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納期遅れで死んだ俺、異世界では魔力の詰まりが見えるらしい 〜最弱Eランクだけど、術式を読み替えて世界の流れを変えていく〜  作者: 好山 雪
第1章 月影の森で目覚める

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第2話 アルメリアの門前で

 月影の森を抜ける頃には、空の色がわずかに変わり始めていた。


 夜明けというほど明るくはない。

 けれど、木々の隙間から差し込む光が、青く光る葉の色を少しずつ薄めている。


 セリアは何度も後ろを振り返った。


 彼女の手は、ずっと剣の柄の近くにある。


「まだ何か来るのか?」


 シュウが小声で尋ねると、セリアは首を横に振った。


「分からない。でも、あの月影狼が浅い場所まで出てきた時点で、普通じゃないから」


「普通じゃない、か」


 シュウは森の奥を見た。


 もう、あの黒い糸は見えない。

 だが、見えなくなったからといって、消えたとは限らない。


(あの奥に、何かがある)


 そう思うだけで、背中が冷えた。


 前の世界なら、異常を見つけたら報告書を書いた。

 原因を調べ、対策を考え、関係部署に連絡する。


 だが、この世界では違う。


 異常の先には、魔物がいる。

 術式がある。

 そして、たぶん、自分ではまだ届かない何かがいる。


 シュウは自分の右手を握った。


 さっき、月影狼の動きが見えた。

 素材に残る魔力も見えた。

 けれど、それだけだ。


 見えたからといって、倒せるわけではない。


(強くならないと、見えるだけで終わる)


 その事実が、やけにはっきりしていた。

挿絵(By みてみん)


「シュウ?」


 セリアが振り返る。


「顔、怖いよ」


「ああ、悪い。考え事をしてた」


「また?」


「まただな」


「考えすぎると、足元の根っこに引っかかるよ」


 そう言われた直後、シュウのつま先が木の根に当たった。


「うわっ」


 体が前に傾く。


 セリアが素早く腕をつかんだ。


「ほら」


「……助かった」


「街に着く前に転んで怪我しないでよね」


「面目ない」


 セリアは呆れたように笑った。


 その表情に、シュウの緊張が少しだけほどけた。


     ◇


 森を抜けると、空気が変わった。


 湿った土と獣の匂いが薄れ、かわりに煙の匂いがする。

 焼いた肉の匂い。

 馬車の油の匂い。

 人が暮らしている場所の匂い。


 少し進むと、石壁が見えた。


 アルメリア。


 遠くから見えたときより、ずっと大きい。


 門の前には荷馬車が並び、商人たちが門番に書類らしき板を見せている。

 樽を担ぐ小柄な男。

 長い耳の女性。

 獣の耳を持つ少年。


 人の姿はさまざまだったが、そこには不思議なほど当たり前の生活があった。


 誰かが荷を運び、誰かが値段を交渉し、誰かが屋台で朝食を買っている。


(本当に、街だ)


 異世界という言葉では片づけられない。


 ここには、ここで生きている人たちがいる。


「こっち」


 セリアが門の脇にある小さな屋台を指さした。


「少しだけ寄っていい?」


「急いでるんじゃないのか?」


「急いでる。でも、顔を見せないと後で怒られる」


「誰に?」


「小さい監視役たちに」


 挿絵(By みてみん)


意味が分からないままついていくと、屋台の前に二人の女の子がいた。


 一人は短めの髪がぴょんと跳ねている。

 腕を組み、こちらをじっと見ていた。


 もう一人はおかっぱ頭で、両手に焼き菓子を持っている。

 こちらはセリアを見つけると、ぱっと表情を明るくした。


「セリアお姉ちゃん!」


「ただいま、ルル」


 おかっぱの少女が駆け寄りそうになったが、屋台の女将に止められた。


「ルル、焼き菓子落とすよ」


「あっ」


 ルルと呼ばれた少女は、慌てて両手の焼き菓子を持ち直した。


 短い髪の少女は、シュウを上から下まで眺める。


「……誰?」


「森で会った人。名前はシュウ」


「ふうん」


 少女は目を細めた。


「弱そう」


「リコ」


 セリアがたしなめる。


「失礼だよ」


「だって本当に弱そうだもん」


 シュウは返す言葉に困った。


(初対面の子供にまで見抜かれるのか)


 別に間違ってはいない。


 月影狼どころか、ここにいる子供たちが投げた石を避けられるかすら怪しい。


「否定できないな」


 シュウがそう言うと、リコは少し意外そうな顔をした。


「怒らないの?」


「怒れるほど強くない」


「……変な人」


 リコはぷいっと横を向いた。


 ルルが慌てて頭を下げる。


「ごめんなさい。リコは悪気はないんです」


「ルル、余計なこと言わないで」


「でも、失礼だったよ」


「うるさい」


 双子らしい。


 顔立ちは似ているのに、雰囲気はまったく違う。


 リコは棘のある言葉を投げるが、目はまっすぐだ。

 ルルは柔らかく、誰かが傷つくのをすぐ心配する。


 セリアが小声で説明した。


「門前屋台のリコとルル。よくここで手伝ってるの」


「セリアは慕われてるんだな」


「まあね。たまに薬草採取の帰りに寄るから」


 屋台の女将が焼きたての薄いパンを紙に包んで差し出した。


「セリアちゃん、顔色悪いよ。森で何かあったのかい?」


「少しだけ。でも大丈夫。あとで組合に報告します」


「そうかい。無茶はしないんだよ」


「はい」


 女将はシュウにも視線を向けた。


「あんたも食べるかい?」


「え?」


「顔色が悪い。森から出てきた人間の顔だよ」


 シュウは思わず腰の小袋を触った。


 銀貨三枚。


 この世界の物価はまだ分からない。

 不用意に使っていい金ではない。


 それを見たリコが、じっとこちらを見た。


「お金ないの?」


「……かなり心細い」


「ふうん」


 リコは手元の焼き菓子を半分に割った。


 そして、乱暴にシュウへ差し出す。


「これ、あげる」


「いいのか?」


「別に。余っただけ」


「リコ、それ自分の分でしょ」


「うるさい、ルル」


 シュウは少し迷ったあと、焼き菓子を受け取った。


「ありがとう」


「お礼なんていいし」


 リコはまた顔をそらした。


 だが、耳が少し赤い。


(分かりやすい子だな)


 焼き菓子を口に入れると、素朴な甘さが広がった。


 小麦の香りと、少しだけ蜂蜜のような味。

 前世で深夜に流し込んだ缶コーヒーとはまるで違う。


 シュウはゆっくり飲み込んだ。


「うまい」


 その一言で、ルルが嬉しそうに笑った。


「お母さんの焼き菓子、おいしいんです」


 女将も少し誇らしげに笑う。


 リコだけはそっぽを向いたままだ。


「普通だけどね」


「普通が一番ありがたいこともある」


 シュウがそう言うと、リコはちらっとこちらを見た。


「変なこと言う人」


「よく言われそうな気がしてる」


「まだ言われてないの?」


「この世界では、まだ二人目くらいだ」


 リコは少しだけ笑いそうになり、慌てて口元を引き締めた。


 その様子を見て、セリアが小さく笑った。


 森の奥にある黒い気配。

 自分にしか見えない青い流れ。

 何も分からない不安。


 それらが、少しだけ遠くなった気がした。


 ここには日常がある。


 子供がいて、屋台があって、朝の匂いがある。


 守られるべきものがある。


     ◇


 門番はセリアを見ると、すぐに気づいた。


「セリアか。戻ったのか」


「はい。月影の森から戻りました」


「そっちの男は?」


「森で保護しました。身分確認のため、組合へ連れていきます」


 門番の視線がシュウへ向く。


 疑うというより、確認する目だった。


「身分証は?」


「ありません」


 シュウが答えると、門番は眉をひそめた。


「記憶も少し曖昧みたいで」


 セリアが続ける。


「月影の森で倒れていました。危険な状態だったので、私の判断で保護しました」


「森で倒れていた、か」


 門番はシュウをしばらく見た。


 シュウは黙って立っていた。


 ここで変に言い訳しても逆効果だ。

 分からないことは分からない。

 ないものはない。


 前の世界でも、下手に取り繕った説明はたいてい後で崩れる。


「仮通行を出す」


 門番は木片のようなものを取り出した。


「今日中に組合か役所で確認を受けろ。確認が取れなければ、宿にも泊まりにくい」


「分かりました。ありがとうございます」


 シュウは頭を下げた。


 門番は少しだけ意外そうな顔をした。


「妙に礼儀正しいな」


「それくらいしか今できないので」


「変なやつだ」


 今日だけで何回目だろう。


 だが、悪意は感じなかった。


 セリアが横で笑いをこらえている。


「行こう、シュウ」


「ああ」


 木片を受け取り、二人はアルメリアの門をくぐった。


挿絵(By みてみん)


     ◇


 門の内側は、外から見た以上に賑やかだった。


 石畳の大通り。

 左右に並ぶ店。

 軒先に吊るされた布。

 荷車を押す男。

 水桶を運ぶ女。

 革鎧の若者たち。

 杖を持つ老人。

 大きな袋を背負ったグノーム。


 知らない文字が看板に並んでいる。


 読めない。


 当たり前だが、読めない。


(文字も覚えないといけないのか)


 それだけで、先の長さに少し眩暈がした。


 だが、街の上には確かに流れがあった。


 森の魔力とは違う。


 もっと細かく、複雑だ。


 荷馬車から店へ。

 人から人へ。

 建物の中から通りへ。

 青い筋が薄く重なり、ほどけ、またつながっている。


 シュウは思わず足を止めそうになった。


「大丈夫?」


 セリアが声を落として尋ねる。


「街にも、流れが見える」


「魔力?」


「たぶん。でも、森より複雑だ」


「その話、組合に着くまではあまり大きな声でしない方がいいかも」


「珍しいのか?」


「かなり」


 セリアは短く答えた。


「少なくとも、私はそんな話を聞いたことがない」


「分かった。黙っておく」


「うん。リリアさんなら、ちゃんと話を聞いてくれると思う」


「リリアさん?」


「組合の受付。真面目で、少し怖いけど、頼れる人」


「怖いのか」


「間違った報告をすると怖い」


 それは仕事ができる人の怖さだろう、とシュウは思った。


 少しだけ、前の職場の品質保証担当を思い出した。

 不良の報告を曖昧にすると、淡々と逃げ道を塞いでくるタイプ。


(どこの世界にも、そういう人はいるんだな)


 通りを進むと、大きな建物が見えてきた。


 扉の上には、剣と翼を組み合わせた看板。


 その前には、武装した若者や荷物を背負った人々が出入りしている。


 笑い声。

 怒鳴り声。

 木箱を置く音。

 革袋の中で硬いものがぶつかる音。


 それらが扉の向こうから流れてくる。


 シュウは無意識に背筋を伸ばした。


 ここから先は、ただの保護された迷子ではいられない。

 この世界で生きるための最初の手続きをする場所だ。


 セリアが扉の前で立ち止まった。


「緊張してる?」


「してる」


「正直だね」


「隠しても仕方ない」


「大丈夫。最初はみんな分からないことだらけだから」


「セリアも?」


「うん。最初の登録のとき、依頼票の読み方も分からなくて、リリアさんに三回聞き直した」


「怒られた?」


「怒られなかった。でも、四回目を聞く前に説明書を渡された」


「効率的だ」


「でしょ?」


 セリアは笑った。


 そして、少しだけ真面目な顔になる。


「シュウ。森で見たこと、全部を大声で話さなくていいからね。月影狼のことは報告する。でも、黒い糸とか、流れが見えることは、リリアさんにだけ話そう」


「分かった」


「変な人に目をつけられる前に、ちゃんと相談した方がいい」


「すでに変な人扱いはされてるけどな」


「それは大丈夫。シュウが本当に変だから」


「そこは否定してほしかった」


 セリアは楽しそうに笑った。


 その笑顔に、シュウも少しだけ肩の力を抜く。


 腰には銀貨三枚。

 セリアの革袋には、月影狼の黒角と魔石。

 胸の内には、自分でも説明できない不思議な視界。


 何も整っていない。


 だが、それでもここまで来た。


(まずは登録。身分を作る。宿を探す。食べる。眠る。そして、強くなる方法を探す)


 考えることは多い。


 けれど、今やることは一つだ。


 扉の向こうへ進む。


「準備はいい?」


 セリアが聞いた。


「いいとは言えない」


「じゃあ?」


「でも、行くしかない」


「うん。それで十分」


 セリアが扉を押し開けた。


 中から、ざわめきが一気に押し寄せる。


 依頼票をめくる音。

 素材を置く硬い音。

 受付の呼び声。

 荒っぽい笑い声。


 シュウは、その音の中へ一歩踏み出した。


 この世界で、何者でもない男が最初に立つ場所。


 そして、彼が持ち込んだ月影狼の素材と、森で見た黒い糸の報告が、アルメリア支部に小さな波紋を広げることを、シュウはまだ知らなかった。






挿絵(By みてみん)

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第2話では、シュウとセリアが月影の森を抜け、アルメリアの街へ入るまでを描きました。

門前の屋台や双子のリコとルルを通して、少しだけ街の日常感も出しています。


次話では、アヴァントゥリースト組合での登録と、シュウのステータス確認に入ります。

よろしければ、続きも読んでいただけると嬉しいです。

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