第百十話 違和感
新正規軍が目指す一帯は【カトレア山脈】と呼ばれているらしい。
徒歩での道程では十日余り掛かるとのことで、その間にアレクシア達は知る限りの世界情勢を語り伝えた。
これまではまだ味方になるかどうか分からない状況であった為、線引きしていたのだろう。
「帝国と周辺国家の争いは暫く収まらないでしょう。」
ある日の野営、焚火を囲みながらアレクシアは自信ありげにそう語る。
何でも、帝国統治に最も激しく抵抗している勢力は、所謂宗教家が寄り集まった団体のようだ。
元々大陸にある主要国の殆どは国教の一番上に立つ者がそのまま統治するという体制であったらしい。
故に、信仰する神が違う国の王による統治など、絶対に受け入れることが出来ないだろうとのこと。
例え、最早実質的に国土が制圧されていようとも、彼らは死ぬまで戦い続けるはずとアレクシアは語った。
そして語り終えると、恥ずかしそうに小声で呼びかける。
「トイチロ、ちょっと…」
アレクシアは花を摘みに行く時、何故か必ず刀一郎を共にする。
まあ刀一郎にしても、この男所帯に女が一人という状況を心苦しく思っていた為、協力するのは吝かではない。
そうしてアレクシアの用が済む間待っていると、
『神権政治というやつか。何であろうな、この違和感は…』
話を聞いていたらしい白姫が刀一郎だけに聞こえるよう呟いた。
(違和感?)
『ああ、言語についてもそうだ。この世界は不自然なことだらけだ。』
アレクシア達の話に耳を傾けながらも、刀一郎は白姫と意思を交わす。
『どうやらこれは、侵略であると同時に、宗教戦争の意味合いも強いのであろう。』
話を聞いていて分かったことは、殆どの国が自らの信仰する神こそ唯一絶対の万能神であると言って譲らなかったらしい。
その中から何故か急速に力を付け始めたガラリア帝国が他を圧倒し、次々と力でねじ伏せていったのだという。
『人と文明があればどこでも同じ様な道を歩むのか…それとも何者かが…』
白姫はその言葉を最後に、考え込み何も語らなくなった。
刀一郎には語る言葉の殆どを理解することが出来なかったが、それでも一応心に留めておくことにした。
▽▽▽▽
一行が移動を始めて数日、当然何事もなく進行することなど出来るはずもない。
先んじて進む斥候部隊が、進行方向に展開された敵軍の姿を確認したのだ。
その数二万弱はいようとのこと。
正面から突破するにはあまりに厳しい数である。
更に展開している場所は開けた平地であり、奇襲も困難。
幸いとしては、向こうから攻めてくる気配はなく多少の時間的猶予がある点か。
「さて、どうしますかね?」
「敵の大将を討つってだけなら何とかなりそうだがな。」
『言っておくが、我の雷とていくらでも落とせるわけではないぞ?』
青井の言葉に返したのは次良。
確かにこの男と国宝天雷があれば何とかなりそうな気もするが、その後が怖い。
守勢に回っては負け戦になると知った敵は、こちらの数十倍の兵力でもって無理矢理にでも潰しに掛かるだろう。
そうなってしまえばいくら次良と言えども、百や千は何とかなっても万は流石に体力の限界が先に来る。
「全軍を囮にします。」
アレクシアが語った言葉に、集まった面々の視線が集中した。
「正確に言えば、アーロン兄さまと惣万様、そしてトイチロ・・・神凪様の三人はそのまま【首都アルマ】へ向かってください。」
その言葉を聞いた直後、クライヴが一瞬異議を唱えようとしたが、己を諫め引き下がる。
一方アーロンは、最初からそれが既定路線であったかのような落ち着きぶりを見せている。
アレクシアは語りながら横の兵に目配せすると、目の前に地図が広げられた。
そしてその上を指でなぞると、これからの軍の行動を指し示す。
「ここから北西に【ロータス】という港町があります。我々はそこへ向かいます。」
語るその町を治めているのは王位継承権五位の女性であるとのこと。
「正直に言います。あの方は私を毛嫌いしていますが、今回は協力してくれるはずです……大丈夫なはず…」
アレクシアがぼそりと呟いた言葉を刀一郎は聞き洩らさなかった。
話から、件の人物は相当利に聡い性格であることが伺える。
しかし、それを踏まえ戦力差を考えた場合、協力を仰ぐなど到底無理に思えるが、そこはまた何か裏で動いたのだろう。
刀一郎は、余りに出来過ぎた子供であるアレクシアに言いようのない不安を抱いた。
▽
指針が決まった一行の行動は早かった。
それも当然のこと。
彼らが相手を上回っているものは、少数だからこその機動力以外にないのだから。
各隊の隊長からそれぞれに指針が伝えられると、キビキビとした足取りで行軍を開始する。
そしてその移動に紛れ、三人だけが低い体勢を保ちながら別行動を開始した。
「顔を上げるなよ…」
次良が警戒を露わに告げる。
この辺りの草はそれほど背が高くない為、少しでも顔を上げてしまえば姿を見られる可能性がある。
しかしそこは三人共が小柄なことも幸いし、そこまで無理な体勢にはなっていない。
そしてこれからの指針を確認するべく刀一郎が問い掛けた。
「アーロン…殿下、目指すのは向こうの山脈で間違いないのですよね?」
「今までドオリでイイデス。私たちナカマ。」
今や自軍の旗印となっている存在に対し、流石に言葉遣いを改めようとする刀一郎だったが、慣れていない為かどうにもぎこちない。
それを察しているのだろう、アーロンは柔かい笑顔を向けた後、気遣いを見せる。
三人が視線を向けた先には頭頂部が白く染まった山脈が広がっていた。




