EP 5
貧乏神VS地上げ屋! 搾取されるのはどっちだ?——恐怖のお賽銭箱型掃除機
ポポロ村での『絶対無敵スパチャアイドル・リーザ』の公式ライブまで、あと数日に迫ったある日の午後。
村の広場には、手作りののぼり旗が立てられ、少しずつステージの設営が進められていた。
「さあ、今日も声出しの練習ですわ! いきますの!」
みかん箱の上に立ったリーザは、ジャージの袖を捲り上げ、鼻に五円玉を詰めたまま(※発声練習の一環らしい)、村のお年寄りたちを前に腹太鼓を打ち鳴らし始めた。
「た、た、たぬきのお腹はポンポコポンポン♪ 月よ〜月で〜頭はハーゲハゲでピーカピカ〜♪」
「おおう、リーザちゃん! 今日もええ声じゃのう!」
「ソレ! ヨイヨイ!」
お年寄りたちが手拍子を打ち、広場は完全に『近所の宴会』のノリに包まれている。
その光景を少し離れた木陰のベンチから眺めていたリベラは、冷たいダージリン・ティーを優雅に飲みながら、魔導タブレットでライブの予算表(実質ゼロ円)と法的手続きの進捗を確認していた。
「……リベラ。あれ、本当にアイドルとして正解なの? 鼻に五円玉詰めて腹太鼓叩いてる人魚姫なんて、歴史上どこにもいないと思うんだけど」
隣で人参スティックを齧っていたキャルルが、呆れたように兎耳を垂らす。
「エンターテインメントの形は多様よ、キャルル。彼女のあの泥臭さと、絶対に折れない図太さ。あれこそが、王都の着飾っただけの温室育ちアイドルにはない最大の武器になるわ。……それに、今日は『お客様』がいらっしゃる予定だから、あのくらい元気な方が好都合よ」
リベラが冷たい笑みを浮かべ、タブレットから視線を上げた、まさにその時だった。
「オラオラァ! どけジジイども! この広場は今日から、ガリック男爵様直轄の『カジノ建設予定地』だ! しけた宴会なんかやってんじゃねぇ!」
バンッ!と下品な音を立てて、広場の入り口に立てられていた手作りの看板が蹴り倒された。
現れたのは、ガリック男爵に雇われた5、6人の屈強な半グレ(私兵)たちだ。彼らはトゲのついた肩当てや、悪趣味な革ジャンを着込み、いかにもな三流のチンピラという風体をしていた。
「ひぃっ、なんじゃお前さんたちは!」
「あぁん? ガリック様の命令で、この村の『ゴミ掃除』に来てやったんだよ。数日後にライブだか何だかやるらしいな? そんなもん、今日ここで俺たちが物理的に終わらせてやるぜ!」
半グレのリーダー格の男が、下品な笑い声を上げながら、みかん箱の上に立つリーザを指差した。
「おいおい、なんだこの芋ジャージの女は。ガリック様が『底辺のゴミアイドル』って言ってたが、想像以上に貧乏くせぇな! おいお前、アイドルの真似事なんてやめて、俺たちの便所掃除でもするか? ギャハハハッ!」
取り巻きの男たちも一斉に下劣な笑い声を上げる。
恐怖で震え上がるお年寄りたち。キャルルが「あのクズども、私が5秒でミンチにしてこようか?」と腰のトンファーに手をかけたが、リベラはスッと手で制止した。
「待ちなさい、キャルル。……言ったでしょう? 今日はリーザの『防衛能力』のテストも兼ねているの。私たちの専属タレントが、あんな有象無象のバグに遅れをとるはずがないわ」
リベラの言葉通り、みかん箱の上のリーザは、一歩も引いていなかった。
彼女は鼻の五円玉をフンッ!と発射して空き缶に命中させると(威嚇射撃)、大根マイクをギュッと握りしめて半グレたちを真っ直ぐに睨みつけた。
「便所掃除ですって? 舐めないでくださいませ! 私は交番の便所掃除のバイトで、タワシ一つで便器をピカピカにして、お巡りさんからカツ丼を奢ってもらったこともあるプロフェッショナルですの!」
「「「そっちのプロかよ!!」」」
半グレたちが思わずツッコミを入れる。
「それに! 私は絶対無敵のスパチャアイドルですわ! 貴方たちみたいな愛のない方々に、私のステージ(みかん箱)を汚させるわけにはいきませんの!」
リーザの瞳に、強烈なアイドルとしての矜持(と執着)が燃え上がる。
しかし、半グレのリーダーは青筋を立てて怒鳴りつけた。
「チィッ、舐めた口利きやがって! おい、そのみかん箱ごとこいつを泥水に沈めてやれ!」
一人の男が、手に持っていたバケツ(嫌がらせ用に用意した汚水が入っている)を振り被り、リーザに向けて力任せにぶちまけようとした。
——その瞬間。
リーザのユニークスキル【貧乏神】の常時発動効果、『悪運耐性MAX』が静かに発動した。
「喰らいやがれっ!」
バシャァッ!!
男が汚水をぶちまけた直後、突如として広場に『局地的な突風』が吹き荒れた。
放たれた汚水は空中で見事なUターンを描き、なんと投げた男の顔面と、その後ろにいた仲間たちの頭上へと、一滴残らず降り注いだのだ。
「ぶべぇぇぇっ!? に、苦っ、臭ぇぇぇっ!」
「なっ、なんだこの風は!? 偶然か!?」
パニックになる男たち。一人が怒り狂ってリーザに殴りかかろうと突進するが、彼の足元には、先ほど彼ら自身が蹴り倒した看板の破片が絶妙な角度で落ちていた。
「この野郎っ——スベェッ!?」
男は見事に足を滑らせ、宙を舞い、広場の端にあった水たまりへと顔面からスライディングダイブをキメた。
「ぎゃあぁぁっ! 鼻が、鼻が折れたぁぁっ!」
「な、なんだこいつ!? 全く攻撃が当たらねぇぞ! 呪われてるのか!?」
自滅していく半グレたちを見て、木陰のリベラは感心したように頷いた。
「素晴らしいわ。彼女の【貧乏神】のスキルは、自身の運気が上がらない代わりに『これ以上悪くなることもない』という底辺の絶対領域。つまり、悪意を持った外部からの嫌がらせや不運を、世界が自動的に強制排除・反射するのね」
「無敵じゃん。ある意味、私のトンファーより厄介かもしれない」
ドン引きするキャルルをよそに、広場の状況はさらにカオスな展開へと突入していた。
「おのれ……! こうなったら剣を抜け! 脅しじゃねぇ、本当に切り刻んでやる!」
リーダーの男が剣を引き抜き、本物の殺気を放つ。
それを見たリーザは、ふう、と深くため息をついた。
「……剣を向けるなんて、マナーの悪いファンですのね。でも、そんなに熱烈に私に構ってくれるなら、ファンサービスをしてあげますわ。
さあ、アイドルのライブには『お布施』が必要ですの。貴方たちの愛、全部ちょうだい!」
リーザが両手を天に掲げた瞬間。
彼女の背後に、神々しい後光と共に『ボロボロの木箱』——しかし、なぜか先端に現代的な掃除機のホースが接続された、謎の魔導具が顕現した。
これこそが、彼女の最強のデバフ兵器。
【お賽銭箱型掃除機】である。
「なんだ、あのガラクタは……?」
半グレたちが呆気にとられた次の瞬間。
「吸い尽くしなさい! レッツ・スパチャ・バキューム!!」
ブォォォォォォォォォンッ!!!
掃除機から、耳を劈くような凄まじい吸引音が鳴り響いた。
しかし、周囲の落ち葉や砂ぼこりは一切吸い込まれない。この掃除機が吸い込むのは、対象が持つ『富と運気』という概念そのものだった。
「ひぃっ!? な、なんだ!? 俺のポケットから……!」
ジャラジャラジャラッ!
リーダーの男のズボンのポケットから、彼がカツアゲして貯めていた大量の銀貨や銅貨が、まるで生き物のように飛び出し、掃除機のホースへと吸い込まれていく。
「お、俺の財布が! なんで勝手に開いてお札が飛んでいくんだよぉぉっ!」
「ま、待て! 俺の魔導スマートフォンが勝手に光り出してる!」
別の男が悲鳴を上げた。
彼のスマホの画面には、電子決済アプリの残高が表示されていたのだが、その数字がルーレットのように凄まじい速度で逆回転を始めたのだ。
『残高:金貨50枚』
『残高:金貨10枚』
『残高:0』
『残高:マイナス金貨100枚(リボ払い適用)』
「ぎゃあぁぁぁっ! 俺のソシャゲのガチャ資金があぁぁっ! なんで借金になってるんだよぉぉっ!」
「た、助けてくれぇっ! 俺がブーツの底に隠してた『ヘソクリの純金粒』まで吸い出されてる! うちの嫁にも内緒にしてたのに、なんで知ってんだよこの掃除機ぃぃっ!」
広場に響き渡る、屈強な男たちの断末魔のような絶叫。
【お賽銭箱型掃除機】の吸引力は、物理的な小銭や財布の中身だけに留まらず、電子マネーの残高、銀行口座の預金、さらには当人すら忘れていたタンス預金や隠し財産に至るまで、文字通り『全財産』を強制没収していく。
「ああっ……俺の全財産が……俺の人生がぁ……っ」
わずか一分後。
剣を取り落とし、広場の砂の上に四つん這いになった半グレたちは、もはや怒りも戦意も喪失し、抜け殻のように涙を流していた。
彼らは今、自分が着ている服以外、文字通り『一文無し』どころか多重債務者に転落してしまったのだ。
「ひ、ひぃぃぃっ……悪魔だ! こいつ、アイドルじゃなくて悪魔だぁぁっ!!」
「逃げろ! 命まで吸い取られるぞぉぉっ!」
半グレたちは泣き叫びながら、乗ってきた魔導馬車すら置き去りにして、這うようにしてポポロ村から逃げ出していった。
彼らはおそらく、二度とこの村に近づくことはないだろう。
「ふう。やっぱり、愛の力は偉大ですわね!」
敵が完全に撤退したのを確認し、リーザは満足げに汗を拭った。
そして、パンパンに膨れ上がった(ように見える)お賽銭箱に駆け寄り、満面の笑みで蓋を開けた。
「さーて、今日のライブの売り上げは……って、あれ?」
リーザの動きがピタリと止まる。
お賽銭箱の中身は——見事なまでに『空っぽ』だった。埃一つ、銅貨一枚すら落ちていない。
「……そうでしたわ。この掃除機で吸い込んだお金、全部『異次元』に消滅しちゃうんでしたの……。私の手元には一円も残らない、この呪われた仕様……うぅぅっ、せっかくの焼肉代があぁぁっ……!」
リーザはみかん箱に突っ伏し、先ほどの半グレたちと同じくらい悲痛な声で号泣し始めた。
没収した財産はどこへも行かず消滅し、自身の生活は一切豊かにならない。これこそが、【貧乏神】スキルの最大の欠点である。
「……あの子、能力はチートなのに、報われなさが可哀想すぎる」
「いいえ、キャルル。あれは法務官の視点から見れば、とてつもなく恐ろしく、そして『有用』な能力よ」
木陰から歩み出たリベラは、号泣するリーザを見下ろしながら、冷たい分析の笑みを浮かべていた。
「対象の隠し財産や電子マネーを、マネーロンダリング防止法も、資産隠匿の魔法も全て無視して強制的に『ゼロ』にする。……こんな究極の脱税摘発ツール、あるいは強制執行の兵器が他にあるかしら? あの子のスキルを使えば、どんな悪徳貴族でも一秒で破産させられるわ」
「うわぁ……リベラ、リーザの能力を完全に『取り立て』に使う気満々じゃん。公爵サマの変態ぶりも怖いけど、リベラのその極悪弁護士っぷりも大概だよ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
リベラは泣いているリーザの肩を優しく(プロデューサーとして)叩き、慰めた。
「よくやりました、リーザ。彼らの資金源を断ち切ったことで、ガリック男爵は大きな戦力を失いました。これで、ライブ当日の『本番』に向けて、準備は万端よ」
「うぐぅ……リベラ様ぁ……お腹空きましたのぉ……」
「ええ、わかっています。見事防衛を果たした報酬として、今日のケータリングは『ポポロ村特製・豚の角煮定食』を手配してありますからね」
「角煮ぃぃぃっ!!」
一瞬で涙を引っ込め、健康サンダルを鳴らしてファミレスへと猛ダッシュしていく人魚姫。
その背中を見送りながら、リベラは純金製の煙管を取り出し、軽く手の中で弄んだ。
(ガリック男爵。手駒を失い、資金を吸い取られたあなたが次に取る行動は一つ。焦って、自らの手で直接この村を潰しに来ること。……ええ、数日後のライブ当日、あなたに最高の『特別席』を用意してお待ちしていますわ)
天才弁護士の張り巡らせたリーガル・トラップに、哀れな地上げ屋が自ら首を突っ込むまで、あと数日。
ポポロ村の平和(とアイドルの胃袋)を守るための、合法的かつ物理的な大乱闘の幕開けは、すぐそこまで迫っていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




