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納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

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第28話 消えた荷馬車

第28話 消えた荷馬車


東門から届くはずだった、治療用魔石の荷馬車。


護衛だけが戻り、荷物と御者は姿を消しました。


道に残されていたのは、ヴァルドからの挑発とも取れる一枚の紙。


――公平な配分は、不足が続く間だけ美しく見える。


治療用魔石が届かなければ、困るのは患者だけではありません。


協力した商会は貸し出しをためらい、住民は「蒼い流れ」への信用を失っていく。


シュウたちは、細くつながったばかりの流れが切れる前に、消えた荷馬車を追います。




 調整所の壁に引かれた青い線は、東門の前で止まっていた。


 東門。


 治療用魔石輸送。


 未着。


 リリア・フォルンが書いた三つの文字を、俺はしばらく眺めていた。


 昨日、ようやく五人へ治療用魔石を届けた。


 その日の記録を見せたことで、北区の商会から追加の魔石を借りることもできた。


 今日になれば、東門から新しい荷が届く。


 借りた分を返す見通しも立ち、明日以降の患者にも回せる。


 そう考えていた。


 けれど、荷馬車は来なかった。


「護衛の話を、もう一度整理します」


 リリアが机の上へ四枚の紙を並べた。


 荷馬車の運行記録。


 東門の通行予定表。


 戻ってきた護衛の証言。


 そして、街道に落ちていた紙片。


 ――公平な配分は、不足が続く間だけ美しく見える。


 署名はない。


 それでも、ヴァルド・グレイムの顔が頭に浮かんだ。


「荷馬車は昨日の朝、ミルド採掘町を出発しています」


 リリアのペン先が、一枚目の記録をなぞる。


「御者一名。護衛二名。治療用魔石十二個、生活用魔石二十四個。東門への到着予定は夕刻前でした」


「護衛二人のうち、一人だけが戻ったんだよな」


 エルネスト・ヴァイスが腕を組んだまま言う。


「はい。もう一人と御者は行方不明です」


「戻ってきた護衛は何て?」


 セリア・グランツが聞いた。


 リリアは証言書へ視線を移した。


「東門まで半日の位置にある白羽橋の手前で、橋が壊れているという立て札を見つけたそうです」


「白羽橋……」


 以前、ダリオの焼け残った記憶にも反応した地名だ。


「一行は脇道へ入りました。その後、灰色の煙を見たところまでは覚えています」


「その先は?」


「気づいた時には、一人で街道脇に倒れていたそうです」


 ミラ・フォルネが机の上に置かれた護衛の外套を調べていた。


 布地を指でこすり、灰色の粉を小皿へ落とす。


「眠らされた可能性が高いわね」


「魔法で?」


 ノア・ルミナスが聞く。


「たぶん。強い術式じゃない。煙を吸わせて、意識と記憶を鈍らせるもの」


 ミラは細い測定具を粉へ近づけた。


「入口は呼吸。変換部で魔力の流れを乱して、出口は意識。黒輪術式に似てるけど、かなり簡易的」


「護衛の身体は?」


「命に別状はありません」


 ノアが答えた。


「ただ、記憶を無理に思い出そうとすると、頭痛と吐き気が出ます。今は休んでもらっています」


 セリアの眉が寄る。


「もう一人の護衛と御者は、連れていかれたのかな」


「荷馬車を動かすためには、御者が必要だった可能性があります」


 カレン・ベルシアが帳簿をめくりながら言った。


「護衛を一人だけ返したのは、荷が消えたことをこちらへ知らせるためでしょう」


「わざと返した?」


「ええ。魔石を奪うだけなら、全員を拘束するか、別の場所に放置した方が時間を稼げます」


 カレンは机の紙片を見る。


「ヴァルド側は、私たちへ不足を知らせたいのです」


 治療用魔石が届かない。


 明日から配れない。


 借りた魔石を返せないかもしれない。


 そうなれば、北区の商会は次から協力しなくなる。


 灯り小路の人たちも、蒼い流れは一日だけだったと思うだろう。


「荷を盗むことより、信用を壊すのが目的か」


 ガッシュが低く言った。


 壁際に立っている彼の隣には、ジノ・バレットがいた。


 二人とも、エレナの家から戻ってきたばかりだ。


 ジノの母親には、治療用魔石を無事に取り付けられたらしい。


 喜ぶ時間もほとんどないまま、次の問題が起きた。


「母ちゃんに届いた魔石も、北区から借りたやつだ」


 ジノが言う。


「返せなくなったら、取り上げられるのか?」


「治療中の物をすぐに返せとは言われません」


 カレンが答える。


「ですが、返却の見通しがなくなれば、次の貸し出しは難しくなります」


「じゃあ、早く探しに行こう」


 ジノはすぐに言った。


 その声には焦りがあった。


「白羽橋だろ? 俺、あの辺の道なら少し分かる」


「待て」


 ガッシュが腕を伸ばし、歩きだそうとしたジノを止めた。


「何だよ」


「一人で飛び出すな」


「一人で行くなんて言ってない」


「顔が言ってる」


「顔で分かるのかよ」


「今のお前なら分かる」


 ガッシュの言葉に、ジノが少し黙った。


 以前なら、ガッシュの方が先に突っ走っていた。


 今は逆に、ジノを止めている。


「ガッシュの言う通りです」


 俺は言った。


「急ぐ。でも、先に分かっている流れを整理する」


 ヴァルドは、こちらが焦ることまで考えているはずだ。


 急いで白羽橋へ向かい、別の罠にかかれば、荷物も信用も取り戻せない。


「リリアさん。橋の破損記録はありますか?」


「確認済みです」


 リリアが別の紙を出した。


「白羽橋に破損報告はありません。昨日も別の商隊が通過しています」


「立て札は偽物」


「はい」


「誰でも置けるものですか?」


「立て札そのものは作れます。ただし、街道管理所の封印が押されていたと護衛は証言しています」


 カレンが顔を上げた。


「偽造印か、内部の協力者がいますね」


「護衛は脇道へ入った。その脇道の先に、荷馬車を隠せる場所がある」


 俺は地図を広げた。


 白羽橋。


 旧街道。


 森。


 採石場。


 地図の端に、使われなくなった石灰焼き窯が記されている。


「ここは?」


 俺が指すと、ジノが身を乗り出した。


「古い白灰窯だ。前は壁材を作ってたけど、今は使われてない」


「荷馬車は入れる?」


「入れる。裏に広い作業場がある」


「逃げ道は?」


「多い」


 ジノの顔が少し引き締まった。


「表の道、森側の細道、窯の裏に排気用の穴。人だけなら川へも抜けられる」


「どうして詳しいんだ」


 ガッシュが聞く。


「昔、逃げ込んだことがある」


「何から?」


「そこは今、必要な情報じゃない」


「後で聞く」


「忘れて」


 エルネストが地図を見下ろす。


「白灰窯を第一候補にする。ただし、街道管理所も調べる。偽の封印印がどこから出たか確認しろ」


 リリアがうなずく。


「私とカレン様で管理所の記録を確認します」


「ミラは煙の術式を追えるか?」


「同じ粉が残っていれば」


「ノアは護衛をもう一度診てくれ。無理に証言は取るな」


「はい」


「セリア、ガッシュ、ジノは現地」


 エルネストの視線が俺へ向く。


「シュウは?」


「俺も行きます」


「目は使えるのか」


 ノアとセリアが、同時に俺を見た。


「必要な場所を絞って、短くなら」


 答えると、ノアが少し困った顔をした。


「今日はまだ使っていません。でも、昨日の反動が完全に消えたわけではありません」


「見る前に相談します」


「絶対ですよ」


「はい」


 セリアも念を押す。


「一人で先に見ない」


「分かってます」


「怪しい返事」


「最近、本当に信用がないな」


 ガッシュが鼻で笑った。


「自業自得だろ、Eランク」


「ガッシュに言われると少し腹が立つ」


「少しかよ」


 重かった部屋の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


 エルネストが地図をたたむ。


「行け。日が落ちる前に荷を見つけろ」


     ◇


 白羽橋は、何事もなかったように川の上へ架かっていた。


 白い石で作られた、幅の広い橋。


 壊れている場所などない。


 馬車が二台並んでも通れそうだった。


「完全に嘘じゃない」


 セリアが橋の欄干を見ながら言う。


「ええ」


 俺は橋の手前に残る車輪跡を見た。


 街道から脇道へ曲がった跡。


 昨日は雨が降らなかったため、土の上にまだ線が残っている。


 ただ、いくつもの馬車が通る場所だ。


 どれが消えた荷馬車のものか、俺には分からない。


「車輪幅は記録にあります」


 リリアは街道管理所の確認を終え、カレンと一緒に追いついていた。


「荷馬車の車輪間隔は五尺二寸。右後輪に金具の欠けがあるため、一定間隔で細い傷が残るはずです」


 俺たちは脇道の跡を一つずつ見た。


「これ」


 セリアがしゃがみ込む。


 土に残る車輪跡の端。


 一定の間隔で、小さな溝が入っている。


「同じだと思う」


 リリアが物差しを当てる。


「一致します」


 魔流視を使わなくても、荷馬車の流れは残っていた。


 車輪の傷。


 記録。


 土の跡。


 それらをつなげれば、追える。


「白灰窯の方角だな」


 ジノが森の奥を見た。


「でも、このまま道を進むと見張りから丸見えだ」


「別の道は?」


「川沿いを回る。ただし、途中が狭い」


「俺は通れる?」


 ガッシュが聞く。


 ジノが彼の肩幅を見る。


「頑張れば」


「頑張るって何だよ」


「引っかかっても置いていかないから」


「お前が先に引っかかれ」


 言い合いながら、二人は川沿いへ向かう。


 セリアが俺の歩幅に合わせながら、隣を歩いた。


「目、使わなくても追えてるね」


「今のところは」


「うれしい?」


「少し」


「もっと喜んでもいいと思う」


「荷馬車を見つけてからにします」


「慎重だなあ」


「心配性なんです」


「知ってる」


 短い返事だった。


 でも、少しだけ笑っていた。


     ◇


 白灰窯へ近づくにつれ、焦げたような匂いが強くなった。


 木が燃えた匂いではない。


 薬品と土が混ざったような、喉に引っかかる匂い。


 ミラが足元の草を指でなぞる。


 葉の表面に、灰色の粉が薄くついていた。


「護衛の外套に残ってたものと同じ」


「眠り煙?」


「ええ。まだ新しい」


 セリアが周囲を見る。


「見張りは?」


「表に一人いる」


 先に様子を見ていたジノが、木の陰から戻ってきた。


「窯の入口。弓持ち。裏にも足音があった」


「荷馬車は?」


「中にある。車輪だけ見えた」


「御者たちは?」


「分からない」


 ジノの声が少し硬い。


 逃げ道を見る彼は、人がどこに閉じ込められているかも気にしている。


「先に出口を押さえる」


 ガッシュが言った。


「俺が表へ行く」


「正面から?」


「おとりだ」


 以前なら、ただ殴り込むと言っていたはずだ。


「大丈夫か?」


 俺が聞くと、ガッシュは鼻を鳴らした。


「弓を俺に向けさせりゃ、セリアが動きやすいだろ」


「無理に受けないでよ」


 セリアが言う。


「分かってる」


「腕に魔力を集めすぎない」


「それも分かってる」


「怒らない」


「それは努力する」


 ミラがぼそっと言う。


「最後だけ信用できない」


「うるせえ」


 役割を決める。


 ガッシュが表で注意を引く。


 セリアは見張りを制圧。


 ジノは裏へ回り、御者と護衛を探す。


 ミラは眠り煙や焼却術式を確認。


 リリアとカレンは、荷札と証拠の確保。


 ノアは少し離れた場所で、救出された人を治療する。


 俺は全体を見る。


 必要になるまで、魔流視は使わない。


「行くぞ」


 ガッシュが深く息を吸った。


 足を地面へ置く。


 荒い魔力が腕へ上がりかけ、途中で足へ戻される。


 まだ滑らかではない。


 それでも、自分で調整している。


 彼は森から出て、白灰窯の正面へ歩いた。


「おい!」


 見張りが弓を向ける。


「止まれ!」


「荷物を返してもらいに来た!」


 ガッシュが大声を上げた。


「何のことだ」


「その中の魔石だよ。知らねえなら、見せても困らねえだろ!」


 見張りの視線がガッシュへ集まる。


 その隙に、セリアが木陰を抜けた。


 短く息を吸う。


 足裏で地面を掴む。


 腰から肩へ、青い魔力が流れる。


 だが、弓を持つ腕へ斬りつけることはしなかった。


「風切り!」


 剣が横に走り、弓の弦だけを断つ。


 見張りが驚いて振り返る。


 セリアは一歩で間合いへ入り、剣の柄を男の手首へ当てた。


「動かないで」


 窯の中から、別の男が飛び出してくる。


 ガッシュが前へ出た。


 腕だけで押さない。


 足を踏み、腰を落とし、相手の体当たりを受け止める。


「今度は流されねえぞ!」


 二人が地面へ倒れる。


 だが、ガッシュは殴り続けなかった。


 男の腕を押さえ、動きを止める。


 窯の奥から黒い煙が上がった。


「焼く気よ!」


 ミラが叫ぶ。


 荷物を処分するつもりだ。


 俺たちは窯の中へ入った。


 広い作業場に、消えた荷馬車が置かれている。


 荷台には木箱。


 そのうち一つから、黒い煙が漏れていた。


 壁際には、御者と護衛が縛られている。


 意識はある。


 けれど、煙を吸ったのか、身体をうまく動かせないようだった。


「ジノ!」


「助ける!」


 ジノは戦う方ではなく、迷わず二人へ走った。


 出口を確認し、縄を切り、御者の肩を担ぐ。


「怖いけど、こっちならやれる!」


 もう一人の護衛も引き起こす。


 ノアが外から駆け込んできた。


「呼吸を見ます! 無理に歩かせないで!」


 その間にも、黒い煙は濃くなっている。


 ミラが箱の周囲へ工具を当てた。


「入口は箱の留め具。変換部が側面。出口は中!」


「中の魔石を焼く?」


「違う。記録を上書きする術式!」


「上書き?」


 カレンが荷札を見る。


 その顔色が変わった。


「この札……蒼い線が描かれています」


 箱の側面には、青い炭筆で一本の線が描かれていた。


 俺たちが調整所の壁に描いたものとよく似ている。


 その下には、ベルシア商会の偽造印。


 さらに、配分先として北区の特定商会の名が書かれていた。


「俺たちが荷を奪ったことにするつもりか」


 魔石を盗むだけではない。


 蒼い流れを名乗る集団が、治療用魔石を一部の商会へ横流しした。


 そう見せかけるための荷札だ。


 荷が後から発見されれば、信用は完全に壊れる。


「術式が起動すると、箱の記録石に偽の運搬履歴が書き込まれる」


 ミラが歯を食いしばる。


「それが終わる前に止めないと」


「止められる?」


「入口と出口は分かる。でも、変換部が箱の中。開けたら一気に起動する可能性がある」


 胸の奥に、嫌な引っかかりがあった。


 箱の中。


 黒い線が複雑に絡んでいる。


 集中視だけでは足りないかもしれない。


 でも、深く見れば反動が来る。


 セリアがこちらを見る。


 ノアは御者を診ながらも、俺たちの会話を聞いている。


 ミラも目を上げた。


「見るなら、箱の変換部だけ」


「分かりました」


 ノアが言う。


「短くです。痛みが出たら、すぐ止めてください」


 セリアも剣を収め、俺の隣へ来た。


「倒れそうになったら引くから」


「お願いします」


 俺は息を細く吐いた。


 箱全体を見るのではない。


 偽の記録を書き込む流れ。


 変換部だけ。


 視界の焦点を、ほんの少しだけずらす。


(流れを見ろ)


 景色の色が薄くなる。


 箱の外周から、灰黒色の線が中へ集まっている。


 中心ではない。


 箱の底。


 右奥に、小さな記録石が埋め込まれている。


 その手前に、青い魔石が一つ。


 魔石の力で記録石へ偽の流れを書き込む。


 だが、二つをつなぐ線は一本だけだった。


「底の右奥! 青い魔石と記録石の間を切れば止まる!」


 俺はすぐに視界を戻した。


 鋭い痛みが目の奥を走る。


 身体が少し揺れた。


 セリアの手が背中を支える。


「終わり。もう見ない」


「はい」


 ミラは箱の側面へ工具を差し込んだ。


「底の右奥……ここ!」


 金属が擦れる音。


 黒い煙が一度強く噴き出す。


「ミラ!」


「まだ!」


 ミラが工具を深く押し込む。


 小さな火花。


 次の瞬間、煙が止まった。


「切れた」


 ミラは大きく息を吐いた。


「記録の上書きも途中。元の運搬履歴が残ってる」


 リリアがすぐに箱へ近づく。


「偽造荷札、偽ベルシア印、蒼い線の印、上書き前の記録石。すべて確保します」


 カレンは偽の配分先を確認していた。


「この商会は、今日の供給に協力を断ったところです」


「俺たちが、協力しなかった商会へ秘密で横流ししたように見せる?」


「ええ」


 カレンの声が冷える。


「住民から見れば裏切り。北区の商会から見れば、情報を利用した報復になります」


 ヴァルドは、物だけを止めたのではない。


 俺たちが積み重ねた説明も、記録も、信用も。


 全部を一つの偽造記録で壊そうとした。


「本当に、嫌なところを狙う」


 セリアが低く言った。


 俺も同じことを思った。


     ◇


 魔石の箱は全部で六つあった。


 治療用魔石十二個。


 生活用魔石二十四個。


 数は運行記録と一致した。


 最初の一箱だけは上書き術式の影響を受けていたが、魔石そのものに異常はない。


 御者と護衛も、ノアの治療で少しずつ話せるようになった。


「黒い外套の男が三人……」


 御者はかすれた声で言った。


「橋が壊れたと言われて、脇道へ入った。窯の前で煙が……」


「顔は見ましたか?」


 リリアが聞く。


「一人だけ。右の頬に、黒い輪のような火傷があった」


 新しい特徴だ。


 ラドムでも、ダリオでも、ユリウスでもない。


 ヴァルドの下で、実際に流れを壊す現場側の人間がまだいる。


「紙を書いた人物は?」


「分からない。ただ……」


 御者は少し考え込む。


「男たちは、何度も時間を気にしていた。夕刻までに記録を作れ、と」


 夕刻。


 今日の供給結果が公開される前。


 俺たちが荷を見つけられなければ、明日には偽造された記録と荷箱が誰かに発見されていたのだろう。


「間に合ったんだな」


 ジノが荷台の魔石を見て言った。


「ああ」


「母ちゃんの分も、次の人の分も返せる?」


「返せます」


 カレンが答えた。


「それだけではありません。次の供給分も確保できます」


 ジノの肩から、ようやく力が抜けた。


「よかった……」


 いつもの軽い声ではなかった。


 ただ安心した子どものような声だった。


 ガッシュは捕らえた男たちを見張りながら、こちらへ顔を向ける。


「信用の方はどうする」


「隠さず説明します」


 カレンは偽造荷札を布へ包んだ。


「荷が奪われたこと。横流しを装う偽造記録が作られかけたこと。回収した時刻。すべて公開します」


「また、失敗も書くんですね」


 ノアが聞く。


「ええ。荷を奪われたのは、こちらの輸送経路が読まれていたからです」


 リリアが答えた。


「取り戻したことだけ記録すれば、同じことが繰り返されます」


「護衛を増やす?」


 セリアが聞く。


「それだけでは足りません」


 俺は考えながら言った。


「輸送予定を、一か所にまとめすぎていた」


「どういうこと?」


「今回、東門から何が何個届くかを、調整所の全員が知っていました。商会にも返却予定を説明した。必要な情報だったけど、どこかから漏れた」


「情報を隠すの?」


「全部は隠さない。でも、出発時刻や道順まで広く共有する必要はない」


 透明にすることと、何でも公開することは違う。


 ヴァルドは情報を一か所へ集める。


 俺たちは共有しようとした。


 でも、共有にも範囲が必要だ。


「必要量や配分理由は公開する」


 俺は続けた。


「輸送経路は、担当者だけで分けて持つ。誰か一人が全部の道順を知る形にもしたくない」


 カレンが少し考えてからうなずいた。


「二つの商会と組合で、区間ごとに担当を分ける方法があります」


「途中で引き渡すの?」


「ええ。ただし、荷札と数量を毎回確認する」


 リリアが記録紙を出す。


「区間ごとの受領記録があれば、どこで止まったか分かります」


 ミラも箱の術式を見ながら言う。


「記録石に簡単な改ざん防止を入れられる。完全ではないけど、書き換えた痕跡は残せる」


「また手間が増えるな」


 ガッシュが言った。


「増えます」


 俺は答えた。


「でも、今日みたいに荷ごと消えるよりはいい」


「ヴァルドなら、一人に全部管理させるんだろうな」


「たぶん」


「そっちの方が早そうだ」


「早いと思います」


「でも、やらねえんだろ」


「やりません」


 ガッシュは少しだけ笑った。


「だと思った」


 皮肉ではなかった。


     ◇


 アルメリアへ戻ったのは、日が沈んだあとだった。


 治療用魔石を積んだ荷馬車が東門を通ると、門番たちが声を上げた。


 調整所の前には、すでに何人もの住民と商人が集まっていた。


 荷が消えたという話は広がっている。


 協力した北区の商会からも、人が来ていた。


 不安。


 疑い。


 怒り。


 いろいろな表情がある。


 カレンが人々の前へ立った。


「東門から到着予定だった魔石は、白羽橋付近で奪われました」


 ざわめきが起きる。


 隠さない。


 まず、失敗から話す。


「犯人は、蒼い流れが治療用魔石を特定の商会へ横流ししたように見せるため、偽の荷札と記録を作ろうとしていました」


「横流し?」


「じゃあ、この仕組みを潰そうとしたのか?」


 声が飛ぶ。


 カレンは、回収した偽造荷札を掲げた。


「偽造印と術式は、組合とベルシア商会、魔道具技師がそれぞれ確認しています。元の運搬記録も残っています」


 リリアが確認時刻と回収数を読み上げる。


 治療用魔石、十二。


 生活用魔石、二十四。


 不足なし。


 御者、護衛一名救出。


 護衛一名は先に帰還済み。


 続いてミラが、記録石へ上書き術式が使われたことを説明する。


 ノアは、救出した二人の状態を報告した。


 一人の言葉だけではない。


 記録。


 商会。


 技術。


 治療。


 それぞれが、自分の確認した部分を話す。


 北区の商会から来た男が、荷箱の印を確認した。


「確かに、これは偽造だ。うちの正式印とは違う」


 別の商人も、記録石を見る。


「元の出荷記録が残っているなら、横流しではない」


 少しずつ、ざわめきの質が変わっていく。


 疑いが消えたわけではない。


 それでも、説明する場所がある。


 確認できる物がある。


 質問すれば、答える人がいる。


 それが、信用を完全に切れさせなかった。


「明日から、輸送方法を変更します」


 俺は人々の前で言った。


 大勢に向かって話すのは得意ではない。


 声が少し硬くなる。


「今回、荷の到着時刻と経路が読まれていました。必要量と配分結果は、これまで通り公開します。でも、輸送経路は区間ごとに担当を分けます」


「隠すってことか?」


 誰かが聞いた。


「全部を一人に集めないためです」


 俺は答えた。


「誰も全経路を一人で変えられないようにする。区間ごとに荷を確認して、記録をつなげます」


「遅くならないのか?」


「今より少し遅くなるかもしれません」


 正直に答える。


「でも、消えた時にどこで止まったか分かります。今回みたいな偽造も難しくします」


 すべての人が納得したわけではない。


 面倒だと言う商人もいた。


 ヴァルドの共同管理へ任せた方が早いと言う者もいた。


 それでも、話し合いは続いた。


 誰かの魔道具で警戒心を鈍らされてはいない。


 自分で疑い、自分で聞き、自分で決める。


 その時間が、今は必要だった。


     ◇


 夜遅く。


 人が帰ったあとの調整所で、リリアが壁の記録を書き換えた。


 東門。


 治療用魔石輸送。


 未着。


 その文字に線が引かれる。


 代わりに、新しい文字が加わった。


 白灰窯にて回収。


 数量一致。


 偽造記録未完成。


 御者・護衛救出。


 輸送方法見直し。


 失敗の記録は消さない。


 その下へ、結果を続けて書く。


「終わりましたね」


 セリアが言った。


「今日の分は」


 俺は椅子へ座った。


 さすがに疲れた。


 目の奥にも、わずかな痛みが残っている。


 ノアがすぐに気づく。


「痛むんですね」


「少しだけ」


「薬を飲んでください」


「はい」


 もう抵抗はしない。


 ノアから渡された薬湯を飲む。


 苦い。


 思わず顔をしかめると、セリアが笑った。


「子どもみたい」


「苦いものは苦いんです」


「魔流視より薬の方が苦手?」


「比べるものじゃない」


 ジノは壁の青い線へ、東門から白灰窯までの道を書き足していた。


 ただし、今回の道には小さな黒い印がついている。


「ここで止まったって分かるように」


 ジノが言う。


「また狙われるかな」


「狙われると思う」


 俺は答えた。


「今日、信用を壊せなかったから」


「じゃあ、次はもっとひどいことする?」


 セリアの表情が少し曇る。


「分かりません」


 ヴァルドは、人が不足すれば管理を求めると言った。


 今日、その不足を意図的に作ろうとした。


 さらに、俺たちが不正をしたように見せかけようとした。


 それでも失敗した。


 次は、もっと直接的に来るかもしれない。


 ガッシュは窓際に立ち、外を見ていた。


「頬に黒い輪の火傷がある男」


 彼がつぶやく。


「現場を動かしてたのは、そいつなんだろ」


「可能性は高いです」


 リリアが答える。


「捕らえた二名は、火傷の男から金を受け取ったと証言しています。名前は知らないそうです」


「次は、そいつを追う?」


 ジノが聞く。


「追います」


 ただし、今すぐ飛び出さない。


 捕らえた者の証言。


 街道管理所の偽造印。


 眠り煙の材料。


 白灰窯の使用履歴。


 そこから、人の流れを追う。


 魔力の線だけではない。


「今日は、荷を取り戻した」


 セリアが壁の記録を見る。


「魔石も、信用も」


「全部ではありません」


「またそれ」


 セリアが少し呆れた顔をする。


「今日守れたものまで、小さく言わない」


 昨日も似たようなことを言われた。


 届かなかったものだけを見るな。


 届いたものも、なかったことにするな。


「……分かりました」


 俺は言い直す。


「今日は、魔石を取り戻しました」


「うん」


「救出もできた」


「うん」


「偽の記録も止めた」


「うん」


「信用も、完全には切れなかった」


「よろしい」


 セリアは満足そうに笑った。


 その笑顔を見て、胸の奥の重さが少しだけ軽くなる。


 壁に描かれた蒼い線は、一度黒い印で途切れている。


 けれど、その先でまたつながっていた。


 きれいではない。


 まっすぐでもない。


 止められ、曲がり、回り道をしている。


 それでも、荷は届いた。


 人も戻った。


 流れは、まだ生きている。


 俺は机の上に置かれた偽造荷札を見る。


 蒼い線をまねて描かれた、偽物の印。


 ヴァルドは、俺たちの方法を壊すだけではなく、汚そうとしている。


(なら、本物は何度でも記録する)


 誰に。


 何を。


 なぜ届けたのか。


 どこで止まり。


 誰が助け。


 どこを直したのか。


 黒い流れが偽物を作るなら、こちらは人の声ごと残していく。


 窓の外では、夜の街道を一台の荷車が走っていた。


 回収した魔石のうち、明日の朝に必要な分を治療所へ運んでいる。


 今度は区間ごとに護衛が交代し、受領記録を残す。


 少し遅い。


 少し面倒だ。


 でも、流れは進んでいる。


 蒼い流れの二日目は、消えた荷馬車を取り戻して終わった。


 そして記録の最後には、新しい調査対象が書き加えられた。


 ――右頬に、黒い輪の火傷を持つ男。


第28話を読んでいただきありがとうございます。


今回は、東門から届く予定だった治療用魔石の荷馬車を追う回でした。


荷馬車は、白羽橋が壊れているという偽の立て札によって脇道へ誘導され、使われなくなった白灰窯へ運び込まれていました。


犯人の目的は魔石を奪うことだけではありません。


蒼い流れが一部の商会へ魔石を横流ししたように見せかけるため、偽のベルシア商会印や蒼い線の印、偽造された配分記録を作ろうとしていました。


シュウたちは荷馬車を発見し、御者と護衛を救出します。


ジノは戦うよりも救出を優先し、ガッシュは力任せに殴るのではなく、足から魔力を流して相手の動きを止めました。


シュウも見る場所を箱の変換部だけに絞って魔流視を使い、ミラが記録の上書き術式を停止しています。


治療用魔石十二個と生活用魔石二十四個は、すべて無事に回収されました。


今回の事件を受け、蒼い流れでは輸送経路を区間ごとに分け、誰か一人が全経路を握らない仕組みへ変更します。


次回は、偽の街道封鎖と白灰窯の襲撃を指示したとみられる「右頬に黒い輪の火傷を持つ男」を追います。


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