なんだか視線を感じますわ?
最近、エレナは思っておりました。
「……わたくし、見られております?」
もちろん、誰かに声をかけられたわけではありません。
振り向いても、そこにいるのは通行人か、電柱か、猫くらいですわ。
それなのに。
「……今、確実に誰かの気配が……」
朝の通学路。
角を曲がるたび、なぜか背筋がしゃんとするのです。
原因は、だいたい分かっております。
気の緩み、ですわ。
最近の生活は、少しだけ安定してきました。
家計は赤字になっていない。
学校も、バイトも、致命的な失敗はしていない。
「つまり……油断ですわね」
そういう時ほど、妙な勘が働くものですわ。
学校では、いつも通り。
授業中、ノートを取りながら、ふと思います。
「背中……見られていませんこと?」
もちろん、見られているのは黒板です。
先生です。
隣の席の生徒は、消しゴムを落として慌てております。
「……違いましたわね」
昼休み。
節約のために持参したお弁当を開きます。
「本日は、昨日の残りですわ」
自分に言い聞かせるように呟いてから、はっとします。
「……誰に説明しておりますの?」
空です。
机です。
誰も聞いていません。
午後の授業を終え、放課後。
今日はバイトがあります。
着替えを済ませ、店に向かう途中。
ふと、ガラスに映った自分の姿が目に入りました。
「……姿勢、よし。
髪、乱れておりませんわね」
思わず確認してしまうあたり、やはりどこか変ですわ。
バイト先では、いつも通り山田さんに声をかけられます。
「九条院さん、今日ちょっと元気じゃない?」
「そうかしら。
ええ、元気ですわ。問題ありません」
嘘ではありません。
本当に、元気なのですわ。
ただ。
「……なぜか、見られている気がするだけで」
もちろん、そんなことを言えば心配をかけますから、口には出しません。
仕事を終え、アパートへの帰り道。
夕暮れの中、エレナは一度だけ立ち止まり、くるりと振り返りました。
「……」
誰もいません。
街灯と、静かな住宅街。
「……気のせいですわね」
そう結論づけて、再び歩き出します。
部屋に戻り、鍵をかけ、電気をつける。
「ふぅ……」
鞄を置き、靴を揃える。
この一連の動作が、すっかり板についてきました。
「……ちゃんと、暮らしておりますわね。わたくし」
誰に見せるわけでもなく、
誰に評価されるわけでもなく。
それでも、背筋を伸ばして。
「見られていたとしても……恥ずかしくはありませんわ」
小さく、そう呟きます。
エレナは知らない。
その背中が、確かに誰かの胸を打っていたことを。
知らないままで、いいのですわ。




