第百八話 合流
それは美しい森だった。
少し出れば血に塗れた大地が広がっているとは想像もできないほど。
木々を掻き分け進むと川底まで見える綺麗な清流を見つけ、伊吹達は歓喜して喉を潤す。
小川を近くに臨むその場所はそれなりに開けており、合流場所には丁度良い立地。
そして今この場には、合流した皇軍兵も含めて約四十名ほどがいる。
それ以外の者は恐らく町を抜けることが出来なかったのであろう。
いや、あの状況でこれだけの数が無事に合流できたことを褒めるべきかもしれない。
皆が一息ついた所で、青井は見回し口を開いた。
「さて、これからの事ですが、約束によればそろそろ合流できるはずです。本当に向こうにその気があればですが…」
青井の言う向こうとは、当然アレクシア達のことである。
お互いが離れる直前、ある謀をしていたのだ。
アレクシア達は、まず本格的にぶつかる前に説得を試みる。
だが、それが失敗した時のことも考え作戦を練った。
説得が成功する可能性は低かったが、もしそれが成った場合迎えに行くのは自分達であるとアレクシア達は語った。
そうでなかったら、その時は失敗したものと捉えてほしい、そして西の森へ逃げてほしいとも続けた。
何でも今いるこの森は聖地と呼ばれているらしく、一般の兵は軽々しく足を踏み入れることが出来ないとのこと。
緊急事態でもそれが適用されるかは疑問だったが、今の状況を鑑みれば機能しているのだろう。
青井は皆に今の状況を説明すると、
「約束が守られるなら、王国の現状を憂う愛国者達で構成された部隊を引き連れ、彼らが合流してくれる手筈です。」
今の一行にはその言葉を信じるしか道はなかった。
そして待つが、日が暮れても彼らは一向に現れない。
流石に日が落ちると気温も下がり、誰も口を開かないまま焚火に当たっている。
重苦しい空気が立ち込め、一行に焦りが見え始めた時だった。
刀一郎達がやってきたのとは逆の方角から、金属の鎧をまとった五十余りの兵が姿を見せたのだ。
そして、その先頭に立つ者はクライヴであった。
「モウスコシ…マッテ、クレ。」
クライヴは拙い皇国語でそう語ると、部下らしき者達に休めと号令をかける。
皆一様に疲れた顔をしており、ここに辿り着くまでが簡単な道のりではなかったことが伺えた。
言葉に従い一同が待っていると、次々と四方八方から同様の姿をした者達が合流する。
騎馬兵は見えないが荷馬車は何台かあり、恐らく食料などが積んであるのだろう。
毅然とした姿で立つ兵は、いずれも精悍な顔立ちをしている。
そしてその中には、良く見知った姿もあった。
「すみません、遅れました。」
煌びやかな白金の鎧をまとったアレクシアがそう語ると、その美しさに一同からため息が漏れる。
その表情は彼らが知る天真爛漫な少女のそれではなく、これから戦いに赴く戦士の顔にさえ見えた。
そしてすぐ後に続き、同じく美しい装飾の施された鎧を纏ったアーロンも姿を現す。
こちらは多少の疲労が顔に浮き出ており、ここに来るまで一悶着あった事を悟らせた。
「これで全部デス。数は少ないデスガ、やらなければなりマセン。」
アーロンが語るその顔は、幼いながらも覚悟を秘めている事が見て取れた。
合流したロメル反乱軍、もとい新正規軍と名乗ることにした一行は、隊長格が顔を突き合わせこれからの行動を練ることになった。
その時、皇軍の面々を見回したアレクシアは良く知る人物がいないことに気付き、顔を歪め唇を噛んだ。
しかし、今は悲しみに暮れている余裕などない事も分かっているのだろう。
すぐに凛とした表情を取り戻すと、軍議に掛かる。
「全軍合わせて、約千八百ですか・・・。厳しいですね。しかも、既に宣戦布告をしてきたと…」
覚悟の決まった顔をしている軍属に対し、伊吹達の表情は冴えない。
それもそのはず、戦力差があり過ぎて普通にやってはまず勝てないであろうことを理解しているのだ。
軍議の場には、各小隊以上の隊長と通訳である文官達、そして次良と刀一郎もいる。
「こちらの旗印はアーロン殿下ですか。貴方を王位に就けることがこの戦いの勝利ということで間違いないですね?」
青井が問うた言葉を伊吹達が訳し他の隊長にも伝え、言葉が返ってくるのを待つ。
アレクシア等は通訳が要らないのだが、この場で全員の認識をすり合わせるということも大事な一手間だ。
何しろ、これから背中を預けて戦おうというのだから。
「はい、間違いありません。それと、全軍で千八百と言いましたが、それは正しくありません。」
情報を共有する意味も兼ね、少し間をおいてアレクシアが語る。
「この日の為、兄さまと私の側近が動いてくれており、本格的にぶつかり合う時が来た場合、うんと……ボランティァ…どういえばいいのでしょうか、とにかく民の多くも立ち上がってくれます。」
要約すると、今の王と国の在り方に不満を持つ民は多く、常に自分たちが見捨てられるのではないかとの不安も蔓延しているらしい。
実の所を言えば、その不安を煽る情報自体がアレクシアの施した策略であったりするのだが。
それでも嘘をついているわけではなく、実際にこれから起こる可能性の高い事実を警告している辺り、かなりのやり手である。
これでまだ十二だというのだから末恐ろしい。
「国を愛する者は多くいます。彼らは私達と共に戦ってくれるでしょう。」
その数がどれくらいであるかという正確な数字は不明だが、アレクシア曰く、最低でも万単位はいるとのこと。
だが、それでも正面から戦えば勝ち目はないのが事実であろうが。
聞けば、元々レジスタンスなる組織があり、それらが持て囃される風潮もあったらしい。
何故そんなことになっているかというと、大臣が六年前に打ち出した富裕層だけを優遇するかの様な政策が引き金になったようだ。
それまでも酷い税制や政策が立て続けに打ち出され、民の鬱憤は限界に達していたとのことであるから当然の流れであろう。
そしてもう我慢できぬと蜂起した民が現れ始め、今の混沌とした状態になったらしい。
全てを聞き終えた青井は、何か聞きたいことは無いかと周りの者に視線を巡らせた後、己の疑問を投げかける。
「その割にはこちらにつく王国の兵が少ないのですね?」
「それは……みんな、家族がいますから…」
気のせいだろうか、刀一郎には語るアレクシアの表情が多少歪んだように見えた。
一瞬感情を読み取ろうかとも考えたが、親しい者に対してそれをするのは裏切りにも感じられ、何となく踏みとどまるのだった。




