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第三章 死を呼ぶ四番(DEATH4)は、弟を救うために神と地獄を物理で殴る。〜無自覚ジゴロな元暗殺者、最強の仲間たちと因果改変の旅に出る〜

小料理屋『鬼龍』の夜と、告げられた絶望の真実

 ルナミス帝国とレオンハート獣人王国の境界に位置する、のどかなポポロ村。

 その村の片隅に、昼は小料理屋、夜は重厚なオーセンティックBARとして密かに暖簾を掲げる店がある。

 名を、『鬼龍きりゅう』という。

「……お待ち遠さま。ピラダイの薄造りだ」

 低く、しかし心地よく響くバリトンの声。

 白木のカウンター越しに皿を差し出したのは、身長190cmを超える長身に、黒を基調としたワインレッドのタートルネックを着こなした青年だった。

 極限まで錬磨された無駄のない肉体。漆黒の髪の間から覗く、鋭くもどこか憂いを帯びた切れ長の瞳。

 名を、龍魔呂たつまろという。

「きゃあっ……ありがとう、マスター!」

「あの、マスター……この後、もしお店が終わったら……」

 カウンターに並んだ女性客たち——村の娘から、王都の貴族令嬢、果ては休暇中のアバロン魔皇国の女騎士まで——が、頬を朱に染めて熱っぽい視線を送る。

 龍魔呂が手にした最高級の本焼き・柳刃包丁(330mm)が、一切の淀みなく食材を引くたび、その洗練された所作と無自覚に放たれる色気ジゴロに、店内の女性たちはため息を漏らしていた。

 店内には、J.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲 第1番』が静かに流れている。

 凄惨な過去を持ち、かつて『死を呼ぶ四番(DEATH4)』と恐れられた暗殺者である龍魔呂にとって、この店で包丁を握り、客に料理を振る舞う時間だけが、血生臭い因果から離れられる唯一の平穏だった。

「すまないな。俺は店が終わったら、明日の仕込みがあるんだ」

 女性客たちの誘いを、龍魔呂はどこまでも真摯に、しかし明確に断る。

 その誠実な態度が、逆に女たちの心をさらに熱く焦がすことになっていることなど、彼自身は微塵も気づいていない。

 やがて夜が深まり、最後の客が満足げなため息と共に店を後にした。

「……ふぅ」

 龍魔呂は店の暖簾を下ろすと、店内のBGMをショパンの『夜想曲ノクターン 第20番』へと切り替えた。

 昼の小料理屋から、夜のBARへの転換。

 彼はカウンターの奥に腰を下ろし、懐からくたびれたマルボロ・赤を取り出して咥えた。

 ——カチッ。

 真鍮製のオイルライターが、澄んだ金属音を立てる。

 かつて裏社会で、悪党どもが最も恐れた『処刑の合図』。その冷たい音が、今はただ、紫煙に火を灯すためだけに鳴らされた。

 煙を深く吸い込み、天井へと吐き出す。

 龍魔呂の左腕には、TUDORのブラックベイ58ブロンズが静かに時を刻んでいる。

 ふと、彼の視線がカウンターの片隅に置かれた、小さな木彫りの兎の人形に向けられた。それは、かつて彼がたった一人の弟・ユウに与えたものに似せて、彼自身が彫ったものだった。

「……ユウ」

 ぽつりとこぼれ落ちたその名前。

 その瞬間、龍魔呂の胸の奥底に封印されている、ドス黒く冷たい絶望の泥が、わずかに波打った。

 ——バリバリバリッ!!

 突如、雲一つないポポロ村の夜空に、青白い雷光が走った。

 BAR『鬼龍』の重厚な扉が、音もなくスッと開く。

「……こんばんは、龍魔呂」

 そこに立っていたのは、神々しいまでの神気オーラを纏った少女だった。

 かつて龍魔呂が「弱い者を虐めるな」と叱り、その命をかけて守り抜こうとした神の生贄の巫女。そして今は、天界の法すら越えて彼を愛し、見守り続ける存在——雷帝神ユイだった。

「……ユイか。こんな夜更けに、神様が何の用だ」

「もう、冷たいなぁ。僕はお客さんとして来たんだよ?」

 ユイは少しだけむくれたように頬を膨らませると、カウンターの端にちょこんと腰掛けた。

 龍魔呂は短く息を吐くと、黙って最高級の茶葉で『陽薬茶』を淹れ、角砂糖を一つだけ添えて彼女の前に置いた。

 かつて、幼いユイが彼らの家を訪れた時に出したのと同じ、甘くて温かいお茶だ。

「……ありがとう。龍魔呂の淹れるお茶、一番好き」

 ユイはカップを両手で包み込み、ふうっと息を吹きかけてから、一口飲んだ。

 そして、カップをソーサーに置いた彼女の表情から、ふっと『少女』のあどけなさが消え、超越者としての、深く、そして悲痛な眼差しが現れた。

「龍魔呂……ユウ君が今何処に居るか分かってる?」

 その問いかけに、龍魔呂の手がピタリと止まった。

 グラスを磨いていた布が、微かに震える。

「……」

 龍魔呂は何も答えなかった。いや、答えられなかった。

 奴隷闘技場の闇の中、たった一人で病に苦しみ、冷たいゴミ捨て場へと投げ捨てられた弟の最期。それが彼の魂にどれほどの呪いを刻み込んでいるか、ユイは誰よりも知っている。

「ユウ君は今、地獄に居るんだよ? 賽の河原で石積みをしてるんだ」

「——ッ!!」

 ガシャンッ!!

 龍魔呂の手の中で、磨いていたクリスタルグラスが粉々に砕け散った。

 ガラスの破片が彼の手のひらを切り裂き、鮮血が滴り落ちる。しかし、龍魔呂は痛みに顔をしかめるどころか、目を見開き、信じられないものを見るようにユイを睨みつけた。

「そんな馬鹿な!! あいつは何も悪い事はしていない!」

 激昂。

 普段の静かな彼からは想像もつかないほどの、怒りと絶望の咆哮だった。

 親より先に死んだ子供が落とされるという、無慈悲な地獄・賽の河原。たった数年しか生きられず、ただ兄の帰りを待ち続け、理不尽に命を奪われた幼い弟が、死してなお鬼に虐げられ、苦しみ続けているというのか。

「あいつが……ユウが何をしたって言うんだ! 罰を受けるべきは、あいつを守れなかった俺だろうが!」

 龍魔呂の全身から、禍々しい『赤黒い闘気』が爆発的に膨れ上がった。

 それは、彼の理性を焼き尽くし、世界を血に染める冷酷な殺人鬼——『DEATH4』の覚醒の兆候だった。店内の空気が物理的に軋みを上げ、カウンターの木が黒く変色していく。

 しかし、ユイは逃げなかった。

 彼女は悲しそうに目を伏せ、首を横に振った。

「でも……それが世界のルールなんだ。神々が定めた、輪廻と因果の絶対のシステム。……僕の力だけじゃ、その根本のルールを捻じ曲げることはできない」

「……」

 龍魔呂はギリッと奥歯を噛み締め、手のひらから滴る血を握り込んだ。

 『DEATH4』の殺意が、世界のシステムそのもの——理不尽な神のルールへと向けられる。

「どうすれば助けられる?」

 地を這うような、極寒の声だった。

 その声には、弟を救うためならば、世界を滅ぼし、神を殺すことすら躊躇わないという絶対の覚悟が宿っていた。

 ユイは龍魔呂を真っ直ぐに見つめ返し、静かに、だが明確に告げた。

「まず、神々と調停者ガオガオンの説得。次に、地獄のゲートを空けて物理的に殴り込み、閻魔を倒してユウ君の魂を奪還する。……そして最後に、始祖竜クロノの権能を使って、ユウ君が死んだという歴史そのものを『時間巻き戻し』で書き換えて、生き返らせる事」

 神の説得。地獄への侵攻。そして、歴史(因果)の完全な改変。

 それは、一個人が為し得る領域を遥かに超えた、完全なる『狂気の沙汰』であった。失敗すれば、龍魔呂自身の魂はおろか、世界そのものが崩壊しかねない。

 しかし。

「……」

 龍魔呂はカウンターの奥に隠してある、ガジェット特製の銃火器と愛用のKorthリボルバーに視線を落とした。

 そして、静かに真鍮製のオイルライターを手に取る。

 ——カチッ。

「……上等だ。相手が神だろうが、地獄だろうが関係ねぇ」

 龍魔呂の瞳に、深い闇の炎が宿る。

 弟を救うための、狂気と愛に満ちた因果改変の旅。

 死を呼ぶ四番(DEATH4)の、文字通り世界を相手に回した孤独な戦いが、今、静かに幕を開けようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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