第百十二話 悪魔の契約
町の入口で挨拶を済ませた後、アレクシアは領主の館にある一室へと招かれた。
その部屋は、正に権力者を象徴するかの如き煌びやかな装飾に彩られている。
女中に茶を運ばせ卓に置かせると、大きな背もたれの付いた椅子に腰かけた領主【カーラ・ビショップ】は、自慢の金髪を見せびらかす様にかき上げ語り始めた。
この娘、年はまだ二十。
数年前に母を事故で亡くし、領主を継ぐはずだった二人の兄も続いて亡くなっており、一族の中でも様々な噂を囁かれている。
その上、一時期行方知れずになっていた時期もあり、色々と後ろ暗いことを抱えていそうな人物だ。
「少し見直したわぁ。蛮族の娘でも偶にはやるじゃない。」
向かい合い座るアレクシアの隣には、先ほど町の入口で出迎えた女中が控える。
どうやらこの女性はカーラの使用人ではなく、アレクシア側に立つ者であった様だ。
その女中は主を蛮族と呼ばれても表情を変えることは無かったが、一瞬空気が重くなる程の気配を纏った。
「リタ、お止めなさい。申し訳ございません御姉様。」
「別にいいわぁ。貴方の使用人にまともな躾なんて期待してないしぃ。」
カーラは言葉通り気にしていないらしく、鏡を眺めながら髪をいじっては、ああでもないこうでもないと一人呟いている。
女中リタは小さな声で謝罪を述べると、塞いだまま一歩下がった。
そして漸く納得のいく仕上がりになったらしい女領主が顔を寄せ語る。
「ねえ、あれ頂戴よ。」
「…あれ、とは?」
「とぼけなくたっていいじゃない。貴方が直に見ろって言うから見てたのよぉ?…あんな化け物どこで見つけたのよぉ?」
どうやらカーラの言う化け物とは次良のことである様だ。
「流石は未開の地ねぇ。あんなのがいるなんて。ねえ、あれって他にもいるの?いるなら二、三匹頂戴よ。」
言葉振りからは同じ人間のことを語っているとは到底感じられない。
だが、彼らにしてみればそれは当然のことなのであろう。
そして信じられないことに、この娘はこれで悪気が無いというのだからなお質が悪い。
しかしアレクシアが協力相手として彼女を選んだ理由がまさにそれである。
良くも悪くも自分のことしか考えていないからこそ、己の為なら親でも平気で消すのだ。
「あいつらも馬鹿よねぇ?あの化け物の本国を攻められない時点で、絶対お父様が殺されることは確定なのにぃ。あははっ。ああでも…お父様にも一人化け物がついてるわね。まあ、流石にあの未開人には勝てないでしょうけど。」
あいつらとは自らの親族のこと。
兵力差を鑑みれば負けることなど有り得ない戦、王の機嫌を取る為、我先にと軍の準備を進めているのだ。
「…で?約束は守ってくれるのよね?」
カーラは可笑し気に笑っていた表情を一変させ、無表情でアレクシアに迫る。
「…はい、御姉様に相応しき地位と……我々三人以外の継承権を持つ王族、その身内全員の処刑…ですよね?」
分かっているじゃないか、と言わんばかりにカーラは表情を崩す。
王族と言っても、全員が利己的なわけではない。
ほんの僅かではあるが、良心的な者も存在する。
しかし、そういう者達は王の反感を買うことも多いのが実情。
それ故、兵も少なく権力も持たない為、味方にした所で焼け石に水である。
それ所か足を引っ張られる可能性すらあるのだ。
次良達がいかに強いとは言っても、彼らが動きやすい様に敵を誘導し、それに持ちこたえる程度の戦力が必要になる。
それらを踏まえれば、まさにカーラはうってつけであった。
己の利にはどこまでも忠実であり、力持つ者に取り入ってはその恩恵を確実に我が物にする強欲さと手腕。
だが政治には全く関心が無く、ある程度の財を与えておけば大人しい。
実際の所は計りかねるが、少なくともアレクシアにはそう見えていた。
更に言えば、敵に回った際、行動の予測がつかず最も恐ろしいという理由もある。
例え悪魔に魂を売ったと言われようとも、これ以上の協力者をアレクシアには見つける事が出来なかった。
「分かっているならいいわぁ~。後はさっさとお父様仕留めちゃってよ。あ、戦争とか面倒だからあんたが指揮取んなさいよ?」
確認するべき所を確認し終えたのか、カーラは手をひらひらと波打たせ、早く出ていけと意思表示する。
そしてアレクシア達が部屋を後にしようとしたその時、
「あ、分かってると思うけど……裏切ったら許さないわよ?」
と、視線だけを向けカーラは語った。
人を絶対に信用しないこの女のこと、恐らくその場合の手も何かしら打っているのだろう。
無表情が醸し出すその迫力にはアレクシアとリタ、二人供がごくりと生唾を飲み込んだ。
▽▽
「お嬢様っ!!」
部屋を後にしてすぐ、リタはアレクシアを抱き寄せる。
この二人の関係は、文字通り肉親よりも深いと言えるだろう。
複雑な出自を持つアレクシア、それを幼少の頃より見続けてきたリタ。
離れている時は、どんなに心細かったことであろうか。
「リタ、よくやってくれました。あのカーラ御姉様と一人で対峙するのはさぞや恐ろしかったでしょう?」
「いえっ、いえっ、お嬢様の為を思えばそんなことっ!」
廊下でそんなことをしていると、通りがかった女中がくすくすと笑いながら通り過ぎていく。
それに多少の羞恥を覚えた二人は、取り敢えずあてがわれた客室へと向かうことにした。
▽
一方その頃、青井達は用意された軍の宿舎で文字通り泥のように眠った。
そんなことが出来るのも、外に展開されていた軍が引いたことを確認したからである。
恐らく、ここを責める為の戦力としては圧倒的に不足していると思ったのであろう。
その為、次に来る時は確実に港町ロータスを落とせる兵力が用意出来た時であるはず。
そしてそれには長い時を要するであろう。
だが、彼らは知らない。
刻一刻と、自らの主に迫る恐ろしい刃があることを。




