EP 9
絶対無敵スパチャアイドル、大熱唱!――光に包まれるポポロ村と伝説の『Love & Money』
「——見せてやろう。ゴルド商会の知略と、アバロン公爵家の『財力』が結びついた時、この帝国にどのような奇跡が生まれるのかをな」
氷の公爵ルーファスのその一言は、ただのハッタリでも慰めでもなかった。
彼がパチンと指を鳴らすと同時に、広場を取り囲んでいた精鋭騎士団の中から、数名の『特級土魔導士』と『宮廷錬金術師』が進み出た。
「公爵閣下の命により、これより『特設ステージ』の設営を開始する! 総員、魔力を解放せよ!」
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!
ポポロ村の広場が、まるで生き物のように隆起し始めた。
泥だらけだった地面から、純白の大理石が錬成されてせり上がり、あっという間に王都のオペラ座もかくやというほどの巨大なステージが組み上がる。
さらに、錬金術師たちが空中に光の魔力石を配置し、色とりどりのスポットライトと、音響を魔法で増幅する『魔導スピーカー』までが、わずか数分で完璧にセッティングされたのだ。
「す、すごい……! お城みたいですの……っ!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしていたリーザが、信じられないものを見るように目を丸くした。
「ほら、プロがいつまでも泥だらけで泣いていないの」
リベラが歩み寄り、イブニングバッグから取り出した『魔法のクリーニング・スプレー(ゴルド商会・日用品部門の新作)』を、リーザの衣装に吹きかけた。
シュワァッという音と共に、土に汚れていたアクアブルーのフリル衣装が、新品のようにキラキラと輝きを取り戻す。
「プロデューサー……!」
「みかん箱のステージは壊されてしまったけれど。私たち(ゴルド商会と公爵家)の総力を結集したこの大舞台なら、あなたの力不足にはならないでしょう?」
リベラは微笑み、リーザの手に、大根ではなく、錬金術で作られた美しい『クリスタル・マイク』を握らせた。
「さあ、行ってきなさい。あなたの歌で、この村の皆に……いえ、世界に『奇跡』を見せてあげるのよ」
「はいっ……!! 行ってきますの!」
リーザは力強く頷き、涙を拭った。
そして、スポットライトが交差する純白の大理石のステージへと、軽やかなステップで駆け上がった。
「ポポロ村のみんなーっ! そして、プロデューサー! 公爵様! 今日は集まってくれて、本当にありがとうですの!」
魔導スピーカーを通して、リーザの透き通るような声が広場全体に響き渡る。
先ほどまでの暴力と恐怖の空気は、完全に払拭されていた。村人たちは、息を呑んでその可憐な姿を見上げている。
「私の最初のステージ(みかん箱)は壊されちゃったけど……でも、皆の応援(愛)とプロデューサーの力で、こんなに素敵な場所に立つことができましたの!
私は、絶対無敵のスパチャアイドル! 貴方たちの心も、時間も、お財布の中身も! 全部私が奪い尽くして……代わりに、宇宙一の幸せをあげますわ!」
リーザがクリスタル・マイクを両手で握りしめ、天を仰ぐ。
「それでは聴いてください! 私の魂の歌……『Love & Money』!!」
魔法の光が弾け、幻想的なイントロが広場に流れ始めた。
そして、リーザが歌い出す。
All: 愛!アイ!愛!アイ!ラ〜ブラブ!
(Fu Fu!)
All: マネー!マネ!ローン!ダーリン!グ!
(Yeah!!)
朝に目覚ましがなったわ (ジリリリ!)
私はまだ眠いわ (おはよー!)
今日も私の為に世界が動く (まわって!まわって!)
全て上手くいくわ (絶対!)
愛も富も一つの物 (どっちもちょーだい!)
ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪ (Want You! Want You!)
貴方の愛で生きていける (Fuuu〜!)
それは、究極に強欲で、露骨なまでに現金な歌詞だった。
しかし、腐っても彼女は海中国家シーランの『人魚姫』。
リーザの真の力——【奇跡のバフ魔法】が、その歌声に乗って広場全体へと波及していった。
——パァァァァァァッ……!
リーザの周囲から、黄金色の光のコインと、七色に輝く真珠の泡が幻影となって溢れ出し、夜空を埋め尽くしていく。
その光の粒に触れた瞬間、村人たちの身体に劇的な変化が訪れた。
「お、おおおっ!? 長年苦しんでいた腰の痛みが……消えたぞい!?」
「ワシもじゃ! なんだか力が漲ってくる! まるで二十歳若返った気分じゃ!」
農作業の疲労も、老いの苦痛も、先ほどの半グレたちによる恐怖のトラウマも。
リーザの『Love & Money』の波長を浴びた者たちは、全身が極上の多幸感と活力で満たされていくのを感じていた。
だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
だから、何処までもついて来てね♡
(一生ついていくよー!!)
ダーリン!
(チュッ♡)
「うおおおおおおおおっっ!!」
突如、野太い絶叫が上がった。
声を上げたのは、ステージの警備に当たっていたはずの『アバロン公爵家・精鋭騎士団』の面々だった。
帝国最強と謳われる屈強な騎士たちが、鉄壁の規律を完全に忘れ去り、涙を滝のように流しながら、腰の魔導剣(の刀身を光らせたもの)をペンライト代わりに激しく振り回し始めたのだ。
「オ・レ・の! 女王様ァァァァッ!!」
「一生ついていくよォォォッ!! 領地も! 財産も! 全部アンタに捧げるゥゥゥッ!!」
「リ・イ・ザ! リ・イ・ザ!!」
屈強な男たちによる、完璧に統率の取れたオタ芸とコールが広場を揺るがす。
その熱狂は広場だけに留まらなかった。
遥か遠く、王都へ向かって連行されている最中の魔導装甲車(護送車)の中。手錠をかけられたガリックの傭兵たちすらも、窓の鉄格子に顔を押し付け、遠くに見える黄金の光に向かって号泣していた。
「ああっ……俺の女王様……っ! 頼む、俺の臓器を売って、彼女にスパチャしてくれぇぇっ!」
「馬鹿野郎、俺たちの全財産はもうあの掃除機に吸われてゼロだろうが! 命を懸けて推すしかねぇんだよぉぉっ!」
敵も味方も関係ない。
ただ一人の人魚姫の歌声が、世界中のすべての魂を魅了し、圧倒的な愛と狂乱の渦へと叩き込んでいく。
「……凄まじいわね。あの強欲な歌詞から、これほど神聖で強力な広域バフ魔法が展開されるなんて。まさにチート、エンタメの特異点よ」
リベラはVIP席の木陰からその伝説的な光景を見渡し、プロデューサーとして(あるいは悪徳弁護士として)最高の笑みを浮かべていた。
「いや、マジで引くわ……。うちのトンファーにも闘気を込めて光らせてみたけど、騎士団のおっさんたちの熱量には勝てないよ」
隣でオレンジ色に光るトンファーを振り回しながら、キャルルが呆れたように笑う。
「リベラ。君の目に狂いはなかったな」
ルーファスが、腕を組みながらリベラの隣に並び立った。
彼の瞳はステージの上のリーザではなく、その熱狂を作り上げた『天才プロデューサー』であるリベラの横顔だけを、熱烈に見つめ続けている。
「ええ。彼女は絶対に、このルナミス帝国でトップを取れるアイドルになります。……いえ、私がしてみせます。ゴルド商会の全資産と、私の法務知識を駆使してね」
「ああ。そして私は、君が思い描くそのエンターテインメントの覇道に、私の権力と財力の全てを無制限に投資しよう。……君が望むなら、帝国の法すらも君の都合の良いように書き換えてみせよう」
「職権濫用が過ぎますわ、公爵閣下」
リベラはフッと笑い、純金製の煙管(無臭タイプ)を取り出して指先で弄んだ。
世界中が私の為に愛を叫ぶ (まわって!まわって!)
全部抱きしめるわ (最強!)
愛も富も同じ輝き (どっちも本物ー!)
ステージの上では、リーザの歌がいよいよクライマックスを迎えていた。
黄金の光がポポロ村を包み込み、歓声が夜空を突き抜ける。
悪徳プロデューサーの野望は完全に粉砕され、底辺を這いずっていた人魚姫は、ついに正真正銘の『絶対無敵のスパチャアイドル』として覚醒を果たしたのだ。
「——みんな、本当に本当に、ありがとうですのーーっ!!」
最後のフレーズを歌い終え、リーザが深々と、完璧なアイドルの礼(お辞儀)をする。
割れんばかりの拍手と、「アンコール!」のコールが鳴り止まない。
大成功。
その言葉すら生ぬるいほどの、完全勝利だった。
「さあ、リベラ。華やかな宴の始まりだ。……この後は、君が勝ち取ったこの勝利を、二人きりで祝わないか?」
歓声に包まれる中、ルーファスがリベラにそっと手を差し出す。
完璧令嬢のリーガル・バスター、第二の事件の終わり。そして、氷の公爵への『9割の塩対応』が、ついに崩れ去る甘い夜が、すぐそこまで迫っていた。




