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EP 7

お茶会という名の公開処刑——「真実の愛」の薄汚い舞台裏

「……ユリウス・ルナミス。あなたがどれほど無知で、無能で、帝国の法を汚している泥棒であるか、その空っぽの頭に叩き込んで差し上げますわ」

 リベラから放たれた、絶対零度の宣告。

 それはルナミス帝国の次期皇帝に対する言葉としては、あまりにも不敬で、あまりにも残酷な響きを持っていた。

 だが、言われた当のユリウスは、その言葉の意味を正しく理解できていなかった。いや、理解することを彼の貧弱な自己防衛本能が拒絶していたと言うべきか。

「ど、泥棒だと……? 貴様、ついに狂ったか! 私はこの帝国の全てを所有する皇族だぞ! 皇族が何をしようと、それは法であり正義なのだ!」

「ええ、ええ。その『ジャイアン理論』、前世……いえ、昔からよく耳にしましたわ。権力を持った無能が、最後にすがる便利な魔法の言葉ですね」

 リベラは冷たく鼻で笑うと、ティーテーブルの上にドンッと置いた分厚い書類の束——ルーファス公爵から預かった『裏帳簿』の写しと、彼女自身が記録していた精緻なログ——の表紙をペラリとめくった。

「ユリウス様ぁ……っ、怖いですぅ! リベラ様、またミラを虐める気です! 学園の時みたいに、ミラの教科書を破って、階段から突き落とそうとするんだわっ!」

 空気を読まない、いや、空気を変えようと必死なミラが、ユリウスの腕にしがみついて嘘泣きを始めた。

 彼女にしてみれば、いつも通りユリウスの庇護欲を刺激し、リベラを悪者に仕立て上げるための三流の台本だった。

「おお、可哀想なミラ……。見ろ、リベラ! お前がそのように陰湿で嫉妬深いから、ミラの心が傷つくのだ! まだ自分の罪を認めないか!」

 ユリウスがここぞとばかりに声を張り上げる。

 しかし、リベラはピクリとも動じなかった。それどころか、心底つまらなそうにため息をつく。

「……ミラ男爵令嬢。あなたは本当に、学習能力というものが欠如しているのですね。その三文芝居、まだ通用すると思っているのですか?」

「ひぐっ……な、何のことですかぁ? ミラは本当に、リベラ様に虐められて……」

「では、事実確認ファクトチェックを行いましょう」

 リベラは手元の書類から、一枚の羊皮紙を抜き出した。

「あなたが主張する『虐め』の件。一つ目、先月15日の午後、学園の噴水に教科書を投げ捨てられたという主張。二つ目、今月3日の夜、帰宅中の馬車をならず者に襲わせたという主張。……これで間違いありませんね?」

「そ、そうですぅ! ユリウス様も見ていらしたもんっ!」

「ええ。確かに私は、噴水で濡れた教科書を拾うミラを見た。あれはお前の差し金に違いない!」

 勝ち誇ったように胸を張るユリウス。

 リベラは哀れむような目を彼らに向けた。

「あのですね。先月15日の午後、私は皇城の第一会議室にて、ドンガン地下帝国の大使と『魔導ライフル部品の関税引き下げ』について、扉を閉め切っての極秘交渉を行っておりました。大使ご本人と、同席した帝国官僚30名が私の完璧なアリバイを証明できます。この議事録のサインが見えませんか?」

「なっ……」

「さらに、今月3日の夜。私はワイバーン飛竜騎士団の視察のため、王都から遠く離れた国境線の魔導防衛フィールドの陣地に赴いておりました。……私に『瞬間移動』や『分身』のユニークスキルでもない限り、学園や王都であなたに嫌がらせをすることは物理的に不可能ですわ」

 淡々と、そして完璧な証拠(議事録と軍の視察記録)を突きつけられ、ミラの顔からスッと血の気が引いた。

「そ、それは……っ。リベラ様が、お金で誰かを雇ってやらせたんですぅ!」

「雇う?」

 リベラはふふっ、と艶やかに、しかし背筋が凍るほど冷酷に笑った。

「私を誰だと思っているのですか? ゴルド商会の筆頭法務顧問ですよ? もし私が本気で『裏の人間』を動かし、あなたを物理的に排除しようとしたなら……教科書を濡らす程度の、足のつく非効率な嫌がらせなど絶対にしません」

「え……?」

「あなたはその日のうちに、完全な事故に見せかけてマグローザ漁船にドナドナされるか、あるいはシーラン海の底で魚の餌になっていたはずです。証拠など一ミリも残さずにね。……私が手を下すなら、相手の息の根を完全に、合法的に、不可逆的に止めますわ。あなたがいま五体満足で生きていること自体が、私が手を出していない何よりの証拠です」

 その言葉には、前世で「悪人専門の弁護士」として裏社会のシノギを熟知し、レディース総長として修羅場を潜り抜けてきた桜田リベラの、本物の『凄み』がこもっていた。

 殺気というよりは、もはや絶対的な『死の宣告』。

 ミラはヒッ、と短い悲鳴を上げてガタガタと震え出した。

「な、なんだその態度は! ミラを脅すな!」

 ユリウスが慌ててミラを庇うが、その声もわずかに上ずっている。

「脅してなどおりません。論理的な推論を述べたまでです。……さて、あなたの下らない『自作自演の被害妄想』が論破されたところで、本題に入りましょうか」

 リベラは書類をめくり、次なる『死刑判決』のページを開いた。

「ミラ男爵令嬢。あなたが『真実の愛』などというお花畑な言葉で殿下にすり寄った、その本当の理由についてです」

「っ!? ほ、本当の理由なんて……私はただ、ユリウス様を愛して……」

「嘘ですね。あなたの実家である男爵家は、二年前から完全に破産状態にありました」

 リベラの冷徹な声が、空中庭園に響き渡る。

「父親である男爵が、違法な魔獣ブリーダーの投資話に騙され、莫大な借金を抱えた。その借金取りから逃れるため、そして資金を無心するために、あなたは次期皇帝であるユリウス殿下に目をつけた。違いますか?」

「ち、違いますっ! そんなの嘘ですぅ!」

「嘘ではありません。なぜなら、あなたが殿下を誑かして引き出させた『皇室からの特別支援金』……それが、男爵家の借金返済として闇金融の口座に振り込まれた記録が、全てゴルド商会のデータベースに残っているからです」

 ドンッ、とリベラが指差した書類には、皇室の口座から得体の知れないダミー会社へと、定期的に金貨が送金されている明細がはっきりと記されていた。

「な、なんだと……? ミラ、これはどういうことだ!? お前は、貧しい領民の炊き出しのために資金が必要だと言って……っ!」

「あ、あうぅ……そ、それは……」

「まだありますよ、ユリウス殿下。彼女の余罪は借金の隠蔽だけではありません」

 リベラは容赦なく追撃の手を緩めない。

「ミラ男爵令嬢の実家は、殿下の名前と皇室の特権を悪用し、関税を無視して『ポポロ・シガー』を闇ルートで大量に密輸していました。さらに、国から支給されるはずの農業支援金を横領し、私腹を肥やしていた。……立派な国家反逆罪および、重大な横領罪です」

「なっ……! 密輸!? 横領だと!?」

 ユリウスの顔色が、青から白、そして土気色へと目まぐるしく変わっていく。

 彼にとってミラは「無垢で純真で、自分を無条件に尊敬してくれる庇護対象」のはずだった。それが蓋を開けてみれば、自分の権力と金をしゃぶり尽くすための、したたかな寄生虫だったという事実。

「み、ミラ……嘘だろ? お前がそんな犯罪に手を染めていたなど……!」

「ゆ、ユリウス様っ! 違います、信じてください! これは全部、リベラ様が捏造したんですぅ!」

 必死にすがりつくミラ。

 だが、リベラは冷酷な眼差しで、その哀れなピエロたちの芝居を見下ろしていた。

「捏造? 随分と都合の良い言葉ですね。ですが、この帳簿はルーファス・アバロン公爵閣下が、帝国情報部を動かして裏付けを取った『国家の公式な極秘記録』です。これを捏造だと主張することは、帝国筆頭公爵および情報部に対する重大な侮辱にあたりますが……その覚悟はおありで?」

「ル、ルーファス公爵が……裏付けを……っ!?」

 その名が出た瞬間、ユリウスは雷に打たれたように硬直した。

 ゴルド商会の一商人が調べただけなら、まだ「でっち上げだ」と強弁することもできたかもしれない。だが、あの冷徹無慈悲な氷の宰相が証拠を握っているとなれば、それはもはや『帝国における絶対の事実』と同義である。

「おわかりいただけましたか、ユリウス殿下。あなたの言う『真実の愛』とは、皇室の財産を食い潰し、犯罪の隠れ蓑にするための薄汚い詐欺行為に過ぎなかったのです」

 リベラはそこでスッと息を吸い込み、とどめの言葉を放った。

「そして、その横領と密輸の決裁書類に『皇帝代理』として盲目的にサインをし続けたあなたもまた、重大な共犯者です。……慰謝料の減額? 側室として戻る? 笑わせないでください。あなた方は今、私に慈悲を乞うどころか、国家反逆の罪で首の皮一枚繋がっているだけの、哀れな犯罪者なのですよ」

 完全なる論理。

 完璧な証拠。

 逃げ場のない法的な包囲網。

 ガタガタと震え出し、言葉を失うユリウスとミラ。

 その絶望的な光景を前に、リベラはふぅ、と小さく息を吐いた。

「……キャルル、紅茶を淹れてちょうだい。このお城の出がらしみたいな紅茶じゃ、私の舌に合わないわ。私のバッグの中に、ポポロ・コーヒーと特製の茶葉が入っているから」

「了解。お湯沸かすねー」

 キャルルは持参した魔導コンロを器用に組み立てながら、ジロリとユリウスたちを睨みつけた。

「ていうか、こいつら本当にただの泥棒じゃん。リベラ、やっぱり私がトンファーで顎砕いとこっか? 刑務所に入れる手間が省けるよ?」

「駄目よ、キャルル。私たちは法治国家の模範的な市民なのだから。……それに、まだ『メインディッシュ』が残っているもの」

 リベラは優雅に足を組み直し、絶望で顔を歪めるユリウスに向かって、極上の微笑みを浮かべた。

 彼女の「悪人専門弁護士」としての本当の恐ろしさは、まだ半分も発揮されてはいなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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