第百九話 勝機を求めて
「して、既に宣戦布告してきたなら遠慮は必要ねえな。どう攻める?」
口を開いたのは次良。
その瞳はギラギラと飢える獣のように輝いている。
「はい、この森が包囲される前に、まずはここから移動することが先決になるでしょうね。」
青井がそう語ると、皆が一様に頷いた。
足を踏み入れるのが禁止と言われていても、このような状況でもそれがいつまで適用されるかは分からないのだ。
こちらの軍の唯一の利点としては、大軍よりも自由に素早く動ける点だろう。
それすらも包囲されてしまってはどうしようもない。
まあ、それを食い破れそうな戦力もいると言えばいるのだが。
「少し距離ありマスガ、向こうノ山、目指しマショウ。」
語るアーロンが指し示すのは、北西に位置する山間部である様だ。
移動に時間を取られることになるが、その場所は標高の高い山が連なっており、そこであれば大軍であることが不利にも働くとのこと。
問題は食料などをどうするかという点だが、それも心配ないとアレクシアは語る。
何でも、内密に村々からの協力を既に取り付けており、援助を受けることが出来るらしい。
勿論、それを大っぴらにしてしまうと彼らの身が危ういということで、注意が必要のようだが。
そして、疲労が溜まってはいるがのんびりもしていられないと、この夜の内から動くことにした。
「既に包囲されているということは無いですよね?」
不安そうに伊吹が語ると、答えを返したのはクライヴ。
「ダイジョウブダ、キングは油断シテイル。」
クライヴ曰く、百倍近い戦力差がある現状、ロメル王は全く危機感を感じていないらしい。
実の所、次良のような恐ろしい敵がいるという報告が軍部上層に上がっているのだが、たった一人に良い様にやられたなどと報告すれば自身が危うい為揉み消しているのだという。
それがどれほど愚かな事だったのかを知るのは、全てが終わった時であろう。
取り敢えずの決定を伝えられた両軍の兵達は、最初から分かっていたかのように速やかに行動に移った。
流石に愛国者たちといった所か。
「まずは西にあるという村に寄って、それから北上ですね?」
「はい、多少距離を取って軍を休ませ、荷馬車を引く者達を村に向かわせる予定です。」
アレクシアの皇国語は、最早最初から母国語であったかのようにさえ思わせる。
一同は感心しながらも、その足は淀みなく森を進み西へと抜けた。
その後、新正規軍の面々からの提案で、王族両名と伊吹達は馬車に乗っての移動になったが、アレクシアはその扱いに多少の不満を漏らしていた。
「これでは私達だけ楽をしているみたいです。」
「まあ、彼らにしてみれば王族を歩かせていることに精神の呵責もあるでしょうから、受け入れてあげてください。」
馬車の中でそんなやり取りがありつつ進むと、件の村は思っていた以上に距離が近く、日が完全に昇る前には食料の調達をすることが出来た。
ちなみに、しっかりと相場よりも高い金額を支払ってのことだ。
民を味方につけてなんぼのこの状況、不満を招く行動は避けるべきであろう。
そして北の山間部へと向かうのだが、道中あることが話題に上がった。
「ロメルの火筒は筒の部分で折れるようになっているのですね?」
伊吹が新正規軍の装備を見て思ったのは、火筒が皇軍よりもかなり洗練されているという事実。
筒の部分から折れる構造になっている為、その分弾込めを簡略化することが出来、非常に扱いやすくなっているらしい。
そういう機構自体はアーロンの持っていた短筒で知っていたのだが、通常の火筒でも同じ構造を採用していることに興味が湧いたようだ。
「そうですね。しかし噂ですが、リバルという国のものは連射が可能らしいです。それと比べると…」
「確カニ、聞いたことがアリマス。鉄の船がアルトモ。」
複雑そうに語るアレクシア達の言葉に伊吹はさらに食いついた。
「連射?いったい何発撃てるのですか?弾詰まりを起こしたりはしないのですか?飛距離は?命中精度は?」
「え?…すみません、私も噂程度でしか…」
「鉄の船とは?大きさは?動力は風ですか?いや、しかし…」
「私も聞いたダケ、ごめんナサイ、分からナイ…」
同僚の文官達に諫められ、伊吹は渋々と引き下がるも何かを考え込んでいるようだ。
勘定所勤めの人間であるにも拘らず、何事にも貪欲な男である。
「リバルと言えば、一切自らは攻め入ることなく帝国を退けているという国ですよね?」
伊吹がそう告げると、アーロンが肯定して補足する。
「ハイ、凄くチカイ場所にアリマス、でも負けたことアリマセン。」
ロメルは勿論のこと、近隣諸国はその技術を求めて使者を送るのだが、その全てを門前払いしているらしい。
そして不思議なことに、攻め入ろうとする国は帝国以前からも後を絶たないが、必ず一歩先を行く兵器を出してきては退くことを余儀なくされるのだという。
圧倒的ではなく、もう少しで勝てると思わせるのだが、今に至ってもその牙城を崩すことが出来た国はない。
正に謎の強国と呼ばれるに相応しい底知れない国である。
ガラガラと音を立てて草原を進む馬車の中で、世界の広さを思い知る伊吹であった。




