい場所!」


 古い倉庫の中で、中央だけ床板の色が違う。


 補修された場所。


 そこには運搬溝がない。


 セリアがローディスの右側へ回る。


 ガッシュが左から木箱を押す。


「俺を荷物扱いしたこと、後悔させてやる!」


「言ってないだろ!」


「勢いだよ!」


 二人の動きに押され、ローディスが中央へ下がる。


 鉄棒を地面へ叩く。


 かん。


 黒い光は出ない。


 ローディスの目が初めて動いた。


「今!」


 セリアが鉄棒を弾く。


 ガッシュが腰から肩へ力を流し、ローディスの腕を押さえる。


 だがローディスは、鉄棒を手放した。


 空いた右手でガッシュの胸を押す。


 ガッシュがよろめいた。


 ローディスはその隙に、古い棚の下から小さな黒い輪を取り出す。


「ミラ!」


「分かってる!」


 ミラが工具を投げた。


 黒い輪の中心へ細い針が刺さる。


 起動音が途中で止まった。


 リリアのペンが走る。


「黒輪術式具の所持、起動未遂。確認しました」


 カレンは倉庫奥の机を調べていた。


「こちらにも証拠があります」


 机の上には、街道の運行表。


 蒼い流れへ参加した荷運び人の名簿。


 治療所の場所。


 北区で魔石を貸した三商会。


 すべてが書かれていた。


「どうして、これを持っているんですか」


 カレンの声から笑みが消えている。


 ローディスは答えなかった。


「次は何を止めるつもりでした?」


 俺が聞く。


 ローディスは、拘束されかけた腕へ力を込める。


「荷は止めない」


「じゃあ何を?」


「荷を動かす人間だ」


 背中に冷たいものが走る。


「物を守って満足している間に、運ぶ人間がいなくなれば流れは止まる」


「何をした」


「何もしていない」


 ローディスは低く笑った。


「まだな」


 その瞬間、倉庫の外から馬の足音が聞こえた。


 エルネストが入口へ向く。


 組合の伝令が、息を切らしながら駆け込んできた。


「組合長!」


「どうした!」


「蒼い流れに登録していた荷運び人が、三人とも現れません!」


「三人とも?」


「家にもいません。代わりに、扉へ黒い輪が描かれていました!」


 全員の視線がローディスへ向く。


 ローディスは笑っていなかった。


「俺じゃない」


「信じると思うか」


 ガッシュが腕へ力を込める。


「本当に俺じゃない」


 ローディスの声に、初めて焦りが混じった。


「人を脅すことはあっても、無駄に消しはしない」


「ヴァルドの指示じゃないのか?」


 俺が聞く。


 ローディスは答えない。


 だが、右頬の黒い火傷が、わずかに脈打った。


 ミラが息をのむ。


「その火傷……術式が動いてる」


 黒い輪の火傷から、細い線が首元へ広がっていく。


 口止め術式ではない。


 もっと深い。


「ローディス!」


 ノアが駆け寄る。


「触るな!」


 ローディスが叫んだ。


 その声に、初めて恐怖があった。


「これは俺を殺す術式じゃない」


「じゃあ何ですか!」


「道を開く術式だ」


 倉庫の床。


 古い運搬溝。


 すべての黒い線が一斉に光った。


 ローディスを中心に、線が外へ向かって伸びていく。


 東門。


 街道。


 アルメリア。


 まるで、街中の道へ何かを流そうとしている。


 俺は息を細く吐いた。


 セリアがすぐに俺を見る。


「シュウ、駄目!」


「でも、これは見ないと――」


「一人で深く見ない!」


 ノアも叫ぶ。


「対象を絞ってください!」


 ミラが床を指す。


「ローディス本人じゃない! 入口を見て! この術式へ力を入れてる場所!」


 俺はうなずいた。


 全体ではない。


 ローディスから広がる線でもない。


 どこから力が入っているか。


 入口だけ。


 息を細く吐く。


 視界の焦点を、ほんの少し奥へずらす。


(流れを見ろ)


 倉庫の色が薄れる。


 黒い線が、ローディスから出ているように見えた。


 だが違う。


 外から入っている。


 遠い。


 アルメリアの方角。


 北区でも、南市でもない。


 街の中心。


 冒険者組合。


「入口は……組合だ!」


 全員の顔色が変わる。


 調整所。


 蒼い流れの記録。


 荷運び人の情報。


 すべてが集まっている場所。


「誰かが組合の中から、術式を動かしてる!」


 視界が揺れる。


 俺はすぐに魔流視を切った。


 セリアが肩を支える。


 ローディスは、黒い線に縛られながら俺を見ていた。


「遅い」


 かすれた声だった。


「ヴァルドは……俺たち現場の人間すら、道として使う」


 次の瞬間。


 倉庫の古い運搬溝が、すべて黒く染まった。


 遠く離れたアルメリアの方角から、低い鐘の音が響く。


 一度。


 二度。


 三度。


 組合の警報鐘だった。


 蒼い流れの調整所で、何かが起きている。


「戻るぞ!」


 エルネストの声が倉庫へ響いた。


 ジノは救出した二人を外へ運ぶ。


 ガッシュはローディスを担ぎ上げる。


 セリアは俺の腕を肩へ回した。


「歩ける?」


「歩けます」


「無理なら言って」


「はい」


 ローディスが苦しそうに笑う。


「荷を守っても……人が動かなければ、流れは止まる」


 俺は彼を見る。


「止めさせない」


「どうやって?」


「人を道具にしない方法で」


 答えがあるわけではない。


 今も、組合では何が起きているか分からない。


 登録した荷運び人三名も行方不明。


 調整所の中に、黒環会の協力者がいる可能性もある。


 それでも。


 ローディスと同じ道へは行かない。


 誰か一人が無理をして。


 誰か一人が責任を背負い。


 誰か一人が潰れることでしか回らない流れなら。


 それは最初から、流れているとは言えない。


 倉庫の外へ出る。


 夕暮れの街道の向こうで、アルメリアの警報鐘が鳴り続けていた。


 蒼い流れを狙った次の攻撃は、荷物ではなかった。


 それを運び、記録し、つないできた人間そのものだった。


第29話を読んでいただきありがとうございます。


今回は、右頬に黒い輪の火傷を持つ男、ローディス・ハーンが登場しました。


ローディスは元東街道管理隊の現場長です。


過去には、大雨で崩れた街道へ仮道を作り、止まった荷を三日で動かした実績がありました。


しかし、その仮道で事故が起きた際、無理な納期を命じた役人ではなく、現場長だったローディスだけが責任を負わされました。


上からは数字と納期を求められ、現場からは無理だと言われ、その間で仕事を止めないように動いてきた人物です。


その経験からローディスは、どのような手段を使っても荷を動かすことが正しいと考えるようになりました。


彼の術式は、すでにある道や車輪跡、運搬溝へ力を流し、荷物を強制的に動かすものです。


何もない場所には道を作れず、既存の流れの上でしか使えないという制限があります。


シュウたちはローディスを追い詰めますが、蒼い流れへ登録した荷運び人三名が行方不明になったという連絡が入ります。


さらに、ローディスの黒い火傷を通じて、冒険者組合から大きな術式が起動しました。


次回は、黒環会の協力者が内部にいる可能性がある冒険者組合へ戻り、蒼い流れの記録と人員を守る展開へ進みます。


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