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EP 8

遅かったじゃないですか……ばか――氷の公爵の満を持した登場(待機)と、破壊力抜群のデレ

「——そこまでだ、悪党ども!! このアバロン公爵が、直々に貴様らを裁いてやろう!!」

 ポポロ村の広場に、地を揺らすような馬蹄の音と、王立劇場顔負けのよく通る美声が響き渡った。

 白馬に跨り、数十名の精鋭騎士団を引き連れたルーファス公爵が、白銀の髪を風に靡かせながら颯爽と登場したのである。

 その神々しいまでの威圧感と、圧倒的な権力の象徴である漆黒の軍服。

 村人たちはおろか、地べたに這いつくばっている半グレたちですら、思わず息を呑むほどの『完璧な救世主』の姿だった。

 ……ただし、その実態を知る者たち——すなわち、彼の背後に控える精鋭騎士団の面々——は、心の中で全員が同じツッコミを入れていた。

(いや、閣下……ずっとそこの木陰で、ヨダレ垂らしそうな顔してリベラ様の大立ち回りを見てましたよね!?)

(リベラ様が『オドレ』ってキレた瞬間、閣下、「ああ……素晴らしい」って昇天しかけてましたよね!? どこが『直々に裁いてやろう』ですか!)

 そんな部下たちの冷ややかな視線を一切意に介さず、ルーファスは白馬から優雅に飛び降りると、一直線にリベラの元へと歩み寄った。

「すまない、リベラ。到着が遅れてしまった。私の愛する特命法務官が、このような薄汚い鼠どもに煩わされていたとは……さぞ恐ろしい思いをしただろう。だが、もう安心だ。私が来たからには——」

「……」

 リベラは無言で、足元で失神し、アンモニア臭を漂わせているガリック男爵と、関節を外されて白目を剥いている十数名の重武装傭兵を指差した。

「恐ろしい思い、ねぇ」

 キャルルが屋台の焼きそばを啜りながら、ジト目でルーファスを睨む。

「公爵サマ。アンタ、絶対裏で見てたでしょ。どう見てもリベラが全員物理でボコボコにした後じゃん」

「ふっ……なんのことかな。私はただ、彼女から『来い』という合図を今か今かと待ちわびて……いや、偶然通りかかっただけだ」

 ドMの待機を素直に認めるわけにもいかず、ルーファスがわざとらしく咳払いをした、その時だった。

「う……あぁ……っ」

 失禁して気絶していたガリック男爵が、うめき声を上げて目を覚ました。

 彼の目に最初に飛び込んできたのは、自分をゴミ屑のように巴投げし、銃口を突きつけてきた『悪魔のようなリベラ』。

 そしてその隣に立つ、帝国最高の権力者たる『氷の公爵』の冷徹極まる見下ろすような視線だった。

「な、なっ……!? ル、ルーファス……こ、公爵閣下ぁぁっ!?」

 ガリックは泥水と自身の汚物にまみれたまま、這うようにしてルーファスの足元にすがりつこうとした。

「お、お待ちください! 誤解です、これは何かの間違いで! 私はただ、この村の違法な集会を正そうと——」

「黙れ」

 ルーファスの一言が、広場の空気を完全に凍結させた。

 先ほどリベラに向けていた甘い眼差しとは打って変わった、帝国筆頭公爵としての絶対零度の殺気。

「貴様のような三流のドブネズミが、私の『未来の妻』を愚弄し、あまつさえ危害を加えようとしたこと。……そして何より、彼女に『手を汚させる』という手間をかけさせたこと。万死に値する」

「み、未来の……妻……?」

 ガリックは絶望的な顔で、ルーファスとリベラを交互に見比べた。

 自分が「田舎商人の娘」と馬鹿にし、「ゴミ」と罵った女が。

 帝国で最も恐れられるアバロン公爵の、愛してやまない婚約者(特命法務官)だったという事実。

「ひぃぃぃぃっ!! お、お助けを! 命だけは……っ!」

「安心しろ、命までは奪わん。……リベラが作成した『威力業務妨害』および『国家反逆罪に準ずる恐喝』の事前逮捕状は、すでに私の手で決裁済みだ」

 ルーファスが指を鳴らすと、屈強な騎士たちが一斉に進み出て、ガリックと傭兵たちに重い魔導手錠を嵌め始めた。

「貴様の全財産は本日をもってゴルド商会に差し押さえられ、貴様自身はドンガン地下帝国の最下層で、一生涯ツルハシを振るうことになる。……連れて行け。二度と私の視界に入れるな」

「いやだぁぁぁっ! 私は男爵だぞ! カジノのオーナーに……なるはずだったのにぃぃっ!」

 泣き叫ぶガリックと、腕を折られて呻く傭兵たちは、騎士団によって魔導装甲車(皮肉にも彼らが乗ってきた車だ)に詰め込まれ、王都の地下牢へと連行されていった。

 ポポロ村の平和を脅かした悪徳プロデューサーの野望は、こうして完全かつ合法的に打ち砕かれたのである。

「さて……」

 護送車が砂煙を上げて見えなくなった後。

 リベラはふぅ、と長く、本当に長い息を吐き出した。

(終わった……。法的処理の計算に、極妻モードの物理的制圧。……さすがに、少し魔力と体力を使いすぎたわね)

 常に完璧な姿勢を保っていた彼女の肩が、ふっと僅かに下がる。

 前世で培った合気道とはいえ、成人男性の巨漢を何人も無傷で投げ飛ばすのは、令嬢の細腕にはなかなかの負担だった。

 ピンと張り詰めていた緊張の糸が切れ、アドレナリンが引いていく。

「リベラ様……!」

 泥だらけになったリーザが駆け寄り、心配そうに見上げる。

 リベラは「大丈夫よ」と微笑もうとしたが、その瞬間、不意に足元がふらつき、視界がわずかに揺れた。

「あ……」

 倒れる、と思った。

 だが、冷たい地面に彼女の身体が打ちつけられることはなかった。

 それよりも早く、力強く、そしてこの上なく温かい腕が、リベラの華奢な背中と腰をすっぽりと包み込んだからだ。

「……よく頑張ったな、私の誇り高き法務官」

 頭上から降ってきたのは、極上のシトラスの香りと、ルーファスの深く優しい声だった。

「る、ルーファス様……」

 リベラはハッとして身をよじり、普段の『9割の塩対応』を発動させようとした。

(離してください。公私混同です。セクハラで訴えますよ)

 ——そう、いつものように冷たく言い放ち、彼を突き放さなければならない。法務官としての矜持が、そう叫んでいる。

 しかし。

 自分よりも遥かに大きな胸板に顔を埋め、彼の力強い鼓動を聞いていると、どうしようもなく安心してしまう自分がいた。

 親友キャルルと、自分の大切な専属タレント(リーザ)を守るため、一人で矢面に立ち、泥を被る覚悟で修羅場を仕切った。

 その孤独な戦いを、この男だけは全て見ていて、全てを肯定し、最後にはこうして絶対的な庇護の腕で包み込んでくれた。

 (……ずるいわ。本当に、この人は)

 リベラは突き放そうとした両手の力を、ふっと抜いた。

 そして、ルーファスの軍服の胸元を、ギュッと小さな手で握りしめた。

 それは、常に完璧を演じてきた彼女が見せた、初めての、そして紛れもない『甘え』だった。

「……リベラ?」

 抵抗されないことに驚いたのか、ルーファスが目を丸くして彼女の顔を覗き込む。

 リベラは顔を真っ赤に染め、彼から視線を逸らすようにして、ぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。

「……遅かったじゃないですか、、ばか」

 ————ドクンッ。

 その瞬間。

 ルーファス・アバロン公爵の心臓が、物理的に停止しかけた。

 「ばか」という、言葉だけを見れば明らかな暴言。

 しかし、そのほんのりと上気した頬。潤んだ瞳。いつもは冷酷に法理を並べ立てる唇から零れ落ちた、甘く、無防備で、少しだけ拗ねたようなその響き。

 9割の塩対応の壁を乗り越えた先にあった、致死量の『1割のデレ』。

「っ……!!」

 ルーファスは目を見開き、雷に打たれたように完全にフリーズした。

 彼の中で、何かが音を立てて決壊する。

 それは、ただのドMという性癖を超越した、彼女への『狂信的なまでの愛』が臨界点を突破した瞬間だった。

「い、いや……役に立てて良かった……っ!!(恍惚)」

 ルーファスは自らの胸を強く押さえ、その場に膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、荒い息を吐いて即答した。

 その顔は、帝国筆頭公爵の威厳など微塵もなく、ただ一人の女性の『デレ』によって完全に限界突破してしまった、幸せすぎる男の顔だった。

「……なんだあれ」

「キャルル様。公爵閣下が、なんかこう……光に包まれて昇天しそうな顔をされておられますが」

 離れた場所で見ていたキャルルと騎士団が、ドン引きを通り越して真顔になっている。

 だが、当の二人の間には、誰にも立ち入れない極上の甘い空気が流れていた。

「コホン。……少し、休みたくなりました」

「ああ、私の腕の中で、いくらでも休むといい。このまま君を抱き上げて、王都の屋敷まで飛んで帰ろうか?」

「それは馬鹿すぎます。降ろしてください」

「はい……(歓喜)」

 いつものペースを取り戻したリベラに突き放され、嬉しそうに微笑むルーファス。

 事態は完全に終息したように見えた。

 ……たった一人を除いて。

「うぅぅっ……私の……私のステージが……っ」

 リーザである。

 彼女は泥だらけの衣装のまま、ガリックに粉砕された『みかん箱』の破片を抱きしめ、ぽろぽろと涙を流し続けていた。

 悪党は去った。だが、彼女が今日、アイドルとして立つはずだった『夢の舞台』は失われてしまったのだ。

「リーザ……」

 リベラが胸を痛め、慰めの言葉をかけようとした、その時。

「泣くことはない、人魚の姫君よ」

 ルーファスが、優雅な足取りでリーザの元へと歩み寄り、パチンと指を鳴らした。

「君は、私の愛する『特命最高法務執行官殿』が、その能力を認めて直々にプロデュースした専属タレントなのだろう?」

「え……? は、はいですの。私は、絶対無敵のスパチャアイドルですわ……」

 リーザが涙声で答えると、ルーファスは不敵に、そしてこの帝国で最も力のある笑みを浮かべた。

「ならば、あんな果物の空き箱など、君の才能には相応しくない。

 ……見せてやろう。ゴルド商会の知略と、アバロン公爵家の『財力』が結びついた時、この帝国にどのような奇跡エンターテインメントが生まれるのかをな」

 それは、ガリック男爵の貧相な地上げ計画など鼻で笑うほどの。

 国家予算規模の『超・特設ステージ建設』の合図だった。

読んでいただきありがとうございます。

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