第百十一話 港町ロータス
「一騎当千の者達が離れると、少し不安な気持ちが沸き上がりますね。」
去り行く刀一郎達の背を眺めながら伊吹がつぶやいた。
まあ、その気持ちは分からなくもない。
こんな状況でも何とかなると思えたのは、ひとえに彼らがいたからであろう。
しかし、それは今共にしている者達に対しあまりに失礼。
伊吹は失言だったと気付き、慌てて弁明をするが、
「大丈夫ですよ。私も含めた皆が同じ気持ちを抱えていますから。」
青井は何事もなかったかのように、その言葉を肯定した。
「…しかし、我々とて皇国の代表として来ている身。おんぶに抱っこでは締まらない…違いますか?」
その言葉を聞いた伊吹は、引き締まった表情で大きく頷いた。
やり取りに耳を澄ませていた者達もまた、心持ちを新たにしただろう。
▽▽
「やはり動きましたね。」
一行が行動を開始してから暫く、斥候からの報告で進行方向を塞いでいた軍が追ってきていることが伝えられた。
向こうには騎馬兵もいる為、追い付こうと思えば追い付けるはずだが、中々ゆったりとした行軍であるとのこと。
「何故彼らは追い付いてこないのでしょう?」
馬車に揺られながら伊吹が問うと、
「御姉様がこちらにつくことを彼らは知りませんから、挟み撃ちにするつもりなのでしょう。」
実際の所は、王や大臣などが知らないだけで、軍部はこの集団に化け物が混じっていることを理解している。
刀一郎達が逃亡劇をしている最中、次良が仕留めた聖地を守る者達は、実はこの国の最精鋭部隊であったのだ。
更に己の脅威を知らせる為、次良はわざと数人見逃し報告へと走らせてもいる。
その者達からの情報が知れ渡る現状、迂闊に触れれば自分達も同じ道を歩むと思っているのかもしれない。
だがそれでも、挟み撃ちに出来れば最早負けは無しと見て襲い掛かるだろう。
「では、そうならなかった場合は…」
「…大丈夫です…大丈夫。」
それは問い掛けに応えるというよりは、自分に言い聞かせているような声だった。
アレクシアは子供ではあれど年不相応に賢しい。
だからこそ分かっている。
時に人は、感情だけで動き予想の出来ない行動をとる現実を。
特に、この先に待つ者が自らを毛嫌いしているとなれば猶更である。
そんな不安を抱え、大軍に迫られながら一行は休むことなく歩き続け、疲労困憊の中ついに目的地へと辿り着く。
港町ロータスは規模こそグランドポートに劣るが、守るという意味では向こうよりも堅牢な塀に囲まれていた。
「…ハイネス……」
馬車が止まると、歩み寄ってきたクライヴがアレクシアに何かを告げる。
報告を受けたアレクシアは、緊張感が滲んだ表情で土を踏み皆が視線を向ける先を確認した。
そこには、門を守るため金属鎧をまとった集団が高い塀を背に立ち並んでいた。
その数、少なくとも一万以上。
塀の上には火筒を構えた者達が少なくとも千以上は確認できる。
その光景にアレクシアは思わず生唾を飲み込んだ。
そして怯える心を誤魔化し、号令をかける。
「皆、警戒する必要はありません。このまま進みましょう。」
皇国語と統一語、二つの言語を使い繰り返しそう告げると、一行はその言葉を信じて只進む。
すると、慌てた表情をした斥候が駆け寄り、背後から迫る部隊の足が早まったことを告げる。
その瞬間だった。
「おおっ、軍が左右に分かれて道を…」
どうぞお入りください、そんな意味を含んでいるのだろうか。
港町ロータスを守る軍は、規律の取れた動きで左右に分かれると、門への道を譲った。
背後から迫る一団は、あまりの予想外な光景に、号令を待たずその動きを止める。
一行は左右を囲む軍に促され真ん中を通ると、町中へと入っていった。
そして出迎えたのは、全身を豪奢な衣装で身を包んだ金髪の女性。
脇には、足首まで隠れた裾の長い衣服と、前掛け(エプロンというらしい)を身に着けた女性も控えている。
恐らく皇国で言う所の女中であろう。
「ようこそアレクシア、疲れたでしょう?さあ、取り敢えず私の御屋敷で休みましょう。」
「…有り難う御座いますカーラ御姉様。では、お言葉に甘えて休ませていただきます。」
アレクシアは挨拶を交わし、傍目にはにこやかな笑みを浮かべながら横の女性と視線を合わせ頷く。
すると、その女性も軽く頷き返し、お互いが軽く微笑み合った。
アレクシアは青井にも視線を向けると、皆を休ませるよう促す。
「では皆、心遣いに感謝しながら休むこととしよう。」
青井や各隊の隊長から告げられ、皆の顔にやっと安堵の笑みが零れる。
そして張りつめた糸が切れるようにその場に尻餅をつくのだった。
だが、そんな中なぜか元気な男が約一名。
「おお、見てください青井さんっ!石造りの五階建てですよっ!」
「落ち着いてくださいよ伊吹さん。それより疲れてるでしょう?休んだ方が…」
「私はずっと馬車に乗っていたんです。皆に比べればずっとましですよ。それより、漸く異国の街並みをゆっくり眺めることが出来るんですっ!落ち着いて何ていられませんっ。」
元気なのは伊吹だけではなく、勘定所の者達全員であった。
彼らはぐったりとした軍属を尻目に、きょろきょろと忙しなく視線を巡らせ、一言呟く。
「彼らにもこの光景を見せてあげたかったな…」
彼らというのが誰のことを指すのか、言わずもがなであろう。
その目には、うっすらと光るものがあった。




